第14話 侯爵令嬢と船酔い
ラングス領を発ってから三日。旅の一行は北の端、コーラル領に入っていた。
もう日が落ち始めている時間。私たちは既に首都を通り過ぎて、港町に向かっている。
そう、私たちが通う学校は海の向こうにあるのだ。
「ナナリアまだ〜? おしりが痛いよ〜」
「あと一時間で下りきりますよ。よかったですね」
「ぐへー」
凸凹の山道を下っているせいで、十数秒ごとに馬車がジャンプするアトラクションを味わう羽目になっている。そりゃ弱音だって吐きたくなる。
帳の向こう側から返ってきた答えは、このアトラクションにとっくに飽きている私にダメージを与えるには十分な威力を持っていた。
閉口してるのは私だけじゃなく、横にいるミリーゼちゃんがため息を吐く。
「疲れましたわ……」
「首都を出てからずっとこれだもんね」
「せめて景色に変化が欲しいですわ……あれ? ちょっと止まって欲しいですわ!」
「え? っとおぉ!?」
景色を眺めていたミリーゼちゃんが、突然慌てる。
私は急停止に悲鳴を上げながら、体が飛んでいかないように両足で踏ん張る。
鍛えてたから耐えられたけど、かよわい前世だったらロケットみたいに飛んでってたよ。
「ちょっ! 突然どうしたの!?」
「ごめんなさいですわ! 馬車が見えたので」
「馬車? あ、いた」
急ブレーキの恨みを込めた問いに、窓の外を見ながら答えたミリーゼちゃん。
その視線を追うと、確かに馬車が一台停まっていた。
しかもあれは……。
「怪我人がいるみたいですわ」
「っぽいね。行ってみる?」
「当然ですわ!」
アレットちゃんとの短い会話を終えて、ミリーゼちゃんは飛び出していく。当然私たちも続く。
「あれは……!」
「貴族の馬車みたいだね」
明らかに普通じゃない豪華な外装。紋章みたいなのもあるし、おそらく貴族、そうじゃなくとも相当なお金持ちの馬車だろう。
近づいていくと、どうやら騎士が数人負傷しているようだった。
「あのー。なにかお困りでしょうか」
「はい? 誰ですか、あなた達は」
ま、そうなるよねー。イリスさんが負傷してない騎士の一人に話しかけると、訝しむような視線が返ってきた。ような、じゃなくて実際そうなんだろうけど。
突然ようわからん集団に話しかけられたら、怪しむのが普通だ。怪我人が出て、警戒心が強まってる状態なら尚更。
「わたくしは、ミリーゼ・フォン・ラングス。ラングス伯爵の長女ですわ」
「は、伯爵家の方でしたか!」
イリスさんが身分証明っぽい紙を見せてミリーゼちゃんが名乗ると、騎士の人はビシッと姿勢を正して敬礼する。貴族パワー。
驚きの声が聞こえたらしい他の騎士たちが一斉にこっちを見た。
「それで、どうしたのですか?」
「は。それが……」
「話していいぞー」
「あ、ヴィオラ様」
騎士が言い澱んでいると、奥の馬車から女性の声がした。
ヴィオラと呼ばれた女性が、馬車を降りて向かってくる。
褐色の肌に、緑色の長髪。鋭い眼光は、野生の獣を想起させる。強そう。というのが、最初の印象だった。
「あ、やっぱ話さなくていい。アタシが直接説明してやる」
「承知しました」
「で、君たちがラングス伯爵家一行だな」
短いやり取りのあと、ヴィオラさんはこちらを向く。
「アタシはヴィオラ。ヴィオラ・フォン・コーラルだ。よろしく」
その挨拶でわかったのは一人称がアタシだということ、そして彼女がこの地を治めるコーラル家の人間だということ。
コーラル家はたしか……、
「(侯爵家、格上です。くれぐれも粗相がないように)」
ナナリアが小声で教えてくれた。ついでに脅された。
侯爵家か……侯爵は伯爵の一個上の爵位だったはず、たしかに悪印象は避けないといけないね。
「わたくしは、ミリーゼ・フォン・ラングスですわ。あと、この方たちはラングス家の人間ではありませんわ」
「お初にお目にかかりますヴィオラ様。アレット・フォン・ロレンツと申します。ロレンツ伯爵の娘です」
「ルシア・フォン・ファーナルと申します。よろしくお願いします」
流れるように挨拶をするアレットちゃんに押されて、私も続いて挨拶する。
「ああ、すまない、君たちも貴族だったか。しかし、少し堅いな、リラックスしたらどうだ。アタシは侯爵じゃないし、そもそも家だって爵位が一つ違うだけだ」
「お気遣いありがとうございますわ。それで、どうなされたのですか?」
「ああ、その説明だったな。少し野盗に襲われてな。殺さずに捕獲しようとしたから怪我人が出たというだけだ」
なるほど。まあ、こんなとこで怪我人が出るならそんなもんだろう。
話を聞いて頷いてたミリーゼちゃんが、指を立てて提案する。
「わたくし、光魔法が使えますの。必要なら回復魔法を掛けて差し上げますわ」
