二十七話 奥の手
「やった。」
「やりましたね。」
「やっちまったな。」
朧が腹に刀を突き刺した頃。
受像器ごしで名無しの権兵衛と朧の【ケットウ】を見ていたクリムゾン、文太、鯏丸は口々にそう言う。三人とも朧の行動に驚く事はしなかった。
「今回は早いですね。」
「それだけ苛ついたって事だろうな。」
「よくできるよなあれ。めちゃくちゃ痛いのに。」
受像器の向こうにいる朧の姿が変貌しても三人は慌てる様子はなく、むしろ見慣れている様子で見ていた。
◆◇◆◇◆
【刀持ち】には奥の手がある。
発動条件は自傷行為。それも致命傷になるくらい深くやらなければならない。
条件を満たすと【刀持ち】の肉体は変異し、驚異的な力を使えるようになる。
その事を知識として知っている名無しの権兵衛。しかし、実際に見るのは今回が初めてだ。奥の手の発動条件を満たした朧の体が瞬く間に変わっていくのをただ見ている事しかできなかった。
サイボーグオチムシャくんのお面は体の変異によって外れ地面に落ちる。朧の素顔はとても綺麗な顔立ちで肌は白い。しかし苛立ちで眉間に皺ができ名無しの権兵衛を睨んでいるせいで美しい顔は歪んでしまっている。
が、顔よりも目立つものがある。
額と髪の生え際に生えた二本の氷の角。
無事な方の手は氷で。傷口から吹き出した血で。手に凍りついてできた作り物の鋭い手。
背中には左右にそれぞれ四本ずつ。計八本の人の腕の太さくらいの蟹の足のようなものが生えていた。背中の氷の足が長いせいで朧自身の足は宙ぶらりんだ。
そして腹には朧が突き刺した【柔氷】が残っている。
異形の姿になった朧は背中の足の一本を名無しの権兵衛に向け鋭い先端で名無しの権兵衛を貫き通そうと動かす。氷であるにもかかわらず伸縮性のある足は朧の望み通り少し離れた位置にいる名無しの権兵衛に向かっていく。異形の形になっても朧の攻撃速度は衰えず、むしろ速さは増していた。
名無しの権兵衛は何とか朧の攻撃をかわし、足の先端が地面を破壊する音を聞きながら次の行動をとろうと足を踏み出そうとした。しかし、片足が動かなかった。思わず動かない足を見ると地面と共に膝のあたりまで凍りついていた。
名無しの権兵衛が止まったのを見た瞬間に朧は氷の足を動かし名無しの権兵衛に近づきながら左右それぞれ一本ずつ使って名無しの権兵衛に向けて攻撃する。
伸びる足に戦慄しながらも名無しの権兵衛は足元の氷を刀で斬り離し襲いくる足に応戦する。
朧の攻撃を名無しの権兵衛がかわしていくたびにとばっちりを受ける地面や柱が朧の攻撃によって砕けるだけでなく凍っていく。名無しの権兵衛はそれに巻き込まれないよう慎重に動いていた。
朧が奥の手を使ってもなお名無しの権兵衛は食らい付いていた。朧の操る俊敏な足による攻撃を何とか対応できていた。が、それは長く続かなかった。
「あっ!」
危うく【無名】を落としそうになり、名無しの権兵衛は声が出るほど慌てて刀を握り直す。しかし、手の感覚を感じなかった。手がかじかんでいた。力がうまく入らなかった。
手だけではない。殺し合いが長引いていくうちに名無しの権兵衛の動きがどんどん悪くなっていく。最初のうちは問題なくかわせていた速度の攻撃すら容易にかわせなくなってしまった。
「ねぇ。じーちゃんはもっとすごいの。ぼくがなにやってもじーちゃんはかつの。なのにさぁ。なんでこれでまけそうになってるのねぇ!」
名無しの権兵衛の動きが鈍くなった原因。それは朧の氷の手足による冷気だ。
朧の立つ地面も凍るほどの冷気はこの空間の気温を下げるだけでなく、名無しの権兵衛の体温を下げていた。それによって名無しの権兵衛の身体能力は低下してしまい動きが鈍くなってしまった。
それが分かっても名無しの権兵衛にはもうどうしようもなかった。
