二話 客寄せ。
この世界には【合戦場】という名の殺し合いを娯楽とする場所がある。現在の【合戦場】は七つの島による群島で構成されている。
殺し合いを楽しむといっても無秩序というわけではない。【合戦場】にも規則はある。
【ショケイ】
【カッセン】
【ケットウ】
【ムソウ】
【ツジキリ】
以上の五つの方法でのみ殺し合いが許されている。それ以外での殺し合い、または乱闘は原則禁止である。
この五つの方法のどれかで殺し合うもの達の呼び名には二種類存在している。
【刀持ち】
【写し持ち】
【刀持ち】とは【合戦場】の主であるカミサマと呼ばれる存在が所有している特殊な刀を授かったもの達の事を指す。
刀の能力は様々だが、そのどれもが強力なものばかり。それに加えて刀の所有者は皆身体能力が飛躍的に向上する。さらに【合戦場】では【刀持ち】というだけで良い待遇が得られるため、【合戦場】に訪れるもの達の多くは【刀持ち】に羨ましがったり憧れを抱いている。
一方で【写し持ち】と呼ばれるもの達はカミサマから刀を授かっていないもの達の呼び名だ。
【刀持ち】と比べて戦闘能力の差はかなりあるが、だからといって【写し持ち】が弱いというわけではない。【写し持ち】達の多くは【刀持ち】になりたいと志しており、【刀持ち】の持つ刀を虎視眈々と狙っている。
【刀持ち】と【写し持ち】の両者達が殺し合う【合戦場】にはどれだけ相手を殺したのか一目でわかるように【ぶっ殺ランキング】という名の順位表が【合戦場】のあちこちに設置されている。多く殺したり、高い順位のものを殺すと順位が上がる仕組みとなっている。
【合戦場】を利用するもの達はこれを見て自分の順位を見て己の力量を感じ取ったり、上位にいるもの達をいつか引き摺り落としてやると意気込んでいる。
順位の奪い合いで激戦を繰り広げ、順位の変動が激しい【ぶっ殺ランキング】において唯一、己の順位を守り通したものがいた。
二百年間、【ぶっ殺ランキング】一位の座を守り続けたの彼の名は流浪。全身黒尽くめの格好で姿は不明。分かっているのは彼がとてつもなく強いという事のみ。
二百年間負け知らずの彼には数多くの伝説がある。
千人の手練れを一人で全員斬っただの。鋼鉄を斬り裂き、山を斬り裂き、海を斬り裂いただの。巨人を真っ二つに斬り割っただの。伝説の霊獣を退治しただの。
一人で両手では数え切れないくらいの伝説を作り上げていった。
いろんな物事の中心にいた為、流浪は種族、老若男女問わず多くの人達にすこぶる恨まれていた。
何せ流浪は多くの人達に嫌われ、憎まれているカミサマを積極的に守ったり、流浪自身も人々に怨みを買う事をやらかしている。
王族からの縁談を縁談相手の令嬢の目の前で「好みじゃ無い。」とこっ酷く断ったり。その返事を聞いて怒り狂った令嬢の父親の顔面を殴ったり。守神と崇められていた霊獣を斬り殺したり。国宝を破壊したり。神殿を破壊したり。神像を破壊したり。
ヘタをしたら人に恨みを抱かれる事の方が多いかもしれない。
そのせいで流浪に対して恨みを持つもの達が次々と襲いかかってきたが、流浪はどんな相手であろうと躊躇無くあっさりと斬り伏せた。
そして、負かした相手に必ずこう言った。
「殺せるものなら殺してみろ。死にたければ勝手に死ね。」
そのせいで皆の怨嗟はさらに加速し、心の奥底だけでなく魂に刻み込む勢いで何度も何度も流浪の名前を口にした。
やがて流浪にやられたもの達が結束し、【流浪ぶっ殺すの会】という流浪を殺す為だけに作られた集団が出来上がってしまった。その会に所属するもの達は流浪を殺す為ならどんな手段でも選ぶ心構えと行動力を備えられており約二百年間世代交代しながらも流浪を殺すべく奮闘して来た。
【流浪ぶっ殺すの会】に所属していないもの達も様々な理由を持って流浪に挑んだが、誰も彼に勝つ事はできなかった。
もはや流浪を殺せるものはいないと言われるようになり、【合戦場】にいる多くのもの達が流浪の無敗伝説がこれからも続くものだと思っていた。
だからある日、【ぶっ殺ランキング】から流浪の名前が消えた時は大騒ぎになった。
【ぶっ殺ランキング】で除名される条件。それはそのものが【合戦場】の外で亡くなる時だ。
