四十三話 長話。
「今井 剣は今井家に産まれた末っ子でした。
剣にはお兄さんとお姉さんがたくさんいてみんなそれなりの才能がありました。だからきっと剣にも何か良い才能があるだろうと周りから期待されていました。だけど剣にはみんなが期待するような才能がありませんでした。
当時、今井家の当主である盾恒にはある野望がありました。
【合戦場】にいる【刀持ち】とカミサマを倒して自分が【合戦場】を支配する事です。そのために都合の良い兵士が必要でまず目につけたのが自分の子供でした。優秀な自分の子供なら素晴らしい戦士になると判断した盾恒は剣のお兄さんとお姉さんに過酷な訓練をさせる事に忙しくて盾恒にとって期待外れな剣に構う暇がありませんでした。
他の家族も使用人さえも剣に構う事なく自分の事だけを考えていました。
剣は懸命に話しかけて構ってもらおうとしましたが、邪魔もの扱いされ離れの方に軟禁されました。
幼い剣はひとりぼっち。
誰とも話せず、誰にも甘えられず、誰にも頼れませんでした。
使用人がたまに思い出したように剣の世話をしますがそれは剣がぎりぎり死なない程度まで。いくら剣がすがってもお腹を空かせても使用人は剣に優しくしませんでした。剣の事を親に見捨てられた出来損ないの子供と見下していたからです。
ひとりぼっちの剣にはその状況を変える力はまだありませんでした。このままずっとひとりぼっち。剣はいつもそんな事を考え、そのたびに悲しくなり、ひとりぼっちで泣いていました。それでも剣の涙を拭いてくれる人は現れてくれませんでした。
だけどある日、剣のひとりぼっちの日常に転機が訪れました。
剣が何か食べものがないか離れの中を歩き回っている時、大きな鏡を見つけました。鏡に映る自分の姿を見ていた時、
「剣。聞こえるか?」
誰かの声が聞こえてきました。
剣は周りを見渡しましたが誰もいないように見えました。
「ここだ。」
しかし、声は聞こえてきます。
「鏡を見てくれ。」
言われた通り剣はもう一度鏡を見て、目を見開いて驚きました。
鏡には自分の姿ではなく自分によく似た少年の姿が映っていました。剣と違って背筋を伸ばししっかりと前を見据える少年は剣に話しかけてきます。
「やっと話せたな。」
「…だ、れ?」
「俺はお前の中にいるもう一人のお前だ。」
「わた、し?」
「そうだ。こうして話すのは初めてだが、俺は剣のそばにずっといた。」
「…ずっと?」
「そうだ。だけど、すまない。そばにいたのにお前には何もしてやれない。こうして話す事以外俺には何もできない。」
「それ、がいい。」
「え?」
今までひとりぼっちだった剣にとって鏡に映る少年は自分に話しかけてきてくれた。名前を呼んでくれた。それだけでなく剣のために何かしてやりたいと思ってくれた。それだけでも剣は嬉しかった。
「また、いっしょに話してくれる?」
「もちろんだ。俺はいつでもお前のそばにいる。」
二人は鏡越しに手を合わせて約束をした。
第三者から見れば剣が鏡の前で独り言を言っているし、鏡に映っているのは剣の姿のみ。
しかし剣の中にもう一人いる事は本当で、剣から見れば鏡に映っているのは別の誰かの姿だけ。
親に放置され、生活もままならない状況でひとりぼっち。
剣は無意識に自己防衛として自分の中に新たな人格を作り出しました。
剣と話している少年は剣の別人格。剣のために産まれた新たな命です。
それから二人は毎日会話をしました。
最初の方は会話ができる時間は短かったのですが毎日話していくうちに徐々に話せる時間が増えていきました。
剣にとってもう一人の自分は生きる活力となっていました。
ある日。
剣にとって嬉しい出来事がありました。
「なぁ、剣。その、ひとつお願いがあるんだけどいいか?」
「なに?」
「…兄ちゃんって呼んでいいか?」
「…兄ちゃん?」
「嫌ならいいんだ! けど、ほんの少しでもいいと思ってくれたら、俺は嬉しい。」
もう一人の自分からのささやかなお願いに剣はとても嬉しく思いました。
「呼んで。」
「…兄ちゃん。」
「もっと。」
「剣兄ちゃん。」
剣は初めてできた家族に。初めてできた弟に喜びました。幸せに思いました。
そんな日にそれをぶち壊すやつが現れました。剣にとって兄にあたる人でした。
父親である盾恒から過酷な訓練に嫌気を感じて隠れてやり過ごそうと離れにやって来た時、偶然にも弟と楽しそうに話をしている剣を見かけました。第三の人から見れば剣が鏡の前で楽しそうに独り言を言っている姿を見かけました。
自分は苦しい思いをしているのに剣は呑気に楽しそうにしている。そう思い、逆上して剣に暴力を振るいました。
剣は突然やってきた力と言葉の暴力をかわす事はできませんでした。弱っている剣からすれば死に至る危険性のある暴力を止めるものは誰もいませんでした。
