第13話 酒カスと呼び捨て
「この宿、空いてるか聞いてきますね」
「外いてもしょうがないし、付いてくよ」
すっかり日が沈んだ夜。私たちは旅の最初の宿泊場所を探していた。
まあ、私とナナリアはラングスに来るまでに一泊してるんだけど。
アレットちゃんに関しては私より遠いので、昨日のうちにミリーゼちゃんの屋敷に来て、泊まっていたらしい。
「がっはっは! それでなあの親父が――」
「ぎゃはは!! ばっかじゃねえの!!」
「飲め飲め! 一晩中飲みまくれぇ!!」
「うわぁ……」
適当に見つけた宿の扉を開くと、十人くらいのおっさん達が飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎをしていた。そのカオスを見て、顔を顰める私たち。
どうやら一階が酒場になってるみたいだ。
とりあえずここは無し。うるさくて眠れる気がしない。酒臭いし。
「別の宿にしましょう」
「ですね」
アレットちゃんの従者のリーシャさんと、ミリーゼちゃんの従者のイリスさんがくるりと反転てし、外に出ようとする。が、
「おいおい、可愛い嬢ちゃん達! おじさんに酌してくれねえか!」
「ぎゃはは! ボンガの奴ロリコンだったのかよ!!」
酔っ払いに絡まれた。
面倒臭いことこの上ないけど諍いは起こしたくないから、揉めずにあしらって宿を探したい。ということで、丁重にお断りさせてもらおう。
こんな奴らに礼儀なんていらないと思うけど。
「私たちは宿を探してるので失礼します」
「おいおい、宿ならここでいいだろ!? 俺様のベットに泊めてやってもいいぜ? タダでは帰さないけどな!!」
「ぎゃはははは!!!」
リーシャさんが断ろうとすると、ボンガとかいう奴が下品なことを言ってきて、下品に笑って酒を下品に飲む酒カス共。
殴りたい、この笑顔。
「……いきましょう」
正直めっちゃムカついてるけど、リーシャさんが我慢してるのを私が台無しにしたくない。そう思って、振り返ってた顔を前に戻し、外に向かおうとした時、
「ふっっっっっっっっざけんなですわ!!!!」
――ミリーゼちゃんがキレた。
「先ほどからずっと断ってるのにヘラヘラと……! 人様に迷惑をかけているのがわからないのですか!? 謝罪を要求しますわ!!」
「ああ!? 調子乗んな赤髪!! 世間知らずのガキが……!!」
「良識もない人に言われる筋合いは無いですわ!! 酒は飲んでも飲まれるな、ですわ!!」
私の右にいるミリーゼちゃんに、この場の全員の視線が集まってる。
ムカついてたから言ってくれてスカッとしたけど……これどうしよ。
収拾着くかな……。そういえばアレットちゃんが静かだな……?
「チッ……お子様は黙ってろ!!」
「そうだそうだ!!」
「ガキはミルク飲んでやがれ!!」
「大人にもなってこんなことして……恥ずかしくありませんの!?」
ガヤがギャーギャー言い始めた。ミリーゼちゃんが言い返すと、怒号が勢いを増す。いい加減私もキレようかな……!
酒の飲み方だけで下品って思わせるのは一種の才能だぞ!!
いや、もっといい煽り方があるはず……!
私がどうやって喧嘩に混ざろうか考えていたその時、
「チィッ……クソが!!!」
「あ……」
漏れたその声は誰のものだったか。ボンガがまだお酒が入ってる木製ジョッキをミリーゼちゃんへ向かって投げた。私も、周りも、誰も反応できずジョッキがミリーゼちゃんに向かって飛んでいき――当たる直前で叩き落とされた。
ビールらしきお酒が床へ飛び散る。ボンガは、理解できないといった様子で後ずさった。
いつに間にか、私の左にいたはずのアレットちゃんが、ミリーゼちゃんの前に立っていた。
「……は……あ?」
「これで、正当防衛。だよね?」
そう言って睨む瞳からは、確かな殺意が感じられた。
――アレットちゃんがキレた。
睨みつけた視線はそのまま、素早くしゃがんで、地面に転がってたジョッキを拾い、ボンガに投げつける。
「ブファ!!」
「なっ……!」
美しいフォームで投げられたジョッキは、一直線にボンガの顔に直撃する。
唖然とする酒カス共、呆然とする私たち、ぶっ倒れるボンガ。
そんな中、アレットちゃんだけは止まらない。
次の標的へと視線を移す。
「お前らがドサクサに紛れて言った暴言。全部覚えてるから――覚悟しろ」
「ヒィッ……!」
蹂躙が、始まった。
壁を蹴り、宙を舞い、狭い酒場を駆け巡る。飛んでくるジョッキは投げ返し、殴ってきたら避けて同士討ちを誘発する。流れるように敵をなぎ倒していく。強い。
私が呆然としてる間に、誰にも触れず、触れられず、九人の男どもを倒してしまった。
敵に回したく無いな……。そう思ってアレットちゃんを見ると、転がってる男たち《残骸》を、腐った物を見る目で見下ろしていた。
「よかった……」
「え?」
