琢美、兄妹喧嘩に負ける
SIDE A---
土地神様の社からカツミは戻ると、午前中とは、打って変わって、店の前には、常連さんたちが、カツミの帰りを待っていた。
「店主、早う開けろや?」
とは、冷やかしでいつもやってくる近所のじぃさん。
「今開けますから、少し待ってください」
カツミはそう答えると、店の前にぶら下げていた札を取る。
「カツミ、特売やってるでんだろ?」
とは、カツミと同い年の常連さん。カツミの感性と波長が合うのか、カツミが店頭に並べる商品を最もよく買っていく。ただ、どこに住んでいるか不明だけれど、身なりのよいおじさん
「はは、いや、ちょっと傷がついたものとか、商品入れ替えしてしまおうかと思いましてね」
昨夜のカツミの家だけ地震で破損したものを安く売るための特売なのだが、自らの家だけ地震だったとは、口が裂けても言えない。だから、適当にその場を誤魔化していた。
「どこへ行ってたのよ?」
とは、近所のおばさん。亡くなった母親の友人で、いつもカツミの事を気に掛けてくれている。
「いやあ、気分転換に定食屋さんへお昼を食べに」
「あら、めずらしい。女将さん元気だった?」
「はい」
カツミは、外で待つお客さん達と簡単なお喋りをしながらも、なんだかんだと愛想笑いをしつつ店をあける。引きこもり気味だったカツミにとって、愛想笑いをすることは、非常に疲れるものであり、彼のHPと精神力は、次第に0へと近づいていくかのようであった。
SIDE B---
いつもなら、学校の宿題を抱えて、鈴子の店にやってくる琢美が、いつもの時間になっても”今日”は、まだ、店に来ていなかった。
「鈴乃や、お兄ちゃんは、どうしたんだい?」
鈴子に”買ってもらった”おやつを、何度も袋から出しては、入れ直しをしている鈴乃に、鈴子は、琢美の事を聞いた。
「お兄ちゃん?おにいちゃんは・・・えーっと」
鈴乃は、いつも、鈴子や両親の前では、大人っぽい振る舞いをしている。なので、以前、祖母である鈴子に何かお願いした時に、琢美がそばにいて、文句を言わたため、お願い事をするときに、兄がそばにいるというのが嫌だった。だから、こういうときは、いつも、足止めを仕掛けるのだが、琢美は、大体、いつもそれに引っかかっていた。
「えーっとね・・・・」
今日も、琢美は、二日ほど前にしたおねしょをごまかすために、パンツ共々を色々隠していたのだが、鈴乃は、兄に気づかれることなく、それに気づき、その隠し場所すら見つけだしていた。で、見つけたその日は、言いつけずに、今日、幼稚園から帰ると、さも、今、それを見つけたかのうようにして、母親に言いつけていた。
「うんとね・・・・」
つまり、琢美は、今日、学校から帰った途端、母親に叱られることが確定となっていた。鈴乃が賢いのか、琢美の要領が悪いのか、この兄妹の力関係は、妹の鈴乃がやや優勢のようである。
「うんと・・・・おかあさんに叱られてるかも・・・・」
「あらあら、まあまあ、どうしてだい?」
「鈴乃、知らない」
まあ、理由を知っていたとしても、鈴乃は、その理由を言うことはなかった。なぜなら、
「おばあちゃ~ん」
琢美は、息を弾ませながら、鈴子の店へと駆け込んできたからである。
「おやおや、琢美ちゃん、どうしたんだい。そんなに慌てて?」
「え?」
少しばかり目が泳いでいる琢美
「な、何でも事無いよ?ど、どうして?」
「そうかい?」
鈴子は、それ以上、深くは聞かなかったのだが
「鈴乃、知ってるもん!おにいちゃん、おねしょしたの!」
鈴乃は。盛大に爆弾を投下する。琢美は、鈴乃のひと言で恥ずかしいやらなんやらで、顔を真っ赤にしながら、
「鈴乃、なんで、しってるんだよぉ」
「お母さんが怒ってたから!」
琢美の顔は、半ば半べそ状態になる
「わ~ん!どうして、おばあちゃんに言いつけるんだよぉ」
抗議するが、ほぼ号泣ある。
「鈴乃、わるくないもん!」
兄妹喧嘩であるが、兄の立場は、風前の灯火である。
「これ、これ、二人とも、喧嘩しない」
「だって!」
「鈴乃、わるくないもん!おにいちゃんが、わるいんだもん!」
「二人とも。喧嘩しない」
鈴子は、いつものように、孫二人の喧嘩を止める。大体、いつも、鈴乃が、琢美を言い負かして、琢美が涙目になっている。このぐらいの年齢の兄妹だと、兄が喧嘩に勝って、妹を泣かせて、親に叱られると言うのが多いのだが、鈴子の孫たちに、それは当てはまらないようで、結果として、
「母さんが、琢美を甘やかす」
と、息子夫婦に、毎度、言われていた。
「二人とも、おばあちゃんの前では、喧嘩はしない。琢美も鈴乃も、わかった?」
「鈴乃、わるくないもん!」
「わ~ん、おばあぁちゃんん」
琢美は、鈴子に抱きつくと、我慢しきれなかったのか、さらに大声を上げて泣く。
「これこれ、もう喧嘩はだーめ。琢美ちゃんも、泣かないの、おばあちゃんは、怒ってるんじゃないのよ」
鈴子は、そういうと、琢美の頭をなでる
「おばあちゃんは、二人が喧嘩するのを見てると、悲しくなるからね。ふたりとも喧嘩はしないの。良いこと?」
「鈴乃、わるくないもん!」
「鈴乃や、わかったから。おばちゃんは、鈴乃を叱ってるわけじゃないから。いいかい、ふたりとも、喧嘩はしないの」
「鈴乃、喧嘩してないもん」
わーん、わーん!
