二十四話 ■■ 真琴。
彼女が意識を取り戻したのは病院の寝台の上だった。
彼女の周りには彼女を心配して集まった夫と親戚達がおり、彼女は事故にあい重傷を負い今まで意識不明だった事を教えてくれた。
「…真琴は? 真琴はどこ?」
自分の娘の姿がない事に気がついた彼女は夫に真琴の所在を聞くと夫は言いづらそうに、彼女に伝える。
真琴は死んだと。
夫達が聞いた話では発見時、真琴の遺体は原型が分からなくなるほど損傷していたという。
事故を引き起こした大型車の運転手は行方不明。大型車の持ち主も不明。このままでは犯人を特定する事すら不可能かもしれないという。
事故による被害者は彼女と真琴。
大型車と彼女達が乗っていた一般乗用旅客自動車の他に乗用車がなかったため他に被害者はいない。
それが夫達から聞かされた事故のいきさつだ。
「違う。」
しかし、彼女には分かっていた。
その中に偽装されたものが混じっている事に。
「真琴は生きてる!」
大型車が衝突する寸前、あの場には天野 一がいた。
天野が事故と無関係なはずがない。真琴は生きている。あいつが真琴を攫ったのだと夫や親戚達に言ったが、周りのもの達は事故の影響で混乱している、娘の死が受け入れられないのだと解釈されてしまいまともに相手にされなかった。
その後、今回の事故は不可解な点が多いため数日間ほど報道などで取り上げられたが、誰も事故が起こった原因を突きとめる事はできなかった。
◆◇◆◇◆
とある人気飲食店。
時間帯は昼過ぎ。にも関わらず店内には多くの客達で賑わっていた。その中には天野と真琴も客として入っていた。
「おめでとう真琴。君は井上 真琴改め鬼丸 真琴になれた。めんどくさい手続きも全部終わったお祝いとしてたくさん食べてね。」
天野はニコニコと笑いながら真琴に品書きを渡す。品書きを受け取った真琴が無言で料理を選んでいる時でも天野は話しかける。
「ねぇねぇ。新しい自分に生まれ変わった後、何かしたい事とかある?」
それに対して真琴は品書きから顔を上げ少し悩んだ後、はっきりと答えた。
「髪を切りたい。」
親や美容師から切らない方がいいと言われ、仕方なく伸ばしてきた黒髪。他人が聞いたらもったいないと言われそうなほど長くまっすぐ綺麗な髪を真琴は前々からうっとおしく思っていた。
「おっ、いいね。じゃあ早速美容室の予約をしておくね。ご飯を食べた後は髪を切ったり生活必需品を買いに行こうね。」
天野の宣言通り、美味しい食事を食べた後は髪を切ったり買い物をした。その後、二人は真琴の新居に向かった。
「じゃあオイラは帰るね。明日からは心機一転。念願の一人暮らし、頑張ってね。」
そう言って荷物運びをしてくれた天野は帰って行った。
一人になった真琴は荷物の整理をした後、風呂に入り寝る準備を始めた。
その途中、涙が溢れた。次から次へと涙が溢れ出て、止まらなかった。最初は拭って涙を止めようとしたが、やがて泣き叫んだ。部屋は防音対策がしっかりされているため誰かに聞かれる事はなかった。
◆◇◆◇◆
思い出に耽った後、真琴はもう一度鏡の中の自分の姿を見る。
普通に可愛い服を着た普通に可愛い髪の長い少女。
これが井上 真琴の姿。
真琴は鏡の中にいるかつての自分を殴った。
殴られた井上 真琴の姿を映し出した鏡はその一発で粉々に砕け散る。
それをきっかけに、鬼丸 真琴は夢から覚めた。
◆◇◆◇◆
目が覚めた後、名無しの権兵衛は全裸で琥珀色の液体の中にいる事にすぐに気がついた。液体の中にも関わらず不思議と苦しくはない。液体の中を泳ぐと柔らかい膜にぶつかる。その膜を強く押すとあっさりと腕が突き破れ、そのまま進むとあっさりと外に出られた。
琥珀色の先にあったのは石畳の壁と床の部屋だった。部屋には他にも琥珀色の液体が詰まっていそうな柔らかそうな球体が何個も置かれていた。その中には人が入っていた。
「もう起きたのか。」
低い位置からしゃがれた声がした。声がした方を見るとそこにいたのは白衣を着た背の低い老女。
「女の子が裸で出歩くんじゃないよ。これを使いな。」
「ありがとうございます。」
老女から差し出された大きな湯上がり用の手拭いを受け取った名無しの権兵衛は素直にそれを使う。琥珀色の液体を拭い水気を取ると名無しの権兵衛は【刀装】を身につける。そして改めて名無しの権兵衛は老女と向き直る。
何かを察した老女は口を開く。
「あたしはガマばぁ。【月の島】の将だ。ここでは死んだ奴の蘇生を行なっている。死ぬ前の事は覚えてるか?」
老女、ガマばぁの問いかけに名無しの権兵衛は頷く。
「ならいい。蘇生は完了した。もう帰っていいよ。出口はあっちだ。一本道だから迷わずに行けるよ。」
ガマばぁにそう言われた名無しの権兵衛は素直に従い出口へと向かう。その途中で、後ろからガマばぁに声をかけられる。
「なぁ、あんたはその刀をどうやって手に入れた?」
名無しの権兵衛は足を止めて振り返りガマばぁの目を見て答える。
「流浪を殺して受け入れた。」
名無しの権兵衛の正直な答えにガマばぁは目を見開き、拳を強く握りしめる。
「なぜ、殺した。」
「そう望まれたから。」
ガマばぁに睨まれてなお名無しの権兵衛ははっきりと答える。生来の性格と綱吉の後押しもあって名無しの権兵衛には後ろめたい気持ちは一切ないからだ。
[お前に【無名】を渡そう。お前になら託せられる。その後は、好きにしなさい。好きなように生きて、幸せになりなさい。]
[お前が殺したのは流浪だ。流浪を殺せたのはお前が初めてだ。すぐには無理だろうが、その事を誇りに思ってほしい。]
名無しの権兵衛にとって重要な言葉は綱吉から贈られた言葉のみ。初めて会ったガマばぁにいくら睨まれようとも一切気後しない。
「…そうかい。分かった。引き止めて悪かったね。もう、行っていいよ。」
ガマばぁからそう言われたため名無しの権兵衛は今度こそ出口へと向かった。




