四十話 現状変化
名無しの権兵衛。【合戦場】でこの名前を知らないものはかなり少ないほど名無しの権兵衛は有名だ。
最強の【刀持ち】と言われている流浪の刀を受け継いだ新たな【刀持ち】、という事実だけでなくこれまで名無しの権兵衛が【合戦場】で行ってきた事も有名だ。
一万に及ぶ敵相手に行った【ムソウ】による千人斬り。
その際に血塗れの姿になった事で【ムソウ】を観ていた観客達を恐怖させた。
【ぶっ殺ランキング】一位の朧と戦い一方的に殺されたにも関わらず殺されたその日のうちに二回目の殺し合いを挑むために朧に【挑戦状】を叩きつける。さらに名無しの権兵衛は朧の両手を斬り落とした後、自分の首を斬って自害した。
その狂気じみた行動力に朧に深手を合わせた名無しの権兵衛は戦いたくない【刀持ち】は誰という話題に真っ先に名前が上がるほど多くの【写し持ち】、【刀持ち】に恐怖させた。
多くのもの達に恐怖を与えた名無しの権兵衛が【カッセン】に参加しないという知らせを聞いた時、多くのもの達が喜んだ。
しかし名無しの権兵衛の突然の参戦を知った多くのもの達が絶望した。
良くも悪くも名無しの権兵衛が来た事で【カッセン】の流れが大きく変わった。
◆◇◆◇◆
アキノと文太がいた付近が突如爆発し、そこにいた多くの死体兵士が吹っ飛んだ。
「名無しの権兵衛が来たなら悲鳴をあげない雑魚に用はないよ。」
「すごいですね今の爆発。あんなのを温存していたんですね。」
「まぁね。君も殺せなかったのは残念だけど。」
爆発を起こしたアキノと爆発地点のすぐ近くにいた文太は名無しの権兵衛のいる方へと走っていた。
「私は名無しの権兵衛を殺しに行くけど、君はどうするつもり?」
「人手が足りないので名無しの権兵衛さんに手伝ってもらうつもりです。」
「私が名無しの権兵衛を殺すんだから無駄足だよ。それよりも【火の島】の将のところに行った方がいい。」
「行きますよ。名無しの権兵衛さんがあなたを殺した後に一緒に。」
「…ははは。」
「…ふふふ。」
走りながらお互い殺意を向けながら二人は名無しの権兵衛がいる方へと向かっていった。
◆◇◆◇◆
「まずい!」
名無しの権兵衛参戦の知らせを聞いた鯏丸は急いで朧のいる民家へと向かおうとする。
「大変です鯏丸様! 朧様が民家を破壊して何処かへと行ってしまいました!」
しかしそれよりも早く朧は行動し名無しの権兵衛の方に行ってしまった。
「マジかよー。」
部下の知らせを聞いて項垂れる鯏丸。しかしすぐに顔を上げて部下達に指示を出すために動き出す。本当は朧を追いかけたかったが、自分まで抜け出してしまっては統率するものがいなくなってしまうため鯏丸は不安な気持ちを胸いっぱいにしたまま指示を出す事しか出来なかった。
朧が死なずに死体兵士や敵をたくさん殺してくれますように。
鯏丸はそう祈る事で何とか気を紛らわせようとした。
◆◇◆◇◆
朧はしおんの実況を聞いて名無しの権兵衛が来ている事を知った途端待機していた民家を半壊させるほどの勢いで飛び出した。宙に出現した映像を見て名無しの権兵衛の居場所を確認すると朧はそのまま一直線に名無しの権兵衛がいる場所まで走った。
しかし、それによって各地で被害が出た。
各々の島の大将、側近達は現在起こっている災害に等しい被害報告に頭を抱えていた。
【火の島】では
「大変ですクリムゾン様! 魔導装置がほぼ全て凍結! 第三、第二の防衛範囲が壊滅状態! 周辺にいた人員も敵を含めて氷漬けとなってしまいました!」
「朧のせいだな。」
報告を聞いたクリムゾンはすぐに朧の仕業だと気がつき落ち込む。
朧が氷漬けにした魔導装置というのは敵の侵入を防ぐための道具であったためそれを使い物にならなくされたのはクリムゾン達にとってかなりの痛手だ。
【水の島】では
「洞元様報告です! 女郎蜘蛛隊全滅の上に罠として設置させた糸の結界が全て凍って粉々にされました!」
