十五話 決着
名無しの権兵衛とアキノが対峙する少し前。
クリムゾンは走り回りながら何かを探していた。
「朧! どこだ朧! ここか!」
「いや、さすがにそこにはいないだろ。」
会場内にある休憩所に設置されているごみ箱の中を覗き込むクリムゾンを見て困惑した様子で声をかけたのは背広の上に派手な柄の羽織を身につけている男性。男性も何かを探しているの周りの様子を伺っている。
ごみ箱の蓋を元の位置に戻したクリムゾンは焦れた様子で頭を抱える。
「こんな時文太がいてくれたら一発で分かるのに。あーなんて間が悪い。」
「あいつ陰陽師なんだろ。向こうから何か見れないのか?」
「いや、無理だ。あそこは異空間だから途絶されて見えないって前に言ってた。」
「マジか。」
その時、クリムゾンの携帯端末から着信音が聞こえる。クリムゾンは急いで携帯端末を取り出して通話状態にする。通話相手は文太だ。
「どうした文太。」
『クリムゾン様、報告です。ただいま名無しの権兵衛さんとアキノさんが対峙しました。この二人の殺し合いが終われば【ムソウ】は終了します。』
それを聞いたクリムゾンはさらに焦った様子を見せる。
「まずいぞ鯏丸! もうすぐ【ムソウ】が終わっちまう!」
「げっ、マジか!」
「早く朧を見つけないと。どこ行った。」
『まだ見つかっていないのですね。これは非常にまずい。』
「あぁ、まずい。凄くまずい。どうしたらいい。」
『あの人は隠れるのも上手ですからね。もしかしたら意外性のある場所にいるのかも。クリムゾン様、捜索範囲を広げて鯏丸さんと他の皆さんと一緒に朧さんの捜索を続けてください。【ムソウ】が終わり次第私もすぐに合流します。』
「分かった。文太は二人の戦いの様子を見ててくれ。切るな。」
文太との通話を終えると、今度は別の場所で人探しをしている部下達に連絡をとり携帯端末越しから指示を出すクリムゾン。
それを落ち着かない様子で見ている男性、鯏丸はクリムゾンの指示出しが終わるのを待ちながらそわそわと周りを見ていると、あるものが目に入った。
デフォルメデザインされた落ち武者のような見た目をしている二頭身のロボット、のような着ぐるみが歩いている姿。
鯏丸はそれに見覚えがあった。
「サイボーグオチムシャくん、だっけ?」
サイボーグオチムシャくんと放映されている子供達に大人気のヒーローアニメの主人公であり【火の島】のマスコットキャラクターだ。サイボーグオチムシャくんのアニメーションの製作も【火の島】で行われている。
そのため鯏丸はサイボーグオチムシャくんの着ぐるみを来た人物がここにいる事に違和感を感じなかった。【火の島】にやって来た子供達を喜ばせるためにクリムゾンの部下の誰かが着ぐるみを着ていると思ったからだ。
「鯏丸。俺達はあっちの方に行くぞ。」
「おう、分かった。」
部下の指示を出し終えたクリムゾンにそう言われた鯏丸はすぐにサイボーグオチムシャくんから目を離してクリムゾンの後を追った。
◆◇◆◇◆
文太が名無しの権兵衛とアキノの戦い方を観察するために戦いの舞台に潜り込んだり、異空間にで行われる【ムソウ】の舞台から文太とクリムゾンが通話ができているのは【火の島】の将であるクリムゾンの特権によるものだ。将の称号を持つ【刀持ち】は自身が管理する島の中であればある程度のわがままが通る。
クリムゾンは【刀持ち】【写し持ち】関係なく強いものが【火の島】で戦うのであればクリムゾンまたは文太が戦いの舞台にこっそりと侵入して直接観察する。理由はそのものと戦う時が来た時に対策するためだ。
今は【火の島】に所属している名無しの権兵衛だが、いつか戦う可能性がある。抜け忍となったアキノとも戦うかもしれない。その時が来た時に備えて名無しの権兵衛とアキノの戦い方を観察させようとクリムゾンは文太を【ムソウ】が行われている戦いの場に向かわせたが、それが裏目に出てしまった。
「まったく。あの人が動くとろくな事が起きない。」
【ムソウ】の戦いの舞台にいる文太はため息をつき携帯端末をしまう。
文太は今すぐにでもクリムゾンのいるところに行きたいと考えているが、それはできない。【ムソウ】が終わるまで名無しの権兵衛もアキノも文太もここから出る事はできない。その事を重々承知している文太はせめてここに来た目的を果たそうと名無しの権兵衛とアキノの殺し合いを見る事に集中する。
舞台の外で起こっている事を何も知らない二人はどちらも目の前にいる相手を殺そうと動いている。
アキノは多種多様な暗器や技術で。
名無しの権兵衛は刀一振りと身一つで。
それぞれが持つ武器を使って戦っている。
