五十四話 終戦。
名無しの権兵衛が【合戦場】を後にして井上 真琴としてまず行った事は友達の桜への連絡だった。
時刻は夜中。通話に出てくれるか真琴は少々不安ではあったがそれを無視するように桜はすぐに通話に出てくれた。
「もしも」
『真琴ちゃん! 大丈夫怪我してない死んでないよね?!』
「大丈夫。落ち着いて。」
携帯端末から聞こえてくる桜の慌てふためいた声に安心感を感じながら真琴は桜を安心させようと事前に考えておいた嘘を桜に伝える。
「あの後隙を見て逃げ出したから何処も怪我してないよ。」
『本当?!』
「本当。」
「良かった良かった本当に良かった!」
声だけでも心の底から真琴の事を心配していたのが真琴自身に伝わってくる。
「警察に連絡した?」
『もちろん!』
「じゃあ警察にも連絡した方がいいかな。」
『私がする! 通報したの私だもん。』
「分かった。何かあったらすぐに連絡して。」
『うん!』
桜が元気よく返事を返した後、今度は遠慮がちな声で真琴に話す。
『…今から会えない?』
予想してた言葉に真琴は微笑む。
「そう言うと思って当工公園まで来てるよ。」
『すぐ行く!』
通話状態のままの為桜が大急ぎで外に出る準備をしているであろう音を聞きながら真琴は日常に帰ってきた実感を噛み締める。
◆◇◆◇◆
後日。
誘拐騒ぎが落ち着いた後に【合戦場】に訪れた名無しの権兵衛はあるものに詰め寄られていた。
「剣はどこだ!?」
剣の父親、今井 盾恒だ。
来て早々絡まれた名無しの権兵衛は大きなため息をついた。
「知りません。クリムゾンさんに聞いてください。」
「門前払いされたからお前に聞いているんだ!」
名無しの権兵衛に怒鳴りつけている盾恒の背後には数名の部下と武装していない女性が一人。
部下達は名無しの権兵衛に楯突いている盾恒を何とか宥めようとはしている。
女性の方は名無しの権兵衛を睨みつけている。
「剣はクリムゾンさんの元にいる事になりました。クリムゾンさんが駄目って言うなら会えませんよ。」
「なら貴方が取り持ちなさいよ!」
そう叫んだのは盾恒ではない。後ろで控えていた女性だ。部下達が止めようとしたがその手を振り払い怒りの形相を浮かべて盾恒に並び立つ。
「嫌ですよ。何で私がそんな事をしなくちゃいけないんですか。」
そう言って名無しの権兵衛は立ち去ろうとするが女性は名無しの権兵衛の前に立ち行手を阻む。
「返して! あの子を返して!」
掴み掛かろうとしてきた女性の手をかわした名無しの権兵衛はまたため息を吐いた。
殺し合いの場以外での暴力と殺しは御法度の為名無しの権兵衛は女性を手にかける事出来ない。
立ち止まってしまった事を強く後悔し、今度こそこの場から速やかに逃げ出して文太に報告しようと足に力を込めた時
「あれあれあれー。どうしたのかなー?」
天野が現れた。
「天野。」
名無しの権兵衛は慣れている為唐突に現れた天野に驚く事はなかった。
が、盾恒達は何も無い所から天野が現れた事に驚き体を硬直させる。
その隙をついて名無しの権兵衛は盾恒達から距離を取り携帯端末を取り出して文太に連絡を取る。
「何かな何かな? 何の用があって【火の島】に来たのかな?」
その間、にこにこと笑いながら天野は盾恒達に話しかける。
そんな天野を不気味に思いながらも盾恒は尻込みながらも楯突こうとする。
「剣を返せ。あいつは今井家のものだ。連れて帰る。」
「えー。あんなに拒絶されたの忘れちゃったの? 忘れちゃったんだね。しょうがない。録画しておいた映像を見せてしんぜよう。」
そう言って天野は端末を取り出し操作をした後に画面を盾恒達に見せつけた。
「う。」
誰かが呻き声を上げた。吐き気を必死に抑える声がした。
天野が見せたのは剣とそのきょうだい達に痛めつけられる盾恒の姿が記録された映像だ。
『ぎゃあ! な、何だこれは!?』
『痛い痛い痛い! やめろ離せ!』
『ぎゃっ!?』
盾恒の悲鳴もはっきりと記録されていた。
「映像を止め」
誰かが辞めるよう天野に言おうとした時、別の映像に切り替わる。
酸の雨によって溶かされていく盾恒の部下達の姿が鮮明に映し出された。
それを見て、誰かが吐いた。それをきっかけに他数名も吐いた。
「あらら。お掃除してよね。」
惨状を作った元凶、天野は笑ったまま端末をしまう。
「…お前、何のつもりだ。」
嫌悪から来る吐き気をどうにか抑えた盾恒は天野を睨みつけている。
「オイラってば優しいから君達に現実を教えに来たの。」
睨まれても天野は笑みを崩さない。笑ったまま盾恒達に真実を伝える。
「君達はさ。剣の血の効力を剣だけが持つ特別なものだって勘違いしてるでしょ。」
「…は?」
そうではないのか。
天野の発言を聞いて盾恒は真っ先にそう思った。
「調べてみたらさ。【巫女】と似たような成分だったんだよね。多分剣は前に誘惑用に作った人造人間の子孫。生殖能力があったんだなーって意外に思ったよ。」
天野は盾恒の考えと野望を木っ端微塵にする真実を告げた。
「…【巫女】と、似てる?」
「そう。【巫女】って報道担当兼薬なんだよね。」
「薬?」
