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夜へ翔く鳥は暁を夢見る

   序章


 「生きるって、なんだろうね」

それが、彼女の口癖だった。だけど、彼女は

「私が、私であるうちに、自由なうちに旅立つ」

と、残して、自らの命を絶った。

彼女は、生まれ持った病に、自らの思考意識を身体の自由を奪われる事になってしまった。治療法が確立されていない病気。対処療法しかない。その様な病気。その病気の数パーセントが発症する症例で、施す術は無く、ただ死を待つのみだった。

 だから、彼女は『自分という思考がある間に、身体の自由が利く間に』その人生を終わらせて、旅立ったのだ。

ソレの選択が、正しいのかどうかは、私には解らない。世の中、宗教観において、自殺はタブー視されている。

でも、どんな苦しみよりも、身体の自由を奪われ、自分の思考意識までも奪われた状態で、果たして“生きている”と言えるのだろうか?

それは、“死”と変わらないのかもしれない。


 この話は、私、桐田流と、親友、林夕菜、その知人達と過ごした時間の記録でもあり、自身の想い出と、考えである。




 一章



 そもそも、彼女・林夕菜との出会いは、高校一年生の時。私は、独りでいる方が好きなので、特に仲の良い友人はいないし、いなくてもいい。趣味といったら、読書か、人間観察。

彼女は、少し見た目が、普通の人と違う? と感じた。偏見的な意味では無く単なる興味として。何かの病気なり障碍なりを背負っている。でも、本人は、そんな事を、気に留める事なく過ごしていた。時々、夕菜の陰口を言ったり、本人に向かって、差別偏見的な言葉を放つ人もいた。だけど、夕菜は、何時もスルーしていた。なんで、言い返さないのかと、問い掛けたのが、始まりだった。

私のそんな問いかけに

「言いたい人には言わせておけばいい。慣れている事だし。私が、その人達に言い返したところで、私の病気が治る事は無い。言い返したらしたで、五月蝿くなる。だから、スルーが一番」

と、答えた。この時は、まだ、夕菜が抱えている病気がどれだけ、社会生活を送る事や、人間関係に弊害をもたらし、また治療法が確立されていない、絶望的な病気である事までは、知らなかった。

それでも、夕菜は、病気に対する、他人からの心無い言葉に耳を貸す事も無く、気の合う友達と、病気の事なんて気にする事も無く、明るく前向きに生きていた。今、思うと、ただ“生きている事”に、直向きだった。

 それは、夕菜自身が、命というモノに、ただひたすらに向き合い、生きている事について、凄く真剣に考えていた。だから、口癖として

『生きるって、なんだろうね』と、何時も言っていた。

何を思って、その言葉を呟いていたのだろう。私には、解らない。


 私は、生まれて来る事を望まれていなかった。だから“流”と云う名前。そして、家族というモノが、如何いうモノなのか理解出来ない。カタチだけ戸籍だけの家族。世間の目を気にしていたのか、大学まで行かせて貰った。

ただ、独り暮らしを条件に。やっかい払いしたかったのだ。だから、迷う事なく家を出た。だから、私には家族というモノが未だに理解出来ない。

夕菜の家族は、世間的に云う理想の家族だった。それは、夕菜の抱えている病気を、共に支える両親の姿。羨ましいと、少しは思ったコトがあるけれど、私は、五体満足健康体そのモノだ。だから、誰かを羨ましく思う事は間違っている。他人を羨む暇があれば、その人を観察して記録する方がマシだ。

それが、今の根源になっているのだ。

 だから、夕菜が自殺を決行した事に関して、私は、なんとも例えがたい感情を抱いたのを、覚えている。


ニュースが伝える、殺人や自殺。ネット心中。物書きという仕事をしていると、ニュースで伝えられない部分の情報が手に入る。

俗に云う報道されていない話。その理由とか。

イジメとかの自殺は、理由が報道されるけれど、それ以外は理由までは報道されない。

至ってフツウ。悩み事や持病を苦にしたワケでも無い。たまたま、ニュースで自殺報道を見て、釣られた様に死を選ぶ。そこに理由が無い自殺。何も悩みも苦悩も無い、だけど生きるのに飽きたとかで死を選ぶ。ネット心中でもそうだ。半分は、遊びの延長。本当に死にたい人は、逆に生きる道を選ぶと、私は思う。

理由無く、ムカつく、遊ぶ金がいる、で殺人。

ソコに深い理由があるならともかく、身勝手極まりない事で、他人の命、自分の命を粗末にする。

私が、そう思うのは、物書きだからなのか、それとも夕菜の影響なのか、自分でも解らない。

夕菜の自殺以降、そんな考えが頭を廻る。


 夕菜は、ある場所で、その生を終えた。

そして、夕菜の、お葬式が終わって暫く経ったある日、夕菜ら私宛に箇包みが届いた。亡くなったのは、お葬式の随分と前。何故、如何して今頃になって届いたのか不思議だった。配達予定日は随分と前だった。配達業者によると、仕分けの時に、ラインから落ちて隅の方に転がっていたそうだと、謝っていた。

だけど、そんな事故、今時システム上在り得ないと思ったが、例外はある。ただ、そこに、夕菜の思惑が仕組まれている様な気がして、少し謎が残った。

小包の中身は、鍵付きのノートと、夕菜が運営していたホームページのメールのやり取りをコピーした物だった。

 形見分けというか、遺言だったのか、夕菜の両親から託された鞄。中身は、夕菜のノートパソコンと、何かの鍵だった。その鍵が、届いたノートの鍵だった。なるほど、夕菜らしい事だ。

私は、届いたそれら全てに、目を通す事にした。何処かに、夕菜の口癖の意味と、自殺の理由があるのではと、思って。

『○月○日。昨日、サイトを見たという、女子高生から、相談のメールが来た。年頃ならではの悩みってやつ。―私の存在って何? 勉強だけ? 親や先生の言う通りに生きないとダメなの? そんなのツマラナイ― このメールの女子高校生の様に、生きている意味が“ワカラナイ”とか、答えようが無い。そんなモノは、最終的に自分で見つけて、決めるモノなのに。そもそも、“フツウ”の人からのメール相談なんて受け付けて無いのに。私は、同じ病気の人や難病や障碍を抱えながら生きている人達と、話して生き方について語りたいのに。何時の間にか“フツウ”の人からの相談事が増えて来た。フツウの人、健常者の人って、私達よりも思考能力や想像力が無いのかな? 届くメールには、不満ばっかり書いてある。サイトの注意書き読んでよ。自分達がどれだけ、恵まれているのかワカラナイのかな。まあ、自分自身がワカラナイって言う人達だから。むしろ、私より重度の人や障碍を抱えている人達の方が、ずっと前向きなメールをくれる。サイトの中に、自殺についての考証があるからなのかな? でも、あれは、自殺に関して私の意見なのに。他の自殺サイトと同じにしてもらっては困るよ』

読んでいて、夕菜にしては、珍しくネガティブで他人批判。他人、健康で健常者の人に対しても毒気を含んで“フツウ”の人とは、たまにしか言わなかったのに。日付からすると、おそらく、病気の異変を感じ始めた頃なのかな。


―夜へ翔く鳥は、暁を夢見る―

夕菜が運営していたサイトのタイトル。中心は、自分の病気と日常の話。そして、趣味。こういった本を読んだ感想。風景写真などを載せていた。その中に、同じ病気の人と交流しり趣味の話をする為に、SNS的な場所もあった。そこは会員登録制。だけど、偽って入り込む“フツウ”の人が増えたから閉鎖した。

そもそも、そこに自殺の相談めいた事を書き込む人がいたかららしい。

夕菜は、怒っていた。その時は、単純に荒しに対してだと思っていた。

 夕菜の抱えている病気(以下、持病)は、偏見を生む症状が出る。人間の容姿容貌に影響する症状が出る。その様な人は、生き辛いんだと話していた。本人自身が苦しくて苦悩する。だけど、理解してもらえない。

私と夕菜の共通の友人が、そうだった。彼女は、その病気のせいで家族とも上手くいかず、とても遠く深い溝があり、今は、生家を出て、独り暮らしをしている。夕菜に紹介された時、初めて彼女を見た時、私は如何接していいのか、迷ってしまった。夕菜の持病と同じ。その中でも特に容貌に症状が出ているタイプ。夕菜が、繕ってくれて、話しをしているうちに、育った境遇が似ていた事もあり、話しているうちに仲良くなれた。始めは気を使っていたけれど、それも何時の間にか、気を使う事も無くなった。彼女は彼女。他の誰でも無い。

だから、気にする事は無いのだ。

 夕菜はサイトを運営する上で、この病気に対しての悪意のあるコメント、荒らしに気を配っていた。それらが、無くなった頃、夕菜は『ごくフツウの健康な人』からの、SNSへの書き込みやメールが増えたので、別口で相談を受ける事にしたらしい。何故、そこまでするのか不思議に思い、ある日、聞いてみた。

「なにも、そんな人達の相談に真面目に応えなくても。ソレ、冷やかしじゃあないの?」

「うん。半分以上は、そうだと思う。だけど、誰でもいいから愚痴りたい、構って欲しいんだよ。本当に死にたい思いを吐きたい。その受け口に一時的になってみる事にしたんだ。その“コト”で、私が生きている意味とか見つかるかもしれないし。まぁ、五体満足で容姿も普通、持病とかも無い。だから、ちょっと躓いたりすると愚痴りたいんだよ。そういう“フツウ”の人達の心理を考えると、それはそれで、面白いんだ」

と、答えた。

その話は、私と夕菜との秘密になっていた。この人は、本当に悩んでいるのか、冷やかしなのか。夕菜は、文体からそれを感じ取っていた。物書きで生活している私より、文章に込められたモノを見抜く才能を持っていたのかもしれない。持病で色々なコトを体験しているからこそ、出来たのかもしれない。


 夕菜との出会いは、高校に入った時。クラスは隣だったけれど、図書委員会で知り合った。私も、そうだけど、余り他人とは関わりたくない。夕菜も、同じ様な感じだった。さすがに、その時には、持病があるなど思っても無かったけれど、少し身体が弱い子なのかなと感じた程度。

皆が、喋っている中で、私と夕菜だけは、必要以上の会話をする事は無かった。

ある日、ゴールデンウィーク前、たまたま、図書室の当番が一緒だった。その時、お互い始めて、会話らしい会話を交わした。

「桐田さんって、どんな本が好きなの?」

無口な夕菜が、始めて自分から話かけて来た。カウンターに二人だけだったのもあるだろう。

「え、まあ。色々と読むけれど。ファンタジーとか、精神心理学系、哲学もの。雑学なんかも好きだよ」

ちょっと声を掛けられて、驚いたけれど、答えないのも悪いから、素直に答えた。

「同じだね。私も、そういう系が好き。恋愛物とかは、気分悪くなるくらいキライ。まだ、サスペンスとかの方がマシ」

「はは。私も、恋愛系は嫌いだし、家族小説みたいなのは、もっとキライ。そもそも美談ばかり書いてある本は、ダメだね。あと、キレイゴトしか書いていない本も。それが、フィクションでもダメ。―私、人間観察が趣味の一つなんだ」

話しの成行きで、そんな事を夕菜に言った。

「人間観察?」

「そう。あの人は、こんな感じだとか。偉そうにしているけど小心者だとか、一見、弱弱しく、見えるけれど、心は強いんだなとか、つい、分析してしまうんだ」

「なるほど、桐田さんは、そういう風に人間観察をするのか。私は、人間観察でも、性格とか生き様を見ている。この人は、どんな風に生きているのかって」

「なんだか、趣味が似ているね」

私は、始めて、共感出来る人間を見つけた。

「だね。人間の生き様を見るのも、面白いよ」

私は、この時の夕菜の言葉の意味を、単なる趣味としてとらえていた。だけど、後に、その言葉の指す理由と意味を知る事となる。

その会話を切っ掛けに、私達は仲良くなった。私は、今まで特に仲の良い友達を作った事はない。精々、同じクラスの人。その時だけの人で、終わっていた。委員会も、そのつもりでいたのだけど。

夕菜の言葉、その台詞が醸し出す雰囲気に、不思議と似た様なモノを感じ、初めて友人と呼べる人を見つけた。


 ゴールデンウィークに、夕菜が家へ来ないかと誘ってくれた。断るのもあれだから、行く事にした。ただ、私には家族とは、あるようで無いモノなので、家族関係を見せられるのが、正直キツイなと思った。

夕菜の家は、隣街だった。もしかしたら、中学の時、何処かで会っていたかもしれない。

「おじゃまします」

他人の家に行くのは、小学校以来かもしれない。おずおずと、家へと上がらせてもらう。優しそうな両親と一緒に出迎えてくれる。少し、心が痛かった。

「夕菜と、仲良くしてくれてありがとう」

夕菜の部屋に、お茶とお菓子を持って来た、夕菜のお母さんが言った。

その言葉の意味が解らずにいると、夕菜が

「―私、こう見えて、難病なんだ」

と言った。

「え?」

どう見ても、元気そう。ただ少し気になっていた事はあったけれど、それは言ってはいけない事だ。

「桐田さんには、話しておきたい。それでいて、私と友人としていてくれるか、無理なのかを考えて欲しい」

と言うと、夕菜は上着を脱いだ。

胴の辺りには、痣やデキモノ、多分、手術の跡。その様なモノがたくさんあった。私は、何も言えなかった。夕菜は、服を着る。

「生まれつきの病気なの。母斑っていう痣と腫瘍がたくさん出来る病気なの。遺伝はするけど、感染はしないから。そして、この病気には治療法が無いの。腫瘍は気になりだしたら、手術する。私は、これでも軽い方。服で隠せるから。ましなんだ。重度だと、寝たきりや、外見的に重い症状が出て、一目に晒されて苦しい病気なの。一番嫌なのは、他人の不躾な視線だね」

と、言い、その病気について書かれたサイトを見せてくれた。私は、言葉が出なかった。

「ゴメン。いきなりイタイ話をして。でも、話しておきたかったんだ」

夕菜は言って、ノートパソコンを閉じた。

「別に、大丈夫。私は気にしないよ。だって、林さんは、林さんだし。病気は関係無い。病気だからどうのって、それは無いよ」

この言葉が良かったのか、今でもワカラナイ。

「誰にだって、知られたくない事。知っていて欲しい人はいる。私は、家族っていうモノが解らないんだ。流って名前は、流れて欲しかったから。つまり、要らない子供だったんだ、私」

