十話 お祭り騒ぎ
流浪ぶっ殺すの会が一万人に対して名無しの権兵衛一人で行われる【ムソウ】は大々的に告知され、【合戦場】内にてその情報が広まり話題となった。
そして【ムソウ】が行われる当日。
【火の島】にて最速で高画質の映像で今回の【ムソウ】の戦いの様子が流される事になったため【火の島】には【ムソウ】を見るために大勢の人が押し寄せていた。
映像が見られる会場に入るための入場券を手に入れられたものは大変喜び、手に入れられなかったものは落ち込み後日配信される動画を心待ちにする。
【火の島】に訪れた客達をもてなすためにクリムゾンの部下達は軽食を売るための屋台が設置したり受付を設置したり大画面で映像が見られる会場の準備をしたりして動き回っていた。
クリムゾンもこの催しを盛り上げるために指示出しや宣伝をしたりと大忙し。
今回の主役である名無しの権兵衛は用意された控室で準備が整うのを待っていた。
その間、名無しの権兵衛の様子を見に来た文太から【火の島】の様子を聞いた名無しの権兵衛は文太と共に控え室に訪れたクリムゾンに質問する。
「ここまでする必要、あります?」
「あるさ! 盛り上がった方が楽しいだろう。」
クリムゾンは満面の笑みでそう答える。
名無しの権兵衛としてはここまで注目された事がなかったため、少々居心地が悪かった。
そんな名無しの権兵衛の様子を察した文太は控室に用意されていたお茶を注ぎ、名無しの権兵衛とクリムゾンに差し出した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。名無しの権兵衛さんなら千人斬りなど容易に達成できますよ。」
「千人! 思い切ったな名無しの権兵衛。」
名無しの権兵衛は当日まで悩んだ末、千人斬りを選択した。
理由は流浪ぶっ殺すの会のもの達との接触をできる限り無くしたいのと目的を果たすため。
自分でも思い切った行動をしたものだと名無しの権兵衛は思ったが、油断をしているわけではない。
「一つ、聞いてもいいですか文太さん。」
「何でしょう?」
「一万人の中に、あの時の忍びはいますか?」
「えぇ。いますよ。」
それを聞いて名無しの権兵衛はやはり、と思った。
今回の戦いで一番の敵は以前の【ツジキリ】で出会った忍びだと名無しの権兵衛は考えていた。【合戦場】での怪我はすぐに治されるため必ず【ムソウ】に参加するだろうと名無しの権兵衛は前々から思っていた。
名無しの権兵衛に傷をつけた忍びの存在は名無しの権兵衛の中で強く印象ついていた。
「ア…いえ。その忍びと戦えるといいですね。」
「? まぁ、今回はそうですね。」
文太が何かを言いかけた事に名無しの権兵衛は気がついていたが、わざわざ追及する気はなかったので流した。
危うくアキノの名前を言いそうになった文太は内心少々慌てて言い直した。名無しの権兵衛がアキノの名前を知るのは本人の名乗りからの方がいいと判断したからだ。
「それでは私達はそろそろ行きますね。名無しの権兵衛さんはもう少しここで待っていてください。時間になったら係のものが呼びに来ますので。」
「わかりました。」
「じゃあまたな名無しの権兵衛! 頑張れよ。」
文太のクリムゾンが立ち去った後、名無しの権兵衛はすっかりぬるくなったお茶を飲み干して自分が呼ばれるのを一人で待った。
◆◇◆◇◆
一方その頃、流浪ぶっ殺すの会のもの達は先に戦いの舞台にいた。
【ムソウ】に参加する【写し持ち】達は先に戦いの舞台に転送され、【刀持ち】が来るまでの間話し合いをしたり作戦を立てたりと自由行動が許されている。
参加者一万人の今回の【ムソウ】も例外ではない。
【ムソウ】が行われる場所は【ツジキリ】と同様別の場所に転移されるが、その規模は段違いだ。
【ツジキリ】の場合、戦う場所は一種類のみ。
【ムソウ】の場合、戦う場所は多種類。
今回戦う場所は街だ。
数々の高層ビルや様々な店に舗装された道や信号機に道路標識など、全て本物。【ムソウ】での戦いの舞台に設置されている物は全て本物だ。舞台の街には電気や水道も通っているし店員がいない店には商品が並べられている。
名無しの権兵衛を確実に殺すために流浪ぶっ殺すの会のもの達は障害物が多いこの場所を利用してやろうと作戦を考え、話し合いそれぞれの持ち場についていく。
