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るろうがぁる   作者: 日暮蛍
名無し
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三十話 名無しの権兵衛

【ケットウ】で相手が自殺した場合、勝敗はどうなるのか。

そんな質問をされた時、天野はこう答えた。


「自殺した方の負けだね。殺すべき相手の前で死んだという事は相手を殺す事を諦めたという事。つまり相手に殺されたと同じ。だって【合戦場】において負けとは死ぬ事と同義だからね。相手を自殺させるのも【ケットウ】の勝敗のつけかたの一つだよ。」



◆◇◆◇◆



「と、いうわけだから今回の【ケットウ】は文句無しで君の勝ち。納得してくれたかな?」

「しない!」

「えー。」


天野に詰め寄っているのは朧。

【ケットウ】が終わり暴れまわった後、朧は名無しの権兵衛から受けた傷を治療するためにガマばぁが運営している病院に転移された。治療はすでに終わっており両手は完治。元通りになっていた。

今は呼びつけた天野と揉め事を起こしている。


「ぼくのかちじゃない! ぼくころしてない!」

「君の手で名無しの権兵衛を殺さなかった事に不服なのは理解してるよ。でも規則に則れば君の勝ちなんだよ。だから今回の【ケットウ】はこれでおしまい。」

「じゃあもういっかい!」

「それは名無しの権兵衛に直接言ってほしいなー。」


【ケットウ】の決着のつき方に文句のある朧は天野に詰め寄っている。


「いい加減にしろ三日月。」


このままでは埒があかないと判断した鯏丸は朧に近づき【刀装】の一部である帯革を引っ張り天野から引き離す。


「勝ちは勝ちだ。文句を言うな。」

「だって!」

「だってじゃない。お前なぁ、【カッセン】が近いから俺達は迂闊に動くわけにはいかないんだ。他の将達に弱みを握られるわけにはいかねぇ。」

「そんなのしらない。」

「知らないじゃないだろ。お前は【土の島】の将だ。俺から奪い取った責任は取れ。というか絶対に取らせる。」

「なりたくてなったわけじゃない。」


鯏丸に叱られても朧はそっぽ向き納得していない様子だ。


「そうかそうか。」


それに対して鯏丸は怖い笑顔を朧に向けてはっきりと言う。


「じゃあやめるか? 将を。」

「え?」

「あぁ、だけどそれじゃあもう【合戦場】には来られないな。」

「え? え?」

「だってお前が【合戦場】に来られるのは【土の島】の将をやっているからだ。石切からは今も【刀持ち】になっている事を許してはいない。だけどお前が【合戦場】に行くのを許しているのはお前が【土の島】の将をやっているからだ。」

「え? え? え?」

「やめちゃったらもう絶対に、石切はお前を【合戦場】に行くのを許さない。まぁ、俺としても無責任な奴に将をやってほしくないからどっちでもいいけど、どうする? やめるか、将を。」