夕菜が私に、持病を語った様に、私も自分の生い立ちを夕菜に伝えた。

「何それ、酷い」

夕菜が言った。私は、少し俯いてしまう。誰にも話した事のない事。

そして、夕菜の両親が「仲良くしてくれて、ありがとう」と言った意味が、解った。

それが、きっかけ。お互いのキズを曝け出した事で、無二の親友となれたのだ。


 親に望まれなかった、私。難病を抱えて生きる夕菜。それは、傷の舐め合いではなく、ソレを知った上で、お互い理解し合える仲。多分、精神的に近いモノを持っていたのかもしれない。所謂、波長が合う相手として。


 それから、何時も一緒にいる仲だった。夕菜は、時々、痛みを堪えて苦笑いを浮かべていた。だけど、それ以外、なんともないように振る舞っていた。夏服になると、目立つのではと思ったりしていたけれど、夕菜本人は、まったく気にしていない。あからさまに傷つく様な言葉を言う人もいたけれど、まったく気にしていない。常に無視スルーを決め込んでいた。その強さは、何処から出て来るのか、知りたかった。

「そんなの単純だよ。だって、私、目も見えるし耳も聴こえる。喋る事もできるし、好きな物を食べて、きちんと排泄も出来る。何処かへ行こうと思えば行けるし。当たり前の事が普通に出来るんだもん。だから、ナニって? 感じ。病気だから不幸だとは限らない。逆に、健康体だから、当たり前の事に気付かずに不幸だと思ってしまう。その人達は、そういう人。だから、言わせておく」

と、答えた。夕菜は、私よりも、ずっと強い人間なのだと思った。だから、徐々に夕菜に対して悪口を言う人は少なくなった。存在を無視されている様なモノだから。でも、極一部の人は、すれ違い様に、心無い言葉を浴びせかけていた。そんな人に対して、夕菜は

「カワイソウな人なんよ。だから、言わせておく。誰かを貶めていないと、自分が駄目だと思い込んでいる可哀相な人間って、やっぱり存在しているからね。きっと、そういう人間なんだよ」

と、笑って言っていた。結構、毒舌というか、人間の心理を見抜いている。私は、その時には、そう思ったけれど、その言葉の裏までは見えていなかった。

 

 なんだかんだで、高校を卒業し、私は貰えるだけ貰えるお金を手に、都会の大学へと進学した。二度と生家に帰る事をしない条件で。ただ、未成年ということもあり、卒業までは、マンションの保障人は親が渋々引き受けた。それは、建前。でも、近所の人も親戚の人も、皆知っている。知らないのは親だけ。

私は、さっさと大学を卒業して、完全に縁を切りたかった。戸籍を抜く事も出来たそうだが、手続きが難しくて、戸籍はそのまま。

一方、夕菜は、その病気を研究している大学病院の近くへ引っ越して、その近くの短大へ進学した。

お互い、遠く離れてしまったけれど、メールのやり取りはしていたし、休みの時とか、遊びに行ったり来たりしていた。その間にも、夕菜の持病は、進行している様に感じた。夕菜は、何も言わなかったけれど、きっと痛みも増していたのだろう。

 私が、大学三年の時に、念願の作家デビューをし、卒業と同時に、その賞を貰った出版社に就職した。自分の作品を書きながら、事務方の仕事をする。就職してから、しばらく経った頃、夕菜から「ホームページを作ってみたんだ」と、メールを貰った。そう、あのサイト。

―夜へ翔く鳥は、暁を夢見る―

今、思えばあれは、夕菜が自分が生きていた証を、作りたかった、その為の場所だったんだと、思う。

「―如何して、自殺なんか」

手元にある、鍵付きノートを捲りながら、夕菜との思い出を振り返る。心の整理は、少しついたけれど、このノートが届いたせいか、再び何も知らず出来なかった自分が、悔しくて堪らない。

私は、夕菜からの遺言で、ホームページの管理運営を任されている。だから、一部を除いて、全て削除をしていく。そんな中、隠しリンクを見つけた。そのリンク先には、『自殺』に関する、夕菜なりの想いが綴られているページがあった。そこには、高校時代の夕菜からは、とても同一人物だとは思えない事が綴られていた。

『―自殺してしまった者の魂は、永遠に彷徨うとされているけれど、それは宗教が決めた事だと思う。もし、自殺しか術が無いとしたら、ソレにしか救いが無いとしたら、自殺は正しいのかもしれないと、この処、よく思う。少なくても、現状からは解放される。死は終わりではなくて、創まりなのかもしれない。私の器は、もう限界。私の意識は、私の思考は消えてしまう。私でありながら、残っているのは器のみ。空っぽの器のみ。抜け殻の躰。だから、私は、

“生まれ変わる為に、死ぬ”本当に生まれ変われるのなら、自殺が罪だとしたなら、人間に生まれなくてもいい。生まれ変わったのが羽虫なら、それはそれでいい。自由の無くなる躰。私という意識が消える前に、この躰から解放されたい。私が私であるうちに。生まれ変われる事を夢見ながら、私は夜へと翔いて逝こう。死という名の夜へ。そして、暁なる来世へと― 』

読んでいて、涙が零れる。病は、如何して、夕菜の意識までも、奪おうとしたのだろう。そして、現代医療の限界を恨んだ。

きっと、脳の一番深く複雑な場所に、腫瘍が出来なければ、夕菜は自殺などしなかった。何よりも、生きる事に固執していた、生きている喜びを知っていたのに。

ページには、輪廻転生に関する、詩が綴られていた。

『―夜へ翔く鳥は、夜明けを待つ。暁の空を夢見ている。死の先には、転生という再生がある。今を越えれば、生まれ変われるから。逝き着く先へ、その先へと。永遠に望むモノ。死を越えた、その暁を― 』

まるで、何かの呪文の様にも感じる。死と再生の世界観。

ここは、私の知っている夕菜とは、別の夕菜の場所。

そういえば、夕菜のお葬式の後に、形見というか、夕菜の遺言で渡されたノートパソコン。あのPCにも、私の知らない夕菜の一面が綴られていた。私の知っている夕菜とは、正反対の夕菜が。でも、今は、このページを読む事で、夕菜が何を考え、何を望んでいたのかを、知る事が出来るかもしれない。

 夕菜は、何時だって持病と向き合って生きていた。理由が、どうであれ、本当に自殺を選ぶしか、無かったのか。何処かに、本音があるのかもしれない。私は、ただ、夕菜の綴った文章を追い掛けるしかなかった。

『創まりは、死。終りは、生。生き続けるという絶望と、終わりの無い慟哭の中で生きている。ただ人間であるが故に』

まるで、生きる事に対しての絶望。病気の進行が、夕菜を変えてしまったのだろうか?

親友が『死を求めていた』事に、私は、如何して気付かなかったの? お互いに『人間って、何だろう?』って、語り合っていたのに。

『現世にての救済。それは、器を捨て去り、翔く事の出来た魂に与えられる。苦しみに、自分を失いたく者。翔く時は、その器を棄て去り、次なる暁を求めて』

これらの詩が、夕菜の病気と自殺に関係しているの? それとも、ニュースになる自殺サイトの事件、心中サイトの事件。それと、夕菜の自殺論は関係しているのだろうか? だけど、サイトの精神論が違う。夕菜にしてみれば、一緒にしてもらいたくないのだろう。夕菜は、嫌っていたな。簡単に自殺とかする人間を。

でも、夕菜も、結局、自殺。だけど、夕菜は、きっと生きていたかった。でも、それは、可能であっても、自分と云う意識が無くなるなら、そこに在るのは、ただの抜け殻なんだ。それが、夕菜にとっては、死と同じモノだったのかもしれない。その事で、ふと思い出した。

 あれはまだ、私が大学二年の夏休み。高校時代みたいに、じっくりと話せなかったけれど、時間の許す限り色々と語り合った。

あの時は、久しぶりの再会とあってか、夕菜の異変に気付く事は無かった。本にが、あえて隠していたのかもしれない。

「魂って、きっと自由なんだろうね。魂だけなら宇宙の涯まで、翔いていけそうだよね」

あの時は、特に何も思わなかった。夕菜が詩人的な事を言うのが珍しく思えたくらい。そして、夕菜は、その言葉の意味については、教えてはくれなかった。

その頃から既に“死と再生”について考えていたのかもしれない。

思い出を辿りながら、次のページへ。

『生まれ変わりたい。天空へ翔く為には、器との決別が必要。この躰を棄て去れば、私も、天空へ宇宙へと翔けるの? あなたの魂は、如何したい? 苦しみながらも、自分であれるのなら、生き続ける。だけど、もし自分がなくなる時が来た時、どうする? ただ生かされ続ける? それとも、再生を願い死を選ぶ? 死は創まり、生は終わり。私が自分が消えてしまうという苦しみと絶望の中で、ソレを終わらせるコトが“死”のみだとしたら、私は、創まりである死を選ぶ。望むモノは、転生と再生。私が、消えてしまう前に』

持病の悪化で、夕菜は死に対して、何かしらの憧れを抱く様になったのでは。

以前、私が

「自殺って、卑怯だよね。逃げているみたいで。生きたい人もいるのに。生きていたら、良い事だって、一つくらいあるかもしれないのに」

その言葉に対して

「そうかなぁ。私は、そうは思わない。それは、フツウの人の場合。自殺がタブー視されるのは、宗教観から。まぁ、残された人は“如何して?”と思うかもしれない。もし、救われない現実がソコにあったならば、自分が消えてしまう状況にだったら、むしろ、自分が在るうちに死にたいと思う。そのコトで、誰かが、救えなかったコトに傷つき罪悪感を覚えるのならば、その前に出来る事をして欲しい。それが、無理だから、魂の解放を望むんだ」


あの時の、夕菜は、自殺を仄めかしていたかの様だった。それに、出会った頃に比べると、悲観的になっている気がした。私には解らない。夕菜の抱える持病の事が苦しみが。理由を知った上で、ソレらの事を考えると、否定は出来ない。

―人間、生きていたら、誰だって一度は自殺を考える― 

私も、そうだった。家族との確執が苦しくて悲しくて堪らなかったから。

多分、誰であろうと、自殺を考えなかった人間はいないと思う。死に対する憧れみたいなモノを抱く。そうでなければ、違った意味で幸せな人だ。

夕菜のホームページの隠しリンク。少なからず、ここへ来た人に影響をあたえているはず。夕菜の価値観に賛同した人が自殺した、そんな事は解らない。でも、メールのプリントを見ると、少なからず賛同者はいた。だから、そのページは、私の判断で削除した。

 自分は死を望みながら“フツウ”の人が自殺する事が赦せなかったと、小さく書いてあった。

病気が原因だとしても、私は、夕菜の自殺を受け入れられないでいる。でも、私が、夕菜と同じ事になったら、きっと同じ事をしたと思う。

ここ最近、仕事に前向きになれないのは、私の中で、夕菜の自殺が重く圧し掛かっているせい。締切が近い原稿を幾つか抱えているのに。

 このままではと、一度、夕菜の事を考えるのは辞めて、私の現実と向き合うべく、夕菜のサイトを閉じた。その時だった、夕菜のメールアドレスから、私宛に、メールが届いた。なんでだろうと、そのメールを開いた。

『流へ。私の隠しページに来てくれたんだね。ここは、一部の人しか教えていなかった。流にも黙っていた場所。だから、私が旅立った後、ここに流が辿りついたなら、メールが届く様に細工しておいたんだ。まあ、サイトの今後の管理運営は任せていたから、必ず来ると思っていた。この様な、ネガティブな事を書いているのは、私の本心をカタチにしておきたかったから。持病のせいで、私自身が消える前に、私の想いを残して置きたかったから。別に誰かを巻き込んで自殺するつもりじゃあないよ。そう受け取った人の答えだし。それに、自殺サイトでも推奨でもないよ。私自身が出した答えだから。ただ、私の想いが、誰かの励みになれば、誰かの心に残ればと、ね。自殺論に関しては賛否あるだろうけど。これは、サイトに来てくれていた人への、この場所を知っている人へ向けた、私の想いであり、遺書みたいなモノ。脳の一番深い場所に、腫瘍が出来てしまい、そこは神経の集中する複雑な場所。緩やかだけど、日に日に症状が出てくる。最後には、運が良くて植物状態。悪くて脳死。それは“私”が消えるという事と同じ。意識が無いのであれば、それは、私は私と認めない。だから、身体の自由があるうちに、私が私であるうちに、私自身を終わらせたかったの。―千夏には、謝らないといけないのかもしれない。彼女は、生きる事を決めた。受け入れるのには、かなりの時間が必要だった。でも、まだ完全には受け入れていないはず。でも、私は私が無くなってしまうので、生きているという事にはならない。だから……。この想いは、きっと両親ですら知らないし、話してもいない。きっと、持病の悪化が自殺の原因だと思っている。まあ、悪化は事実だけどね。だから、せめて、流だけには、本当の事を伝えたい。

私が、脳腫瘍で意識が無くなるのは、夕菜と云う意識が無くなるのと同じ。それは、死と同じなんだ、私からすれば。だから、私が私という思考意識があるうちに、私を終わらせたかった。躰の自由が利くうちに旅立ちたかった。それだけよ。もし、腫瘍が摘出出来て、身体の自由が利かなくても、私のいう思考意識が残ったならば、私は自殺は選ばなかった。治るのであれば、例え、とても苦しく辛い治療でも、闘った。それが、不可能だったから、出来なかったから。流、解ってくれるよね? それと、千景に会った時、私の想いを伝えて。彼女は、きっと、とても苦しんでいる。彼女は、死を選べないから。苦しんでいる。これは、最後のお願い。 夕菜』

サイトにアクセスすると、メール送信なんて、手の込んだ事をして。もし、時間があったなら、高校の頃の様に、語り合えたなら、夕菜は自殺を思い留まったのかな? でも、その逆で、やっぱり譲れないモノだったのかもしれない。