「た、すけて。」
血が流れ意識が朦朧とする中、剣は鏡に向かって手を伸ばしました。
そんな剣に向かって男が拳を振り上げた時
「触るんじゃねぇ!」
暴力に怯え暴力を受ける事しかできなかった剣が突然そう怒鳴り、拳をかわして親指を男の目に突っ込みました。その際、指に付着していた剣の血液が男の体内に入りました。
男は絶叫しました。
痛みによって、だけでなく男は興奮し、高揚し、漲る力に身を任せて暴れ回りました。
男が暴れている隙に剣はその場から逃げました。
剣が逃げた後も男は暴れ続け、騒ぎを聞きつけてやって来た家族と使用人達に抑えられようとしても暴れ続けました。男がようやく止まった時には男は精魂尽き果てたように倒れしばらく起き上がれなくなりました。
どうしてこうなったのか盾恒達が調べた結果、剣の血液には特殊な効果があり、服用すると筋力増強、強い陶酔感、理性が無くなるなどの症状が現れます。
それを知った盾恒は大喜び。
だって上手く利用すれば【合戦場】を支配するという無謀な目的が達成できると思い込んだからです。
まぁ実際、剣の血の力がとても凄いのは事実。
盾恒は剣の血の研究のための人員を補給したり、剣からとれる血の量を増やすために剣の待遇を良くしたりと色々とやりました。
突然父親が優しくなり、美味しいご飯が食べられるようなって剣は元気に過ごせるようになりました。剣を産んでくれた母親からも優しくされるようになり、他の兄達と姉達から無視される事は無くなりました。
弟が二人もできただけでなく家族達から愛されるようになったと思った剣は大喜び。
「いやいや変わりすぎだろ、お前の家族。絶対お前の血が狙いだ。」
「その通りだ。あんまり信じない方がいい。」
最初に生まれた弟と暴力を振るわれた剣を守るために生まれてきた弟の言う通りでした。
盾恒達が突然剣に優しくなったのは剣の血だけが目当て。剣に優しくしているのは剣が不健康だととれる血の量が少なくなってしまうから。
盾恒が剣を利用するつもりな事を二人は気がついていました。
「そんな事はないよ。父上も母上もみんなも私の大事な家族なんだ。私はみんなを信じる。」
弟達は剣の言う事でも盾恒の事を信じられませんでしたが、まだまだ幼い剣を生かすためにも盾恒達の存在は必要不可欠。剣を飢えさせないためにも二人はお互い協力し合って剣を守る事を決意しました。
だけど生まれたばかりの二人の固い決意を踏み荒らすような出来事が起きました。
剣が誘拐されてしまったのです。
犯人は剣の血の研究をするものの一人として潜入し、隙を見計らって剣を誘拐してしまいました。
誘拐犯の名前は金字義 流魑縷。
流魑縷も剣の血を利用しようとする大人の一人でした。
誘拐された剣達は抵抗する間も無く拘束された後に流魑縷達が研究及び利用するために血を抜かれました。多量の血を奪われた剣はまともに動けず抵抗ができなくなりました。
それを好都合と思った流魑縷は剣を自分が支配している宗教団体、夢花の広告塔として剣に神子という名前を与えてあちこちに連れ回して宣伝し、信者達の信仰と数を集めました。愛らしい容姿を持っていた剣は信者達から人気を得る事ができ、流魑縷も神子を守る聖女と言われ持て囃されました。
実際は全然違うけどね。
血を抜かれた後、流魑縷が連れ回す時以外は剣は寝台に寝かされて放置。世話役に常に見張られて気が休まる時は無い。食事は血を増やす事を重視したものを無理矢理食べさせられる。そしてまた血を抜かれる。
その繰り返し。
そんな生活を一年近くしてきた剣の精神は限界寸前だった。
「ごめんなさい剣兄様。私、なにもできない。こうやっておはなしすることしかできない。」
「そんな事ないよ。それだけでも嬉しい。」
「けど剣兄貴の体はぼろぼろじゃねぇか。このままじゃやべーぞ!」
「大丈夫。きっと父上が助けに来てくれるよ。」
「だけど剣兄ちゃんがここに来てからもうすぐ一年だ。このままじゃ間に合わない。俺達だけで逃げる方法を考えないと!」
「…うん。そうだね。ここから逃げてまたみんなで幸せに暮らそうね。」
それでもなんとか耐えられたのは剣の中にいる弟二人と新たに生まれた妹の存在があったから。
剣はなんとか隙を見つけて弟達と妹と話をしてなんとか耐えていました。
だけど。
流魑縷はそのささやかな幸せさえも壊しました。
ある日、剣は世話役の目から逃れる事ができ、その途中で物置部屋に入りました。なにか脱出の手がかりになりそうなものはないかと奥に入った時、布にかけられた大きなものを見つけた剣はつい気になって布を取り外すと姿見を見つけました。剣は鏡に映る弟に話しかけました。
「ここに何かあるかな?」
「きっと何かあるはずだ。探していいものを見つけてここから出るぞ。」
