二十六話 変身
すぅの発言の直後、二人は動いた。
朧は前に出た。
名無しの権兵衛は後ろに下がった。
動いたのは二人ともほぼ同時だったが、動き方は真逆だった。
朧は以前のように名無しの権兵衛との距離を縮めようとするが、様々な角度で立っている柱が邪魔で以前のように進むことができない。
名無しの権兵衛は柱を盾に朧と距離をとり付かず離れずの状態を維持している。
しばらくその状態が続いたが、痺れを切らした朧は強硬手段をとった。
今回も持っていた手斧を【刀装】についている帯革に持ち手を通し手斧が落ちないように帯革を絞めて固定すると拳を握り、目の前にある柱を殴った。
朧の体つきは鍛えられているとはいえ細身の体だ。だから朧の胴体よりも太い柱を殴ってもびくともしないだろう。
画面の向こう側で今この殺し合いを見ているもの達の何割かはそう思っている。
しかし、その予想は外れだ。
朧が殴った柱は粉々に砕け散った。柱が脆いわけではない。朧の力が強すぎるのだ。
細身に不釣り合いな剛力。それが朧の強さの一つ。今回もその力を出し惜しみする事なく使う。
逃げ回る名無しの権兵衛に追いつくために朧は躊躇なく柱を殴り、蹴り、壊していく。
名無しの権兵衛は柱を破壊していく朧に驚き、それでも慌てふためく事なく柱を盾にして逃げ続ける。が、柱を破壊し急速に距離をつめてくる朧を見て、名無しの権兵衛は覚悟を決め方向転換し朧に向かって走り出す。
向かってくる名無しの権兵衛が見て朧は名無しの権兵衛の前にある柱を全て破壊すると帯革にさしていた手斧を掴み名無しの権兵衛に襲いかかろうとする。
それに対して名無しの権兵衛は姿勢を低くし朧に破壊され宙にある柱の残骸を盾に速く走る。手斧による攻撃は破片で防ぐ事はできた。が、その直後に名無しの権兵衛の肉体に衝撃が走る。
手斧による攻撃が名無しの権兵衛に当たらなかった事を瞬時に理解した朧は咄嗟に宙にある柱の残骸ごと名無しの権兵衛を蹴り飛ばした。
残骸のおかげで直撃は避けられたが、それでも朧の蹴りの威力は凄まじく名無しの権兵衛は残骸と共にふっ飛ばされる。
ふっ飛ばした名無しの権兵衛に追い討ちをかけようとした朧。しかし、すぐに足を止めた。柱を壊した事で生じた塵のせいで視界不良。さらに蹴り飛ばした事で朧は名無しの権兵衛を見失ってしまった。朧は手で塵を払いながら名無しの権兵衛をふっ飛ばした方へと大股で歩く。仮面をつけているが苛立った様子は隠せない。塵と壊されていない柱のせいで名無しの権兵衛を探すのには手間取っていた。その間、朧の苛立ちは増していく。
どこだ。どこだ。どこだ。
探し回るが名無しの権兵衛を見つけられない朧。苛立ちを少しでも晴らすために柱を壊していくが、その度に新たな塵ができ、壊しても壊しても気持ちは一向に晴れない。それでも朧は柱を壊す事をやめない。また一つ柱を壊し、柱の向こう側にあるものを見て朧は動きを止めた。
名無しの権兵衛が身につけていた饅頭笠。それが見えた。
見つけた。見つけた。見つけた。
足に力を込め、駆け出す朧。
ついに名無しの権兵衛を見つけた。そう思った朧は何の疑いも持たずに饅頭笠がある方に駆け寄った。しかし、少し近づいたところで朧は気がついた。
一瞬、名無しの権兵衛だと思っていたそれは積み上げられた柱の残骸の上に前に縦一線に切られた跡のある黒い着物がかけられその上に饅頭笠がかぶせられていた。
罠だ。
それに気がついた朧は即座に足を止めた。その直後、朧の片手が斬り飛ばされた。手斧を持っている方の手だ。
手首から激痛を感じた朧は即座に足元にいる名無しの権兵衛に気づき蹴り上げようとしたが、それよりも早く名無しの権兵衛が動き反撃から逃れる。
