四十九話 決着。
名無しの権兵衛と朧には因縁がある。顔を合わせれば険悪な雰囲気になり、そのまま殺し合いに発展するほど互いに殺意を抱いている。
仕掛ける方は朧の方が断然多い。名無しの権兵衛を見つければ即座に向かう。
そして名無しの権兵衛は逃げる事なく朧に反撃する。
そのため二人が出会った瞬間、その場は例えどんな場所であろうと殺し合いの場になる。
例えそれが人の上であろうと。
「やめてよ!」
上体を起こした剣は巨大な腕を振り回して二人を追い払おうとする。
だが、巨大化した剣の体の上で剣をそっちのけで戦っている名無しの権兵衛と朧にはあまり効果が無い。
避けたり斬ったり凍らせたりして剣の攻撃を無効化してくる。
「なんなんだよ!」
目に止まらぬ速さで動き回る名無しの権兵衛と朧の動きに剣は翻弄されるばかり。
一方で名無しの権兵衛と朧の方は目の前の相手を殺す事しか頭にない。
一瞬でも気を抜けばやられる。
それが分かっているため二人共足元の剣にはあまり気がやれず、邪魔をしたら切り捨てるくらいしか思っていない。
「またつよくなった!」
【柔氷】が作り出す冷気すら【無名】で斬り裂き凍結から逃れる名無しの権兵衛の動きを見た朧は顔を顰める。以前殺し合った時に比べて名無しの権兵衛の動きが良くなり、冷静に朧の攻撃に対処できている事に気がついたからだ。
「むかつく!」
それが朧にとって腹立たしい事だ。
以前よりも遥かに【無名】を使いこなせている名無しの権兵衛を見て面白くないと感じている。徹底的に打ち負かしたいという衝動に駆られ、さらに激しく攻撃していく。
「こっちの台詞だ。」
何度も【無名】で冷気を斬り裂き氷の脚を切り落としても切った数を上回る勢いで攻撃してくる朧に名無しの権兵衛は舌打ちをして苛立ちを隠さない。【ぶっ殺ランキング】の一位の実力を間近で体感している名無しの権兵衛は実力差を感じずにはいられなかった。
「むかついてるのはこっち!」
それが名無しの権兵衛にとって腹立たしい事だ。
そんな存在が自身に執着している理由が流浪が持っていた【無名】を名無しの権兵衛が持っているのが気に食わない、とそれだけなのが名無しの権兵衛にとっては気に食わない。それゆえに名無しの権兵衛は朧を負かして見下ろしてやりたいという強い欲望を抱いている。
まぁ要するに。
朧と名無しの権兵衛は互いに相手の強さは認めてはいるが、それを素直に認めるのが嫌でたまらない。むかついて気に入らない相手をぶちのめして愉悦に浸りたい。
それが理由で二人は殺し合っている。
「もう嫌!」
そんな二人に蚊帳の外にされている剣は自分を攻撃してくる二人を排除しようとある行動に出た。
名無しの権兵衛が朧に向かって踏み出そうとした時、足元に違和感を感じた。突然下が盛り上がるような感覚。思わずそこから飛び退くと突然鉄杭が飛び出してきた。
いや、そこだけではない。
地面の代わりになっていた剣の体の表面全体から鉄杭が生え、そのまま勢いよく飛び出した鉄杭には白い布の帯が結びついている。
名無しの権兵衛は即座に自身の周辺の鉄杭と帯を斬り、朧は氷漬けにする。
二人から離れた場所から鉄杭は飛び出した後、そのまま下に落ちていく。
鉄杭が落ちる先は全て決まっていた。
朧と名無しの権兵衛に向かって鉄杭が降ってきた。
鉄杭の役目は吸血し、帯の役目はその血を剣の作り物の肉体に循環させる事。その為、血液がある方に引き寄せられるようにできている。例え剣が見えていなくても鉄杭と帯は血のある方に反応する。
「じゃま!」