「出られないわよ。」
剣以外誰もいないはずの部屋で女性の声が聞こえてきた。流魑縷の声だ。
術で姿を消した流魑縷は剣を追いかけ、剣の後に部屋に入って来た。そして先ほどの剣達の話を聞いて早々に自分の存在をばらした。
鏡に映った流魑縷の姿を見て剣の弟は声を上げる。
「流魑縷! お前、いつからそこに!」
「流魑縷様でしょ!」
呼び捨てが気に食わなかったのか流魑縷は顔を引っ叩く。
その衝撃で剣は倒れる。
「あぁ、気に食わない気に食わない! やっと言う事を聞くようになったかと思えばすぐに逃げ出そうとする。」
怒りの形相を浮かべる流魑縷は剣に暴力を振るおうとした時、鏡に映る自分の姿を見て不愉快そうな表情を浮かべました。
「あぁ醜い醜い! まだ鏡があったのか忌々しい!」
流魑縷は化粧を施してもなおかつての美しさを取り戻せていない自分の歳取った顔を見て苛立ち、鏡を乱暴に掴んで持ち上げて壁に叩きつけました。
その際、大きな鏡の破片が剣のすぐ近くに落ちてきました。鋭く尖って危ないものを剣は躊躇なく持って鏡に映る弟に話しかけました。
「見つかった。どうしよう。どうしよう。」
「逃げろ兄貴!」
「逃さないって言ってるでしょ。」
流魑縷は術を使って出入り口を閉めてしまいます。剣の力では開けられません。
「本当に気味の悪い子供ね。」
少し落ち着いた流魑縷は剣に話しかけながらゆっくりと近づいていきます。
剣は恐怖で動けません。
「兄様に近づかないで!」
それでも剣のきょうだい達は流魑縷に立ち向かいます。愛する兄のために自分のできる事を全てやるつもりです。
「また一人芝居? いい加減うざったいからやめて。」
流魑縷から見たら剣ときょうだい達の会話は剣の独り言にしか見えません。ここに来てからずっときょうだい達と会話をしていた剣を見て流魑縷は頭のおかしい子供だと思っていました。
「本当に可哀想な子ね、あなた。親にもきょうだい達からも愛されなかったからって空想のきょうだいにすがるなんて。」
「…くうそう?」
「いないものをさもいるようにしてるって言ってるの。」
「いないって、いるよ。私の中には弟と妹が」
「だから! それが空想だって言ってるんだよ! お前の言う弟と妹は! いないんだよ! 全部全部全部! お前にとって都合のいい妄想なんだよ!」
苛立った流魑縷は感情に身を任せて大きな声で剣の言葉を、剣のきょうだいを否定する。
それによって剣の中で何かが壊れた。
「あーまったく。いらいらするよお前は。殴りたいけどそれで死んだらまず」
流魑縷が剣にさらに近づいて腕を掴もうとした時、剣は持っていた鏡の破片を流魑縷の喉元に突き刺した。
突然の出来事に流魑縷は驚き、行動が遅れる。しかし自分は【刀持ち】の上に昔は【金の島】の将で今は【日の島】の将。さらに自分は高位の妖狐の血を引く存在。
【写し持ち】ですらない弱い子供に負ける道理などないと流魑縷はこの期に及んでまだ剣を甘く見ていました。
「うあああああああああああああああああっ!!」
ほんの少しでも人を狂わせ強化する血を体の中に流れている剣が弱いわけがない。
弟達と妹の存在を否定された剣は鏡の破片を引き抜き流魑縷を押し倒して抵抗する隙を与えずその体に鏡の破片を何度も刺しました。
ここ最近戦いに出ず引きこもり体力も衰えていた流魑縷は剣の猛攻を受けてようやく危機感を持ち刀を装備しようとしましたが、剣が片目を刺した痛みによって思わず中断してしまいました。
流魑縷が刀を出す前に剣は何度も何度も何度も流魑縷を刺しました。
鏡の破片を強く握っているせいで血が流れ出てきますが、剣は気にせず流魑縷を何度も何度も何度も刺しました。
それによって流魑縷の体の中に剣の血が入りました。そのおかげで流魑縷の体が活性化しましたが、それに伴ってさらに出血しました。剣が意図せずに太い血管がある所を刺したため流魑縷の血がどんどん流れ出ていきます。
こうして流魑縷はろくな抵抗も出来ないまま剣によって殺されてしまいました。
「おめでとう剣!」
流魑縷を殺して放心状態の剣に救いの手を差し伸べるカミサマが現れました。
こうして剣の頑張りとカミサマによって剣ときょうだい達、箒と縁切と彗と流は【刀持ち】になりました。
【刀持ち】になれたきょうだい達は誓いました。
「今度こそ、今度こそ剣を守る。そして剣を苦しめて苦しめようとする大人を全員皆殺しにしてやる!」と!」
そこまで話してようやく天野の長い話が終わった。
話が終わった後、誰も何も言えずにいた。言葉が見つからなかった。
「ちょっとちょっと! 誰か突っ込んでよ「全部お前が喋ってたのかよ!」って!」
大勢が黙り込んでいる中、天野は構わず拡声器を使って一人で喋り続けていた。