「得物が無くてよかった。大事な槍に、汚い血を吸わせちゃうところだった」
「……」
訂正。絶対に敵に回しちゃダメな人だ。
********
結局、宿の人がめっちゃ謝って来たあと、私たちは別の宿を取った。
まあ、謝るなら最初から止めろって話だよね。
泊まる部屋はベットが八個ある大部屋だ。窓からは月明かりが入ってきて、窓際のベットに座るミリーゼちゃんに当たっている。
月明かりに照らされる物憂げな表情は、普段の快活な表情とのギャップを生み、神聖さすら宿していた。
なんで元気印のミリーゼちゃんが物憂げな表情をしてるのかというと……、
「……ごめんなさいですわ」
「なんで謝るの?」
「だって、わたくしが我慢できればあんなことにはならなかったですわ」
「いや、ミリーゼが言わなかったら私が怒ってたよ」
「あんな奴らに遠慮する必要なんてないよ。私もムカついてたし」
この通り、あの時我慢できずにキレたことを気に病んでるという訳だ。
アレットちゃんが怒って、先に攻撃する前にキレてくれたおかげで、結果的に正当防衛の大義名分ができたので、気にする必要は全くないのだが。
まあ、あれだけ失礼なこと言われたら、先にぶん殴っても許された気もする。
リーシャさんはアレットちゃんのお付きだし、アレットちゃんが一番怒ってたんだと思う。
第一印象では落ち着いた子だと思ったんだけど……感情が一定値を越えると止まらなくなるタイプなのかもしれない。新しい側面を知れて嬉しいような、怖いような……。
まあ、怒らせるようなことをしなければ大丈夫かな。むしろ止めないといけない時の心配の方が必要かな。……ほんとに心配になってきた。偉い人にブチギレて牢屋行きとか無いよね……? ……ちゃんと見張っておかなきゃ。
「でも、アレットさん凄く強かったですわ」
「ね! びっくりしたよ」
「あはは。暴走しちゃったけどね」
照れ笑いの表情で謙遜するアレットちゃん。……いや、暴走したのは事実か。
「それより、そのアレットさん、ってのやめようよ。他人行儀」
「あ、それは私も思った」
「そう言われましても……この呼び方で慣れてしまいましたわ」
「うーん……私はともかく、セクハラするような女に敬称はいらないと思うよ」
アレットちゃんを見ながら、さん付けがいらない理由を伝える。
すると、セクハラ親父扱いをされた少女は、チッチッと指を振る。
「あれはね、私が育ててあげてるんだよ?」
「いやいやいや、ミリーゼちゃんのをこれ以上育てたら差が開くだけだよ? 自分のを育てたら? ミリーゼちゃんのは私が育てるから安心して?」
「あはは。嫌だけど?」
バチバチと、交差する視線。
視界の端に、アワアワしてるミリーゼちゃんが映り込む。
「あ、あの、二人とも、よくわからないことで争うのはやめてほしいですわ」
「じゃあ、さん付けやめよっか?」
「やめますわ!」
「やったね!」
「いえーい!」
「へ?」
無表情での睨み合いから一転、笑顔でハイタッチを交わすアレットちゃんと私。
ついて来れてないミリーゼちゃんは目を丸くしてる。
「ふっふっふ。騙されたなミリーゼ!」
「私たちがこんな子どもみたいな理由で争うわけないって。つまり演技」
「そ、そうでしたの?」
そうなのだ。あれは演技だったのだ。ホントだよ?
「ならよかったですわ」
ホッと胸を撫で下ろすミリーゼちゃん。いい子すぎて罪悪感……。
「でも、言質は取ったからね? これからは呼び捨てでよろしく」
「わ、わかりましたわ」
「最初は、アレットちゃんも違う呼び方してたもんね。すぐ慣れるよ」
敬語でさん付け。落ち着いた行儀の良い子。それが、初対面のアレットちゃんの印象だった。
それがまさか、こんなに危険な女だとは……私はこっちの方が好みだけど。
「じゃあ、試しに私のこと呼んでみよっか?」
「ア、アレット」
「うんうん、いいね。もう一回」
「アレット」
「さあ、もういっちょ!」
「アレット!」
「もっともっともっともっともっとぉ!!」
「アレットアレットアレットアレットアレットぉ!」
「そんなに呼んでどうしたミリーゼぇぇ!」
「きゃっ! ちょ、タンマですわ!!」
意味不明な儀式から、当然のようにイチャつき出した二人は放っておいて、今日の出来事を振り返る。
宿を取ろうとしたら絡まれて、帰ろうとしたらミリーゼちゃんがキレて、喧嘩になったらアレットちゃんがキレて……あれ、私何も悪く無いし、何も活躍して無いじゃん。つまりただの不運……?
いや《幸運》持ってるじゃん。なんでだろ? どういう効果なのか分からないけど、少なくとも今回は意味なかったってことになる。不運を全部避けられるなんていう、都合の良すぎる期待はしてなかったけど、あんまり信用しない方がいいのかも知れないな。
どうも、文字数調整下手くそ人間です。
投稿前のチェックで改稿して文字数増えるんですよね……。




