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るろうがぁる   作者: 日暮蛍
名無し
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二十話 井上 真琴

目的地に着いた時にはもう深夜の時間帯だったが、真琴は構わず玄関近くに設置されている呼び鈴を鳴らすと真琴が最も会いたい人物が応対してくれた。


「…真琴。一人で来たのか?」

「うん。」


祖父だ。

祖父は一人でやって来た真琴の姿を見て少し驚いた様子だったが、すぐに真琴を迎え入れてくれた。ほとんど休まずに長時間走ったり電車に乗ったり歩いたりして移動し続けたため疲労困憊の真琴を見かねた祖父はその日は詳しい話を聞かず、真琴を休ませるために風呂に入ってもらい、用意した布団で寝かせた。

そしてその翌日しっかりと睡眠をとって疲れをとった真琴から詳しい事情を聞いた祖父は少し考え込んだ後、真琴にこう言った。


「学校の長期休暇が終わるまでの間はここにいなさい。」

「本当! ありがとう、おじいちゃん。」


何の連絡もなしにやって来た真琴を追い返す事も母に伝えるわけでもなく、祖父は真琴の滞在を許してくれた。


「ただし、ここにいる間はお前にも剣術を学んでもらう。毎日道場に来るように。いいな?」

「うん。」


条件付きではあったが、真琴はそれでも嬉しかった。むしろ祖父から剣術を教えてもらっている門下生達を密かに羨ましがっていた真琴にとっては全く苦にならなかった。

真琴は何度も何度も祖父に礼を言った。


それから真琴は朝早くから祖父の道場で他の門下生同様厳しい稽古を行った。祖父(師範)の孫である真琴も稽古する事になったと知った他の門下生達は危ないのではと師範に言ったり真琴のことを心配していたが、そんな周りの反応に気にする事なく真琴は稽古を続けた。

門下生達の多くが真琴がすぐ音を上げると思っていたが、稽古を始めてから数日後には真琴は門下生達の実力に追いつき、さらに数日後には門下生達では真琴に勝てなくなってしまった。

門下生達よりもはるかに短い時間であっという間に技術を身につけた真琴を門下生達は逸材だ、天才だと褒めちぎった。それに対して真琴は悪い気はしなかったが、一番褒めて欲しい祖父からは褒め言葉は貰えず、ただひたすら真琴に対して稽古をつけるのみ。褒めてくれない事に少し寂しかったが、真剣に門下生達や真琴に剣術を教えてくれたり手本に竹刀を振る祖父を間近で見られるためそれほど苦ではなかった。

稽古はきつく、剣術に関しては厳しい祖父だったが、剣術を学ぶ時間は真琴にとっては心地よいものだった。


稽古以外では家事の手伝いをしたり、持ってきていた学校の宿題をしたり、番組を見たり、祖父と話をしたりしている。

この生活を、日常を真琴は心の底から楽しくて、幸せだと思っていた。今までにない充足感を感じていた。


しかし、この日常は長く続かない。

祖父と共にいられるのは真琴が通う学校の長期休暇が終わるまでの間。休暇が終わってしまえば真琴は父と母のいる家に帰らなければならない。

世間から見れば普通に優しくて恵まれた家族の元に。

真琴にとっては息苦しいあの家に。

真琴は帰りたくなかった。

しかし、いつまでも祖父の家に居られない事は重々理解している。祖父に迷惑をかけているのも分かっている。そうと分かっていても、真琴は帰りたくなかった。祖父とずっと一緒に暮らしたい。

でも、それは叶わない事を真琴は分かっていた。家に帰ればもう二度と祖父に会えないかもしれない。そう思うとますます真琴は帰りたくなかった。

だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。あと少しで真琴の長期休暇が終わってしまう。休暇の最終日が迫ってくる事を考えるたびに真琴は憂鬱な気持ちになる。それでも最後まで祖父と一緒にいたいと思っていた真琴は稽古に参加していた。嫌な事を考えたくないという理由もあって真琴はひたすら鍛錬に集中した。

