四十八話 ひたすら鍔迫り合い。
「困りましたね。」
【開盲】とお札を使った偵察で剣の様子を確認した文太は落ち着いた様子で本心を口にする。
「あの子見たところとっておきを全開で使用していますよ。」
「あれを?」
剣が切り札を使った事を聞いて名無しの権兵衛は眉間に皺を寄せる。
「とっておきって話には聞いているけどそんなにやばいものなのかい?」
名無しの権兵衛の僅かな反応に気がついたアキノは切り札について二人に聞く。
【写し持ち】であるアキノには切り札がどういうものなのか情報だけではいまいちピンときていないようだ。
「やばいですよ。すぐに解除はできませんしまともに考えられませんし痛いですし何もしなくても何かがすり減っていく感覚が実に不愉快です。」
切り札を使った経験がある文太は包み隠す事なく当時使って感じた事を二人に話す。
「私は使った事ないけど、ろくでもないのは知ってる。」
名無しの権兵衛には経験がないが、【無名】を手に入れた時に刻まれた流浪の記憶から切り札がどんなものかは大体知っている。
流浪が初めて切り札使った時の記憶を観た時、自身が体験した事ではないにも関わらず名無しの権兵衛は強い忌避感を感じた。
「そうか。やはり【刀持ち】にならなくて正解のようだ。」
二人の反応を見てアキノは切り札が【刀持ち】達にとってどういうものなのか少し理解し、自分が【写し持ち】である事に少し安心感を感じた。
「それで話は戻すけど、あの子はどうする? 名無しの権兵衛が殺したいのはあの子でしょ。戦うの?」
「うん殺す。多重人格だから違うかもしれないけど、面倒くさいからまとめて斬る。」
名無しの権兵衛も天野の話を聞いていた。剣達の過去を聞いた。剣達が【刀持ち】になった経緯も聞いた。
それでも名無しの権兵衛の殺意は薄れない。
「相手は子供ですよ。」
「関係無い。殺す。」
相手が幼い子供と知った上で名無しの権兵衛は剣達を殺す気だ。
「相手は巨大だよ。」
「必ず殺す。」
相手が巨大な相手であろうと迷わず殺しに行く。
「あいつのせいでホットケーキが食べられなかったんだ。殺さないと気が済まない。」
例えどんな理由があろうと、例えどんな相手であろうと自分の安寧と幸せを壊す相手であれば名無しの権兵衛は容赦なく殺す。
「ん?」
ふと、【刀装】を身につけているにも関わらず名無しの権兵衛は寒気を感じた。それに危機感を感じた名無しの権兵衛はすぐさまその場から逃げた。
自分に向かって跳んでくるものにいち早く気がついたからだ。
「ん?」
「え?」
文太とアキノは名無しの権兵衛の行動の意味がすぐには分からなかったが、少し遅れて跳んでくるものに気がついた。
二人も回避しようとしたが、一足遅かった。
先ほどまで名無しの権兵衛が立っていた場所に地面を陥没させるほどの勢いで降り立つ。
すぐ近くにいた文太とアキノは回避が間に合わず地面の破片が当たり負傷する。
そして文太は右腕が
アキノは左足が
放つ冷気によって凍りつく。
倒れる文太とアキノを放っておいて回避に成功した名無しの権兵衛に一直線に攻撃を仕掛ける。
「ななし!」
「今はやめろ糞餓鬼!」
名無しの権兵衛は飛来してきた朧の攻撃を【無名】で斬り伏せる。
斬り落としたのは氷柱。今朧が背中に生えている甲殻類の足を思わせる形をした氷の一部だ。
八本の内の一本を斬り落とされたが朧は気にする事なく残った七本を使って名無しの権兵衛に襲いかかる。
◆◇◆◇◆
「こっろす〜♪ こっろす〜♪」
上機嫌で即興の歌詞を歌いながら剣は血を吸い上げていく。
地面に染み込んでいるものから。
剣を殺そうとする【写し持ち】、【刀持ち】達から。
逃げ惑うもの達から。
剣は鉄杭を突き刺して血を吸い上げていく。
見境なく吸血した結果剣は遠くから見てもはっきりと目視できるほどまでに巨大になった。
手を振り下すだけで大勢のもの達が吹き飛ぶほどの威力となる。