【刀装】についている帯革で手首を縛り止血をしながら朧は目の前にいる名無しの権兵衛の方から目を離さない。
「片方だけか。まぁ、いいか。」
この場所に来て初めて言葉を口にした名無しの権兵衛も真っ直ぐと朧を見ていた。
◆◇◆◇◆
「【刀装】を脱いで囮にしたのか。」
「そう来るか。」
「朧さんが流浪さん以外に斬られたのは初めて見ました。」
部屋に設置されている大型の受像器を使ってクリムゾン、文太、鯏丸は揃って椅子に座って【ケットウ】を見ていた。
斬って素早く脱いだ【刀装】と柱の残骸を使って作った囮で朧に隙を作らせ手を斬り落とした名無しの権兵衛の動きを三人は画面越しで見ていた。
「これは、もしかして。名無しの権兵衛が勝つのか?」
「それはない。」
クリムゾンの言葉を鯏丸は真っ先に否定する。
「流浪さんがいなくなった後、あいつは一位の座に居続けた。それがどれだけ難しいのか、お前達もなんとなく分かるだろ。」
鯏丸は朧の強さを身を持って知っている。
鯏丸は朧と流浪の殺し合いを何度も近くで見ていたため一位の座を奪い取るのも守り続けるのも難しい事を理解している。
「そうでしたね。それに、過去に朧さんは【写し持ち】でありながらあなたの刀と大将の座を奪い取った。朧さんの強さはあなたが証明している。ですが」
文太はそこで一旦言葉を区切り、含み笑みを浮かべる。
「名無しの権兵衛さんも強いですよ。」
文太の笑みを見て、その言葉を聞いた鯏丸はにやりと笑う。
「へぇ。やけにあいつを推すな。」
「深い意味はありませんよ。事実を言っただけです。」
「そうかそうか。まぁ、お前のお気に入りだろうと朧には勝てないだろうな。」
「いやいや。勝負はこれからです。」
「…ははは。」
「…ふふふ。」
口元には笑みを浮かび声音は柔らかいが、二人とも目が笑っていない。
「なぁ、名無しの権兵衛の【刀装】変わってないか?」
大人達の水面下の戦いに我関せずで朧と名無しの権兵衛の殺し合いを見ていたクリムゾンは自身が感じた違和感を空気を読まずに二人に伝える。
クリムゾンの指摘を確かめるために二人は話を中断し画面越しにいる名無しの権兵衛の姿をまじまじと見る。
「あ、本当だ。」
「囮に使ったのを消して身につける前に見た目を変えたみたいですね。」
◆◇◆◇◆
名無しの権兵衛の目の前にいる朧も名無しの権兵衛の姿が変わった事に気がついた。
白い学生帽と白い襟巻きを身につけているため顔はよく見えない。
上は白いセーラー服。下は白い半ズボンに白い運動靴。
その上に無地の黒い羽織。
セーラー服の下には首から足の爪先までおおう全身タイツを身につけている。
肌をあまり晒さないのは以前の【刀装】と変わらないが、見た目にはかなりの変化があった。
朧は名無しの権兵衛をじっと見ていた。サイボーグオチムシャくんのお面をつけているため表情は分からない。
「なんなのおまえ。」
しかし、声音には苛立ちが含まれていた。
「さっきからにげてばっかり。じーちゃんのこうけいじゃなかったの。じーちゃんはそんなのやらない。」
朧が漏らした不満の言葉の中には手を斬られた事は一切無い。朧は手斧を拾いに行く事もせずに今まで溜め込んでいた気持ちを言葉にして名無しの権兵衛にぶつけていく。
「じーちゃんからかたなをもらったんだろ。じーちゃんをころしたんだろ。だったらちゃんとやってよ!」
今まで無口だったのが嘘のように朧は喋る。話していくうちに怒りが強くなっていき、声が大きくなる。
「じーちゃんはまっすぐやる! なのにおまえはかくれてやる。へんなことをするし、そんなのぜんぜんじーちゃんぽくない!」
