十三話 赤い足跡
名無しの権兵衛を追いかけて【写し持ち】達がショッピングモールに入ってから時間が経った。
その間、他の【写し持ち】達から名無しの権兵衛を見つけたという報告がない事に苛立った他の【写し持ち】達は無線機を強く握りしめる。
「くそ! あの野郎どこにいるんだ!」
苛立った声でそう言うが、誰も返事を返さない。周りにいる【写し持ち】も苛立っており、返事を返す余裕がないからだ。そんな気持ちを抱えたまま名無しの権兵衛を探していると、通路の先であるものを見つけた。それを見た【写し持ち】達は全員足を止める。
通路にあったのは床に広がり壁にも飛び散っている大量の血液とその血液の持ち主であった【写し持ち】達が倒れていた。全員等しく息がない。
「…まさか。」
それを見た【写し持ち】がある考えにたどり着く。名無しの権兵衛は逃げたのではなく、自分達を誘い込むためにここに来たのではと。隠れられる場所が多いこの場所で少しずつ自分達を殺すためにここに入ったのではと。
そう考えた時、頬に生暖かいものを感じた。反射的に一歩下がり、何がついたのだろうと触ろうとしたが、出来なかった。手がない。さっきまであった自分の手が手首の上から忽然と姿を消した。
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
大量に噴き出る血に強烈な痛み。そしてなぜこんな事になったのか分からない。それらが合わさって恐怖となり、手を切り落とされた【写し持ち】は悲鳴を上げる。
手を斬られた【写し持ち】は後ろにいたため、その前にいた【写し持ち】が悲鳴を聞いて後ろに振り向く。
そこにいたのは地面に倒れた【写し持ち】と手首を押さえている【写し持ち】。そして手首を押さえている【写し持ち】を殺すために刀を振る名無しの権兵衛の姿があった。
「名無しの権兵衛!」
名無しの権兵衛から一番離れた場所にいた【写し持ち】は他の【写し持ち】達に連絡を取ろうと無線機を取り出そうとした時、名無しの権兵衛は動いた。
前にいた【写し持ち】達の間をくぐり抜け、無線機を持っている【写し持ち】を斬る。
【写し持ち】達が行動を取る前にそれを終わらせた名無しの権兵衛に当然【写し持ち】達は反応する事ができなかった。
「…えっ?」
気がつけば残っていた【写し持ち】達も斬られていた。
死ぬまでの間、斬られた【写し持ち】は理解した。他の【写し持ち】達も誰かに伝える暇もなく名無しの権兵衛に斬られてしまった事に。
◆◇◆◇◆
一方その頃、現地で様子を見るために【写し持ち】達と名無しの権兵衛が戦っている舞台にこっそりとやって来ている文太は戦況を見て一人呟く。
「順調に殺していってますね。この調子なら千人斬りを容易く達成できそうですね。だけど」
そこで一旦区切り、文太はカメラを構えて戦場やそこで戦う人達の姿を撮影しながら続きを呟く。
「この調子、いつまで続きますかね。」
遠くの方でいくつかの爆発音を聞きながら文太は別の場所でも撮影しようと移動する。
◆◇◆◇◆
「ショッピングモールにいた【写し持ち】の皆様を見事討ち取った名無しの権兵衛様。千人斬りまであと少しです。」
それを聞いた【写し持ち】達は焦った。
ショッピングモールに入った【写し持ち】達から入る直前に名無しの権兵衛を追いかけるために今からショッピングモールに入ると無線機で事前に聞いていた。そのため、残っていた【写し持ち】達は焦り、恐怖した。
無線機から聞いた話ではかなりの人数の【写し持ち】がショッピングモールに向かったと聞いていたのに、名無しの権兵衛はそれを一人で皆殺しにした。その事実から【写し持ち】達の脳裏にある考えが浮かんだ。
自分達がいくら束になって向かっても勝ち目などないのでは?
