1 「これが異世界転生?」
この異世界に来た時から、こうなる覚悟はしていた。
受付のお姉さんとの睨み合いも、かれこれ数分が経過している。
「あ、あのっ……ギルドに登録……したい、のですが……」
よし、ちゃんと言えた。
人に話し掛けたのは、両親を除けば小学生以来だろう。
筋金入りのぼっち。陰キャ。コミュ障。
それがまさか、見知らぬ土地で見知らぬ人に向かって声を発するなんて。おおよそ十年振りに他人と会話するため、挙動不審にならない様に精一杯頑張ったつもりだ。
「かしこまりました。新規登録の冒険者様ですか?」
間髪入れず、受付にいるお姉さんは事務的な口調で問いかけてきた。
「……えっ、あ……はい、です!」
今の敬語は変だったかな……?
なんとか私が返事をすると、お姉さんは何やら笑みをこぼした。
「ふふ、そんなに緊張して硬くならなくても大丈夫ですよ」
「──っ!? すいませんすいません!」
あぁ〜……恥ずかしい。
一生の恥だ。
私は自らの服の袖を掴み、額の汗を慌てて拭いとる。
「この水の都のギルド協会では、新規の冒険者様に住居の提供、それに僅かながら支度金も差し上げております。ですので、駆け出しの方でも安心して活動を始められるかと。一部の人々の間では、『始まりの街』と呼ばれているくらいですからね」
な、なるほど。
たしかに住むところがあるっていうのは、とても助かる。
しかも、いまの私は無一文。当面の生活費を心配しなくても済むのなら、断る理由はどこにもないだろう。
「じゃ……お世話になろうと思っ……います。で、でも登録って何か要る物……ありますか?」
「特に必要な物は御座いませんよ。では、早速ギルドカードに冒険者様の情報を登録しますので、こちらを」
そう言って、受付のお姉さんは小さな鏡を取り出した。
「ん? えっと……何を?」
「こちらの鏡を見つめていただければ、あなたの冒険者としてのステータスを確認出来ます。それをギルドカードに反映させるものですので、どうぞ〜」
「は、はぁ……」
まあ、やるしかない……よね。
よりによって、嫌いな自分の顔を眺めることになるとは。
私はお姉さんから物憂げに鏡を受け取った。
って、えええぇ──!?
鏡を見た瞬間、私は思わず叫びそうになった。
誰この美少女!? まるで現実離れした容姿。
これが……私?
綺麗な長い白髪。それと負けないくらいに透き通った白い肌。うん、めっちゃ推せる。
緊張してて気が付かなかったけど、魔法使いのような紫色のローブを身につけていた。スカートの丈、短っ!
というか、ぱっちりおめめが蒼く光ってるんですけど?
「……あの〜終わりましたが、もしかしてご自身の顔に見惚れちゃってたり?」
「へっ? ……いやいやいやいやそんなことないですっ!」
初めて自分の新しい顔を見たんだよ!