つまり、流浪は死んだのだ。
【ぶっ殺ランキング】から流浪の名前が消えた時、皆が流浪の死を知った。多くの人達は驚愕し、嘆き、憤怒した。そして、一体なぜ、流浪は死んでしまったのか多くの人達は疑問に思った。
カミサマに流浪の死について聞き出そうとしたが
「知りたい気持ちは伝わってくるけど、教えるわけにはいかないんだ。」
と、断られてしまった。
皆が流浪の死因について様々な考察する中、とある目撃証言が話題に上がる。
【ぶっ殺ランキング】から流浪の名前が消えたその日に【ムソウ】を行った刀持ちがいた。
【ムソウ】とは【合戦場】での試合形式の一つで【刀持ち】と【写し持ち】の少数対多数の殺し合いだ。【刀持ち】は一人で【写し持ち】を最低百人、最大で千人相手にしなければいけない。【刀持ち】の方は一気に順位を上げる事はできるが、数に押され負ける危険性がある。一方で【写し持ち】の方は【刀持ち】の持つ刀を手に入れる事ができる数少ない機会だ。一応、双方にとって利益があるためそこそこの頻度で行われている。
ゆえに【ムソウ】自体はそこまで珍しくないのだが、その日の【ムソウ】に参加した【刀持ち】が持つ刀が流浪の持つ刀に酷似していたという目撃証言があった。【ムソウ】が行われた時間帯は流浪の名前が消えてから数時間後のこと。無関係とは言い切れない。多くの人達はその【刀持ち】を探したが、【合戦場】内をいくら探しても見つける事は叶わなかった。
分かったのはその【刀持ち】の偽名のみ。
その【刀持ち】の偽名は名無しの権兵衛。
見た目の特徴は上は着物。下は袴で色は黒一色。手や首なども肌を晒さないように手袋や衣服に覆われている。饅頭笠を目深に被り口元は布で隠されているため顔がわからない。
不気味で目立つ格好だから見たらすぐに分かるはずなのだが、誰も見つけられないまま一年が経過してしまった。その頃には多くの人達が名無しの権兵衛を探すのを諦めていた。
しかし名無しの権兵衛は再び姿を現した。とても目立つ形で。
◆◇◆◇◆
【合戦場】で噂されていた【刀持ち】名無しの権兵衛。今まで大きな動きを見せなかったが、この日は目立っていた。とにかく目立っていた。
「ご通行中の皆様。今なら名無しの権兵衛と【ツジキリ】できまーす。【写し持ち】限定で名無しの権兵衛と戦える機会ですよー!」
一年前、多くの人達が探し、今まで見つけられなかった謎の多い人物名無しの権兵衛が昼間の時間帯で屋外の大通りで宣伝されながら椅子に座っていた。服装は一年前と変わらず全身黒尽くめ。
だから目立つ。とにかく目立つ。これだけやって誰にも見向きされないわけがない。通行人達は遠巻きで名無しの権兵衛を見ていた。
名無しの権兵衛は通行人にジロジロと見られているのをはっきりと感じとっていた。まるで安売りされている野菜のような気分だ。近くにいる呼び込みをしている男性の存在でより一層そう感じる。
名無しの権兵衛は別に目立ちたがり屋ではない。どちらかといえば目立つ行為は避ける方だ。だからこのような事をするのは大変不本意だが、名無しの権兵衛にはこの状況を甘んじて受け入れざるを得ない事情がある。
「おいにいちゃん。本当にあいつと戦えるのか?」
声がした方に視線を向けると背中に大剣を背負った屈強そうな男が呼び込みをしていた男性に話しかけていた。
「はい。もちろんです。【ツジキリ】を申し込みますか?」
【ツジキリ】とは【写し持ち】同士、または【刀持ち】と【写し持ち】の間で行われる戦いだ。
【写し持ち】同士であれば一対一。
【刀持ち】対【写し持ち】の場合は【刀持ち】が一人に対して【写し持ち】は最低一人、最大十人で戦う事ができる。双方が納得すればすぐに始められるため、他の四つの試合形式と比べて一番使われている方法だ。
「その前にだ。そいつは本当にあれを持っているのか?」
男は名無しの権兵衛に向かって指を指す。
「あれ、とは?」
男性が首を傾げると男はふんっと鼻を鳴らす。
「とぼけるな。【刀持ち】が必ず持っている物だ。」
「わかりました。名無しの権兵衛さん。刀を見せてあげてください。」