時計を見ると、日付が変わっていた。夕菜のサイトやノート、メールに付いて考え込んでいた。仕事は、終わっていない。とにかく、一度、夕菜の事を仕舞い込んで、私の仕事をしないと。仕事を終わらせてから、ゆっくりと考えればいい。

 私は、気分を変える為に、コーヒーを淹れにキッチンへと向かう。その気配に気付いたのか、部屋の隅にある棚に置いてある、ケージの中のハムスターが、モゾモゾと動き、こちらへとやって来て、ケージのふたの処で、餌をねだる頂戴のポーズをした。

「ぺぺは、死にたいとか思ったりしないんだろうな」

と呟き、ヒマワリの種を一粒だけあげた。それを受け取ると、美味しそうに齧り始めた。そんな姿を見ていたら、複雑な気分になってしまった。

 それから、私は、一気に原稿を仕上げた。スイッチが入れば、早いんだ。

さすがに、二十代半ばともなれば、貫徹二日はキツイ。それらを、出版社に届けて、部屋に戻ると、倒れる様に横になった。

そして、電気を消した闇の中、天井をじっと見つめていた。


『―私は、ね、自由な間に翔きたいの。それは、私の魂が、そう望んでいるからなの。だって、私が私であって、自由なのは、あと少しだけ。世間の目は、私の事をニートを見る様な目で見るけれど、その人達は、私の現状を知らないから。だけど、そんな事もう、どうでもいいの。ただ、千景の事が気になるけれど、その事は、流が理解してくれているから、お願いね。―私が、私でいられる時間は、もう余り残っていないから― 』

夢現の中で、一緒に旅行に行った時、夕菜が零した言葉が浮かんでくる。もう、二年以上前の事。その時、既に知らされていたのかもしれない。私に、その話をすると、私が心配するから、あえて、遠巻きに死生観を語ったのかもしれない。




  二章



 夕菜がこの世を去り、お葬式をして、間もなく一年。実際は、亡くなってからは、もっと時間が経っているけれど。これも、区切り。

私は、夕菜の一周忌に向かう為、生まれ育った街へと向かっていた。外の景色は、時雨れている。秋も冬へと移り、吹き付ける木枯らしは、不摂生な身体にはキツイ。各駅停車なので、乗降口が開く度に冷たい空気が吹き込んでくる。

夕菜のお葬式から、一年振りに、夕菜の家へと向かう。生家へは立ち寄る事はしない。そういう約束だから。お葬式の時に、千夏に再会した。その時に、お兄さんに手を引かれて歩いていた。父子家庭の千夏。事故で父親は亡くなり、千夏は視力を失ってしまった。

「大丈夫だよ」

気丈に言っていたのを、覚えている。千夏に再会したなら、夕菜の話をするべきなのか、しないべきなのか迷っていた。


 夕菜のお葬式は、花も少なく、ひっそりとしていた。自殺だからなのか、それとも遺言だったのかまでは、解らない。

「桐田さん、来てくれたんだね。ありがとう」

目を腫らし、疲れを滲ませた夕菜の両親が、出迎えてくれた。そして、無理に笑おうとするのが痛々しかった。私は、挨拶を済ませ、夕菜の小さな祭壇に花を置いた。遺影は高校時代の物だった。そして、棺ではなくて、既に小さな骨壺が、祭壇の前に安置されていた。

自殺と聞いていたので、ああと、思った。遺体と対面出来る事は無いなと内心思っていたから。発見された時、既に白骨化していたと、知り合いの記者から聞いていたので。

「損傷が激しくてね」

言葉に詰まりながら、夕菜のお母さんが言う。その辺りの経緯の情報は、知り合いから聞いていたけれど、あえて知らないフリをした。知り合いは、自殺防止を念頭に、その様な情報に詳しく、そして啓発している。キレイゴトでジャーナリズムをやっている人ではない。ただ、安易に死を選ぶ人間の心理を書きたいそうだ。だから、遺体の夕菜には会え無い事は、解っていた。

久しぶりの再会が、遺骨。やりきれない思いが湧いてくる。焼香を済ませて、祭壇近くに座っていると、若い男性に手を引かれた女性が入ってきた。千夏と、お兄さんだった。千夏は、お兄さんに手を引かれて、祭壇の前の焼香台に向かって、ぎこちない手つきで焼香をする。その姿は、視力を失ってしまったコトを露わにしていた。私は、少し戸惑ったけれど、声をかけた。

「千夏、だよね?」

すると、少し耳を私の方に傾けて、こちらを見て、笑う。

「久しぶりだね、流。元気だった?」

そう言って、お兄さんに導かれて、私の隣に座った。お兄さんは、私と夕菜の両親に挨拶をすると、部屋を出て行った。

“元気だった?”って、言葉に少し躊躇ったが

「うん。それなりに。千夏は?」

夕菜の霊前と、千夏の現状に対する言葉が、どの様な言葉が一番いいのか、解らなかった。これが、数年前なら、三人で世間話をしながら、他愛の無い話で笑っていたのかもしれない。あの頃には、戻れない。そう思うと、心が痛んだ。

「元気だよ。もう、だいぶ慣れてきたし。一人でも出来る事も増えた。何時までも、クヨクヨしたり、誰かを頼ってばかりではダメだと思って。何とか、頑張っているよ」

気を使ってくれているのか、そうではないのか、千夏は、明るく答えた。

「そうなんだ。リハビリ、順調なんだね」

私は、言葉を選びながら、言う。実際、障碍や難病を抱えて生きている人に対して、どの様な会話が差しさわり無いか、考えてしまう。人に寄り切りだけど、同情とか哀れみは、ダメだと思う。私は、もともとコミュニケーションが苦手。だから、余計に解らない。波長が合わないと、同じ空気を吸うのも苦痛。だから、人と上手く付き合えない。

「ごめん、流。なんだか、気を使わせちゃったね」

申し訳なさそうに、千夏が言った。

「え、そんな事ないよ」

少し気まずくなってしまった。

お葬式の時には、まだ夕菜の自殺の本当の理由を知らなかった。だから、式の間、ずっと、その事を考えていた。その時、夕菜の両親は知っていたのかな? 本当の自殺の理由を。

 葬儀が終わり、残っているのは、私と千夏のみ。

「夕菜が生きていた時、仲良くしてくれて有難う。病気の事もあってか、引きこもりがちなところもあったから、学校で親しい友人が出来るか、心配だったの。だけど、あなた達と知り合えて、仲良くなれて、あの子は、昔より明るくなれた。きっと楽しかったのね。有難う」

夕菜のお母さんは、私と千夏の手をとり、言った。

子供が先に死んだ、逆縁の場合、親はどんな気持ちなんだろう。特に家族関係が善くて仲良し家族なら、その想いは測りしれないモノなのかもしれない。家族というモノが、解らない私には、到底解らない事。でも、それを、想像し文章にするのが仕事なのに。ワカラナイ。

むしろ、私の方が、夕菜の両親に気を使わなければならない筈なのに、夕菜のお母さんは、私や千夏に気を使ってくれた。

「夕菜、凄く悩んでいたのかもしれない」

夕菜のお父さんが、言った。

「―何か、あったのですか?」

私は、夕菜の自殺について疑問に思っていたから、思い切って聞いてみた。

「あの、ここ数か月、音信不通状態だったのですが、その間に何かあったのですか? 入院とかされていたんですか?」

私の言葉に、両親は少し驚いて、首を振る。

「いや、入院はしていません。メールとかも、やり取りしていなかったの? 桐田さん」

夕菜のお母さんに言われ、頷く。

「ひとつだけ、思いあたるとしたら、体調を崩した時の検査で、その結果がよくないモノだったので。それから、部屋に引き籠りがちになり、口数も減ってしまって」

辛そうな口調で話す。

「夕菜、そんなに悪かったんですか?」

千夏が問う。

「何て言えばいいか。脳のとても深い神経の複雑に入り組んだ場所に、小さな腫瘍が見つかり、それは摘出不可能だと言われて……」

泣きながら、夕菜のお母さんは話してくれた。

「進行するかしないかは、その時点では解らなくて。でも、それは進行性のモノだった。そうと解ってからは」

その先は、言葉にならなかった。そんな話、初めて聞いた。夕菜は、入院だとか検査だとかの度に、愚痴めいたメールをくれたのに。

「それは、何時の事ですか?」

私が言う前に、千夏が言った。

「二十歳過ぎた頃。指先とかに力が入りにくくなり、よく転ぶ様になったので、検査したら、その様な結果でした。暫くは、今まで通り生活していたのですが、段々と症状が増えていって。去年の検査で、腫瘍が大きくなっている事が解ってからは。その時、宣告されたんです。良くて植物状態。悪ければ、限りなく脳死に近いと。そして、徐々に身体の機能や、思考や意識に障碍が出るとの事でした。その検査結果以来、部屋に籠り会話も減ってきました。今までは、前向きだったのに。自分の限界を感じたんだと思います。でも、私達も、その事に触れるのが怖くて。私達は、あの子の何も解ってあげる事が出来なかった」

泣いているのは、無力だった自分への罪の意識からなのか、それとも何もしてあげられなかった後悔からなのか。

この時は、まだ、夕菜が自殺した。その理由が持病の悪化だとしか思わなかった。

 その頃、私は、大学三年で、小説家デビューしたばかりで、色々と忙しかった。だから、メールも以前より減っていた。もし、その時、あって話をしていたならば。

いや、あのサイトと、ノートを見た限り、例え、その時に話し合っていても同じ道を辿ったに違いない。

お葬式の時、私は、夕菜の両親にかける言葉が、見つからなかった。


 どれくらい話をしていたのだろう。外は暗くなっていて、夕刻を告げるメロディーが流れていた。

「ごめんなさいね。なんだか、引き止めてしまったみたいで」

ゆっくりと立ち上がり、夕菜のお母さんは言った。

「いえ」

私も、立ち上がる。その時、玄関の呼鈴が鳴り、男の人の声がした。

「すいません。千夏、まだ、いますか?」

「あ、お兄ちゃん」

言って、ふらつきながら立ち上がろうとする千夏を、私は慌てて支えた。そして、部屋に入って来た、お兄さんに、その手を渡す。

「ありがとう、流」

視力を失い、兄妹二人っきり、寄り添って生きている様だった。

「それでは、私は、この辺りで。お父さんも、お母さんも、どうか気を落とさないで下さい」

千夏は、そう言って、来た時と同じ様に、お兄さんに手を引かれて帰って行った。

私も、帰ろうと、挨拶をしていた時、夕菜のお父さんが、大きめのバッグを持ってきて、私に渡した。

「夕菜の遺言で、これを渡す様にと」

受け取ると、少々重かった。バッグと重さからすると、おそらく中身は、ノートパソコン。

「貰ってください。夕菜の形見として」


こうして、私は、夕菜のもう一つの顔を知る事になった。

 あれから、一年。夕菜の一周忌に参る為に、再び、夕菜の家に来た。だけど、私は、夕菜の本心らしきモノを、両親に伝える事はしなかった。そう言う事は、夕菜は、望んでいないだろうし、伝えたところで、夕菜は戻らない。

私は、長居する事なく、都市のマンションへと戻った。千夏が来ていたら、少しは話したかもしれないが、千夏は、リハビリの為に入院していた。私、一人、夕菜の家に居るのが、辛かったのかもしれない。


 夕菜の想いを知ってしまった上では。


 マンションの自分の部屋に帰り着くと、どっと疲れた。荷物を置き、顔を上げると、机の上のペンスタンドに、貼られている一枚のシール写真が目に入った。日付はかすれていて見えない。既に色褪せていて、セピア色がくすんだ様な色になってしまっている。高校の時のモノ。卒業式の前に撮ったのかな。夕菜と千夏との三人で、映したもの。あの頃から、何年過ぎたのだろうか、そろそろ十年になる。その間、色々なコトがあった。色褪せたソレを見ていると、写っている、笑顔の夕菜や千夏の顔を見ていると、涙が溢れてくる。楽しかったあの頃。でも、その陰で、夕菜は病と闘っていた。強い子だなと、思ってた。

なのに。

夕菜は、自ら命を絶ち、千夏は光を失ってしまった。私は、もう、あの頃の様に笑えないかもしれない。

今あるのは、夕菜の残したノートと、メールをやり取りしたプリント、そして、受け取ったノートパソコンのみ。そして、託された、サイトの管理者アカウントとパスワードのみ。近い内に、夕菜の遺言を、ホームページに載せないといけない。それが、夕菜の最後の願いだから。

 思い出すのは、夕菜の言葉と、語り合った人生観のみ。

『人が死ぬと、如何して悲しいのか?』

よく語り合った、テーマだった。同級生達は、色恋やファッションなどの話に花を咲かせていた。私達には、そんな話、一度も無く、興味すら無かった。だから、周りから浮いていた。私達の話は、哲学的な事ばかりだった。

『人が死ぬと、悲しいのは何故か?』

“死ぬという物理的生理的現象そのものが、悲しいのか?”

“死んでしまった人が、可哀想で悲しいのか?”

“それとも、ソノ人を喪ってしまった自分が悲しいのか?”

