2 「測定不能ってどういうこと?」
「そ、測定不能? 偉大な、冒険者……私が?」
「はい! 先ほどの鏡は、上級冒険者のステータスを測ることも可能な優れものなんです。ギルドカードに記載される数値は三桁まで。つまり、それ以上高い値ということになります。これって極めて珍しいことなんですよ!」
「そう……なんですね」
別に有名人だったり、偉大な人になりたい訳じゃない。
そういった願望は皆無だと思っていた。
けれど、なんだか悪い気はしない自分自身がいる。
それから少しばかり、お姉さんから冒険者の居住区への行き方やギルドのレクチャーなどが続いたのだが、この時間が地獄だった。
──ざわざわしてる……。
「おい、あの蒼い目を見たか? きっと神の加護を受けているに違いねぇ」
「見た見た、もしかしたらエルフなんじゃねえの?」
「それよりも超可愛くてたまんねぇな……ちょっと今日サキュバスの店行ってくるわ」
測定不能という単語に反応した周囲の冒険者たちが、こぞって私をジロジロと観察しながら、なにやら噂していたからだ。
「こちらが支度金になります。ではでは、これで以上です。冒険者活動がんばってくださいね! 水の神のご加護があらんことを!」
受付のお姉さんの説明が終わり、布の小袋を手渡される。
「あ、ありがと……ございます」
ようやく私を中心とした大勢の冒険者の輪から解放され、そそくさと逃げるようにギルド協会を出た。
うっ……まだ動悸が激しい。
みんな銀色の鎧や大きな剣を身に着けており、物騒な雰囲気が醸し出されていて息苦しかった。
しかしながら異世界での生活、その第一歩を踏み出したといっても過言ではないだろう。
辛うじて、冒険者になることができたのだから。
「よし、家に向かってみようかな」
紹介してもらった住居へ向かう道中は、なるべく人混みの少ない道を選んだ。
人間とは異なる種族の姿も多く見られて、ゲームのなかの世界にいるみたいな気分を味わえた。
……もしも喋りかけられたら、ビビって全力で逃げるけどね。
それにしても新鮮な風景だな〜。
水の都、ブバルディア──
その名に恥じることなく、至る場所で大きな噴水が水しぶきを立ち上げていた。
地球にこんな街があったら、きっと観光客だらけになるんだろうなぁ。
でも都というからには、とてつもなく広大な街をイメージしてたけど、思ったよりコンパクトかも?
歩き始めて、ものの十分程度で目的地にたどり着いた。
「あ、あの……新人冒険者のユズリハ、ですがっ……」
「はいよ、話は聞いている。この番号の小屋を使ってくれ。依頼を受けたいなら、あっちの掲示板から紙を持っていくんじゃぞ。完了したらギルド協会にすぐ提出するようにな」
「……どうも」
受付のお姉さんから説明された通り、冒険者の居住区を管理している老人男性から『107』と刻印された鍵を入手した。
きっちりと整列して建ち並ぶ小屋の中から、なんとか自分の住居を探し出し、
「お邪魔しま〜す」
古びた木製の扉を開けた。
部屋の中は六畳ほどの空間に、かなり使い込まれたソファーやテーブル、ベッドが置いてあるだけ。
あと、狭い台所やトイレと浴槽も一応ある。
誰かとシェアする相部屋じゃなくて、一人だけで暮らしていけそうだからほっと胸を撫で下ろした。
はあああぁぁぁ──疲れた!
テーブルの上のランプに灯りをつけると、勢いよくベッドに倒れ込んだ。
なんで私が知らない世界で、こんなにも大変な思いをしなきゃならないのよ!
これからどうしたらいいわけ……!?
そう脳内で愚痴りながら、次第に意識が薄れていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぁ〜」
どれだけ眠っていたんだろう。
たしか昨日ここに来たときは、既に日が沈みかけていたと思うけど。
私はベッドから起き上がり、キィーっと音を立てる木製の扉をちょっとだけ開けて外の様子を伺った。
うわ、眩しっ! もう朝なんだ。
ずいぶん疲れていたのか、結構寝てたらしい。
……さて、何をしよう。
異世界だから学校に行く必要もないし。
一日の時間を自由に過ごせるのって、毎日が休日みたいで嬉しい。部屋に引きこもっていても怒られる心配がない。
案外、こっちでの生活の方が気楽なのでは……?
そう考えたら、ちょっぴりワクワクしてきた。
「うーん……買い出しに行ってみようかな」
実は昨日、気になる食糧店が一軒あった。
人目を避けるために裏路地を歩いていたのだが、店主が無口そうな店を偶然見つけた。
こう言っちゃ悪いけど、あまり人気がなさそうだし、無愛想な人が店にいる方が話しかけられなくて済む。
私からすれば好都合なのだ。
さっそく支度金の入った小袋を握り締め、いざ、外出。
お目当ての店に到着すると、私の見立てどおり店内は閑散としていた。
店主も喋りかけてくる素振りはない。
これならゆっくり品定めが出来そうだ。
小袋の中を確認したら、金貨一枚、銀貨二枚、銅貨十枚が入っていた。
この世界の硬貨の価値を知っておく必要もあるし、色々と見てまわろ〜っと。
「まいど」
店主の素っ気ない言葉と共に、私が買い物を終えて店を出る頃には、太陽は真上にまでのぼっていた。
二つの紙袋を抱え、帰路に着く。
当分は外出せずに暮らしていけそうな量を購入できて、割りと満足している。
それに見たこともない商品ばかりで面白かった。
色がカラフルな薬草や野草があったり、変な形をした森の果実。
リザードマンの細尻尾だとか、ミノタウロスの大きな肉とかも売っていた。
私は値札の金額と手持ちの硬貨を見比べながら、見た目が美味しそうなやつを選んだつもりだ。
食べられるか心配だけど……どんな味がするんだろう?