口元は笑ってはいるが、目は一切笑っていない。その目で朧を真っ直ぐと見る鯏丸。


「やだやだやだやだ! しょうやめない!」


先ほどとは打って変わって鯏丸に縋り付くように懇願する朧。

豹変した朧の態度に思わずため息をついた鯏丸は表情を和らげ、朧に言い聞かせる。


「だったら我儘言わずに帰るぞ。クリムゾンへの謝罪は改めて俺がしておく。」

「うん。わかっ…」


朧は鯏丸の言う事を聞こうとして返事をしようとしたが、その途中で言葉は途切れ、ある方向に目線を向けたまま動きを止める。

何事だと思い鯏丸も朧が見ている方を見て、朧と同じように固まった。


視線の先には名無しの権兵衛がいた。

蘇生が終わり、帰ろうとしたその途中で朧達と出くわしてしまった。


「あっ名無しの権兵衛! 生き返ったんだね。お疲れ様。」


周りの空気を気にせずに天野は名無しの権兵衛に近づく。

ウキウキとした様子で近づいてくる天野に対してあからさまに嫌そうな視線を向ける名無しの権兵衛。

そんな事も気にせずに天野はがんがんと名無しの権兵衛に話しかけていく。


「いやー。オイラも見たよ朧との再戦。勝てなかったのは残念だけど朧に深傷を負わせる事ができるのは【合戦場】の中でもなかなかいないよ。しかも【ケットウ】の最中にお着替えするなんて分かっているねぇ名無しの権兵衛。前のは流浪の後継者って感じで良かったけど、その【刀装】もいいね。」