稽古終わりに、真琴は祖父に他の門下生達に聞かれたくなかったのか耳打ちされた。


「夕食の後、またここに来なさい。」


その言葉に対して真琴は黙って頷いた。その場で詳細を聞く事はしなかった。こっそりと耳打ちしたという事は二人きりで話をしたいという事。

なぜ道場で話を? と思ったが、真琴は祖父を信頼している真琴は祖父の言う通りにした。


祖父は食事を摂らずに先に道場に行ってしまったため、真琴は一人で夕食を食べ、片付けを済ませた後に道場へと向かった。



◆◇◆◇◆



道場の中に入ると中央に祖父が目を瞑り床に座っていた。祖父のすぐ横には鞘に収まった状態の刀が置かれている。

真琴は祖父に声をかけようとすると、それよりも早く祖父は刀を掴んで立ち上がりゆっくりと目を開けて真琴を見据える。


「来たか。」


そう言うと祖父は刀を持ったまま真琴に近づき、手を伸ばせば届く距離まで行くと祖父は刀を抜き、鞘を投げ捨てると刀を逆手に持ち刃を下に向けた後真琴に差し出す。


「持て。」


祖父がなにをしたいのか全くわからなかったが、真琴は言われるがままに刀を受け取る。

すると祖父は真琴に背を向けて先ほどまで座っていた位置に戻る。


「構えろ。」


祖父は真琴に背中を向けたまま淡々とした声で真琴に命じる。

刀を持ち直して今まで稽古で使ってきた竹刀と同様に刀を握る。刀は竹刀よりもずっしりと重たかった。


「おじいちゃん、これって稽古の続き? まさかこれ、本物じゃないよね?」


祖父の異様な雰囲気と刀の存在にうまく口を出せなかった真琴は道場に来てようやく声を出せた。きっとなにかしらの稽古だ。これは偽物だ。真琴はそう思った。そう思いこもうとした。


「お前に渡したものは真剣だ。斬れるよう手入れをしてある。」


しかし、祖父は真琴の言葉を否定する。

祖父の言葉を聞いて、真琴は持っている刀が重みを増したように錯覚した。


「何で、これを渡したの?」


真琴はそう言うが、真琴は祖父が何をしたいのか予想できてしまった。そして、その予想は当たっている。

だけど、真琴は分からないふりをした。きっと何かの冗談。きっと何かの鍛錬。きっと自分の勘違い。そう思った。そう思いたかった。


「今から俺とお前は殺し合いをする。そのための武器だ。」


だけど、祖父は真琴の考えを否定し、肯定する。

真琴は祖父の言葉を聞いて、自分が予想していた事が当たってしまった事に血の気が引いた。


「何で、何で!? 私、おじいちゃんに恨まれるような事をしたの?!」


本当に分からなかった。

祖父が何故こんな事を。何故真琴に武器を渡したのか。何故祖父が真琴と殺し合うと言い出したのか。

真琴には分からなかった。


「まさか。お前を恨んだ事など一度もない。」

「じゃあ、何で。」

「俺とお前のためだ。」

「???」


祖父の言葉に真琴はますます混乱する。

そんな誠をお構いなしに祖父は振り向き、真琴の目を見て話す。


「真琴。生きていて、息苦しく感じた事はあるか?」

「…え?」

「周りの価値観と自分の価値観が合わなくて辛い気持ちになった事はあるか?」


状況をいまだに飲み込めていないが、真琴は祖父からの問いかけにゆっくりと頷く。


祖父の言う通り、真琴はこれまで生きてきて、息苦しさを感じた状況は多々あった。

家や学校にいる時。

家族や学校のクラスメイトに親戚の人達と話をしている時。

真琴はいつも息苦しい思いをしてきた。心が休まる時は一人で部屋に閉じこもっている時と祖父の家に遊びに来ている時だけ。

何度も自殺を考えるほど真琴には苦痛に感じていた。

普通にしなさい。

普通にできるだろ。 

普通だよ。

普通じゃない。

普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通。

普通。

その言葉を聞くたびに真琴は息が詰まりそうになる。押しつぶされそうになる。


「今はどうだ。息苦しさを感じるか?」


祖父の問いかけに我にかえった真琴は考え込んで、そして首を横にふった。


祖父から突然刀を渡され殺し合うと言われた直後、驚き、戸惑った。けれど、祖父と話をしているうちに落ち着いた。こんな状況にも関わらず真琴は恐怖を感じていなかった。祖父と話をしてその事にようやく気がついた真琴は自分の事なのにおかしいと感じた。


そんな真琴の様子を見て何かを察した祖父はゆっくりと頷く。


「やはりお前を殺すしかないようだな。俺とお前のためにも。」


そして、もう一度真琴を殺すと宣言した。いつの間にか祖父の手元には刀身が真っ黒な刀があり、切先を真琴に向けていた。

そして真琴が何かを言う前に、祖父は名乗りをあげる。これから殺し合う相手への礼儀として自身の名を、素性を口にする。


「俺の名前は鬼丸(おにまる) 綱吉(つなよし)! またの名を流浪という。俺を殺せるものなら殺してみろ!」


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