鈴子の孫馬鹿とカツミの演技
SIDE B---
「鈴おばあちゃん!」
「あら、珍しいわね。鈴乃が、こんな時間に来るなんて?」
時計の針は、午後3時前、いつもなら、学校で出された宿題を抱えた琢美がやってくるのだが、今日は。珍しく鈴乃が、鈴子の元へやってきた。
「どうしたんだい?」
「えっとね。うんとね。今度ね」
鈴乃は、兄である琢美のいる前では、かなりのおしゃまさん。そんな鈴乃が、いつもと違って、鈴子の前で、めずらしくもじもじしている。
「鈴乃や、どうしたんの?」
「あのね・・・・えーっと」
鈴乃は、兄の琢美の前で、見せたこともないぐらい鈴子の前で、もじもじしていた。
「鈴子おばあちゃん、あのね。うんとね・・・鈴ね」
「うん、うん、鈴乃や、どうしたの?」
鈴乃は、幼稚園の年長さん、もうすぐ幼稚園を卒園して、春から小学生になる。ただ、幼稚園の卒園した後、同じ小学校へ行くお友達ばかりではなく、他の小学校へ行くお友達、遠くへ引っ越すお友達、小さな鈴乃にとって、初めてお友達と離れ離れになってしまう時が近づいていた。
「うんとね・・・・」
いつもと違ってもじもじしている鈴乃である。それは、鈴乃の通う幼稚園で、毎年、卒園前の2月頃に、お友達との思い出作りにと、お別れ遠足が行われている。それが、鈴乃が、祖母の前で、もじもじしている理由である。やがて、鈴乃は、小さいながらも意を決したのか
「鈴乃ね。お別れ遠足があるの」
「おお、そうかい。それなら、鈴乃は、もうすぐ卒園かい。これは、何かお祝いしないといけないね」
もじもじしている鈴乃をニコニコ笑顔で見つめる鈴子。
「でね、鈴子おばあちゃん。遠足に持っていくおやつをね」
「うん、うん」
「鈴子おばあちゃんのお店で、買いたいの・・・だめ?」
鈴乃は、かわいらしい顔を少し傾げて、鈴子を見つめる。
「鈴乃や、おばあちゃんが、鈴乃にダメっていうわけないでしょ?どれ、おばあちゃんが、選ぶの手伝おうかい?」
「うん!」
元気のよい鈴乃の声。鈴子はニコニコ顔で、店頭に並んだ駄菓子を見ながら、”孫のために”と、鈴乃が好きなお菓子を中心にいくつも選んでは
「鈴乃や、どんなお菓子が好きなのかい?」
「うんとね・・・・鈴乃ね。甘いおかしいがいいの!」
駄菓子が甘いのは当然なのだが、そうはいっても、鈴子の店には、くどくない甘さ、どこかのグルメ漫画にあったような、”柿の甘さを超えない”ほんのりとした甘さのお菓子しか並べていない。なので、鈴乃も琢美も、スーパーで売られているようなお菓子より、鈴子おばあちゃんの店で売られているお菓子が大好きである。
「甘いお菓子ね?そうかい。じゃあ、この中のどれが良いかな?」
と、一つずつ、鈴子は。鈴乃に尋ねる。そのたびに、袋にお菓子が入れられていく。当然、鈴乃は、袋詰めされるお菓子を見ると、
「おばあちゃん、お母さんが、あんまり持って行っちゃいけないって言ってた・・・」
と言うのだが、
「鈴乃や、大丈夫よ。小さなお菓子ばかりだからね」
駄菓子は、かさばらないものが多いのだが、それでも、袋に定価100円とか記載されているものが、2つ3つと入れられている。
「鈴乃は心配しなくても大丈夫よ」
「うんとね・・・鈴子おばあちゃん。あれとね、これと・・・・これ!」
鈴乃は、麩菓子とボンタンあめ、そして・・・・
「あ、鈴乃や、それは・・」
「鈴子おばあちゃん、ダメ?」
鈴乃は、あの”きな粉餅”を手に持っていた。鈴子は、誇希に、倉庫から持ってきてもらった”きな粉餅”を、何気なくおいていたのだが、どうやら、鈴乃の目に留まったようである。それは、いつも店に並んでいる駄菓子と違っていたからで、
「鈴子おばあちゃん、この箱、かわいい!」
お菓子としてのきな粉餅というより、特別感満載の薄い”紙の風呂敷”とそれに包まれた”木の箱”に、まずは、興味をもったようで、今日のように、めったにおねだりをしない孫からの言葉に、さすがの鈴子も
「それはまだ売り物じゃないけど・・・・仕方ないねぇ」
鈴子は、鈴乃がほしがったお菓子を袋に詰めていく。
「そういえば、鈴乃や、おやつはいくらまでなのかい?」
「うんとね・・・300円まで・・・鈴子おばあちゃん、ダメ?」
「うんうん、わかった。鈴乃や、これ全部で300!お母さんにはそう言うんだよ」
「はーい」
鈴乃の大きな声で返事をした。ただ、このあと、鈴乃の両親、特に、息子から、鈴子は、
「母さん、鈴乃をあまり甘やかさないでください!」
と、電話で怒られてしまうが、鈴子は、
「おまえ、何を言ってるんだい!ちゃんと計算したら300円になったんだからね!」
「母さん、だから、原価で計算するのは止めてくれ・・・・」
息子には、母親が、原価で計算していることはばれているようで、元部下たちに厳しい鈴子ではあるが、普通の孫馬鹿であった。ただ、それでも、鈴子は、鈴乃に、例のきな粉餅だけは、
「見つからないように、するんだよ?」