天野に話しかけられても名無しの権兵衛は露骨に視線を逸らして無視を決め込んでいる。

天野はそんな反応に慣れ切っているのか落ち込む事なく明るく振る舞う。


「こうけいしゃじゃない。」

「おい三日月やめろ。」


天野の言葉を否定したのは朧だ。

鯏丸は朧をこれ以上喋らせたくなかったが、朧はお構いなしに自分の考えを口にする。


「じーちゃんはじさつしない。そいつはじーちゃんのこうけいしゃじゃない! ぼくはぜったいにおまえをみとめない!」


朧は気がついてはいた。名無しの権兵衛は強い。そしてこれからさらに強くなる。

そうと分かっていても認められなかった。流浪の事が好きだったからこそ名無しの権兵衛の事が気に食わなかった。

要するに、朧は名無しの権兵衛の事が羨ましかった。自分では手に入らなかった【無名】と流浪の思いなどを引き継げた名無しの権兵衛に嫉妬している。

朧がしている事は言いがかりのようなものだ。


そんな朧の思いを知ってか知らずか。朧の言葉を聞いた名無しの権兵衛は


「はっ。」


鼻で笑った。

そしてそのまま立ち去っていく。


「ううううううぅぅぅぅ!!」


名無しの権兵衛の反応に朧は怒った。怒りのあまり【柔氷】を取り出すほどに。


「やめろやめろ三日月本当にやめろ!」


それを見て鯏丸は慌てて体をはって朧を止めようとする。


「ああくそ! こうなると思ったから会わせたくなかったのに!」


名無しの権兵衛の存在を知った時、鯏丸は朧が鉢合わせたら必ず面倒な事になると思った。

それを避けるために鯏丸は名無しの権兵衛が【火の島】に所属する事になった事を知ると即座に文太を通じてクリムゾンに朧と会わせないために協力してほしいと伝えた。

文太とクリムゾンはそれに了承した。

朧の強さや暴れたら手につけられないところを身をもって知っている二人は鯏丸と連絡をとりながら朧と名無しの権兵衛を戦わせないよう気を遣っていた。


が、そんな三人と他の多くの人達の協力の甲斐なく名無しの権兵衛と朧は出会い、その日のうちに二回も殺し合いをしてしまった。

それでもなお名無しの権兵衛と殺そうとする朧に鯏丸はせめて【柔氷】を使わせてなるものかと必死で止めた。


「何やってるんだあんたら! ここで騒ぐんじゃないよ!」


結局、騒ぎを聞きつけてやって来たガマばぁに鯏丸と揃って怒られておとなしくなるまで朧は名無しの権兵衛を殺そうと躍起になっていた。



◆◇◆◇◆



名無しの権兵衛は帰るために【鏡駅】に向かっていた。その道中、多くの人達からの視線を感じていたが、名無しの権兵衛はそのほとんどを無視して歩いていく。

歩いていくうちに人通りが少ないところに来たところで名無しの権兵衛は立ち止まる。


「何か用?」


名無しの権兵衛がそう言うと背後の物陰から音なく誰かが現れた。


「あぁ。さっきぶりだな。名無しの権兵衛。」


現れたのはアキノだ。

姿形は【ムソウ】の時とまた変わっているが、名無しの権兵衛は現れたのはアキノだとすぐに気がついた。

しかし、名無しの権兵衛が振り返らない。そのまま話は進んでいく。


「聞きたい事がある。いいかな?」

「手短にね。」

「なぜ自殺したんだ? 君ならもっと粘れると思うんだけれど。」

「それでも今の私じゃああいつには勝てない。だからせめてあいつの嫌がりそうな事をした。」


名無しの権兵衛は知っている。朧は強い。底が見えない強さだ。

流浪の記憶を引き継いでいる名無しの権兵衛は朧の強さをよく知っていた。それでも名無しの権兵衛は【ケットウ】を申し込んだ。【ムソウ】で疲れ切っているところに突然現れ、有無を言わさずに【ケットウ】を申し込まれ腕を切り飛ばされた上に首を絞めて苦しんで殺された名無しの権兵衛は朧の事が気に食わなかった。

要するに、名無しの権兵衛がしたのは仕返しだ。こちらの話を聞かずに癇癪を起こして暴れる朧にむかついた名無しの権兵衛は今の自分ができる範囲で朧に嫌がらせをした。

名無しの権兵衛が朧の目の前で自分の首を斬ったのも嫌がらせの一つだ。


「なるほど。それなら効果抜群だったよ。彼、あの後大暴れしていた。それはもう悔しそうにしていたよ。」

「へぇ。なら良かった。」


名無しの権兵衛は振り返らずアキノと話す。この日、殺し合いをした相手と仲良さそうに話している。


「では、聞きたい事が聞けたので失礼するよ。」


そう言ってアキノは立ち去ろうとしたが、何かを思い出したかのように立ち止まり、再び名無しの権兵衛に言葉をかける。


「あぁ、そうだ。近いうちに君を殺しに行くよ。今度は確実に君を殺す。」


そう言うと名無しの権兵衛の返事を聞かずにアキノは今度こそ音なくその場から立ち去っていった。

アキノがいなくなると名無しの権兵衛は家に帰るために再び歩き出した。



◆◇◆◇◆



「おはよう真琴ちゃん。」

「おはよう桜。」


鬼丸 真琴として入学してから初めてできた友達、赤井(あかい) (さくら)に朝の挨拶をされた真琴は桜に挨拶を返す。

桜は隣の席に座る真琴の顔をまじまじと見て、真琴に話しかける。


「ねぇ、真琴ちゃん。何かいい事あった?」

「? 特にないよ。」

「あれ、そうなの。真琴ちゃん、なんだかすっきりな顔をしているから何かいい事でもあったのかなーって思ってたんだけど違うんだ。」

「…気のせいじゃない?」


桜の話を聞いて、真琴は心当たりがある事に気がついた。


【刀持ち】になってから【合戦場】で殺し、殺された。

痛かった。苦しかった。

それでも、真琴は名無しの権兵衛として【合戦場】に来た時、安らいだ気持ちになっていた。息苦しさを感じなかった。

どんなに変わった格好をしても別の服を押し付けてこない。

どんなに人を殺してもそれを咎める人がいない。

普通を押し付けてくる人は【合戦場】にはいない。

罵詈雑言が飛び交いむせ返るほどの血の臭いがする戦いの場にいても名無しの権兵衛の、真琴の心は落ち着いていた。


それが真琴にとってのいい事だ。

しかしそれを目の前にいる友達に話すわけにはいかないと判断した真琴は誤魔化し、別の話題をふってそれ以上追求されないようにした。


名無しの権兵衛として血みどろな非日常をおくり。

鬼丸 真琴として平穏な日常をおくる。


それが今の真琴(名無しの権兵衛)がおくっている人生だ。

それを邪魔する存在が現れた時、名無しの権兵衛(真琴)は即座に刀を抜き容赦なく殺す。その意思は簡単には変わらない。たとえ誰であろうと名無しの権兵衛は、真琴は、殺す。


そう、誰であろうと。

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