「おばぁあちゃん」
泣きじゃくる琢美は、鈴子に抱きついていた。大体、いつも同じような事が繰り返されているのだが、鈴子は、
『親子だね・・・・琢美ちゃんの泣き虫なところは、あの子の小さいときにそっくりだよ』
と、考え深げに、琢美の頭をやさしく撫でていた。
「琢美ちゃん、泣かないの?」
「おにいちゃんの泣き虫!」
「これ鈴乃、もう、おやめ。琢美ちゃんも泣かないの」
なにげに不満そうな鈴乃である。
「そうだ!二人とも、もう喧嘩しないなら、おばあちゃんが、おやつを用意するから」
と、言って、一つは、鈴乃が遠足のおやつに取っていったのだが、例の高級きな粉餅を手に取ると、その包みを開けた。包みを開けると、きな粉の甘い匂いが鼻をくすぐり、普通の袋入りのきなこ餅と違って、木の箱に入っているためか、木箱のにおいと相まって、食欲を刺激する。
『やっぱり、何度見ても、これは、包装容器代だけで、かなりの高額・・・・どう考えてもやり過ぎ以外に何物でも無いわね・・・・』
そう思いながらも、鈴子は、箱のふたを開ける。匂いは一層強くなる。いつの間にやら、琢美は、その匂いに釣られて、鈴子に手元にある箱を見ている。顔には、涙の跡はあるが、もう泣き止んでいたのだが、鈴乃は・・・・やはりというか、不満顔である。
---SIDE A
昼食後の忙しさは、いつものカツミにすればたいした事はないはずなのだが、何故か、この日に限って、精神力がガリガリと音を立てて削られたように疲弊していた。もう正直、くたくたで、扉の内側にある箱を開けることなど、できないほどにであった。
「それほど忙しくなかったけど、今日は、やけに疲れた・・・・」
カツミは、そうつぶやくと、夕食を食べることもなく、自室のベッドに倒れこんだ。
「あ、あれを開けてみないと・・・・・」
ベッドの壁際にある扉が目に付く。昼間、迷わずに開けようと決めていたのだが、どうも瞼が重く、開けていられなかった。
「あけ、な、きゃ・・・・」
カツミの意志とは裏腹に、カツミは深い眠りの世界へ、やがて5分もしないうちに、部屋には、カツミの寝息が聞こえてくるだけだった。
---SIDE A’
「ここは、どこだ?確か、ベッドに横になったはず・・・・・」
カツミは、あたり見回す。そこはカツミの部屋であることに間違いに無いのだが、何の音もせず、無音である。さっきまで、夜だったはずなのに、今は、明るくもなく暗くもない。
「ああ、もう朝なのか?疲れが取れてないなぁ」
なんてことをカツミは感じていた。
「ん?あれ?」
カツミの部屋は西向きである。なので、窓から入る日の光は、夕日。カツミが小さな時からこの部屋で、日暮れ見てきた色。
「げっ、一日寝てた?」
カツミは混乱していた。昨日、ものすごく疲れていたことから、夜、ベッドに倒れこむように眠ってしまった。カツミの記憶もそこで、途切れていた。いつもなら、朝になると、目が覚めて、店を開けるのだが、窓から差し込む光は夕暮れ色。普通に考えれば、翌日の夕方まで眠っていたことになる。
「うそ・・・・」
カツミは、だんだん、その現実に、焦りを覚えていた。
「壊れた商品の補充品、今日の朝、入ってくるはずなのに・・・・しまった!」
カツミは、前日の昼食後、来客への対応をしながらも、いくつか商品を少しだけではあるが注文をしていた。それが、翌日の午前中に、いくつか届くはずのものであり、受け取りは、当然、カツミがしなければならないものだった。
「やっちまった・・・・」
『・・・ぃ、 ぉぃ・・・・・』
「やっちまったもん、あせっても仕方ない。とりあえず、起きて、確認しないと・・・・」
『・・・・ぉぃ・・・・』
「なんで、朝、目が覚めなかったんだ?」
『おい!もう一人の俺!』
「うるさいな、人が焦ってるというのに!って・・・・えっ?」
カツミは、声のする方を見た、そこには、着ている服はことなるものの、もう一人の自分がいた。
「えっ?えええええっ?」
カツミは、もう一人に自分を見た。やや更けてはいるが瓜二つの顔、体つき。
「う、うわぁ!」
カツミは、もう一人に自分の足元を見て、大きな声を上げる。
「お、お、お化け!」
はっきりいって、カツミは、その場で、腰を抜かした。
『おいおい、お化けとは、失礼な!』
よく見れば、半透明な状態で、壁が透けて見えている。それをお化けと言わずして なんと言えばよいのだろう。
『お化けではないぞ。これでも、れっきとした人間だ!ほれ、良くみろ!』
カツミは恐る恐る声のする方を見るのだが、なにをどう見ても、それはお化けでしかない。
「嘘だ・・・人のはずが無い!」
『失敬な・・・・あっ、いや、待てよ・・・・あれ?-』
ないか考え込むようなしぐさをしたかと思えば、その姿がスーッと消えていく。
「ひっ!」
カツミは、その消えていくさまを見ると、小さく悲鳴を上げ、自らの意識が暗闇の中へ落ちるのを感じた。
『お~い、俺、箱の中をちゃんと見ろよ!』
遠くからそういう声がしていたのだが、カツミに、それが届いたかどうかを不明である。
某猫型ロボット兄妹のような関係かもしれない・・・