夕菜とは、死生観を語り合っていたけれど、千夏は、その様な話を嫌っていたな。千夏が、幼い頃に、病気で母親を亡くしていた事は、後になって知った事。

だから、死生観の話をする時は、夕菜といる時だけ。

今、考えると、もしかしたら夕菜は、その頃から、心の片隅に『死』というモノを抱えていたのかもしれない。

『人が死ぬと、如何して悲しいのか?』

その答えは、今、私の胸の中にある。

夕菜の死が悲しいのは、もう二度と夕菜と会う事も語り合う事も出来ない。親友を喪った、自分が哀しいのだ。

―生まれ変わりたい。

夕菜の望み。だったら、何時か何処か来世にでも、私達は、また親友として出逢えるのだろうか。

 夕菜の抱いていた想いが重く圧し掛かって来て、涙が次から次ぎへと流れていく。涙が止まらないせいか、身体が重かった。ベッドに倒れ込む。だけど、涙は止まらない。

どれほどの時間、泣いていたのか、それとも眠っていたのか、気が付いたら明け方だった。

気分を変えようと、お風呂に入り、涙もろとも洗い流す。軽い食事を摂って、一息吐くと、少しだけ、気力が戻った。締切が近い。書きかけで止まっていた小説の続きを書く。

今、書いている小説は、夕菜に読んで欲しかったもの。このストーリーは、高校時代、二人で語りあった事が根本にある。

 ギリシャ神話のイカロスを、モチーフにしたもの。書いている間は、夕菜の事を考えない様にしていたけれど、やっぱり心が痛く泣きそうだった。

―夕菜に、笑われる、な。

私は呟いて、その思いを振り切る様に、原稿を書き上げる。


「ギリシャ神話のイカロスって、父親の言い付けを忘れてしまうほど、空を飛ぶ事が、嬉しかったのかな。でも、死んでしまったら、その喜びの意味が無いよね」

私の言葉に、夕菜は

「私は、解る気がする。イカロスと同じかも。だって、空を自分の翼で飛んだんだよ。大地を飛び立った時、彼は、解放されたのかもしれない。ソノ束縛から。だから、自らの命など比にはならなかった。死さえ超えたんだ。理由なんて無い。イカロスは、ただ翔いて行きたかっただけ。大地に縛り付けられて生きるだけなら、ば。そっちの方が良いに決まっている。……私は、そう思うよ」

命すら、如何でもよくなる瞬間って? 肉体と魂のコト?

夕菜のノートにある文章からすると、躰を失うと云う事は、魂の解放ってコトになるけれど。魂が、自由になる為に、そうしたの?

私が、小説を書いているのも、それは魂が求めているからなの?

夕菜が生きていたなら、なんと答えてくれるのかな? 答え、聞きたかったよ。

頭では、夕菜の死、自殺の理由を理解出来ていても、心はソレを受け入れていない。今、あるのは、夕菜の死と、記憶の中の夕菜の回想のみ。

 送られてきた、鍵付きノートは読んでいたけれど、形見として渡されたノートパソコンの中身は、まだ全部見ていない。一度起動させて、デスクトップに自殺系サイトのブックマークが並んでいたのを、覚えている。

書き掛けだった小説を完成させ、取りあえず、メールで編集部に送る。

私は、充電だけさせていた、夕菜のPCを久しぶりに起動させた。デスクトップ画面には、幾つもの自殺系サイトのブックマーク。それ以外に、何かあるのではと、色々と探ってみる。夕菜のコトだ、何処かに重要なコトを隠してあるのかもしれない。

自殺系サイトのブックマーク、医療関係のサイト。同じ病気の人が運営しているサイト。一通り見たけれど、これと言った収穫は無い。

 この病気は、外見、容姿容貌を左右する。同じ症状の人はいない。症状というカテゴリーとして括ってあるだけで、皆違う。

その中で、夕菜と同じ病気で、共通の知り合いである、仲條千景という人物がいる。彼女は、顔に大きな腫瘍が出来ていて、引きこもり生活をしているという。その彼女とも、ここ数か月、音信不通だ。彼女は、夕菜の死を知っているのだろうか?

『私は、私であるうちに、死にたい』

ノートに書き殴られていた、一文。

ブックマークを探っていくうちに、スピリチィアルやオカルト系のサイトもあり、夕菜が死に対して、何かを探していたかの様に思える。

死と再生。生まれ変わり、病ではない躰を望んでいたの?

でも、“羽虫”でも、構わないという言葉は、人間でなくても、命として転生出来るのなら、なんでもいいともとれる。

夕菜は、別に正常なフツウの身体に生まれ変わりたいワケでは、無かった様だ。

ただ、今の躰は、病に自分の思考までも蝕まれていき、やがて意識は消える。その前に、魂を解放したかったのかもしれない。

ノートに自殺相談が来ると、愚痴ってあり、そのメールをプリントアウトした物を読んでみたけれど。どうして、夕菜は、その様な事をしていたのだろう。その先のコトまでは、解らない。PCを操作しつつ、夕菜のノートを捲っていたら、ひらりと、メモが落ちた。拾って、読んでみると、夕菜の字で、

『皆、健康で正常なフツウの身体だよ。だから、自殺に憧れるんだ。フツウすぎるから、自分が一番苦しいんだとか、不幸だって言って、自殺自殺って言う。病気や障碍を抱えている人は、そんな風に自殺なんて考えない。ソレらを抱えている人達の方が、フツウの人達より、強い。簡単に“不幸だ、死にたい”とか言わないと思う。フツウだから、ちょっとした事を他人と比べて、自分は不幸だと思い込むんだ。ある意味、そういう人達って、カワイソウだよね、フツウの人は』

鋭く、突き刺さる言葉。フツウの人間に対して、夕菜の暗い感情が見えてしまった。

メモをノートに挟み直し、夕菜のPCを色々見ていたら

『自殺・心中とワイドショー』と題された、テキストを見つけた。

―幾ら、自殺防止、心の相談と、言っても、死を望み選ぶ人は、大勢いる。お金の問題で死を望む人は、なんとかなっても、本人に生きていく意思がなければ、やっぱり死を選ぶんだろう。イジメ、色恋、人間関係、お金、病気。目の前に死しか見えていない人間にとって、自殺や心中のニュースやワイドショーは、その背を押してくれるものなのかもしれない。死を望む。自殺への道標。自殺のニュースを見て、「ああ、別にそうしても良いんだ」そう思うのが、人間。ニュースやワイドショーが、自殺を取り上げると、自殺を赦された心理になる。正しいかそうで無いかは、その人、本人の価値観。そして、同じ悩みを抱えた人間が集まれば、思考はマイナス方面にしか進まない。そして、心中。死は、生理現象に過ぎない。物理現象だ。そこに、何らかの価値観が付随するかしないかの違い。価値観と原因が違うだけ。

 本当に、死を望んでいる人間を助けるなんてコト誰も出来ない。“出来る”と云う人は、その人が抱えているモノ全てを、一度、自分自身で感じてみればいい。それを受け入れる事が出来ないなら、苦しみを肩代わり出来ないなら、そんな事言うべきではない。出来たとして、それでも自殺は、ダメだと言えるのかな? キレイゴトなんて大嫌い。自殺が罪とされるなら、苦しみを抱えて生き続ける事は美徳なのか? 教えて欲しいよ。

それでも、自殺はダメだという人へ、ありとあらゆる絶望を感じても、そう言い切れる?』

私の知らない、夕菜の顔。自殺を仄めかす様なサイト。そこには、面白半分で入り込める様なサイトでは無い。自殺について、お互いの考えを語りある為のサイト。そこで、自殺を思い留まった人もいるだろう。ログ画面を開くと、自殺防止とか、自殺を止める、自殺は良くないコトだという事が、書き込めれない様に設定されていた。本気のサイト。

何時から、夕菜は、本格的に“死”を考え始めたのだろう。

もしかして、脳に出来た腫瘍のせいで、性格が変わってしまった? いや、それは違う。そうでは、無いと思う。

『私が、私である間に、死にたい』

それは、間違えなく、夕菜の遺書である。

夕菜の自殺論サイトを見て、自殺防止サイトを見ると、本気で自殺を考えている人の心など診ていない、ただのキレイゴトにしか見えなかった。

それは、嫌悪にも似た感情。その理由は、解らないけれど。




  三章



 夕菜の死んだ場所は、自殺の名所などではなく、実家から、遥か遠くにある自然公園だった。その自然公園は、夕菜のお気に入りの場所で、表のサイトによく風景写真を載せていた。そこを、死に場所に選んだのだ。その自然公園の中にある、最も人目に付きにくい場所にある洞窟の中で。

持病に、思考や意識、身体の自由を蝕まれていく運命。そして、もともと抱いていた小さな闇は、持病の進行と共に大きくなり“自殺系サイト”とも解釈できる裏サイトまで作る事となってしまった。そして、そこに集まるのは“フツウ”の人達。

私は、そんな夕菜は知らない。夕菜もまた、私に悟られたく無かったのかもしれない。ノートに書いてある様に、サイトの今後は全て私に任せるとある。だから、削除するのも、きっと構わない。夕菜の裏サイトは削除し。本当のサイトの方は、トップページのみを残し、そこに、近々、夕菜の遺書の一部を載せるつもりだ。

夕菜宛てのメールの殆どは、同じ病気の人からだ。それを、あえて文章にするのは偲び無い。私は、健康しか取り柄が無いので、その人達の事を頭で理解でても、きっと心からは理解出来ない。理解しようとしても、その人達からすれば、きっとキレイゴトなのかもしれない。

 夕菜の想いに、賛同する人、批判する人。この病気は、人それぞれ違う症状の現れ方をする分、病気の人同士でさえ、理解し合うのは難しいと、生前の夕菜が言っていた。特に、隠せない場所に腫瘍なり母斑がある人は、この社会において、とても生き辛い。そんな人を、一人だけ知っている。

『私には、生きる理由も意味も無い。前向きに生きるコトは、大切だと思う。でも、それは“未来”が存在している人への、言葉。私には“未来”なんてモノは、存在しないのだから』

夕菜の本音とも思える、言葉を見つけた。夕菜には、未来が無いに等しかったのだ。だから、あの様な言葉を残したんだね。

 私には、解らない。病気や障碍を抱えている人のコトが。頭で解ろうとしても、それは、飽く迄もイメージでしかない。

夕菜のコトも、千夏のコトも、何一つ解っていなかったのかもしれない。

「目隠しをして、一人で歩け」

と言われたとする、だけど、怖くて出来ない。それが、本音。妊婦や障碍者の感覚を体験する道具があるけれど、その時だけで、普段の生活の中では、そこまで気が回らない。どう接すればいいのか、解らない。

人間は、結局自分の事で、精一杯だ。キレイゴトの好きな偽善者は、その様な人に接する事で、自己満足に浸る。当事者からしたら、要らない世話なのかもしれないのに。

他人のコトなんで、理解出来ないのが現実。

夕菜の自殺。それを思い留めるコトを出来なかった。そんな状況の夕菜を、私は、知らなかったのだから。

 自殺は、悪いコト。赦されるコトの無い罪。自殺した者の魂は、永遠に彷徨い救われないという。でも、それは宗教上の解釈。本当は、別に在るのかもしれない。でも、ソレが解らない。夕菜は、信じていたのだろう。

何故、救われないのかと問うと、神仏から親から与えられた命を粗末にしたからと、返答されるだろう。でも、親に間引かれそうになった私は、如何なのだろう? そして、重い病気や障碍を背負って生まれてきて、苦しみながら生き続ける者に救いはあるのかと、問いたい。どうせ、返ってくる返答は、宗教上の教義であり、魂の試練とか云うモノだろう。ならば、病気や障碍を抱えている人に、正常な健常な身体を与えてあげる事は出来ないのだろうか? 正常で健康で生まれてきているのに、ちょっと躓いた上手くいかないで自殺する人間の身体を与えれないのかと言いたい。そしたら、簡単に死を選ばないだろう? どれだけ、自分達が恵まれいるのか理解出来ていないのだから。なんだか、よく解らない思考になってしまった。

私は、そこで一度、夕菜の辿って来た道から離れる事にした。それで、夕菜の遺言を果たすべく、夕菜の表サイトへ、夕菜の死と、その経緯を書き綴り、パソコンを落とした。

 今年の仕事も、終わった。次は、春頃まで時間がある。夕菜の死と、そこから始まった回想、自殺に関する夕菜の想いを探して、気付けば年末。

私にとって、クリスマスのイルミネーションも、新年へのライトアップも音楽さえも、煩わしいモノとなっていた。

物理的に満たされた現代において、何時しか、心の中は寂しくなってしまったのだろう。だから、なのかもしれない、自殺率が高くなったのは。

生きる事に対して、如何でもいいニート。それが、この国の病の根源に繋がる。むしろ、その根源から生まれた存在なのかもしれない。ニートになるなら、その健康なフツウの身体を、自由に生きたい病や障碍を抱える人と交換出来ればいいのに。

「生きる意味って、何だろう?」

呟いた時、スマホが鳴った。千夏からだった。夕菜の、お葬式以来だ。

「流、久しぶり、時間あるかな」

電話の向こうの千夏の声は、元気そうだった。

「うん。大丈夫。千夏、久しぶりだね。何か、あったの?」

「かな。突然で悪いんだけど、来月、お正月明けの、四日と五日、空いている?

直接会って、話したい事があるのだけど」

珍しい、何だろう。

「大丈夫だよ。仕事ないし」

「良かった。あのね、高校の時に研修で行った高原に、一緒に行ってくれない?」

なんでまた?