朧の言う通り、名無しの権兵衛と流浪の戦い方は違う。
流浪の場合、己の身と経験と才能と【無名】を武器にどんな相手にもどんな戦場でも堂々と戦って勝ってきた。
名無しの権兵衛の場合、己の身と【無名】だけでなく周りの状況を利用して相手よりも優位に戦おうとしている。
朧はそれが許せなかった。
流浪を殺して【無名】を引き継いだにも関わらず流浪とは全然違う戦い方をする名無しの権兵衛の事が気に入らなかった。
流浪と数え切れないほど戦い殺し合い殺されてきた朧にとって流浪は特別な存在だ。だからこそ、朧は名無しの権兵衛を非難する。
激昂する朧の言葉に対して名無しの権兵衛は
「そんなの当たり前だろ。」
一刀両断する。
「確かに私は流浪を殺して【無名】を手に入れた。流浪の記憶を引き継いだ。だからといって流浪のようになれるわけでもないし、なる気もない。」
朧の非難をものともせずに名無しの権兵衛は自分の考えを口にする。
「ここでの私の名前は名無しの権兵衛。流浪という名前じゃない。」
自分を殺した相手の前でも名無しの権兵衛は臆さずにはっきりと言う。
それを聞いた朧はヒールが折れそうなほど力強くその場で地団駄を踏んだ。
「なにそれ! じーちゃんのかたなをもってるんならじーちゃんぽくやってよ!」
「人の話を聞けよ。それに」
名無しの権兵衛はきちんと説明したつもりだったが、納得しない朧の反応に苛立ちを感じていた。そしてそれを隠す事なく言葉で朧に伝えた。
「油断して見え見えの罠に引っかかって手を斬られたお前に流浪の事を語られたくない。」
名無しの権兵衛の言葉に朧は一瞬動きを止めて、名無しの権兵衛の方を見た。そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さで名無しの権兵衛との距離を詰め拳を振り下ろした。
名無しの権兵衛が朧の攻撃をかわした事で拳はそのまま地面を殴り、その衝撃で地面が木っ端微塵になる。
「ころしてやる! またころしてやる!」
「やってみろ糞餓鬼。」
朧に怒気と殺気をぶつけられても平然と挑発する名無しの権兵衛。
それによって朧の苛立ちがさらに増した。
「ころしてやるころしてやるころしてやる!!」
そう叫びながら朧は片手を突き出すと、その前に刀が出現する。朧は躊躇なく柄を掴み、そのまま勢いよく振る。そのせいで鞘が飛んでいき、刀身が露わになる。この刀こそ朧の真の武器。先ほどまで使っていた手斧は何の力のないただの手斧だ。
刀剣の長さは名無しの権兵衛の持つ【無名】と同じ打刀くらいの長さ。刀身の見た目は硝子のように無色透明。
透明で薄く硝子のように脆そうなその刀を朧は少し離れた所にいる名無しの権兵衛に向けて乱暴に振り上げた。すると縦一線に巨大な氷が急速に生まれ名無しの権兵衛に襲いかかる。
名無しの権兵衛は氷が来る前にかわして難を逃れたが、一瞬でも動きが悪ければ名無しの権兵衛は氷に飲み込まれていた。
朧が振るった刀の名は【柔氷】。能力は氷結。巨大な氷を出現させたりものを凍らせる事が可能。
【柔氷】を使って朧は次々と氷を生み出し名無しの権兵衛に攻撃を仕掛けていく。
名無しの権兵衛がかわしていくたびに巨大な氷はどんどん増えていき、気温が下がっていき、朧を守る壁ができていく。
名無しの権兵衛が容易に近づけないほど氷の壁を作り出すと、朧は刀を逆手に持ち切先を自身の腹に向けた。
それを見た名無しの権兵衛は止めようとしたが、もう間に合わない。
「ほんきでやってやる。」
朧は【柔氷】を勢いよく自分の腹に突き刺した。