男性がそういうと名無しの権兵衛は座ったままの姿勢で片手を前に出す。すると突然、前に出した手の前に鞘に収まったままの刀が出現する。名無しの権兵衛はそれを掴み、鞘から刀を抜き刀身がよく見えるように掲げる。
刀を見た男を含めた通行人達は驚く。
どういう原理なのか全く不明だが、【刀持ち】はカミサマから授かった刀であれば先程のように自由に出し入れする事ができる。この情報はこの場にいるもののほとんどが知っているため、刀の出現にはそこまで驚いてはいない。
では何に驚いたのか。
それは名無しの権兵衛の持つ刀そのものだ。名無しの権兵衛が手にしている刀の刀身は黒一色。男達はその刀身に見覚えがあり、その刀の名前をよく知っていた。
刀の名は【無名】。かつて流浪が持っていた刀だ。
これで流浪と名無しの権兵衛が何かしらの接点がある事が裏付けられた。
「これで名無しの権兵衛さんが【刀持ち】である事が証明されましたけど、どうしますか? 戦います?」
「も、もちろんだ! 【果たし状】はいるか?」
【合戦場】最強と言われてきた男が持っていた刀を手に入る機会が突然やってきた事で男は興奮した様子を隠せずにいた。
「いいえ。今回は【写し持ち】であれば【果たし状】無しで名無しの権兵衛に戦いを挑めます。」
【果たし状】とは、【写し持ち】または【刀持ち】が試合を申し込む時に使用ができるものだ。
【写し持ち】が【刀持ち】に【ツジキリ】を申し込む時、【刀持ち】にはそれを断る権利がある。しかし【果たし状】を渡されると【刀持ち】はその試合を必ず受けなければならない。
【果たし状】は【合戦場】に点在する店に売られているが、数量限定で販売されているためすぐに売り切れてしまうため貴重な代物だ。
だから【写し持ち】が【刀持ち】に戦いを挑むのに必須な【果たし状】が必要無い、というのは男にとって、【写し持ち】にとって大変助かる事だ。
「では、早速試合を開始を開始しますね。二人共、準備はよろしいですか?」
「おう! いつでも始めてくれ!」
名無しの権兵衛は立ち上がり、頷く。
「わかりました。手が空いている【巫女】さーん。【ツジキリ】をお願いしまーす。」
男性が空に向かって大きな声でそういってから、数分後。頭上から何かが下降して名無しの権兵衛達がいる方へと近づいてくる。正体不明の何かはどんどん近づいてきて、やがて名無しの権兵衛達と同じ目線の高さにまで下がる。
何かの正体は、円盤に乗っている巫女服を着た少女だ。
「はいはいー! 今回の【ツジキリ】の見届け人を務める【巫女】のみれいだよー。今日はよろしくね!」
巫女服を着た少女、みれいは宙を浮く円盤に乗ったまま明るい声でそう告げる。
「では、早速試合場まで行きましょう! 今空いてるところはっと。…よし、ここに決めた。転送しますねー。」
みれいがそう言った直後、男と名無しの権兵衛がその場から消えた。
◆◇◆◇◆
男と名無しの権兵衛が今いる場所はつい先ほどまでいた大通りではない。
地面は草一本も生えていない乾いた地面。二人の周囲をぐるりと囲むように折れた刀や何も書かれていない薄汚れた幟が地面に突き刺さっている。
「それではまず、二人の紹介をさせていただきまーす。まずはこちらの人! ただ今九連勝で絶好調! この勝負で栄光ある十連勝となるか! カミツキウルフ!」
男、カミツキウルフは背負っていた大剣を両手で持ち構える。
「そしてこちらは謎多き【刀持ち】、名無しの権兵衛! 」
名無しの権兵衛は刀を出現させ、いつでも刀が抜けるよう体制を整える。
「さぁ、二人共! 張り切って殺し合っちゃってくださーい!」
空飛ぶ円盤の上で二人の頭上にいるみれいは明るく元気な声で物騒な事を言う。しかし、ここにはみれいの言葉を否定等するものはいない。ここは【合戦場】。殺し合う事が許された場所だ。
「おらぁ!」
最初に動いたのはカミツキウルフの方だ。
カミツキウルフは【写し持ち】ではあるが経験豊富な強者だ。【写し持ち】の中でも上位の実力者でカミツキウルフに勝てる【写し持ち】は片手で数えるほどしかいない。
だから決してカミツキウルフが弱いわけではない。
「はい決着! 勝者は名無しの権兵衛! まさに瞬殺!」
【刀持ち】が、名無しの権兵衛がカミツキウルフよりも遥かに強いのだ。