「別に構わないけれど。大雪らしいよ。千夏、大丈夫なの?」

「流の手を煩わせて、気を使わせるかもしれない。だけど、一緒に来て欲しんだ。色々と話したい事あるし。あと、そっちで、知り合いに会う事になっているけれどいいかな?」

凄く遠慮がち言う。私も、千夏に話さなければならない事がある。夕菜の死の真相だ。

「良いよ。私も、千夏に伝えなければならない事があるから」

「うん。―ありがとう」

その声が、申し訳なさそうだった。予定を告げて、電話を終えた。


 その高原へは、千夏と落ち合う駅から、直通の特急とバスで向かう。ちょっとしたリゾート地で、スキー場や、小さいけれど温泉もある。そして、高校の一年の研修で行った場所。

一番楽しく、夢や希望に溢れていた。あの頃は、こうなってしまうとは、思いもしなかった。

研修旅行は、初夏で、爽やかな風と緑の丘が、今も情景として想い出せれる。

夢と希望。私は、ソレを叶えて、それで生活している。だけど、そう思う事は、二人に対して、遠慮と云うか申し訳ない感情があった。その思いは秘めておこう。


 千夏との約束の日、待ち合わせの駅へと向かう。幾つかの路線を乗り継いで、その駅へと向かう。世間は正月休みとあってか、思ったより混んでいなかった。

私には、家族があって無いモノ。戸籍上だけの家族。それも、そのうち、戸籍を抜こうかと考えている。だから、家族というものに実感はないし、家族旅行なんてもの、理解出来ない。

 待ち合わせの駅には、先に、千夏とお兄さんが着いていた。

「お久しぶり、千夏」

言って、お兄さんに軽く頭を下げた。あちらも私に、会釈する。

「ごめんね。呼び出すカタチになって」

申し訳無さそうに言う千夏の手には、白杖が握られていた。

「いいよ。久しぶりだし。色々と話したい事あるから」

出来るだけ普通に振る舞う。あの頃の様にはいかないかもしれないけれど、それでも、出来るだけ普通に接しないと。

「千夏の事、よろしくたのみます」

お兄さんは、言って、深く頭を下げた。

「私は、大丈夫ですよ」

お兄さんに、見送られながら、私と千夏は高原へと向かう直通の特急に乗った。

直通の特急だけあってか、スキー客のグループやカップルが、多かった。千夏の事もあってか、個室指定席だった。

電車内、これといった会話も無く、交わす会話は世間話とお互いの近状。まだ、夕菜の事は、話せない。今はまだ。ただの何気ない会話。

 街中を抜けて、特急は北へと向かっている。車窓から見える景色が、ビルから田畑ばかりとなり、遥か遠くに白く霞んだ山々が見えて来る。出発した時には、降っていなかった雪が舞っていた。

私は、ボーっと外の景色を見つめていた。何も考えず流れていく景色を見るのが好き。その様な時に、ふと、物語の断片が降りてくる。私は、すっかり、そっちモードになっていた。外の景色の話を、千夏にしようと、して、ハッとした。私は、また、千夏が視力を失ってしまっているコトを忘れてしまっていた。

健常者には、障碍者の事は、解らない。その言葉と共に自己嫌悪になってしまう。

すると

「ねぇ、流。外は、どんな感じ? 駅名からすると、もう雪山とか見えて来ているよね?」

自己嫌悪になりつつ、降りてきた物語の断片を明文化していた時だった。ふと、千夏が言った。

「あ、うん。雪が降っているよ。さっきまでは、舞っている感じだったけど、今は吹雪いていて、白一色で見えない。雪は結構積もっているみたいだよ」

答えると、千夏が指先を窓に近づけて、窓に触れる。指先が触れた場所は、結露していた曇りを水滴へと変える。そして、再び千夏の体温で、曇る。

「本当だね。かなり冷えて来ている。私、視えなくなってから、触れる感覚が強くなったの。さっき触った時より、窓が冷たくなっている。そういうことは、解るんだ」

その言葉を聞いて、視えなくなってしまった千夏の瞳には、記憶の中の風景が浮かんでいるのかな。雪の記憶とイメージが。

窓の向こうをジッと見つめるかのように、千夏は窓に顔を近づける。呼吸によって曇った窓を、指先でなぞる。

視えない事は、不便であり恐怖でもある。先天的ことと比べると、後天的なモノの方が、怖いと思う。それ以前に、受け入れる事が出来るかどうか。生きていて良かったのか、それとも一思いに……。自分の好きだった事さえ、出来なくなる。その辺りの事は、健常者の私には、解らない。

病気や事故で、自分の好きな事や自由を奪われてしまったら、私は生きていけない。ふと、そう思った。

 白いベールの様に舞う雪、そのずっと向こうを見つめる。そう思った私は、夕菜の自殺を責める事は出来ない。

千夏には、きちんと夕菜の事を話さなければならない。


 目的地の駅に着き、他の乗客が降りてから、千夏の手をとり、ゆっくりと電車を降りた。駅員が心配そうに、こちらを見ていた。

かなり寒く、吹く風は凍えそうだ。二人して、身震いする。雪は少し舞っていたけれど、先ほどまでの吹雪は収まっている。雪に包まれた、真っ白な駅。その駅から、高原へと向かうバスに乗る。雪で足元が悪い道を、如何すれば上手く千夏を誘導出来るか、転ばない様にするにどうしたら良いか考えながら、バスの窓の外を見ていた。

「本当は、夏に、皆で来たかったんだ」

ポツリと、千夏が言った。

「夕菜が、ああならなかったら」

と、悲しそうに呟く。私は、相槌を打つ。

「そうだね。高校の時みたいに、さ」

私は、無感情に答えた。

「―うん」

千夏は、何処か定まらない瞳で、弱々しく頷いた。


 バス停から、千夏の知り合いが、経営しているペンションまでは、歩いて行く。凍った雪の上に、新に雪が積もっていて、私でさえ歩きにくいのに、千夏は大丈夫かな。千夏を転ばせないように、ゆっくりと慎重に歩く。千夏も、それを解っているのか、私の腕を掴んでいる手に力が込められた。時折すれ違う、スキー客が、怪訝そうに私達を見た。日本にしろ海外にしろ、きっと障碍者を見る目は同じなのかもしれない。もし、違うとすれば、見守りながら、必要に応じて手を貸す。その辺りの事は、先進国の方がしっかりしていると思う。全てでは無いにしろ、ただ傍観する、我関せずなのは、日本人が多い。

バリアフリーは、まだまだキレイゴト。私自身も、夕菜が持病を告白した時、千夏が視力を失った時、どう対応したらいいのか、迷ってしまったから。だけど、ソレはそれで、本人には違いない。趣味や波長、価値観が合えば、私の場合、ソレには関係無い。

―人間は皆、平等。でも、本当は不平等― 

皆、それぞれ違うのだから“平等”と言う法則は在り得ない。

ゆっくりと慎重に歩いていると、また雪が舞い始めた。日没近くもあってか、吹き付ける風が痛い。焦りは禁物。でも、日が落ちてしまう前には、着きたい。

「なんだか、吹雪いて来たね」

千夏が言った、その時だった。

一台の車が、私達の前にやって来て停まる。運転手の人が、窓を開けて、こちらを見た。

「やっぱり、千夏ちゃんだ。遅いから心配になって、迎えに来たよ」

言って、かっぷくの良い女の人が、車のドアを開ける。その声を聞いた千夏は

「ああ、未来ちゃんのお母さん。お久しぶりです」

と、声のする方へ顔を向けた。

「さあ、後ろに乗って。お友達も、どうぞ。吹雪いてきたから、大変だったでしょう」

ニコニコ笑って言う。

「ありがとうございます」

千夏を手伝いながら、後部座席に座る。少し、ほっとした。

「千夏、知り合いなの?」

「うん。話していた、ペンションの人。リハビリセンターで知り合って、この高原でペンション開いているって聞いてたから、一度、来てみたかったの」

「ありがとう、来てくれて。未来、喜ぶわ。このところ、体調が、あまりよくなかったから。少しの時間でいいから、会って、お話してくれる?」

「はい。そのつもりです。連絡、頂いた時、少しでも、未来ちゃんに喜んでもらえればと、思って」

千夏が答える。だけど、一見、嬉しそうにしている、未来ちゃんのお母さんは、何故か、悲しそうな目をしていた。

ペンションに着いた頃、日はすっかり落ちていた。辺りは、闇なんだけど、その闇の中に白い雪が、ボーと光を反射させていた。白い高原の中、他のペンションや別荘などからは、少し離れた場所にある。古いのか新しいのか、ログハウス風のペンション。

「高校の時、来た、研修センターって、どの辺りなんだろう」

私は、窓の外を見て、呟いた。

「あの丘の向こう側。丘を挟んだ、ちょうど向かいになるんですよ。今は、スキーの合宿で使われているよ」

部屋に案内しながら、未来ちゃんのお母さんが、教えてくれた。

 その後、食堂で夕食を済ませる。どうやら、私達二人以外に客はいないようだ。あえて、そうしている様だった。

夕食の後、千夏は未来ちゃんに会いに行った。私は、その間、次の作品のプロットを作成する。

静かだった。窓の外には、白い世界が広がっている。夏は草原。冬は雪原。なだらかな丘の上には、公園と展望台があるらしい。その向こう側には、高校の時に来た、研修センターがある。

雪は降り続けていた。小さな街灯に照らされた舞い散る雪は、静寂の中で、唯一動いているモノ。それは、幻想的に美しく儚く見えた。

儚さの中にも、幽かな温もりのある、舞い散る夜桜とは違い、白い冷たさのみが支配している景色。 

 自然は、美しく世界を彩り、歪なモノ醜いモノ様々なモノが織り合って、その世界を創りあげている。ソレは、巡るモノ。

ペンが、止まる。

―生まれ変わる為に、私は死ぬ― 

夕菜の言葉が、浮かんできた。持病によって、自分の思考意識までも蝕まれていく。身体の自由さえも無くなる。そんな躰を棄てて、転生出来る事を望んでいた。夕菜が残し、私に託したモノ。それを、千夏に語らなければならない。

夕菜の事を考えると、溜息ばかり出る。生まれ変わりたいから、死を選んだ。必ずしも生まれ変われるとは、限らないのに。魂の存在さえ、その存在に対立する意見がある。でも、古代から語られていたコトだからこそ、私は魂の存在を信じている。宗教と云うモノが成立する、ずっと昔から、魂の存在は信じられてきたから。

次の物語のプロットが進まなくなった。だから、考える事を辞めて、ただ窓の外を見つめていた。風が強くなってきたのか、時折、窓を鳴らしている。吹雪いてきて、見えていた景色は、白い闇に覆われる。窓の外に、何も見えなくなってしまったので、カーテンを閉めた。エアコンが点いていても、少し冷えた空気を感じるのは、雪国だからなのか。

 ベッドの上に、仰向けに転がって、天井を見つめる。ログハウス風の天井は、高くて解放感がある。食事も美味しかったし、環境も良い。なかなか感じの良いペンションだ。夏だと、また違った感じがするのだろう。この様な場所で、原稿を書いたりするのも、良いかもしれない。そう思いながら、ウトウトしかけていた。

「ゴメンね、流。なんだかんだで、私に付き合わせて」

千夏が戻って来て、隣のベッドに腰を下ろしながら、申し訳なさそうに言った。

元々、控えめな性格が、更に控えめになっている。視力を失ったコトで、回りの人の手を借りないと出来ない事がある。自分の為に、他人の手を煩わせるコトに申し訳なさを感じているのだろう。でも、友達にまで気を使う事は無いよ。気を使わないといけないのは、むしろ私の方だ。五体満足健康体の私には、理解出来ない。それは、私のエゴなのかもしれない。

「そんな事ないよ。私は私で、時間は活用出来たし。次の作品のプロットを作れたし」

起き上がって、答えた。

「そっか、流、今、作家だったね。夢が叶って良かったね」

千夏は、自分の事の様に、嬉しそうに言ってくれた。悪い気はしない。だけど、複雑な思いはあった。

千夏の夢は、どんなモノだったのだろう。一度も、その様な話を聞いた事無かった。どちらかというと、人の話を聞いている方が好きな感じだった。

 そういえば、千夏は、ここのペンションの子供に会いに来たんだよね。リハビリセンターで知り合ったとか言ってたけど。すこし躊躇ったけど

「ねえ、未来ちゃんも、眼が見えないの?」

「うん。そうだよ。未来ちゃんは、夕菜と同じ病気なの。リハビリセンターで出会った頃は、まだ小学校の低学年だった。同じグループでね、それで、仲良くなったの。脳に出来てしまった腫瘍を、摘出する事は出来たけれど、結局、視神経を失ったの。でも、その時、摘出出来なければ命に係わるくらいだったの。命と引き換えに、視力を失った。少し麻痺もあって、辛そうだったけど、それでも、未来ちゃんは生きようと、一つでも出来る事が増やせる様に、キツイ、リハビリを頑張っていた」

淡々と、千夏は、話してくれる。

「夕菜と、同じ病気か」

なんとなく、重い。

「最近になって、脳腫瘍が再発してね。他にも、大きな神経にも、どんどん腫瘍が増えて来て、麻痺も酷くなった。何れ、寝たきりになり、意識も……」

千夏は、溜息を吐いた。その先は聞かなくても解る。

「だけどね、未来ちゃんは、無邪気に笑っているの。表情は解らないけれど、オーラっていうのかな、そんな感じのモノが判る様になったんだ。それで、なんとなく解る。で、未来ちゃんは言うの『痛いし辛い、怖い。だけど、私が泣くと、パパもママも、悲しむから、私は笑っていないと駄目なの。生きていられる間は、笑っていたい』って。まだ、小学生の子供なのに。その思いと言葉が、病気って残酷だよねって思えてしまって」

「すごいね。ねぇ、千夏は、どう思う? もし夕菜と未来ちゃんが、出会っていたなら、夕菜も、そう思えたのかな? 最後まで生きようと」

私の問いに、千夏は、如何かな? って表情をして

「夕菜のコトだから、例え出会っていても、解らない」

と、答え、悲しそうに

「ずるいよ、夕菜は」

と、小さく呟いた。

「千夏、どうかした?」

「うん、まあ。そのコトは、また明日、話すから。明日、吹雪いていなかったら、丘の上の公園に行かない? 流を煩わせるけれど、いいかな?」

気など使わなくても、いいのに。誰かの手を借りないと自分では出来ない事があるのは、本人にとって、辛いコトなのかもしれない。

「いいよ。天気、回復するといいね」

私の言葉に、千夏は頷いた。


 久しぶり、十年近く経ったのか、昔のまま。同窓会って、こんな感じなのかと思った。夕菜も千夏もいる。二人とも、元気だ。あまり記憶には無いけれど、クラスメートもいて、皆で盛り上がっている。キライな先生やウザい先生もいた。

夕菜、元気そうだね。私、夕菜が、自殺しちゃう夢見ちゃったよ。すっごく悲しい夢。千夏も、事故に遭って失明しちゃう夢。なんで、そんな夢を見たのかな? だけど、二人とも元気そうで、良かったよ。

すると、夕菜は、少し笑って

「ごめんね」

と、呟いた。如何いう事?