が、その考えをすぐに捨て去る。
勝算はない。これは意地だ。素直に負けを認めるのが嫌なだけだ。だから名無しの権兵衛にも負けているという事を【写し持ち】達は、流浪ぶっ殺すの会のもの達は認めたくなかった。
流浪への怨みを名無しの権兵衛にぶつけるためにこれまで散々やってきたのに、今更名無しの権兵衛にも勝てませんでしたと認める事は流浪ぶっ殺すの会のもの達にとってはかなりの屈辱。
しかし、そんな事名無しの権兵衛とアキノにとっては知った事ではない。
だから名無しの権兵衛は無慈悲に流浪ぶっ殺すの会のもの達を斬り殺す。
だからアキノは流浪ぶっ殺すの会のもの達を唐突に裏切った。
名無しの権兵衛とアキノによって敗北に追い込まれている事を頑なに認めたくない流浪ぶっ殺すの会のもの達はなんとか状況を変えようと動こうとした時だ。
「ひいっ!」
誰かが短い悲鳴をあげた。その表情には恐怖の色がはっきりと浮かんでいる。
「おいどうした。…ひっ!」
何事だと思い悲鳴をあげた【写し持ち】が見ている方向を見た【写し持ち】達は慄いた。
顔の上半分が隠れるほど深くかぶっている饅頭笠には元の色が分からなくなるほどの返り血がついている。喪服を思わせる真っ黒な着物と袴にも返り血を浴びているため着物からポタリ、ポタリと血が滴り落ちている。
名無しの権兵衛だ。名無しの権兵衛がやって来た。
名無しの権兵衛が歩いた後には血や死体が散乱している。その全てが今回の【ムソウ】に参加した流浪ぶっ殺すの会のもの達のものだ。
名無しの権兵衛は見向きせずに生き残っている【写し持ち】に近づいて来る。
名無しの権兵衛の姿を見て、【写し持ち】達は立ち向かう事なく逃げ出した。
恐怖。
名無しの権兵衛の今の姿を見て、名無しの権兵衛の後ろにある他の【写し持ち】達を見て、【写し持ち】達は恐怖という感情に支配されてしまった。生存本能によってか先ほどまでの意気込みを放り投げてまで【写し持ち】達は名無しの権兵衛から逃げ出した。
名無しの権兵衛は逃げ出した【写し持ち】達を追いかけ、一人一人確実に斬り殺していく。
背を向けた相手だろうと殺した。
命乞いされようが殺した。
泣き叫ばれても殺した。
無抵抗でも殺した。
そして、最後の一人になった流浪ぶっ殺すの会のもの達も殺そうと追いかける。
生き残った【写し持ち】は殺されたくない一心で必死に逃げる。
その前に立ち塞がる形で待ち構えているものがいた。
「どけぇ!」
【写し持ち】はそれが誰なのかは知らない。だが、逃げるのに邪魔だったためそのものを押しのけるつもりで足の動きを止めない。
そのものは【写し持ち】の声に従って退かない。
【写し持ち】がそのものに接触するまであと僅かというところでそのものは動いた。苦無を取り出して躊躇なくそれを走る【写し持ち】の額に突き刺す。刺された【写し持ち】は何が起きたのか理解ができないまま勢いよく倒れ込む。
苦無を即座に引き抜き倒れる【写し持ち】を避けたそのものは名無しの権兵衛と対峙する。
「久しぶり。と、言っても分からないか。」
「…誰?」
「そうだな。【ツジキリ】で戦った忍び、と言えば思い出してくれるかな?」
それを聞いて名無しの権兵衛は理解した。
目の前にいるこのものはかつて戦った忍びである事を。
「あの時の。」
「思い出してくれて何よりだ。」
そう言って忍び、アキノは微笑む。
その直後、上空からせいらの声が響く。
「流浪ぶっ殺すの会の皆様を裏切った忍びと名無しの権兵衛様が対峙しました。」
「裏切りものってあんたの事だったのか。」
「あぁ。」
名無しの権兵衛の発言にアキノは嬉しそうに肯定する。何がそんなにおかしいのか分からない名無しの権兵衛は首を傾げているとアキノは笑いながら言う。
「ふふ。ふふふ。さてどうする名無しの権兵衛。いや、この質問に意味はないか。お前は私と戦うしかないのだから。」
「生き残っている【写し持ち】はあと一人。千人斬り達成まであと一人。名無しの権兵衛様の目の前にいるこの方を倒さなければ千人斬りは達成できません。名無しの権兵衛様はどう戦うのでしょうか。」
アキノとせいらの言葉に名無しの権兵衛は小さなため息をついた後、刀を構えた。
アキノを殺す。
それ以外、今の名無しの権兵衛が取れる選択肢はない。