アキノが名無しの権兵衛を殺そうとし、名無しの権兵衛はそれをかわす。
戦いの流れはおおよそこのような感じだ。
積極的に攻めこない名無しの権兵衛にアキノは不審に思い、一旦手を止めて名無しの権兵衛と距離を取る。
「どうした?」
手を止めたアキノに名無しの権兵衛がそう聞くとアキノは眉間に皺を寄せて名無しの権兵衛を睨む。
「なぜ攻めてこない。まさか、私の事を弱いと、可哀想な奴と思っていないだろうな。私を軽んじて相手をしているわけではないだろうな。」
「そんなわけないでしょ。あんたは強いよ。だから見ていた。それだけ。」
「見る?」
名無しの権兵衛の発言の意図が分からないアキノ。
そんなアキノの心中を察した名無しの権兵衛は足に力を込める。
「そうだな。ある程度見れたし、分かった。今度はこっちから」
言いながら、名無しの権兵衛はアキノとの距離を一気に詰める。
あまりの速さに名無しの権兵衛の接近を許してしまったアキノは驚愕する。
そんなアキノに名無しの権兵衛は言う。
「攻めるよ。」
アキノに向けて刀を振るう名無しの権兵衛。
それに遅れて攻撃を防ごうとするアキノ。
攻防する立場が変わり、今度はアキノが名無しの権兵衛の攻撃から身をかわしていくが、名無しの権兵衛の速さについていけず名無しの権兵衛が刀を振るうたびにアキノの体に傷ができていく。さらに名無しの権兵衛が刀を振るうたびに速くなる。
そこでアキノは気がついた。名無しの権兵衛が言っていた「見ていた。」の意味を。
名無しの権兵衛はアキノの動きを観察し、どのように攻めれば効率的か考えていた。観察を終えた今、名無しの権兵衛はアキノを殺そうと刀を振るう。
アキノがそれを防ごうとしても名無しの権兵衛が途中で攻撃の軌道を変えてしまうため効果は薄い。攻撃を仕掛けようとしても動きを読まれてしまい先手をうたれて動きを止められたり武器を弾き飛ばされたりしてしまうためアキノの方から攻めるのは難しくなってしまった。
防戦一方。
このままではアキノは名無しの権兵衛に敗北する。
それを理解している上で、アキノはこの状況下で笑っていた。楽しそうに笑っている。
「何が、おかしい?」
名無しの権兵衛は手を止めて聞くと、アキノは息を整えながら答える。
「ふふっ。ふふふっ。だって、こんなふうに追い詰められるなんて初めてで。私より強いものに出会うのは初めてで。今日はたくさん初めてな事をして。ふふっ。ふふふっ。楽しいんだ。挑戦する事がこんなに楽しいなんて初めて知ったんだ。」
アキノは今日、自分が強者である事を理解した。裏切り、かつての仲間や上司を一方的に殺せたのが何よりの証拠だ。
それなのに、そんな自分が本気を出しているのに、名無しの権兵衛に勝てないと理解しているのに。
それを知ったアキノは嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。なぜなら、挑戦する喜びと苦痛を知ってしまったから。
そして、アキノは気が付いていた。
「この敗北の先に、私はさらに強くなる。それが分かったら、楽しくて楽しみで仕方がない。」
そう、アキノは負ける。アキノは名無しの権兵衛に殺される。それを理解した上でアキノは笑う。二度目の死が目前であってもアキノは楽しそうに笑う。
だってここは【合戦場】。世界一安全な殺し合いができる場所。殺されても後遺症なく生き返る事ができる。それを一度体験したアキノはこの場で殺される事に恐怖はなかった。殺された後の事を考える余裕さえある。
「ふふふっ。ふふっ。ふふふふっ。」
自身の今後の成長を確信しているアキノは楽しそうに笑う。
楽しそうに話すアキノに対して名無しの権兵衛は否定する事なく刀を構える。
「そう。なら、容赦なくあんたを殺す。」
「ふふっ。あぁ、来い。全力で抵抗してやるがな。」
楽しそうに笑うアキノに対し、名無しの権兵衛は饅頭笠の下では無表情だ。
抱える感情は違えど、二人共に相手を殺そうと武器を構え直す。そしてわずかな間睨み合った後、二人はほぼ同時に動いた。
そして、決着はついた。
二人の動きが速いためほとんどの観客達には決着がつく過程を見る事はできなかった。
しかし、結果は一目瞭然。
それを見たせいらは観客達によく聞こえるよう勝者の名前を口にする。
「勝者は名無しの権兵衛様です! 見事千人斬りを果たした名無しの権兵衛様に皆様、拍手をお願いします。」
せいらの言葉に呆けていた観客達は我にかえり、名無しの権兵衛に向けて拍手を送る。
せいらの言葉と拍手の音を戦いの場から聞いた名無しの権兵衛は倒れているアキノを一瞥した後、ふらついた足取りでその場から立ち去った。