ああ、夢か。私、夢を見ているんだ。夕菜は、もういないのに。同窓会なんて行った事すら無いのに。千夏だって、今は。これは、私のこうであって欲しかった未来。現実は違う。なのに、こんな夢を見るなんて。

目が覚めると、頬と枕が濡れていた。夢を見て、私は泣いていたのだ。余りにも懐かしい夢、そして、切なく悲しい夢。

私は、夢を記憶しやすい。明晰夢を自覚できる。それは、作品のヒントにもなる時がある。その理由は、ワカラナイ。私は、幼い頃から現実を見ていない。だけど、ナニかが私を駆り立てて、居てもたってもいられず、運良く物書きになれた。

魂が在るなら、その魂のせいなのかもしれない。魂が求めている。だから、私は、書き続ける。


 少し早くに目が覚めてしまい、起きる事にした。千夏はまだ、眠っていたので、起さない様に、静かに着替えると、私は、ペンションの外を散歩する事にした。

雪は止んでいて、良く晴れている。だけど、ずっごく寒い。雪は一晩中振り続けていた様だ。昨夜は、足首までしかなかった雪。新雪に、踏み込んだら、ひざ下まであり、ズボンと靴が雪で濡れて冷たくなった。道路や、ペンションの周りは、既に雪かきが終わっていた。雪国に憧れたりするけれど、現実は大変だ。

白銀の雪原に、朝日が反射して紅に輝いていた。冷たく湿ったズボンと靴のまま、周囲を歩いていると、未来ちゃんのお母さんが、声をかけてきた。

「おはよう、千夏ちゃんのお友達」

「おはようございます」

と、挨拶を返す。

「大雪になったから、大変だよ。千夏ちゃんと、丘の公園に行くのでしょう?」

「はい。スニーカーだと、無理ですか?」

私は、自分の足を見て言った。

「ムリムリ。後で、長靴出しておくから、履いて行って。朝食までには、もう少しかかるから、今のうちに、ズボンと靴を、乾かしておくといいよ」

と、言って、裏口から中へと入って行った。

 確かに。私は、濡れたズボンと靴を乾かしながら、どうやって、雪の積もっている道を、千夏を連れて歩こうか、考えていた。


 朝食を済ませると、借りた長靴を履いて、新雪の中を、千夏の前に立って進む。千夏にはあえて、私の両腕を掴んでもらう事にした。一歩、雪を足で掻き分ける様にして、道を作りながら進む。未来ちゃんのお母さんは、心配そうな顔をしていたけれど、私達を止める事はしなかった。きっと、止めるのも手伝う事もしてはいけないと、思ったのだろう。千夏を思うなら、丘の上まで一緒に来てくれる筈。あえて、それをしないのは、千夏の為を思ってなのかもしれない。それが、理由とは定かではないけれど。

 二人で、ヨロヨロと摺足で、雪を掻き分けて進む。滑らない様に、雪で転ばない様に、バランスを考えながら進む。千夏は恐いのか、掴んでもらっている腕に力がかかる。会話する余裕が無く、少し進んでは休みながら、丘の上を目指す。時折、吹く風が、汗ばんだ身体には、心地よく感じた。

丘の上にある公園に着く。雪に埋もれていたベンチの雪を払落し、冷たいけれど、腰を下ろして、二人して息を吐いた。白い大地は、何処までも続いていて、その中に、あの時の研修センターと思われる建物が見えた。

呼吸が整うと、千夏はゆっくりと語り始めた。

「事故に遭って、失明してしまった時、絶望したわ。一思いに死んでしまっていた方が、どれだけマシだっただろうかと。何をするにも、誰かの手を借りないと出来なかった。それこそ、食事からトイレまで。今まで、普通に出来ていた事が、一人だとまったく出来ない。そして、見えない恐怖は、例え様がなかった」

千夏は、少しずつ話を続けた。自殺未遂を繰り返した事、誰構わず当り散らした事。

―やり場の無いモノ、如何するコトも出来ないモノは、誰にだってある。私が、千夏と同じ様なコトになったら、私は、きっと自殺していた― 

「そんな、ある日、夕菜がお見舞いに来てくれたんだ。事故の事は誰にも話していなかったのに」

千夏は、事故の事を秘密にしていたのか。だけど、夕菜は何処かで、その事を知った。夕菜は、色々な病院に掛かっているから、その何処かで、千夏を見つけたのかもしれない。千夏の話は、夕菜から聞かされた。でも、その頃の私は、大学生活と、作家デビューで、物凄く忙しかった。

「その時、夕菜の掛けてくれた言葉が、私を立ち直らせてくれた」

千夏は、一呼吸して

「―死ぬコトは、何時でも出来る。だけど、生きていられるのは“今だけ。人間は何時までも生きられない” “自分という存在が生きているのは、今だけ”と、当たり前のコトなのに、その時の、夕菜の言葉がまるで、自らの命を無駄にする人を赦せないといった感情が込められていてね、それが、余りにもハッキリと伝わって来たから。それで、何だか、吹っ切れたんだ。別に、今すぐに死ななくてもって」

夕菜が、そんな事を? そうだとしたら、その時、夕菜は既に。

「リハビリとか、視覚障害の為のリハビリは、生活の為とはいえ、辛かったよ。まず、見えない恐怖に克たないといけない。そこから、始るんだ。それに、私が、生きていなかったら、お兄ちゃんが独りぼっちになってしまう。そう思える様になった。それからだよ」

少し笑って、千夏は続けた。

「解ったんだ。なんとなく。生きる事が如何いうコトなのか。そして、夕菜の口癖“生きるって、何だろうね”って、言葉の意味が」

風が吹く度に、降り積もった雪が舞い上がって、キラキラと輝いている。

「未来ちゃんが、生きようと思ったのは、両親の為。私が、生きようと思ったのも、たった一人の家族である、お兄ちゃんの為。未来ちゃんと出会ってから、さらに、その思いは強くなった。それとね、冬の寒い日とかに、陽だまりに行くと、暖かく感じる時とか、何かに触れた時に感じる感覚。それで、思ったの、もう目で見る事は出来ないけれど、肌で感じる事は出来る。日向に行けば、太陽を感じられる。ソレを悟れた時、涙が止まらなかった。生きているということは、こんな些細なモノだったんだって」

そう思える様になったのは、失明してから、二年以上経ってからだと、千夏は付け加えた。

「例え、見えなくても、肌で感じる事が出来る。私は、聞く事も出来るし、会話も出来る。それに、好きな物も食べれる。味や香りを楽しみ事が出来る。始めは、余りに突然のコトだったから……。夕菜の言葉を切っ掛けに、私は、生きるコトに対して前向きになれた。まだ、自分の事を全て受け入れる事は出来ていないけれど」

千夏は、深い溜息を吐いた。

「今は、あの時、死ななくて良かったと思えるよ。確かに、辛いコトの方が多いし不便だけど。こうして、頬に当たる風を感じる事が出来るのは、生きているからなんだよね。だけど、ズルいよね、夕菜は。自分では、私に生きろと、言っておきながら、自分は、持病を苦に自殺するなんて」

千夏は、肩を震わせて、泣き始めた。

私は、夕菜の事で泣くには、涙が枯れてしまっている。それ以上、夕菜の事で、泣かないと決めていた。

「ねぇ、千夏、聞いて。夕菜は、自殺理論を語ったサイトを開いていたんだ。そこで、自殺について、自分の思いや考えを綴っていて、自殺したい人達からのメールを貰っていた。返信はしていなかったけれど。夕菜の死の知らせが入る少し前、夕菜から、一文だけのメールを貰ったの“生まれ変わる為に、私は死ぬ”」と、それから暫くして、夕菜の死を知らされた。

私は、今までの夕菜の足跡を、夕菜のPCの中身、ノート、サイトの事を全て、千夏に伝えた。

 長い沈黙。風の音しか聞こえない。

千夏は、複雑な表情のまま俯いていた。やっぱり、私の胸の内に秘めておいた方が、良かったのかな。そう思った時だった。

千夏が、顔を上げ

「もしかすると、夕菜は、自分と向き合えたから、自殺を選んだのかもしれない。今の話を聞いて思ったんだけど、自分という意識は、自分でしかなくて、もし、ソレが無くなるのであれば、消えてしまうのが確実であれば、自分の思考のまま終わりたかったのかも。夕菜が、自分自身で闘って出した末の自殺。その事については、ズルいと思う感情は変わらないけれど」

少し、間を空けて

「夕菜は、本当は生きていたかったんだよ。私に、あんな事言ったのは、自分の意識が消えるのは、死と同じコトだと、それが、あの時の夕菜の中にあった。もし、その腫瘍が摘出出来たならば、身体が不自由になっても、自分と言う意識が残るなら、きっと、夕菜は自殺、死を選ばなかった」

―夕菜が、生きていたかった? 千夏は、この話をどう受け止めたのか。それは、千夏の価値観だけど。

「私だって、事故に遭わなければ、夢も希望も失わなかった」

と、千夏。

私は、言葉が見つからず、ただ相槌を打ち、空を見上げた。先ほどまで、晴れていたのに、北の空には黒い雲が広がり、風が湿り気を帯びた冷たい風になってきた。空を見ると、北の方から時雨れ始めている様だった。

 降り始める前に、ペンションに戻る事にした。昼過ぎのバスに乗るので、時間的にも、戻っておかないと。ゆっくりと慎重に歩きながら、高校時代の話をしていた。ペンションが見える辺りまで、戻った時、千夏は足を止めた。

「私、来月になったら、お兄ちゃんと、アメリカに行くんだ」

と、言った。

「アメリカ? お兄さんの仕事関係?」

「うん。それもあるけれど。向こうの支社に転勤というカタチで。私、アメリカで、行われる治験に参加するの。会社でその事を話したら、そういう風にしてもらえたって」

「治験?」

「うん。まだ、理論上だけど。該当者は後天的に視力を失った人。上手くいけば、光を感じられるか、影の様だけどボンヤリと見える位になれるって。まあ、飽く迄も理論上。だけど、半ば人体実験的な治験。動物じゃあ出来ないから、人間で直接。治験というより、人体実験に近い。だから、適合者を捜さないといけない。該当者を捜さないといけない。理論上のモノを現実の物にするには、やっぱり人間で試すしかない。その話が、私の処へ来たの。例え、上手くいかなくても、データは取れるし、それが次のステップになって、研究が進んで次の誰かの為になるなら、それでいいの。その実験に参加し、私と同じ様な人の為になるなら、それでいい」

千夏の強い決意が、伝わってくる。

「そうだね。再生医療とか、今、注目されているから」

「私が受けるのは、人工の視神経なる物を使うの。簡単に言えば、義眼に超小型カメラを入れて、人工の視神経と脳の神経を繋ぐの。目で見るというより、カメラの映像を信号として、脳に送るって感じだから、自分の目で見るとは違うかな」

「それ、昔は、義眼じゃなくて直接、脳神経に電極埋め込んで小型カメラの映像を電気信号で脳に送るもので、それは、点としか認識できず失敗だったけれど、その進化系みたいなモノ?」

以前、医療関係の話を書いていた時に、資料の中に、その様な物が入っていたのを思い出した。

「そんなところかな。だから、義眼に超小型カメラを埋め込む事を思いついたんだと思う。カメラを直接つけるのと違って、義眼だったら、普通に近いかな。その実験から、十数年以上経っているから、少しは改良されている筈。ダメもと。上手くいけば、ラッキー。ダメならダメで、そのデータが次の研究に役立つなら、誰かの為になるなら、それで良いの。私に出来る事は、それだけ。そして、同じ様な人の為になる事をする。希望でも願望でもないけれど」

千夏は、生きるべき道を見つけた。それが、自己犠牲だとしても。千夏がここへ来たのは、未来ちゃんに会う為と、ここへ来る事で過去への決別と、人体実験に等しい治験に参加する決意と覚悟を、私に伝える為だったのかもしれない。

 ペンションに戻り、軽い昼食を済ませて、帰り支度をする。千夏は、帰る前にもう一度、未来ちゃんに会いに行っている。窓の外を見ると、雪が激しくなってきていた。今年の冬は、雪が多くて、スキー場が賑わっていると、ペンションのオーナーである、未来ちゃんのお父さんが言っていた。明後日から、団体客が来るので、忙しくなるとか。その中の常連さんとかが、未来ちゃんの事を心配してくれる。それが、少しだけ、嬉しいのだと言っていた。

親心というものなのか? 私には理解出来ない。


 雪が本格的に降り吹雪いていたので、バス停まで車で送ってもらえることになった。バス停に着いて、千夏を手伝って、車から降りる。

「ありがとうね、千夏ちゃん」

涙ぐんでいる様に見えた。

「いいえ。私に出来る事をしただけですよ」

答える千夏は、何だか強そうに見えた。

「ありがとう。千夏ちゃんも、頑張ってね」

車は、そのままUターンしてペンションの方へ戻って行った。千夏は、エンジンの音が聞えなくなるまで、そちらの方向を向いていた。

バスは車と入れ違う様に、やって来た。駅へと向かうバスの中で会話は無かった。色々と思う事は、あったけれど、それが会話になる事は無かった。

駅に着いた時は、前が見にくい程の吹雪となっていた。

帰りの特急の中でも、会話らしい会話は無かった。

「未来ちゃん、もうダメなんだって」

小さな声で、千夏が言った。

「もって春まで。今は、薬でなんとか押さえているって」

「そう、なんだ。でも、未来ちゃんは、精一杯、その生を生きているんでしょう。それなら、いいんじゃないの。自分の限られた時間を、皆の為に生きているのなら」

どう答えるのが正解なのか、解らなかった。千夏は、私の答えに小さく頷いた。

「私、如何してあの時死ねなかったのか、ようやく解った。そして、今、生かされているコトに」

きっと、お兄さんと、未来ちゃん、その両親の事を指し、治験への決意なのだろう。それは、誰かの為に生きていく事。千夏は、自分が生きていく理由を見つけたんだ。

 ―生きていく理由。私には、存在していない。私も、何時か、誰かの為に生きようと思えるのかな?


