十二話 隠れ鬼
今回行われる一万人の【写し持ち】対名無しの権兵衛の対決を見るために訪れた観客達は画面越しから伝わる出来事に騒然としていた。
真っ先に画面に映った映像が【写し持ち】同士が名無しの権兵衛そっちのけで争い合っている姿。どうしてこんな事になったと観客達が騒めいていると観客達の耳に少女の声が聞こえてきた。
『これは予想外な事が起きました。どうやら流浪ぶっ殺すの会の皆様の中に裏切りものがいたそうで、その方が原因で【写し持ち】の皆様が仲間割れをしているようです。』
声の主は今回の【ムソウ】の実況、進行をするためにやって来た【巫女】。名前はせいらだ。
【合戦場】の【巫女】の仕事は【合戦場】の殺し合いの進行、舞台の準備、そして実況だ。たとえ今回のような異例が発生したとしても【巫女】である少女達は慌てず今までも今もこれからも冷静に仕事を全うする。
せいらの実況で事情を知り徐々に落ち着きを取り戻していく観客達。
その中で最初から落ち着いているクリムゾンは特等席に座ってそこから見える画面越しで戦いの様子を、片手に持つ携帯端末から戦いの詳細を確認していた。
「大波乱だな。」
今回の【ムソウ】の様子を見て呟くクリムゾンに端末の相手、文太は反応を返す。
『えぇ。ちなみにこれをやったのはアキノです。』
「あぁ、前にお前が言ってた悪さをしようとしてた忍者の一人か。」
『はい。強い人だとは思っていましたが、まさかここまでやるとは思ってはいませんでした。』
「まぁそのおかげで盛り上がりそうだけどな。名無しの権兵衛の方はどうだ?」
『最初は戸惑っていましたが、すぐに【写し持ち】千人斬りに取り掛かりました。』
「さすがだな。おっ。こっちでも確認できた。」
クリムゾンや観客達が見ている大画面内の場面が切り替わり、争い合う【写し持ち】達の姿から【写し持ち】を斬り伏せる名無しの権兵衛の姿が映し出される。迅速に鮮やかなまでに【写し持ち】を斬る名無しの権兵衛に観客達は魅入られ、歓声を上げていく。
「盛り上がってきたな。」
『えぇ。端末越しでも歓声が聞こえてきます。』
「この調子なら千人斬りは達成できそうだな。文太、そのまま様子を」
「クリムゾン様。緊急の報告があります。」
「ん? どうした。」
話の途中でやって来たクリムゾンの部下。
焦った様子の部下を見て只事ではないと判断したクリムゾンは文太に一言言った後端末から耳を離し部下からの報告を聞くと目を見開く。そしてすぐに端末の向こう側にいる文太にも伝えた。
「文太。」
『どうかしましたか?』
「会場内に鯏丸がいる。」
『何ですって! まさか。』
「あぁ、朧を探しに来ているかもしれない。俺は鯏丸と話をしてくるから文太は引き続きそっちの様子を見ててくれ。切るぞ。」
文太の返事を待たずに通話を切ったクリムゾンは部下から鯏丸の所在を聞くと足早にそこに向かった。
◆◇◆◇◆
一方その頃、名無しの権兵衛は【写し持ち】達を斬り殺していた。
大量の返り血を体に受けながらも手と足を休める事なく動かして斬り殺していく。当然【写し持ち】達も反撃しようとしたが、同士討ちで体力が削れていたり名無しの権兵衛の動きに反応できなかったりと全て失敗に終わり名無しの権兵衛の前に立った【写し持ち】は全員等しく斬り殺された。
「名無しの権兵衛様、見事五百人斬り達成です。あと五百人斬れば千人斬り達成です。」
頭上から少女の声が聞こえてくる。
声の主は宙浮かぶ円盤に乗っている【巫女】のせいら。
せいらの実況はせいらの持つマイクのおかげで名無しの権兵衛達にもよく聞こえる。
せいらは名無しの権兵衛が百人斬る度に報告してくるため名無しの権兵衛はいちいち数える事なく黙々と【写し持ち】達を斬る事に専念した。
生き残っている【写し持ち】達はもうそんなに斬られたのかと驚愕した。いつどこで名無しの権兵衛が現れるか分からず、さらに裏切りものの正体を知らない【写し持ち】達は混乱し、戦いの場はさらに混沌としていく。