「それは本当か!? ならば是非頼む。報酬は支払おう」
「そんな、医者でもないのに報酬なんていただけませんわ」
「なに、アタシが借りがあるよりパーっと払っちまった方が安心できるってだけだ。アタシのためだと思って受け取ってくれ」
「えっと……」
ミリーゼちゃんが視線を寄越してくる、魔法を使うのはミリーゼちゃんだからミリーゼちゃんが決めるべき。そう思って、好きにしてとジェスチャーで伝える。
「でしたら、終わった後にいただきますわ」
「そうか、ありがとう」
「では、怪我を見せてくださいですわ」
怪我をしている人と少し話したあとに、イリスさんから杖を受け取って魔法を使う。回復魔法を使っているミリーゼちゃんは、祈りを捧げる聖女のように美しかった。祈りを捧げる聖女なんて見たことないけどね。
「終わりましたわ」
しばらくして、全員の治療を終えたミリーゼちゃんが、額の汗を拭きながら戻ってくる。
「おつかれさま」
「おつかれ。実際に見ると回復魔法ってすごいね」
アレットちゃんの称賛に、「まだまだですわ」と冷静に返すミリーゼちゃん。
汗もかいてるし、神経を使う作業なんだと思う。変な治し方したら危ないもんね。
騎士の人と何かを確認していたヴィオラさんが袋を持って近付いてきて、ミリーゼちゃんに袋を渡してお礼を言う。
「今回は本当にありがとう。これが報酬……礼だ。足りなかったら言ってくれ」
「いえ、これで十分ですわ。むしろ、多くて驚いているくらいですわ……」
「正当な対価だ。治療できていなかったら、移動が大幅に遅れていたはずだ。捕まえた野盗も運ばなきゃいけないのに、怪我人もいるとなると間に合うか……。本当に助かったよ」
「助けになったなら、わたくしも嬉しいですわ」
ヴィオラさんが、本当に安心したといった様子で、ミリーゼちゃんに握手を求めて、それに応えるミリーゼちゃんも本当に嬉しそうだった。
「では、わたくしたちはそろそろ出発しますわ」
「そうか、また会うことがあったら、その時はゆっくり親交を深めようじゃ無いか」
「それは良い考えですわ。またどこかで会いましょう」
「ああ、再会を願っているよ」
ミリーゼちゃんと固く握手を交わしてから、こっちにも手を差し出してくる
「君たちとはあまり話せなかったな。また会える日を楽しみにしている」
「こちらこそ」
「はい、また会いましょう」
私とアレットちゃんもヴィオラさんに挨拶をして、馬車に戻る。
ミリーゼちゃんは、怪我をしてた騎士たちにいっぱいお礼を言われてアワアワしてた。かわいいよ。
「すみません。わたくしの我儘を聞いてもらって。予定より遅れてしまいますわ」
「なーに言ってんの? 助けになれたんだから気にすることないって」
「そうそう。どうせ今日は港町に行って寝るだけだから」
アレットちゃんの言葉に、うんうんと頷く。それを見て、ミリーゼちゃんはホッと息を吐き、
「そう言ってもらえると助かりますわ。ヴィオラさん、格好のいい方でしたわ」
「確かに、あんなに騎士を心配してて、優しい人なんだろうなって」
「……別に、遅れたくなかっただけじゃないの」
フンと顔を背けるアレットちゃん。
「アレットちゃん……さてはヤキモチ?」
「なっ! そ、そんなんじゃない!」
「ふふっ、あははははは!」
揶揄うように聞いてみると返ってきたのは、図星の反応。
なんのことかわかってなさそうなミリーゼちゃんと見比べて、私はケラケラと笑った。
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そんな日の翌日。私たちは船に乗っていた。
約四時間の船旅。私はともかく、アレットちゃんとミリーゼちゃんにとっては未知。さぞはしゃいでるのだろうと思いきや……
「すっごい揺れますわ……」
「そうだね……」
「うぅ……」
みんながダウンしていた。リーシャさんたち従者組は元気なのにどうして……。
この船すっごく揺れるのだ。ぐらぐらぐらぐら、三半規管への波状攻撃が行われている。
ただ、元気のなさの原因はそれだけではない。実は……、
「いやー! 船は初めてか君たち! なら、仕方ないな。じき慣れる! アタシも慣れた! はっはっはっは!」
そう、この船にあのヴィオラさんが乗り合わせていた。なぜかずっと上機嫌なヴィオラさんの笑い声が頭に響く。
あんな再会を楽しみにしてるみたいなこと言いまくったせいなのか、二十四時間も経たずに再会してしまった。
「はっはっはっは!!」
うっさい。
船酔いって辛いですよね……。そしてまた長い。
あと、お話の大事な時以外はあとがき書くことにしました。四行以内に納めますが、興味ない方は読み飛ばしてもらって大丈夫です。