 白かった景色は、いつの間にか、くすんだ灰色の街並みへと移り、出発した駅へと戻って来た。千夏の手を引いて、ホームに降り立つ。こちらは、少し暖かった。すでに、ホームには、千夏のお兄さんが迎えに来ていた。白杖だけで、

一人で外出するのは、不安だし、家族にしてみれば、心配なのだろう。千夏から、盲導犬の話が出なかった事は、そこまで盲導犬の制度が無いのと、盲導犬の数も足りていない。無駄な税金を使うくらいなら、もっと社会的弱者の社会復帰や生活を支えろと、言いたい。票を入れたくない人物ばかりなので、投票には行った事が無い。行くだけ時間の無駄。真面目で真摯な人は、政治家には向いていないのだから。そういう人こそ、政治に取り組んで欲しいと思うけど。

だから、私は、作中で批判する。

「ありがとう、流」

解れ際、一言だけ言葉を交わす。

「千夏も、元気でね」

高校時代の様に「バイバイ、また明日」なんて会話は、もう交わす事は無い。

お互い、違う道を歩いていく。二度と引き返せない道を。きっと、再会すら出来ないかもしれない。

「夕菜の本当の心、真相が解るといいね」

特急を、降りる前に、千夏が残した言葉。

―そうだね、でも、だからといって、夕菜の魂がソレを認めるかは、別のコトだよ。

私は、内心、呟き、千夏の立ち去ったホームを見つめていた。

 帰りの電車の中で、この二日間に感じた事を、ひらめいた事を、ノートにまとめていく。そして、感じたのは、私が如何に、他人との関わりを持ちたく無いかという事。私は、人間関係が煩わしい。その場の付き合い程度なら我慢できるけれど、それ以上、踏み込まれると、私は私自身を保てなくなりそう。だから、波長の合う極限られた人としか、付き合えない。何故、そうなのか、解らいけれど、その答えが解ったなら、私は……。

人間としての根源的なモノ、夕菜は、ソレを見つけたのだろうか? ソレを見つけられたから、思考意識を蝕まれる前に、この世を去ったのだろうか?


 生きる事は、サルと変わらないのかもしれない。食べて排泄して寝る。それの繰り返し。人間は、そこに文明文化があるから、様々な価値観があり、生きる意味や理由を探し求めている。そして、何も見つけられないまま、自殺したりする。借金なり経済的問題、人間関係、病気、心の何とかで。今ある現実から、逃げるには、その術しかない。それは、正解でも間違いでも無い。本人の出した答えが、自殺だっただけで。

私は、スランプになると、あても無く人混みの中を、雑踏の中を歩いている。大都会には、様々な人間がいる。その人間達を観察することで、浮かんでくるモノがある。だから、時々、雑踏の街を歩く。

そこにいる、人間の数だけ物語がある。雑踏と喧騒の街。


 季節も月日も、目まぐるしく、移って往く。クリスマスに正月、節分に、バレンタイン。卒業式に、ホワイトデー。桜の花見、入学式。

人間は、その時の流れの中で、立ち止まれば終わりなのかもしれない。

千夏が、歩き始めた様に、私も歩き出さなければ。

 夕菜の誕生日に、夕菜の最後の場所へ行こう。そこで、何を想って、夕菜は死を選んだのか。その答えが、見つかるかもしれない。そして、ソレを感じ取れたなら、私なりの答えを出そう。

 地球温暖化が嘘の様な、寒く雪の多い冬が過ぎて往く。晴れているのに、霞がかった空は、春の到来である黄砂だ。日に日に、春らしくなっていく。季節の変わり目が、虚しく感じるのは、時の流れが無常なるモノだからなのかもしれない。

生れてくるより、死に逝く命の方が多い世界。それは、増えすぎた人間が、淘汰されている事なのかもしれない。戦争が良い例だ。同種の雑食動物は、餌が少なく個体数が多ければ、共食いし合う様に。

人間も、また同じなのかもしれない。

 桜の開花が発表された翌日が、偶然にも、夕菜の誕生日だった。

私は、夕菜の遺体が発見された場所へと、向かっていた。夏は観光地として、それなりの賑わいを見せている場所だけど、今はまだ寒く、山の上の方には雪が残っている。静かすぎて、寂しい感じがする。

花束と線香を持って、森の遊歩道を歩く。両側は、鬱蒼とした森。遊歩道に沿うように、太いロープが張られている。そして、まだ新しい、自殺防止を呼び掛ける看板と「命の電話」なる物があった。

遊歩道の入り口にある、売店のおばちゃんの話では、昔から、この場所で自殺する人は、時々いたらしい。花束を抱えている私を、見て、話してくれた。


 あらかじめ道を聞いていたので、迷う事なく辿り着けた。

風穴なのか氷穴なのか、水で浸食されて出来た洞窟なのかは、解らない。

木々の間に、ぽっかりとある穴は、夏には草木に覆われて見えないだろう。そうなると、一目にはつかない。今は、草木は枯れていて、そこにある穴が、洞窟であると、判る。

誰かの死体があったら、嫌だなと思いながら、中へと入る。思ったより広い。洞窟の中は、暖かった。死体は無かったけれど、供えられた花束の残骸があった。それさえ無ければ、居心地の良い場所だと感じる。洞窟は奥行があったが、億までは入れない。夕菜は、行ける一番奥の場所で、発見された。それなりの装備があれば、その先も行けそうなのだけど、専門家で無い私が行けるワケがない。

夕菜は、行ける一番奥まで行った。そこで、最後を迎えた。一番奥になると、立っては入れず、中腰でその場へ向かう。

その場所に、花束と線香を手向けて、手を合わせた。

「夕菜、本当のコト、教えてよ。自殺したのは、本当に持病の悪化のせいだけ?」

暗い洞窟の奥に向かって、言う。

そこに、夕菜が存在しているつもりで、私は話しかけていた。答えは、返ってはこない。当たり前の事だけど。もし霊感があれば、イタコとかに頼べば、何か判るのかな。

「千夏、アメリカに行ったよ。視力取り戻すために。理論上は可能だけど、実際に人間で試してみないと解らない。義眼の中に超小型カメラを入れて人工の視神経を脳神経に繋ぐらしいんだ。成功すれば、光が感じられるか、影の様な感じで視れる様になるって。自分が駄目でも、それが次の研究に繋がれば、それで良いんだって」

そこに、夕菜はいない。記憶の中の夕菜に、語りかけている。虚しいとは、解っている。でも、伝えたかった。

 じっと、その場を見つめる。不思議な場所だ。まるで、ナニかの、優しさに包まれている感じがする。ここで、死を選ぶ人の気持ちが、なんとなく解る気がした。


どれくらい、その場所にいたのだろう。ふと、背後に気配を感じた。まさか、と思って、身構えた。

「あの、すみません。もしかすると、林夕菜さんの、お友達の方ですか?」

遠慮がち、戸惑った様な、女性の声がした。驚いて、振り返ると、洞窟の入り口の所に、花束を抱えた、同じ年頃の女性が立っていた。

「―そうですが。如何して、その様な事を?」

私は、驚きを隠せず問う。

「私は、以前、夕菜さんのサイトにリンクを貼らせていただいていた、水崎潤と、申します。今日、ここへ来れば、あなたに会えるだろうと、夕菜さんに。桐田流さんですよね?」

なんで? しか出てこない。

「夕菜から、聞いたの?」

私にとっては、まったく知らない人だ。その人から、名前を言われるなんて。

「驚かせて、申し訳ありません。生前の夕菜さんから、あなたの事を色々と聞かせて貰って、いたので」

そう言うと、私が花を置いた隣に、花束を置き、手を合わせた。

立ち上がれる場所まで戻り、状況を整理している私に

「今日、ここへ来たのは、夕菜さんの最後の願いで、預かり物を、あなたに渡す為です。なぜ、この日を指定したのか、不思議でした。誕生日だとは、知っていましたけれど。夕菜さんが“流なら、きっと、私の誕生日に、私が死を遂げた場所へと来るから、その時に渡してくれる”と、いう遺言でした。その約束を果たす為に、来ましたが、ここへ来るまでは、半信半疑でした。本当に、夕菜さんの言った通りで、驚きました」

いや、こっちだって、驚いたよ。夕菜、昔から、感が良かったけれど、そこまで、予知していたのかと。

「そうですか、夕菜の……」

「はい。もし、時間があるのでしたら、少しお話しませんか?」

遠慮がちに言う。初対面。夕菜の知り合いなら、その少し、オドオドした様子も解るけれど。これも、何かの縁なのかもしれない。彼女は、私の知らない夕菜を知っているかもしれないし、預かり物というのも気になる。

「構いませんよ。だけど、ここでは、ちょっと」

洞窟の中に長居したくなかった。ここは、生きている人間がいては、いけない場所だと感じた。

 場所を、駅前の小さなカフェに移し、水崎潤と、夕菜の事について、話す事にした。時季が時季だけあってか、客は、ほとんどいない。

「先に、これを渡しておきます」

水崎さんは、一通の封筒を差し出した。表には、夕菜の字で、私の名前が書いてあった。

「水崎さんは、夕菜の病気の事を知っていたのですか?」

封筒を受け取り、問う。

「はい。私も、同じ病気です。でも、私はまだ軽い方です。夕菜さんの場合、数パーセントの確立で、発症してしまう症例になってしまいました。それが、この病気の怖いところです。殆どが、皮膚の表面や皮下組織に、腫瘍が出来ます。あと、母斑が、数個から無数に。外見的症状が、重度だと、社会生活が送れない場合があります。私でさえ、人目は気になり、時として脅威です」

言って、上着の袖を捲り、腕を見せる。そこには、夕菜と同じ症状があった。

 夕菜の病気について、調べた時、この病気の症状は患者の数だけ、症例があると、そして、患者同士の確執があると。軽い症例の人は、重度の症例の人からは、仲間として認められず、また軽度の人は、重度の人を偏見の目で見るとか、この病気の事に関してのブログに書かれていた。夕菜も、同じ事を言っていた。

見られたくないモノを、あえて私に見せた意味は、なんだろう。夕菜の知り合いだからなのか。

「私、何度か自殺を図った事があります。死にきれませんでした。そんな時、夕菜さんのサイトを見つけました。―夕菜さんの話の前に、少し話させて下さい」

余りにも、遠慮がち申し訳無さそうに言うので、私は、頷いて、彼女の話を聞く事にした。

「同じ病気といっても、生まれも育ちも違います。症状の種類や度合も違います。同じ病気とは思えないほど軽い人は、母斑が数個あるだけです。そして、重度と分類される人は、見るも無残な姿、寝たきりの人や、視力や聴力が弱い人もいます。同じ病気の人達のオフ会に参加した時、患者同士、症状の格差で、ぶつかりあい険悪な雰囲気になりました。お互い、変なライバル心の様なモノを出して。患者の数だけ症例があるから、そうなるのでしょう。病気の事に着いて、きちんと語り合える人には出会えませんでした。夕菜さんは、その様な場所、オフ会に嫌悪感を露わにしていました。理由は、患者同士の対立でしょうね」

水崎さんは、どちらかと言うと、人間嫌いなんだろうな。同じニオイを、持っている数少ない人間。

「で、嫌気がさして、自殺系サイトを徘徊していた時、もう一つの夕菜さんのサイトを見つけて。そこには、私が求めていた世界観がありました。そこから、メールのやり取りが始まって、リアルで交流しあえる仲になり、お互いの死生観についても、語り合える人でした」

「それじゃあ、夕菜の自殺の理由も知っているの?」

つい力が入る。

「はい。脳腫瘍です。やがて、思考意識が無くなるタイプのものだと。だから、

自分の思考意識があるうちに、死にたいと。機械に繋がれてまで生きる必要は無いと。夕菜さんは、尊厳死というものを望んでいたんです」

水崎さんは、うっすらと涙を浮かべていた。

「やっぱり、そうだったのか。でも、尊厳死の話は、聞いた事ないな。ただ、生まれ変わりたいって、よく言ってはいたけど」

「私も、夕菜さんは、生まれ変わりたかったのだと思いますよ。洞窟を死に場所にするのは、胎内回帰の願望からくるんです。胎児の頃に戻りたい。それが、生まれ変わるという、願いの象徴であると、夕菜さんは言っていました。だから、あの場所を選んだのでしょう。答えを見つけたから」

「答えって、夕菜の口癖“生きるって、何だろう”ってこと? それとも、魂について?」

「その両方だと思います。生きるというのは、生きている実感があってこそのモノ。魂は、使い物にならなくなった躰という器から解放される事。人間って、なんで生きているのか、人生のうちに何度かは考えるでしょう? それと同じ。夕菜さんは、何で生きているのかを知った。それは、同時に自分自身が消えてしまうコトだと、解ってしまった」

そこまで話、水崎さんは、紅茶を啜った。

「結局、本人しか解らない事か」

私は、呟いて、コーヒーを飲み干した。

「他人の心なんて、本人以外解りません。まあ、本人でも解らない人は解らないから。夕菜さん、自殺系サイトの中でも、有名でした。彼女自身が自殺肯定者でしたから。詩や文章に惹かれて、自殺志願者が集まって来ていた。だけど、夕菜さんは、それを嫌っていた。中には、メールを送って来た人に、なんらかのアドバイスをしていたけれど。その内容までは、解りません。夕菜さんの自殺観が、正しいのか、そうで無いのかは、私が言う事ではありません」

私の知らない、夕菜の一面。

「なかには、本気で信じて自殺した人がいるって、聞きました。それは、夕菜さんの意に反したモノだったそうです。私は、夕菜さんから、生きるコトを教えられました。きっと、夕菜さんは、健康でフツウの身体なのに、簡単に自殺を選ぶ人を、恨んでいたのかもしれません」

悲しそうに、言う。

「私は、夕菜さんと出会って、生きていて良いのだと思えた。そして、その裏で、苦悩している夕菜さんを見てしまった」

「夕菜は、生まれ変わる為に、死ぬって。詩とか文章読んだけれど、魂の解放とか、転生を望む様なモノばかりで、今を生きている感じはしなかったよ」

その言葉に、水崎さんは、

「私は、夕菜さんの詩には、転生とかの死生観だけではなく、本当は、生きるコトに、これでもかっていうくらい執着している様に思えました。自分の中で、反発しあう感情に、必死に向き合っていたのだと思います。夕菜さん、本当は、生きたかった。自分の思考意識を持ち続けたまま、自由に生きたかったんだと思います」

水崎さんは、強い思いを静かな口調で語った。

―本当は、生きていたかった。ずっと自由に。

それが、夕菜の本心なの? 同じ病気の水崎さんだから、気付けたコトなの。私は、夕菜の詩は、死を望むものだと感じていた。だけど、水崎さんは、アレは、生きたいからこそのモノだと、受け取っている。生きるコト。自由な、思考意識と、身体で、天命を全うする。自分の意思で生きていく、生きていたい。生き続けたい。それが、本当の夕菜の望み。

そのコトが、絶対に不可能だと知ってしまった。だから、裏返しの感情で、あのような詩を、綴っていたのであれば、私は、今まで夕菜の何を、心を、夕菜自身を誤解していたのかもしれない。