アキノも今回の【ムソウ】に参加した。
そして、アキノの上司である頭領も今回の【ムソウ】に参加している。頭領も流浪に怨みを抱いているものの一人。戦いの舞台に転送される前、部下の忍び達の前で必ず名無しの権兵衛を殺してやると意気込んでいた。
以前の【ツジキリ】で名無しの権兵衛に殺されたアキノは名無しの権兵衛の事をまったく恨んでいなかった。名無しの権兵衛に殺されたのは自分の実力不足だと考えている。それどころか流浪ぶっ殺すの会のもの達や他の忍び達が揃いも揃って必死で名無しの権兵衛を殺そうとしているのが理解できなかった。
なら、流浪にも名無しの権兵衛にも怨みを抱いていないアキノがどうして今回の【ムソウ】に参加したのかというと、前回の【ツジキリ】同様頭領に命令されたからだ。
頭領に命令された事はどんなに理不尽なものでも実行し、成功させる。それがアキノにとっての普通だ。忍びに生まれたからには与えられた指令を果たす。これがアキノが生きてきた忍びとしての生活の普通だ。
今までそうしてきた。ならばこれからもそうする。それがアキノの普通、だった。
「あっ。」
【写し持ち】の誰かから配置場所を聞かされたアキノは言われた通りに持ち場に向かおうと服屋の前を横切った時、アキノはふと、ガラス越しである物を見て思わず声を漏らす。
ガラス越しにあるのは流行りの服を着せられているマネキン。アキノはマネキンが着ている服を見て、足を止めた。
「おい! 何をしている! さっさと持ち場につけ!」
【写し持ち】の誰かが服に見惚れて足を止めているアキノに気がつき怒声をかけるがアキノは服から目を離さない。
[どうしてそんなに我慢をしているのですか?]
服を見ている時、突然文太に言われた事を思い出す。思い出して、思った。
自分は一体、何を我慢しているのか?
何かを我慢している自覚はある。しかし、具体的に何を我慢しているのか今の今までアキノは気がついていない。いや、気がつかないようにしてきた。
「おい、聞こえていないのか!」
一際大きな怒声をかけられてアキノはようやく服から目を話す。そして、怒鳴り散らしたりこちらを睨みつけてくる他の【写し持ち】達を見て、また文太からかけられた言葉を思い出す。
[その人達はあなたにとってそんなに大切な人なんですか?]
そう言われた時、アキノは何も言い返せなかった。
「…どうでもいい。」
だが今は、小さい声だがアキノはこの日自分の考えを口にした。
「このグズ! さっさと持ち場につけ役立たず!」
自分達に対して何も反応を示さないアキノに苛立った【写し持ち】がアキノに近づき胸ぐらを掴む。
今にも殴られそうなこの状況で、アキノはまた文太の言葉を思い出している。
[好きでもない人のために我慢するなんて。あなた、とっても可哀想な人ですね。]
そう言われた時、アキノは何も言い返せなかった。
「…違う。」
だが今は、アキノは小さい声でありながらもこの日誰かの言葉を否定した。
「あぁ!? 言いたい事があるならはっきりと言えよ負け忍者!」
「私は」
とうとうアキノを殴ろうと【写し持ち】が拳を振り上げた時、アキノはそれよりも早く動いた。
「可哀想じゃない!」
隠し持っていた暗器で胸ぐらを掴んでいた【写し持ち】の目に突き刺すアキノ。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった【写し持ち】。目の強烈な痛みでアキノから手を離し代わりに暗器が刺さっている目を抑え痛みで声を上げながら蹲る。
「な、何をやっている!」
アキノの行動に驚きながらも他の【写し持ち】達はアキノを止めるために動こうとする。
しかし、それよりも速くアキノは動く。
アキノは瞬く間に近くにいた【写し持ち】を全員、呆気なく殺した。
「…ふふっ。ふふふ。ふふふふふふふふふふふふ。」
一人残ったアキノは殺した【写し持ち】達の姿を見てしばらくその場で呆然とした後、突然笑い出した。
「なぁんだ。」
異変に気がついたのか遠くからやって来る他の【写し持ち】達の気配を感じとったアキノはこの状況下でにっこりと笑う。
「私って、強いじゃないか。」
この日、アキノは我慢をやめた。