下がった気温を上げる方法はない。奪われた体温が戻る事はこの場にいる限りない。残された道は今も周囲を凍らせて気温を下げていく朧を殺すしかない。
朧はそう思っていた。
「おまえじゃあおれをころせない。」
その上で朧は朧は名無しの権兵衛を見下ろしながらそう言った。
流浪と殺し合いを何度も何十回もやった事で【無名】の能力を知っている朧は名無しの権兵衛が自分の氷の足を斬れていない事に失望していた。
朧が名無しの権兵衛に向ける目は氷のように冷たかった。
「もういいや。」
左右それぞれ二本。計四本の足で名無しの権兵衛を殺すために動かす。弱った名無しの権兵衛ならこれで殺せると判断したからだ。
朧は名無しの権兵衛を逃さないように包囲するように足を動かし目にも止まらぬ速さで名無しの権兵衛に向けて足を振り落とした。
朧の攻撃で周囲の柱ごと破壊されていき名無しの権兵衛がいた場所に落ちていく。柱の倒壊に巻き込まれないうちに足を引っ込めた朧。しばらく名無しの権兵衛がいた場所を見ていたが、興味を失ったかのように目線を逸らす。
その先に名無しの権兵衛がいた。
見下ろしていたはずの名無しの権兵衛が朧のすぐそばに飛んできた。
驚愕。
朧は名無しの権兵衛の姿を見て驚きのあまり身を一瞬硬直させる。
その隙を逃さなかった名無しの権兵衛は【無名】を振るう。
朧はこの攻撃は完全にかわす事は不可能だと直感で理解した。ならばせめて致命傷は避けようと朧は咄嗟に足を操作して体制を崩した。
それによって名無しの権兵衛の狙いが逸れてしまい首ではなく斬られていない方の腕を肘あたりまで斬り落とす。
「あー。しくじった。」
先程朧が攻撃した時、名無しの権兵衛は四本の足の攻撃を気力でかわした後、そのうちの一本に刀を突き刺した。そして朧が足を引っ込めた時刀を支えに足と一緒に引き寄せられた。そして朧に気がつかれる前に一気に距離を詰めてきた。
朧は油断していた。首を刎ねる事ができたはずなのに朧の咄嗟の判断によって失敗に終わってしまった。
「まぁ、しょうがない。」
氷の足にしがみついたり朧に近づいた事で名無しの権兵衛の体のあちこちが凍っていた。もう走る事はできない。次の朧の攻撃をかわす事ができない。
しかし、刀を持つ腕はまだ動かせた。朧が動く前に名無しの権兵衛は動いた。
名無しの権兵衛は刀の刃先を自分の首に向け押し当てた。
「は?」
朧は名無しの権兵衛が何をしているのか分からずぽかんと口を開け、また一瞬動きを止めた。
「じゃあな、糞餓鬼。」
その隙に名無しの権兵衛は自分の首を自分で斬った。
◆◇◆◇◆
「終わったか。」
大広間で名無しの権兵衛と朧の殺し合いを見ていたアキノは一人呟く。決着がついたのを見届けると思わぬ結果に騒めく周りの人達の合間をぬってアキノは大画面から離れていく。移動中に後ろから騒がしい声が聞こえる事に気がついた。そちらの方に目線を向けると騒いでいたのはアキノの元上司であった頭領と元仲間の忍び達。
「アキノ! あいつ、どこ行った!」
「頭領。あんまり騒がしくしないでください。」
「うるさい黙れ! さっさとアキノを探して連れて来い!」
騒いでいるのは頭領一人。周りの忍び達が何とか諌めようとするが、頭領は騒ぎ立てるだけで聞き入れない。
それを遠目で見ていたアキノは鼻で笑った。自分は今まであんなのにこき使われていたという自嘲と忍びとしてあるまじき行為をしている頭領達の行動を嘲笑っていた。
「あいつ、二度も殺しやがって。今度こそ殺してやる!」
一度目は【ムソウ】の時に。
二度目は蘇生された直後に襲いかかって来たのを返り討ちにした時だ。
武器無しで殺せた事に思い出し笑いをしながらアキノは頭領達に見つからないようにその場から立ち去った。