あの時、千夏の話に、ただ相槌しか出来なかった自分。私自身が、友人であれ他人であれ、無関心な処があり、そして、自分自身に対しても無関心であるんだと思った。そんな自分に、嫌悪を感じた。

『生きるって、何だろうね』

夕菜の言葉が、心を過った。

「大丈夫ですか?」

水崎さんに言われて、我に返る。もう出ないと思っていた、涙が頬を伝っていた。

「夕菜の事を、思い出しても、もう、涙は出ないと思っていたのに」

答えて、涙を拭う。

 それから、夕菜の話はせず、世間話や、趣味の話、お互いの人生観みたいな会話をした。この様に、色々な会話が出来るのは、波長の合う人だけ。普通の会話でも、合わない人だと、私が耐えられない。水崎潤とは、波長が合ったのだろう。だから、こうして長時間、話せる。

極限られた人間関係しか、持つ事の出来ない私。だけど、それで良いと思う。その人達との関係を大切に出来るのであれば。

「今日ここへ来て、正解でした。半信半疑だったけれど。夕菜さんの言っていた通りで、林さんも、夕菜さんの話にあった人、そのままでした。夕菜さんとの、約束も果たす事ができたし。久しぶりに、人と長時間、話す事も出来ました。初対面なのに、込み入った話まで付き合ってくれて、ありがとうございました」

ぎこちない笑顔を浮かべて、水崎さんは言った。

「いいえ、こちらこそ。おかげで、夕菜の心を知るコトが出来ました。―それに、夕菜は、私が、あの場所へ来るなら、自分の誕生日だと見通していたんだと思うよ」

私は、無理やり、笑顔を作る。

「書いていました。最後に届いた手紙の中に“きっと、流は、私の誕生日にきてくれる”と、その手紙の中に、先ほど、渡した封筒が入っていて、渡してくれるようにと、書いていました。なんだか、始めから、夕菜さんは、なにもかも見通していたのだと、思います」

と、水崎さん。

「そうだね」

答えて、窓の外を見ると、夕闇が広がっていた。かなりの時間、話し込んでいたんだ。カフェを出て駅へと向かう。別れる前に、アドレスを交換して、逆方向の電車に乗った。電車の窓から、夕闇に沈む街を見ながら、私は思った。

 きっと、今が、私にとっての、ターニングポイントだと。

夕菜の死、千夏の旅立ち、そして、水崎潤との出会い。

だとすれば、私がやるべきことは、一つ。この先も、ずっと書き続ける。私の出来る事は、それしか、在り得ないのだから。

 

 マンションの部屋へ戻ると、ハムスターのペペが、ケージを齧って、餌を催促していた。出掛ける前に、ミックスフードを入れておいたのに。餌は、まだ残っている。えり好みをして、キライな物があると食べない。無視していても食べず、とにかく催促する。ハムスターにも、好き嫌いがある。キライな餌だと絶対に食べない。ガリガリ煩いので、餌を入れ替えると、そっちの餌を一気に食べ始めた。辛いから死にたいと、思ったりする人間とは違い、生きる事しかない、ハムスターにも自分というモノがあるのだなぁと、思いながら、必死に餌を頬張るペペを見つめていた。

 夜食を食べて、お風呂に入る。久しぶりに長距離を歩いたせいか、足が痛い。日頃、如何に運動をしていないかを、実感する。

 一息ついて、水崎さんから、渡された、夕菜からの封筒を机の上に置く。

そして、夕菜からの最後の手紙、言葉を、想いを知る為に、私は、ゆっくりと、封筒を開けた。


『流へ。この手紙を読んでいるということは、あの場所へ、私の死んだ場所へと来てくれたんだね。私の予想通り。流と水崎潤は、気が波長が合いそうだったから、同じ病気の中で、一番仲の良かった、潤に、流に渡すようにお願いしていたんだ。これが、潤と出会った理由。流は、私が自殺した本当の理由が知りたいのでしょう? 理由なんて無いよ。持病を苦にした自殺に過ぎない。ただ、そこに、自分という思考意識が、持病のせいで失われる、奪われてしまう。それが、赦せなかった。自分というモノが無いのに、生きているとは言えない。だから、その前に、生きているコトにけじめをつけたかったんだ。

だって、自分の思考、意識が無くなって、ただ生命維持装置に繋がれて、点滴とかで生かされている事は、生きているとは言えない。無理やり、生かされ続ける事は“生きている”って、言えるのかな? 装置と点滴が無ければ、生きれないのは、生きていないのと同じ。そこに、人間らしく生きているというモノは、存在しない。私は、そこまでして生きている必要は無い。だからと言って、そういう状態の人を否定するワケじゃあないよ。これは、私の考えで思いであって、そして、答え。生命維持装置に管理されながら生かされ続ける。それは、その人の家族の望み。それぞれの価値観。病気や障碍を抱えても、必死で生きている。自分と向き合って、必死に闘っている。自分の感情、自分の魂との闘いなのかもしれない。そうして、生き続ける事で、魂は成長するのかもしれない。だけど、私には、そこまでの勇気は無い。この先、自分の辿る結末に、私は向き合えない。

だから、私の心は、早く魂を解放したいと、叫んでいる。魂もまた、そんな躰から、解放されるのを望んでいる。私が、私という思考が、まだ存在している間に、やがて、奪われていく身体の自由。私には、ソレが耐えられない。受け入れる事が出来ない。だから、私には、未来なんてモノ、夢なんてモノは、無いの。存在しない。健康な人、正常で健康な人が、羨ましくて堪らない。健康であるくせに、些細な事で自殺する人間が、生命に対して無頓着な人、短絡的に人を殺す人、呪いたいくらい、赦せない。

 そんな思いが込められたのが、あのサイト。私の想いを明文化したもの。別に、自殺を唆す為ではない。否定はしないが、止める事もしない。決めるのは、本人。生きられるのに、生きる事を諦める、だったら、その躰を頂戴と言いたい。私の中には、憎悪と嫌悪が渦巻いていて、暗い闇ご心の深淵に在る。

生きる意味も理由も、私にとっては、キレイゴト。生きている事に、理由なんて無い。死が嫌だから、生きているだけだと思う。だけど、ある意味、死は救いなのだから。この現実から、現世からの。

 生まれ変わる為、私は死ぬ。

輪廻転生、自殺した者の魂は、救われないかもしれない、再び人間に生れ変れるコトは、出来ないかもしれない。転生した先が、羽虫であっても構わない。

この躰から、解放されるのなら、それでいい。


 夜へ翔いていく鳥が、暁の空を翔いているように。次なる、暁を夢見ながら、私は死ぬの。私が、私であるうちに。


 本当は、生きていたかったよ。でも、生命維持装置に繋がれて、無理やり生かされるのは可能だった。だけど、それは“生きている”とは、いえない。

“私はソコ”に、存在していない。

あるのは、温かな躯。自分で死すら選ぶことの出来ない、温かな躯。空っぽの器。私であって、私で無い。だから、先に、死を選ぶの。


 私が自殺してしまったコトで、皆に心配と迷惑を掛けた事は、ごめんなさい。

私には、私が生きている未来は存在しない。生きていられるのなら、生きていたかった。未来を、夢見る事をしたかった。生きたかったよ、健康な身体で。

今は、夜に向かっている。それは、死へ。

そして、来世、暁を夢見て、翔くだけ。


 最後に、千景によろしく。


 旅立つ前日にこれを綴る。   林 夕菜』


 夕菜は、生きていたかったんだ。千夏が言っていた様に、病気じゃあない身体で、生きていたかった。ただ、普通に生きていく。それが、願いだったんだね。だけど、夕菜、あなたは、生きる事を放棄したんだよ。

私は、夕菜の自殺を受け入れる事は出来ない。理由は理解出来ても、自殺は認めない。それが、キレイゴトだとしても。何があろうと、生き続け、生き抜く事こそ、魂を成長させて、転生を可能にするんじゃないのかな? そして、輪廻を終えるのでは、ないのかな?

夕菜は、逃げたんだよね。生きる事から。最後まで生きれば良かったのに。延命はしなくていい。自分という意識がギリギリまである間は、生きていて欲しかった。これは、私のキレイゴト。

 夕菜の手紙を読み、私なりの結論に至る。この手紙に書かれているコトが、夕菜の本音なのかまでは、判らない。だけど、きっと、これが本音なのだろう。

もう、涙は、出なかった。

例え様の無い、虚しさだけが、心の深淵に蟠っている。

 随分と前、ニュースで、安楽死や尊厳死に関して、それは、医療なのか殺人なのかを取り上げていた。苦しむだけの日々、苦痛に歪む身内を見守る家族、膨れ上がる医療費。そんな中で、果たして、人間らしく生きていると言えるのか? 生命維持装置に繋がれてでしか、生きられないのを、生きていると言えるのか。安楽死や尊厳死は、患者本人と家族にとって救いなのか? 答えがでないまま、ソレらは違法と判断された。

夕菜が生きていた頃、少しだけ話したコトがあった。

「法で、病気は治らない。法で、心や魂は救われない。まあ、精々、制度的や経済的フォローまでだね」

と、つまらなそうに言っていた。その言葉の意味が、今になって、解るなんて。


 生きる事ってナニ? 死ぬ事ってナニ?

それに答えなんて、無いよ。あるのは、生理的物理的な現象だけ。

その先の、魂の話までは、解らないけれど。


 パソコンを起動させると、メールが届いた。夕菜からだった。色々と、手の込んだ事をしてくれる。日時を指定して仕組んだのか、その様な、代行サービスを利用していたのか。メールを開く。

『私という、意識が消えてしまった時、私はもう存在していない。残っているのは、生命維持装置無しでは、生きていられない、空っぽの温かな躯だけ。だから、器なる躰には、意味が無い。私は私で在る間に、暁を夢見ながら、夜へと翔いて逝くの。そして、再び、暁の空へと戻って来る。夜の先に朝があるように。死の先には、転生があると思っている。そして、朝が来れば、また夜が来る様に、生まれてくれば、死へと向かうだけ。その繰り返し。花が咲いて、散り、再び芽となる様に。全て巡るモノ。私は、その一瞬に過ぎない。次の瞬間は、、また別の存在となっている。それの繰り返し。終りも創まりも、解らないまま。私という存在が、私自身を理解するコトが出来なかった。解るのは、未来を夢見る事がが、出来ないという現実。なぜ、死ぬのが解っているのに、人間は、生まれて来て夢を見るのだろう? 生きるって、なんだろうね?

流、何時か、その答えを求めて、何かを書き綴って。私の半生でもいいよ。

そうすれば、私は、流の綴った物語の中で、生き続けていける。だから、書き続けて、綴り続けて。   夕菜』


 私が、綴り書き続けていくコトが、夕菜の望み。だとしたら、私は、もう迷わない。

夕菜の事も、千夏の事も、あの頃の事も、すべて、私が、書き綴れば良いのだから。

それは、発表する作品ではなくて、私自身の魂のカタチとしての物語。もし、それが、発表できるモノとなった時、私は、次なる処へと向かうのかもしれない。


そう、全ては巡るモノだから。


 私は、ペンをとり、想いのまま、文章を綴っていく。これは、私自身の物語となる。

『生きているって、なんだろうね』

その答えを、見つけるよ、夕菜。

発表する作品では無い為、感情のままにペンを走らせていく。ただ、浮かんでくる想いを書き続ける。こ

これは、私の魂の物語。そして、夕菜の物語でもある。

私は、ただ、一心に書き綴る。


どの位、その様なテンションで、書き続けていたのか、ペンを置いて一息つく。何気なく、カーテンを開いてみると、空が白み始めていた。日に日に夜明けが早くなる。窓を開けて、ベランダへとでる。春の早朝は、まだまだ空気が冷たかった。この辺りの桜は、ほぼ満開。だというのに、吐く息は、幽かに白く、指先が冷えてくる。一晩中、書き続けた、その頭と身体を、冷たい春風が癒してくれた。大きく深呼吸すると、心の澱みが洗い流されていく感じがした。

そのまま、白んでゆく空を見つめる。徐々に明けていく空と、ざわめき始める街。東の彼方の空をよく見ると、小さな点の様なものが、幾つも動いているのが見えた。時間的に、カラスだろうか。白んでいた空は、やがて、薄い蒼と深い蒼に変わっていき、そしてオレンジ色の光のベールの如く、東の空の色を変えていった。眩しい、光が輝く。

 日の出。暁の空。

カラスの声が、あちらこちらで、響き始めると、街は、更にざわめきだす。

鳥達が、夜を越えて、辿り着いたのは、暁の空。黄昏の空を舞っていた鳥達は、今、暁の空を舞っている。

 何時か、夕菜の魂も、暁の場所へと辿り着けるのかな? 

夕菜の魂は、あの鳥達の様に、再び、暁の場所へ、戻って来れるのかな?

 死ぬ為に生まれて、生きていく。生きている中で、魂は、何を求め、何を見つけるのだろう?

そして、現世にて、何かを見つけた魂は、夜へと翔き、そして、暁を目指すのかもしれない。

人も、魂も共に、巡り続ける。

 魂が求めいるモノを感じ取れた時、それは、創まりであると同時に、終わりなのかもしれない。

私が、物書きで在り続けたいと想うのと、同じで。

それは、夕菜、彼女の魂が、求め続けていたモノであり、人間が生きていく答えなのかもしれない。

 これは、私の考えた、幻想に過ぎないのかもしれない。

だけど、これは、私の答え。




   終章



 夕菜が、ずっと気にかけていた、千景は、世間を騒がせていた、連続殺人に、監禁されて、一緒に死のうとされていたらしい。

知り合いの、報道記者から聞いた話。

一命は取り留めたものの、火傷の治りが悪いらしい。

もう少し、彼女の様態が良くなったら、夕菜の事を伝えに行かなければ。

そして、夕菜の思いを伝えよう。

千景が、どう思うのかは別として。

夕菜との、最後の約束を果たす為に。


『太陽は世界を彩る光。その光は、時として、残酷なモノとなる』

千景が、言っていた言葉。

だけど、何時か、千景にとっても、太陽の彩りを感じて欲しい。

これは、私の思い。夕菜の願い。


 だから、私は、全ての事を書き綴らねばならない。

                             



    了


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