そんな私の心の声とは裏腹に、お姉さんは相変わらず笑顔で続ける。
「そう謙遜なさらずに。そんなに美しいお顔なら当然のことですよ。先ほどから俯いてたのも、たくさんの異性から声を掛けられるからだと思ってました。ほら、周りの男性冒険者たちもあなたに目を奪われているに違いありません」
もちろん、見られているのは知っていた。
自分で言うのも何だが、周囲からの視線には敏感な方だ。
でもそれは「蔑み」を込めたものだと思っていたから、そんなふうに好意を向けられているかもしれないなんて考えたこともない。
私はお姉さんの言葉に、引きつった笑顔で応えた。
これから先、この顔でどうやって生きていけばよいのやら。
──私はこれまでの人生を、ふと思い返す……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私の名前は、楪 美栗。
高校二年生の十六歳。
小学校低学年の頃から他人と関わることを極力避けて生きてきた。そのきっかけは、近くにいた友達同士の会話を耳にしたからだ。
「美栗ちゃんって、名前は可愛いのに顔は地味だし、どっちかというとキモいよね〜」
たった、その一言だけ。
特に酷い虐めを受けたりした訳じゃないけど、幼い私にとっては心に突き刺さる言葉だった。
以来、ずっと人目を気にしながらモブキャラ以下の生活を送っている。
時が経つにつれて卑屈さに磨きがかかり、
(もしも私の顔を見て、相手が嫌な気持ちになったら……)
などと考えてしまうようになった。
とにかく他人に迷惑を掛けたり、目立つような真似をしたくないという気持ちが強いんだと思う。
けれど普通に学校へ通うあたり、根は真面目なのかも。
──それが幸か不幸か。ある日、通学中に交通事故に巻き込まれたところまでの記憶しかない。
次に目が覚めたとき、このギルド協会の建物の前に立っていた。
……おそらく転生したのだろう。
唐突に起きた出来事だが、無理やり納得する他ない。
いかにもゲームやアニメに登場しそうな、ファンタジー世界の格好をした人々。赤レンガ造りの美しい街並み。
なんといっても、道路脇を流れる透明な水が綺麗だった。
どこか外国っぽい雰囲気に圧倒され、しばらくの間、呆気に取られて口を開けたままだったと思う。
それからは物陰に身を潜め、行き交う人々の会話に聞き耳を立てて情報を収集していた。
そして、分かったことが全部で三つある。
どうやらこの世界には、『属性』と呼ばれるものが存在していること。
この街は水属性の神が見守る都、ブバルディアという場所らしいこと。
ギルド協会で冒険者登録をすれば、生活が安定すること。
現状、生き延びる術がない私にとっては、三つ目の情報が一番重要だろう。
真偽は分からないが、ここで野垂れ死にするわけにはいかない。
そんなにも目立ちそうな行為をするくらいなら、住民が居ない場所にまで行き、自給自足の隠居生活を決め込んだ方がマシだ。
しかし、よく知りもしない世界で安全な街の外へ出たら、どんな危険が潜んでいるのか分からない……。
「やむを得ない……か」
とりあえず、私はギルド協会で冒険者になる決意をした。
そして現在。
だから、こうして苦手な対人戦を行っているという訳だ。
「それでは、こちらがあなたのギルドカードになります。一度作ってしまえば自動更新されていきますので、身分証としても使えます。ずっと大切に保管しておいて下さいね」
「どっ……ど、うも」
ギルドカード……ハイテクな便利アイテムすぎる。
私はお姉さんから名刺のようなカードを受け取り、それに目を通してみた。
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名前:ユズリハ ミクリ
レベル:1
属性:無
職業:下級冒険者
力:1
防御:1
体力:1
魔力:???
知力:3
敏捷:1
能力:《エリミネーション》
効果:対象のあらゆる魔力的要素を消滅させる。
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へぇ〜、名前や詳しい能力まで見れちゃうんだ。
予想はしてたけど、やっぱり魔法とかがある世界なんだろうか。
うわっ、1の数値ばっかりあるじゃん。
この世界でも私はモブキャラ以下確定だな。
「…………ん? はてなが三つ並んでる。なにその隠し要素みたいなやつ」
私がつい口にしてしまった言葉に、受付のお姉さんが食い入るように身を乗り出す。
「えぇ──!? どの項目にありますか!?」
「ひゃあっ!」
あまりにも咄嗟にお姉さんが近づいてきたため、反射的に身を捩りながら大声を挙げてしまった。
脇汗が尋常じゃない。身体が熱くて頭がクラクラする。
ひとまず、落ち着いて深呼吸を挟んでおこう。
「ふうぅ……。魔力、ですけど……」
「凄いですね! 私も長いこと冒険者の方を見ていますが、魔力が『測定不能』なんて初めてです。いずれきっと偉大な冒険者様になりますよ!」
ど、とういうこと──!?