【写し持ち】、【刀持ち】の攻撃を受けても肥大化した仮初の肉体をいくら傷つけられても剣にとっては痛くも痒くも無い。さらに攻撃してきた相手を吸血してすぐに傷を再生してしまう。
驚異的な存在となった剣を相手に将を含めたほとんどのもの達が攻めあぐねていた。
剣を止められるものは
「おっとな〜は皆みーなーごっ?!」
いなかった。
この時までは。
剣が歩いている時、突如片足が動かなくなった。何度か足を動かそうとしたが、全く動かない。
なんだと思い動かない足元を見ると足首にあたる部分が凍り付いている。それが地面と一体化する形で凍っているため剣は足を動かせなかった。
「何これ?!」
剣は少し驚き、無理矢理にでも剥がそうと氷を砕くためにもう片方の足で氷を踏み潰そうとする。
しかし、出来なかった。
氷を踏みつけようとした足が瞬時にバラバラになってしまったからだ。
「え?!」
突然の事にさらに驚く剣。
偽りの肉を斬られても剣に痛みは感じない。ゆえに反応が遅れた。痛みを感じないため肉体と精神にずれが生じた。
片足は凍って地面に張り付いて動けず、もう片足は斬られた分短くなった。それによって平衡が崩れた。
その結果、剣は転んだ。
遠巻きで見ていたもの達や建造物、畑や植物を巻き込んで潰して吹き飛ばして。
それはそれは派手に轟音を上げて転んだ。
倒れた衝撃は偽りの肉体がほとんど吸収したためそれによる痛みはないが、精神的な衝撃を大いに受けた。
「なん、で。」
肉体は問題無く動ける。意識ははっきりしている。
しかし突然の事に剣動けずにいた。何故こんな事になったのかまるで分からないからだ。
「早く、おきないと。」
すぐに起きあがろうとした時、剣は硬いものがぶつかり合うような音を耳にする。
「なに? なに?」
聞き慣れない異音に剣は巨体に見合わないおっかなびっくりとした様子で音の出所を探そうときょろきょろと周りを見る。
「なんの音?」
音は近い。
どこだと必死に探すが見つからない。しかし見つからない。
その間も音は鳴り続ける。
その間、剣の不安な気持ちは膨れ上がる。
「どこだよぉぉぉっ!!」
不安な気持ちに苛立ちが混じり、力任せに岩よりも巨大な拳を地面に叩きつける。
砂埃が巻き上がる。地面が捲れる。
しかし、音は鳴り止まない。
それどころか。
「「うるさい!!」」
そんな怒鳴り声と共に背中から強い衝撃を感じる。
「うわ!」
その衝撃に驚いたが、音の出所が自分の背中にある事に気がついた剣はすぐに行動を起こした。
何をしたのか。
それは勢いよく体を起こし、そのまま背中を地面に叩きつける事だった。
「これで、これで。」
音の出所を潰した。
息を荒げながら剣はそう思った。
だけど、そうはならなかった。
「このっ!」
そんな声が聞こえた後、剣の広すぎる胸に瞬時に氷柱が何本も生える。
「なにこれ?!」
剣にとって異常な現象に慄く。思わず巨大な腕を動かして氷柱を触ろうとする。
その時、指の何本かが斬り落とされる。
「…へ?」
落ちていく自分の指を呆然と眺める。それしか出来なかった。不可解な事ばかりで剣の許容範囲を大きく超えてしまい、思考が停止してしまう。
そんな剣を置いて、二人は殺し合う。
「しねっ!」
「お前が死ね!」
巨大な剣の体の上で名無しの権兵衛と朧は殺し合いをしている。
名無しの権兵衛が【無名】を振るって朧の首を刎ねようとして。
朧は氷の手脚を操って名無しの権兵衛を串刺しにしようとして。
二人は剣の事を気にせず殺し合いを続けていく。
「こん、の!」
朧が苛立ちを込めて氷の脚を名無しの権兵衛に向かって振り下ろす。
「ちぃっ!」
名無しの権兵衛は舌打ちをして冷気ごと氷の足を斬り落とす。
間合いをとって睨み合う二人。
下にいる剣の事は眼中に無い。せいぜい邪魔な時は対処するくらいにしか思っていなかった。