「【巫女】の血肉を食べれば気分が良くなって身体能力が上がる効果があるんだ。」
天野が話した効能に盾恒は覚えがあった。盾恒が知っている剣の血の効果と類似していた。
「まぁようするにさ。君達が宛にしている剣の血の力は【合戦場】では珍しく無いんだよ。まぁ、この情報は【刀持ち】全員知ってるけどね。」
「…はぁ?」
盾恒は初めて剣の血の力を目の当たりにした時、希望を抱いた。この血の力を利用すれば今まで見下してきた相手全てひれ伏す事が出来ると思っていた。思い上がっていた。【刀持ち】相手であろうと簡単に倒せると息巻いていた。
だが、それは無知から来る根拠の無い自信だった。
「まぁ何故か誰も【巫女】を食べようとしないんだけどね。沢山作ってあるんだから積極的に摂取して殺し合いを盛り上げてほしいのに。」
「いらねぇよ。」
不貞腐れたような素振りを見せる天野に名無しの権兵衛は冷たい声と言葉で天野を突き放す。
「共食いさせるな。」
「あれは人間じゃないよ。食べやすいようにちゃんと改良してあるんだよ。知ってるだろ。」
「人の形をしてる時点で無理。」
はっきりと拒絶の意思を見せる名無しの権兵衛。手には通話状態の携帯端末があり画面を盾恒達に向ける。
『俺も【巫女】は食いたくないな。』
携帯端末から聞こえてきたのはクリムゾンの声だ。盾恒達に言葉が届けられるよう音量が調整されている。
『まぁそういうわけだから。剣達の衣食住と安全は俺達が保証するから今日は帰ってくれ。』
「嫌よ!」
クリムゾンの発言に噛みついてきたのは剣の母親だ。
「お前なんかに預けられるか! 剣を今すぐ返せ!」
血走った目で携帯端末に怒鳴りつける女性の姿を名無しの権兵衛は冷めた目で眺めていた。
『貴女は』
この声はクリムゾンのものではない。
『何故そこまでして剣を取り戻したいのだ?』
流のものだ。
「出来損ないのくせに私よりも恵まれた暮らしをするのが許せない。連れ帰ったら徹底的に嬲って躾けてやる。」
剣の母親である女性は慌てて口を押さえるが、意味は無い。願いの力によって流に質問をされたものは必ず真実を話してしまう。
『もうお前達と話す事は無い。』
再び聞こえたクリムゾンの声は名無しの権兵衛には心なしか冷たく聞こえた。
「そんな勝手が許されるわけないでしょ!」
真実を話し、自分達が圧倒的に不利な立場である事に気がついていない女性は怒鳴りつける。
盾恒は駄目だ。呆然として妻である女性を止める素振りすら無い。
盾恒の部下達も駄目だ。全員先ほど見せられた映像が精神的に大きな苦痛を受け、まだ回復していない。
皆、自分の事で精一杯だ。
「子供のくせに!」
【火の島】での禁句を口にしてしまった事に気がつかないほど女性は怒りで我を忘れていた。
「大人にさか」
それ以上は言えなかった。頭に石をぶつけられたからだ。
「…は?」
ずきずきと痛む頭。痛む箇所に触れれば指に女性自身の血が付着していた。それを見た女性がようやく周囲を見回した。
子供達が見ていた。
建物の影に隠れたり堂々と姿を見せたりと様々だが、皆女性や盾恒達を忌まわしいもの見る目で見ていた。
「帰れ。」
子供達の誰かがぽたりと呟いた。
「帰れ。」
「帰れ。」
それに続いて他の子供達も次々と同じ言葉を繰り返して口にする。
「帰れ。」
「帰れ。」
「帰れ。」
次々と子供達は落ちていた石やゴミを拾いそれを女性や盾恒達に投げつける。
「「「「「かーえーれ。かーえーれ。」」」」」
女性は止めろと怒鳴るが子供達の合唱によってその声はかき消されていく。
巻き込まれたくなかった名無しの権兵衛は少し離れた場所で石やゴミをぶつけられる女性を眺めていた。
『名無しの権兵衛。』
「はい。」
そんな時、クリムゾンに声をかけられた。
『【火の島】の将として許可する。あの女、殺せ。』
クリムゾンの許可が出た瞬間、名無しの権兵衛は走り出した。そして石やゴミが体に当たる前に女性の首を刎ねすぐにその場から離れた。
すると
「はぁいおめでとう名無しの権兵衛! 今のでついに一万人殺害達成!」
「今ので?! 危な。【ショケイ】で達成出来てたと思ってた。」
天野は周囲によく聞こえるよう大きな声で名無しの権兵衛の目標達成を知らせる。
一方で名無しの権兵衛はまだ一万人殺害を達成できていなかった事に少々衝撃を受けていた。
「まぁいいじゃん。良かったね名無しの権兵衛。」
そう言って天野は名無しの権兵衛との契約が書かれている【血盟書】を取り出す。天野はそれを掲げると【血盟書】は瞬時に燃え上がり跡形も無く燃え尽きる。
「はぁい契約達成! 皆! 遂に目標を達成出来た名無しの権兵衛に大きな拍手をお願ーい!」
天野がそう言うと拍手がまばらに鳴り始め、だんだんと拍手の音が大きくなり周囲に鳴り響く。
「おめでとー!」
「よかったねー!」
「よくわからないけどすごーい!」
『良かったな。おめでとう名無しの権兵衛! 後でお祝いしなくちゃな!』
子供達やクリムゾンからの祝福の言葉を受ける名無しの権兵衛。
その姿を正気に戻った部下達に引きずられるまでの間、盾恒は妻の返り血を浴びた姿で呆然と眺めていた。
これにてふあゆう編は終わり。