せいらの実況で【写し持ち】達の中に裏切りものがいる事は名無しの権兵衛も知ったが、それが誰なのかまでは知らないし、興味がなかった。
裏切りものの存在で【写し持ち】達が混乱しているおかげで【写し持ち】達を殺しやすくなった事に感謝はしているが、それだけだ。裏切りものと戦いたいという気持ちは名無しの権兵衛の中では微塵もない。
息を整え【写し持ち】を探そうと走り出そうとした時、発砲音の直後に名無しの権兵衛に向かって弾丸が飛んできた。何発かは名無しの権兵衛が刀で弾き落とし、残りは名無しの権兵衛に当たらず地面や付近の建物の壁にめり込んだ。
名無しの権兵衛に一発も当てられなかった【写し持ち】は舌打ちをしたが、すぐに気を取り直す。
「名無しの権兵衛だ! 名無しの権兵衛がここにいるぞ!」
仲間を呼ぶと近くにいた【写し持ち】達がすぐに駆けつけて来た。
「囲め!」
「殺せ!」
誰かがそう言うと集まった【写し持ち】達は一斉に名無しの権兵衛に向かう。たとえ【刀持ち】であろうと数で押せばどうとでもなる。そう思っていた。
しかし、そう考えていた【写し持ち】達の予想を名無しの権兵衛はあっさりと裏切る。先陣を切ったもの達を名無しの権兵衛は一瞬で倒してしまった。
斬られた本人達やそれを見ていたもの達は何が起こったのか一瞬わからなかった。いっそ鮮やかなほどに先陣を切った【写し持ち】達が名無しの権兵衛によってやられてしまった。
倒した【写し持ち】を躊躇せず踏みつけて名無しの権兵衛は他の【写し持ち】に斬りかかる。刀を一度振るだけ何人も斬り殺していく名無しの権兵衛。
通常の刀であれば数人も斬れば刀に血や油がつき切れ味が悪くなるのだが、名無しの権兵衛の持つ刀【無名】はそうならず鋭い斬れ味を保っていた。
まるで流れ作業のように【写し持ち】を斬り殺していく名無しの権兵衛に怖気付く【写し持ち】がいたが、それ以外の【写し持ち】達は臆さず名無しの権兵衛を殺そうとする。
名無しの権兵衛が斬っても斬っても斬っても後方で控えている【写し持ち】が無線機を使ってまだ生きている【写し持ち】に連絡をしているため【写し持ち】達が続々とやって来る。
名無しの権兵衛に手を休める暇を与えず、数で攻め続ければ勝てる。【写し持ち】達はそう考えていた。
【写し持ち】達が名無しの権兵衛相手に攻め続けて時間が経った。
すると名無しの権兵衛は【写し持ち】を数人まとめて斬り倒すと他の【写し持ち】達に背を向け走り出した。
「名無しの権兵衛が逃げたぞ! 追え追え!」
自分達に恐れ慄き逃げ出した。
そう思った【写し持ち】達は名無しの権兵衛を追いかける。自分達が優勢な立場だと思い、強気な態度に出る。人数差であれば圧勝している。全員で囲んでしまえば後はどうとでもなると思った【写し持ち】達はやる気を取り戻し、意気揚々と名無しの権兵衛を追いかける。
名無しの権兵衛の方はそう簡単に追いつかれないように、かといって引き離さないようにしながら走り、やがて名無しの権兵衛はある場所へと入っていく。
名無しの権兵衛が入った建物を見た【写し持ち】の誰かがぽつりと呟く。
「ショッピングモール?」
そう、名無しの権兵衛が入ったのはショッピングモールだ。
名無しの権兵衛の後を追うために【写し持ち】達が中に入る。中も本物のショッピングモールとほぼ同じだ。
人工の明かりのおかげで視界は良好。【写し持ち】と名無しの権兵衛を除けば他に人がいないためどこからか聞こえてくる音楽以外の物音がしない。そのため、【写し持ち】達の声がショッピングモール内でよく響いた。
「どこだ名無しの権兵衛!」
「隠れていないで出てこい!」
「怖気ついたか!」
【写し持ち】達が怒鳴っても名無しの権兵衛は姿を表さない。それに苛立った【写し持ち】達は手分けして名無しの権兵衛を探しだした。