──無事に小屋へ戻り、私は数日間ほど引きこもり生活を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごちそうさま……美味しかった」
最後のリザードマンの細尻尾を食べ終えた。
「どうしよぉぉおお!」
悲報、食糧が尽きた。
あの日、手持ちの硬貨も全て使い果たしている。
さすがにあの量じゃ、一週間引きこもるのが限界だった。
ちびちび飲み食いしてたのに……。
日用品はギルド協会から管理人を通して支給されるから、外に出なくても良い自堕落な生活を期待していた。
しかし、日が過ぎるごとに薄々気が付いてきたのだが、やっぱり冒険者として、生活費用を稼がなければ生きていけないな。
はぁ、どの世界も現実は厳しい。
この居住区に住む冒険者たちは、依頼のために遠征している人が大勢いるらしく、基本的に私と鉢会う頻度は低いと思われる。
でも念のため……。
私は日が暮れるのを待ち、辺りが暗くなるのを見計らってからランプ片手に外へ出た。
そして居住区の管理人が言っていた掲示板の前で、依頼書を凝視してみる。
「どれどれ……うわ、こんなの無理。うーん……これも危険だろうなぁ」
ずらりと数十枚の依頼書が張り出された掲示板だが、その多くは魔物などの討伐系ばかり。
ガーゴイルやグリフォン、ゴーレム等など……。
自分のギルドカードのステータスを見れば、とても勝てるとは思えない。
ましてや、私なんてレベル1の駆け出しだから尚更だ。
「あ、これなら出来るかも」
一枚の依頼書が目に止まった。
─────────────────────────
依頼者:食糧店の店主
難易度:★☆☆☆☆
期日:三日以内
内容:野草の採取
報酬:銀貨一枚
備考:場所はブバルディアから北の草原、採取量は多め
─────────────────────────
これなら魔物と戦わなくても良いかもしれない。
難易度も最低ランクの星一つ。
野草が生えている場所がアバウトなのが気になるけど、備考欄の下に野草の絵が描いてある。
たぶん、これは私が食糧店で購入して食べたやつ。
見つけたらすぐに分かるはず。
それで銀貨一枚なら文句ない。
よし、決まり。
私はその依頼書を手にし、そそくさと小屋の中へ入って寝た。
──迎えた、初依頼当日の朝。
目覚めは、普通。
くしゃくしゃになった真っ白な髪を、軽く手で整える。
野草を収納するため、食糧が入っていた空っぽの紙袋を二つ、あと依頼書やギルドカード、小屋の鍵をローブのポケットにしまい込んで目的地を目指した。
所々にある方角を示した標識を確認しながら、黙々と北の草原に向かって足を進める。
穏やかな緑色の大地が続いており、想像していたよりも平和な風景が広がっていた。
街から出て、三十分ほど経過した頃だろうか?
鼻に覚えのある、独特なハーブのような香りがした。
「あ、この匂いは……クンクン。あった! 絵に描いてある野草だ」
やっと、依頼書に描かれている黄色い草を発見した。
咲いている場所が固まってくれているおかげで、結構早く摘み終わるかもしれない。
伸びた草を掻き分け、膝をついて野草を探し続けた。
「あと少しで二袋目も満杯になるし、充分かな……ん?」
草むらに突っ込んでいる私の手の先に、柔らかい感触が。
──ぷにぷに、ぷにぷに。ぷにぷに、ぷにぷに。
「なにこれ気持ちいい」
草むらの中から引っ張り出してみると、プルンとした質感の丸い形をしたスライムが現れた。
わあ、さすがファンタジー世界。
間近で見たら、丸みを帯びた目が可愛らしい。
スライムってそこら辺にいる弱そうなモンスターだし、そこまで攻撃的じゃないイメージがあるし……。
思い切って、私の手のひらに乗っているスライムを指でツンツンしてみた。
「あぁ〜……ぷるぷるで気持ちい────いだっ!」
いきなりスライムが顔に体当たりをしてきて、私はその場で豪快に尻もちを着いた。
え? もしかして怒らせちゃった!?
さらに草むらから湧き出るように、スライムが群れをなして集まってくる。
(まずい……囲まれるっ)
そう思うと同時に、私は野草の詰まった紙袋を拾い、街の方角へ一目散に走り出した。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 怒らせちゃったなら許してええぇ──!」
走り続けながら、恐る恐る後ろを振り返ってみる、と。
「嘘!? 近っ!」
これだけ走ってるのに、ちっとも距離が広がらない。
スライムたちは私のすぐ真後ろを、ピョンピョン飛び跳ねながら追いかけてきていた。
そう言えば、私の敏捷は1だったああぁぁ!
どうしようどうしようどうしよう……追いつかれる!
私は紙袋を脇で抱え込み、ポケットの中にあるギルドカードを引っ張り出す。
この能力に賭けるしかない!
そして叫ぶ。
「《エリミネーション》!」
しかし、何も起こらない。
「《エリミネーション》! 《エリミネーション》! 《エリミネーション》! 《エリミネーショォォォン》!!」
どれだけ私が気合いを込めようが、一向に何も起こる気配がしない。
これどんな能力なのよ!?
まずい……息が、切れっ、もう持たない……。
ああ、体力も1だった。
足がもつれ始め、いよいよ限界かもしれない。
どうやって私はスライムたちに殺されるのだろうか……。
せめて、トドメを刺してから食べて欲しいな……。
言うことを聞かなくなった身体が、倒れ込みそうになる。その時だった──
「助けてあげようか?」
声がした方を見ると、過激なパンツを履いた一匹のスライムがいた。