五十二話 金字義 流魑縷の最後。
金字義 流魑縷は焦っていた。
「教祖様が蘇られたぞ!」
「金字義様助けてください!」
「神子様の件、あれはどういう事ですか?!」
「外から不埒な輩らが押し寄せてきます。今すぐ教祖様の力で一掃を!」
「早く、早くなんとかしてくれ!」
自室で目が覚めた流魑縷は騒がしさに気がつき部屋から出るとあっという間に信者達に囲まれた。
「こ、れはどういう?」
流魑縷は状況を把握する為に信者達からの懇願聞き、情報をある程度得た後は準備があるからと言って再び部屋の中に籠る。
「…そんな。」
信者達の話と過去の記憶を思い出した流魑縷は自分の立たされている状況を理解した。
利用していた。そう思っていた剣に殺され、刀と立場を奪われ、死体さえも利用された。その上【ショケイ】まで行い半数以上の【日の島】に所属するものが殺され、残ったもの達は【日の島】の中で立て籠っていた。殺されたもののほとんどが戦えるもの達であり、島にいるのは【写し持ち】ですらないものがほとんど。
詰んだ。
状況を把握した流魑縷はそう思った。
刀も将としての立場も失い、残ったのは流魑縷に縋るだけのもの達だけ。
それを理解した流魑縷は即座に残ったもの達を見捨てる事にし、一人だけで逃げようとした。
「やっほー。流魑縷。」
そんな考えを持ち実行に移そうとした流魑縷の背後に現れたのはどこからかやって来た天野 一。
「天野!?」
「久しぶり、な感じしないなー。死体兵士の君を見ていたからかな? 部屋まで運んだからかな? まぁどっちでもいいや。」
いつものように笑っている天野に今の流魑縷は余計に苛立ちを感じる。
「何の用?!」
「すぐに済むよ。【血盟書】の件だけどさ。もちろん内容は覚えてるよね。」
天野が取り出した赤い紙、【血盟書】を見た瞬間に流魑縷は顔を青ざめる。
流魑縷が【血盟書】を使って交わした天野との取引では流魑縷が【日の島】の将である事と流魑縷の血を提供する事を対価に【日の島】のもの達が行う問題を天野は見逃すというもの。
【日の島】の将ではなくなった流魑縷ではもうその契約を続けられる事はできない。【血盟書】で交わした契約を続けられなければ天野から重い罰が降る事を知っている流魑縷は恐怖で身を震わせる。
「君が【日の島】の将じゃなくなったからもうこの契約は続けられないよね。だからこうするね。」
そう言って天野は【血盟書】を真っ二つに破った。
「…え?」
【血盟書】をさらに細かく破り、紙屑を床に落としていく。破られた紙は黒ずんでいき、やがて跡形もなく消えていった。
思いがけない天野の行動に流魑縷は固まる。
天野からの契約の破棄だと契約を交わしたものには罰が与えられない。お咎めなしで流魑縷は天野との契約から解放された。
「はいこれでオイラとの契約は終わり。」
呆気なく天野との契約が終わった事に流魑縷は間近で見ても信じられなかった。
「本当に? 本当に契約は終わったの? 本当にお前に血をあげなくていいの?」
「うん。予備の【巫女】沢山作ったしもう要らない。」
にっこりと笑ったまま言った天野の言葉を聞いた流魑縷は急いで必要最低限の荷物をまとめる。
天野の呪縛から解き放たれたのであれば後は逃げるだけ。逃げて身を潜めて必ず【合戦場】に返り咲く。今までのように。そしてこれからも。流魑縷はそんな事を考えていた。
「じゃあね流魑縷。さようなら。」
何も言わないまま荷物を持って走り去っていく流魑縷の後ろ姿を見て天野は笑みを崩さないまま独り言を呟いた。
「あんなに慌てて。逃げられるわけないのに。」
◆◇◆◇◆
流魑縷は走った。走って走って、時には建物の影に身を隠して。とにかく流魑縷は殺されないよう逃げ続けた。
「はい残りあと僅か。あと少しで全滅します。」
先ほどから聞こえてくる頭上から拡声器で拡大された【ショケイ】担当の【巫女】、さんの声が流魑縷の心を苛立たせる。
「あっと少し。あっと少し。残りのやっつらは隠れてないでさっさと出てこい。」
手拍子をしながら言うさんに苛立ちながらも流魑縷は何とか【日の島】から脱出しようとする。
しかし外に繋がる鏡は何故か全て割れて使えなくなった。ならば徒歩で島の外に出ようとしたが見えない壁に阻まれ出られない。
クリムゾン率いる【火の島】のもの達の仕業だ。
クリムゾンの元にいるもの達には魔法と呼ばれる摩訶不思議な技術があり、それを使って【日の島】にある全ての鏡を触れずに割り、【日の島】全域を囲むように透明の壁を作り出した。
流魑縷と残った【日の島】に所属するもの達は閉じ込められたのだ。もう、生きては出られない。
「くそ、くそ! どうして。どうして!」
それでも流魑縷は足掻いた。
どこかに抜け穴がある。そう思い流魑縷は逃げた。
聞こえていた悲鳴の数が減っていく事に気づく事もなく流魑縷は逃げた。
体力が少なくなり、途中で何度も地面を這って全身が薄汚れても流魑縷は逃げた。
「あっと一人。あっと一人。」
手拍子の音と共にさんは流魑縷が最後の生き残りである事を伝えるが流魑縷はもうさんの言葉を気にする余裕が無かった。
早く、早くここから逃げて生き延びなければ。
それしか考えられなかった。
「逃げるな。…仕方がない。場所を送信したので端末で確認してください。」
流魑縷は気づかない。
流魑縷は気づきたくない。
流魑縷は逃げられない。
どれだけ必死に逃げ回っても、もう手遅れだ。散々行ってきた事へのつけが回ってきた。
囲まれて捕捉されて。
流魑縷はこれから来る死と絶望からはもう逃れられない。
「見つけた。」
流魑縷に向けられたその言葉。背後から聞こえてきたその声に流魑縷は恐怖からか一瞬呼吸が止まった。心臓の鼓動がより一層早く鳴る。
「名無しの、権兵衛。」
何かの間違いだ。
そんな僅かな希望を持って流魑縷は思わず振り向いた。が、振り向いた先には希望は無い。あるのは絶望だ。
「あっと一人。あっと一人。」
流魑縷の後ろにいたのは名無しの権兵衛だ。
この状況を作り出したのは名無しの権兵衛だ。
流魑縷に報いを与えるのは名無しの権兵衛だ。
【日の島】のもの達の返り血を浴びて【刀装】を赤く汚した姿の名無しの権兵衛は流魑縷を斬る為に一歩、前に出た。
「た、助け。助けて! お願い。何でもするから。何でもするから殺さないで! お願い! お願いします!」
毛嫌いしていた名無しの権兵衛を目にして、流魑縷の心が折れた。過去の流魑縷ならば名無しの権兵衛など殺せると息巻く事が出来たが、今の流魑縷には刀も立場も力も無い。今の流魑縷に出来るのは命乞いだ。
それに対して名無しの権兵衛は
「やだ。」
流魑縷の言葉と共に首を斬り取った。