「朧の仕業か!」
報告を聞いた洞元はすぐに朧の仕業だと気がつき眉間に皺を寄せて苛立つ様子を見せる。
朧が氷漬けにした女郎蜘蛛隊の主な活躍は糸を使って作られた罠で敵を嵌めたり情報収集をする事。大切な役目を持つ部下達を氷漬けにされたため洞元は怒りを抑えられない。
【木の島】では
「大変です加賀見様! 大坊主が腹に大穴が開いて氷漬けになってしまいやした!」
「朧の仕業か!」
報告を聞いた加賀見はすぐに朧の仕業だと気がつき眉間に皺を寄せて苛立つ様子を見せる。
朧が氷漬けにした大坊主は【木の島】に所属する【写し持ち】の中で一、二を争うほどの実力あるもの。有能な存在を凍らされてしまったため加賀見は怒りを抑えられない。
【金の島】では
「大変大変大変よぉ! 馬車が凍ってしまったわ! これじゃあ姫様が美しく出陣する事が出来ないわ!」
「あー。朧のせいかなぁ。」
報告を聞いた青桐は朧の仕業なのかなと思いながら大した被害ではない事に内心安心していた。
朧が氷漬けにした馬車は円寿が前に出る時に使う予定だった豪華絢爛なもの。価値が高いため壊されたのはかなりの痛手ではあるが、他に被害がない事を知った青桐はひとまずそれをよしとした。
被害を出した朧は現在爆走中。
障害となるものを見ると即座に【柔氷】を使って氷漬けにしてしまった。
朧は最短距離で名無しの権兵衛に向かうためには道中にある他の島のもの達が設置した罠や派遣した人材を邪魔と判断して【柔氷】を使って前を塞ぐものを見れば即座に凍らせて破壊して名無しの権兵衛のいるところまで走り抜ける。憤慨の声を多くのもの達にかけられたとしても朧は止まらない。その声を上げるものを氷漬けにしてでも進み続ける。
目的はただ一つ。
「ななしころす!」
名無しの権兵衛を殺す。
そのためなら他の島のもの達を容赦なく蹴散らしていく。
そのため被害は甚大。
それと同時に死体兵士も数多く氷漬けにされていく。
誰も朧の足を止められるものはいない。
◆◇◆◇◆
様々なもの達から狙われている事をまだ知らない名無しの権兵衛は襲いかかってくる死体兵士達を相手に【無名】を振るっていた。
名無しの権兵衛が手を動かすたびに死体兵士が次々と縦に一線。横にも一線。十字の形で四等分されていく。ばらばらにされた死体兵士達は地面の上で蠢く事しか出来ない。
見える範囲にいた死体兵士を全て斬った後、名無しの権兵衛はこの場で唯一生存している【日の島】のものに目線を向ける。【日の島】のものはその場で座り込んでいる。
「ねえ。」
名無しの権兵衛は怯えている【日の島】のものに構う事なく目線を合わせる事もなく話しかける。
「教祖様っていうやつは今どこにいるの?」
【日の島】のものは何も答えない。
憎き相手の名無しの権兵衛が目の前にいるにも関わらず俯いて虚な目でぶつぶつと呟くのみ。
会話が不可能と判断した名無しの権兵衛は【日の島】のものをあっさりと見捨てる事にして空に映し出されている映像を見る。
今映っているのは朧。【柔氷】を使って周囲を氷漬けにしながら走ってどこかへ向かっている。
『ななし! どこ!』
映像を通して聞こえた朧の声で名無しの権兵衛は朧の狙いが自分である事に気がつく。
周囲を見渡すと遠くでうっすらと氷塊が見えた。朧が【柔氷】で出した氷塊だ。
「逃げよ。」
朧とは殺し合う気がない名無しの権兵衛は即座に逃げる事にしてその場から立ち去ろうと映像から背を向けた時
「…神子様?」
名無しの権兵衛が話しかけても無反応だった【日の島】のものがそんな事をぽつりと呟いたのを名無しの権兵衛は聞き取った。
神子様の存在に気になった名無しの権兵衛が振り返ると【日の島】のものは上を見上げて空に浮かぶ映像を眺めていた。
名無しの権兵衛も同じように映像を見る。映像が切り替わっているのか今映し出されているのは朧ではなく小さな子供が盾恒と相対しているところだった。