と言っておいたので、息子に、それは見つからなかったようである。もし、見つかっていたら・・・・鈴子は、息子から、かなり長い時間、怒られていたからも知れない。
SIDE A---
カツミが、食事を終えて、定食屋を出ると、雨は上がっていた。
「雨は、上がったか」
カツミは空を見上げると、傘を手に持ち、店へと戻る道を歩き出した。
「おっと、お社に寄って行くか・・・神官主さんいるかな・・・」
カツミは、定食屋の女将から神事に参加するようにと言われた。けれど、できれば参加したくなかった。なので、帰りは社によるつもりだった。
『お社の神官主がいたら、なんとか参加しないで済む方法はないかと相談しよう』
と考えていたからだ。先ほどまでの鬱陶しいほどの雨模様とは、うってかわって、雲の切れ目から青空が覗いていた。が、カツミが戻る道には、所々、水たまりができている。カツミは、濡れないように濡れないように、前よりも足元を見ながら、それを避けて歩いていた。
「おっとっと、あぶねぇ~」
カツミが意識したわけでもないのだが、ふと気が付けば、なぜか、お社の中にいた。普通に歩いていれば、おそらくは、お社の入り口、狛犬に気がついて、社の中へとカツミが自分で入ってくることになるのだが、カツミは、お社の境内に、なぜか、立っていた。
「えーっと、狛犬のところ通ってきたよな・・・あれ?」
お社の境内で、あたりをきょろきょろと見回すカツミである。
「お、そこにおるのは、彼の者の息子、カツミでないか」
カツミは、びくっとした。慌てて声のする方を振り返ると、この土地神様の社に仕える神官主が、少し後ろに立っていた。
「びっくりした・・・・神官主様、脅かさないでください!」
「ふふふっ、して、何ようじゃ?カツミ?」
「はっ、そうだ。神官主様、さっき定食の女将さんから、次の神事に参加しないかと言われたんですけど・・・・参加しないとダメですか?」
カツミは、女将さんからは参加しろときつく言われていたのだが、そこのところは、ごまかしたようである。そのまま言っていたら、おそらくは神官主から、絶対参加と言われそうだったからである。
「そちの両親が亡くなって、早、2・・・3年か・・・そうじゃな・・・もう喪が明けたというてもよいころじゃが・・・お主の気持ち次第じゃな」
その言葉に、カツミは、つらそうな表情を”故意”に作る。
「まだ、両親のことを思い出して・・つらくてつらくて・・・・」
カツミはある意味芸達者というか、やややりすぎなぐらい、落ち込んで見せていた。
「そうか、お主、まだつらいか・・・・仕方あるまい。あれは突然のことだったからのう・・・」
そういって、神官主の視線は遠くを見ていた。
「わかった、カツミよ、そなたの参加、こたびは、良かろう、あまり無理をさせてもいかんしな・・・」
「す、すいません」
「しかし、次の時は、もう喪も明けておることだ、少しでもよいから参加するのじゃぞ」
「・・・はい」
カツミは力なく返事をする。何とか、今回は参加を逃れることができたのだが、結局先送りである。いつまでも逃げてばかりはいられないということを改めて言われたようなものである。それに、この場で、過度な演技をしたこともあり、それによる罪悪感も少し感じていた。なので
「それでは、神官主様」
そう言って、この場を離れようとした。
「まあ、慌てずともよかろう・・・どうじゃ、みくじでも引いていかんか、そなたは、滅多にここへは来ぬだからいいじゃろ?」
「は?はあ・・・・」
神官は、主さりげなく、お社への貢献を求めてきていた。やや世俗にまみれなような感じがする人物ではあるが、うさんくささが無く、どちらかというとカツミの住む町の住人からは慕われている人物である。
「ほれ、一回100ギリングじゃ。神事免除の代金と思うて、ほれほれ」
ほんとに世俗まみれである。
「それじゃあ・・・・・これ」
100ギリングを神官主に、お金を渡すと、おみくじを一回引く。おみくじに目を通すと
『・・・・迷うべからず、迷わば、奈落。覚悟を決めるが吉・・・・』
というフレーズが、カツミの目に入る。
「どうした?何か書いてあったのか?」
「いえ・・・これと言って・・・」
「そうか?」
怪訝な顔の神官主ではあるが
「まあ、そなたが、そこに書かれている事がそなたの救いになれば良かろう?気に入らねば、もう一回引くか?」
「いえいえ、一回で結構ですよ」
「そうか?」
そう言うと、『まいどあり』といわんばかりに、神官主は、カツミの元から去って行く。残されたカツミは、やや呆然とはしたが、
『・・・・覚悟を決めるが吉・・・・』
と、手元のあるおみくじのフレーズがをつぶやく、それは、なぜか、カツミの心を掴んで離さなかった。
「戻ったら、あの箱の中を見てみよう」
カツミは、そう声に出すと、土地神様のお社に、一礼して、その場を離れると店へと急ぐ。ふと空を見上げると、青空に雲がわずかに残るだけになっており、遠くに虹が見えていた。
鈴乃は、自分がかわいいのを知っています・・・少しばかり、小悪魔です