頭上から降ってくる大量の鉄杭に対して朧は【柔氷】の力を使って分厚い氷の盾を作り上げて鉄杭から身を守る。落ちてくる鉄杭が氷を削っていってもすぐに新たな氷の盾を作り出し身を守る。
「あれ? ななしはどこ?」
猛攻を受けてもなお余裕のある朧は名無しの権兵衛がいなくなっている事にすぐに気がついた。氷の盾を作り上げながら名無しの権兵衛を探す。
「あっ。いた!」
名無しの権兵衛はすぐに見つかった。
朧が氷の盾を作り出した瞬間に駆け出した名無しの権兵衛は朧に追いつかれないよう走る速度を変えない。名無しの権兵衛は降りかかってくる鉄杭と帯を斬り落としながら頭部に向かって駆ける。
朧は見つけた瞬間に追いかけようとしたが、いまだに向かってくる鉄杭と自身が生み出した氷の盾の残骸が障害物となってなかなか進めなかった。
「まてななし!」
朧は名無しの権兵衛に向かって声を張り上げるが名無しの権兵衛は止まらない。
あっという間に胸元辺りまでやって来た名無しの権兵衛は朧が作った氷柱を斬り捨て、周りの鉄杭と帯を斬り落とし、構えを変える。
それは確実に剣の首を刎ねる為の構えだ。
ここで剣はようやく名無しの権兵衛の姿を見る事ができた。
「ひっ!」
刀を構え、殺意の籠った冷たい目で剣を見据える名無しの権兵衛に剣は恐れ、悲鳴をあげた。急いで名無しの権兵衛を払い落とそうと腕を振った。
それよりも速く名無しの権兵衛は動いた。
構えを解かないまま、一気に駆け上がり首元近くに到着する。そうして名無しの権兵衛は【無名】を剣の首に向かって振るった。
「…あれ?」
名無しの権兵衛が動いた瞬間、剣は身構えた。だがいつまで経っても斬られた感覚が伝わってこない。痛みは感じなくてもそれは伝わってくる。
名無しの権兵衛の先ほどの動きはただの脅しだと思った剣は今度こそ名無しの権兵衛に向かって腕を振り下ろした。
迫ってくる腕から難なくかわした名無しの権兵衛。
そのため標的を失った腕による攻撃は剣の胸に当たり、強い衝撃を与えた。
その瞬間、剣の首がずれて頭が落ちていった。
名無しの権兵衛の持つ刀【無名】は名無しの権兵衛が斬りたいと思ったものを斬る事ができる。例えそれが刀よりも遥かに巨大なものであっても名無しの権兵衛が斬ると判断し刀を振るった時、【無名】は名無しの権兵衛の望みを叶える。
こんな風に。
首が地面に落ちるまでの間、剣の意識はまだあった。体を必死に動かそうとしたが、体を斬り離された剣にはもう何もできない。目はまだ動かせた為剣は必死に何が起きたのか知ろうとした。その時に名無しの権兵衛を見た。
こちらを見る名無しの権兵衛を見て剣は心底恐怖を感じた。
なぜなら名無しの権兵衛が剣を見る目には
恐怖が無い。
安堵が無い。
同情が無い。
怒りが無い。
何も無い。
名無しの権兵衛の目が剣の恐怖心をより強く煽る。
それでも剣は名無しの権兵衛から目を逸らせなかった。
名無しの権兵衛は剣の首が離れていくのを見ると頭が地面に落ちるのを見届ける事なく後ろを向く。
名無しの権兵衛の背中を見て剣はようやく理解できた。名無しの権兵衛が剣の命を斬りとった理由が。名無しの権兵衛の目と背中を見てそれを剣は感じとった。
作業だった。邪魔だったから斬った。剣を殺した理由がただそれだけだった。
大事なきょうだい達の為に。そして自分の為に傷だらけの体で痛みに耐え、泣かないで戦い切り札まで使ったにも関わらず名無しの権兵衛にあっさりと殺された。
それに気がついた瞬間、剣の心が折れた。その事実に耐えきれなかった剣は絶望を魂に焦げ付くほど焼き付けられた。
深い絶望に呑まれた剣は断末魔を上げる間も無く命を落とした。




