悩むことお多し
世界は違っても、鈴子もカツミもそれぞれ悩むこと悩むこと・・・・
SIDE B----
もう何度目になるのか。鈴子は、大きなため息をつく。
「誇希君?私は、神様じゃないんだから、そんな堅苦しい動きはやめなさい」
「ははーっ、もったいなきお言葉」
「だから、その言葉遣いを止めなさい」
「畏まりました」
なぜだか、誇希の振る舞いは、言葉だけではなく、悪化していた。なので、鈴子は、普通の対応をしなさいと言うのだが、ほぼほぼ、なんの効果も無いという状況であり、鈴子のため息は、止まることが無かった。
「鈴子大奥様、こちらで、ございます」
誇希は、恭しくきなこ餅を掲げたままの姿勢で、いつの間にか、床に、片膝をつき、鈴子に、それを捧げるような姿勢となっていた。鈴子にすれば、ほぼドン引きなのだが
「ささ、これにございます」
誇希は、姿勢を全く崩さないままであり、それは、もし、鈴子が、誇希がとる姿勢から、きな粉餅を受け取らなければ、受け取るまで、ずーっとこの姿勢で居ますよという意思表示をしているようであり、それは、まるで、”神様に捧げます”というように見える高級きなこ餅を鈴子は受け取るのだが
「ありがたき幸せ」
鈴子にしてみれば、
『こういうのはやめてぇ!』
という叫び出したいほどであった。
SIDE A---
妙に。疲れた顔のカツミ。
「かなりの商品を注文しないといけないけど・・・・どうしよう・・・仕入れに回すお金が、足りないよなぁ・・・どうしようか支払い。問屋さん、どのくらい待ってくれるかな・・・」
なんとか店頭に商品は並べられたのだが、当然、先週に比べると、空きが目立つ。幸い倉庫は無事だったことから、いくらかは補充はできたのだが、それでも、大半の商品が廃棄処分になるか、または、値引き対象商品となってしまい。このままでは、商店としては大赤字確定。どうしたものかと悩むカツミに対して時間は、無常にも過ぎていく。
「あ、そろそろ店を開けないとな・・・」
カツミの経営する商店は、雑貨屋というよりはなんでも屋に近い感じの店であり、子供が気軽に購入できるお菓子から、一般的な食料品、鉛筆などの事務品、少し変わった陶芸品まで、幅広いジャンルの商品が並んでいる。どちらかと言えば、店主であるカツミこだわりのある商品を売る店である。そのためなのか、極々稀に掘り出し物がおいてあると、一部のマニアに人気がある。
「それにしても、あの箱の中には何が入っているんだろう・・・・」
いつもと違って、あれこれと考えることが多いカツミは、なんだかんだと隠し扉の中にある木の箱が気になり、気持ちがもやもやしていたので、結局、この日の午前中、カツミは仕事に身も入らず、そんなカツミの心に呼応するかのように、空はどんより曇り、あまつさえ、ぽつりぽつりと雨が降り出すしまつ。
『なんて日なんだ!』
カツミのもやもやとした気持ちと、それを助長するかのような雨、いつもと違い、なぜか暇な午前の時間、カツミは、鬱な気分のまま、この時間を過ごすことになる。
SIDE B---
なんやかんやで、鈴子は誇希から、きな粉餅を受け取るのだが
「ありがとね」
鈴子は、誇希にお礼を言うのだが
「め、滅相もございません!」
鈴子は、やはりというか、あきれ顔にはなるのだが、持ってきてもらったきな粉餅を一つ、開封すると、わずかにしか匂っていなかった甘い香りが、一層強くなる。
「なるほどね。普通のきな粉餅より、きな粉の匂いは強いわね」
鈴子は、そう言って、袋の中からきな粉餅をとりだす。
「え?ああ、これ、やっぱりやりすぎね・・・・」
同封されている商品の説明書きには、和三盆10割、時間をかけてゆっくり引いた北海道産大豆のきな粉を・・・・と書いておあった。
「やっぱりこれだと、売るにしても3000円どころじゃすまないかもしれないわね・・・・あの二人が来たら、これは問い詰めないといけないわね」
鈴子は、既視感なのか眩暈がした。ただ、それでも、その一つ食べてみると、その味は、他のものと比べることができないほどに美味しい。
「誇希君、これを食べてみて?」
「勿体なき御言葉」
相変わらず、堅苦しくぎこちない立ち居振る舞いの誇希。鈴子から渡されたきな粉餅を、食べる姿を見せないで、食べているようで、鈴子は、驚くというよりも、別の意味で、眩暈がして、目頭を押さえる。
「こ、これは・・・・なんとも、味わい深きもの。わたしくには勿体なくございます」
頭を下げたまま、絶句している誇希。だれが食べても美味しいというと思われるきな粉餅、ただ、鈴子の駄菓子屋で売るには高級すぎる。それは、おそらく、正価で売るとしたら、どこの駄菓子屋でも扱うことができないであろうことは、想像に難い。
「いっそのこと、百貨店で売る?・・・いや、ダメね・・・・」
高級きな粉餅を見て、食べて、経営者の顔に戻る鈴子。それでも、いろいろな意味で頭痛がする鈴子であった。
SIDE A---
カツミは、あれやこれやと考え事をしていたのだが、ふと時計を見ると、13時。
「もうこんな時間か・・・道理でおなかも空くわけだ・・・」
カツミは、お昼には遅い時間。いつものように、家で食べればよいのだが、昨日の今日であり、家の中は、片づけたと言うものの、そのほとんどは、散らかったままである。
「なにか買ってきて食べるか・・・・」
いつもなら、朝起きてから、昼用にと、軽食を作って、それを食べるのだが、前日、何も買いに行けなかったことから、何かを作るにも材料が無く、結果として、何の準備もできなかった。だからといって、今から、何かを作るにしても、離れたスーパーに、買い物に行くか、それとも、近所の飲食店に行くかぐらいしか選択肢はなかった。
「この雨の中、スーパーまで行くのはしんどいよな・・・・う~ん・・・近所の定食屋にでも行くか」
カツミは、財布の中身を確認すると、店の戸締まりして、”しばらく席を外しています。御用の方は、○×時以降にお越しください”という看板を、店の入り口にぶら下げていると、傘一本手に取ると、しとしと降る雨の中、カツミは足取りも重く、定食屋へと向かう。
「はあ・・・憂鬱だな・・・・」
傘越しに、空を見上げると、雲が厚く、今にも手が届きそうなほど垂れ下がり、まだ昼だというのに、薄暗い空。
「はあ・・・・」
ため息をつきながらも、カツミは、ふと何かの視線を感じ、その方向を見る。
「ああ、お社の狛犬・・・見られているような気がしたけど気のせいか。そういや、あの店行く途中に、あったな」
定食屋までの途中には、土地神様の社がある。何百年も前から、ここにあると言われている。カツミには、小さなころ、親に連れられ、お社の境内でよく遊んだという記憶があるが、だからと言って、土地神様のお社を、それほど詳しくはしらず、ただ、困った人を救ってくれる神様が祀られているとは聞いているだけだった。
「なんだろ、無性にお社が気になる・・・・」
そういって、立ち止まると、狛犬の向こう側に見える社を見つめた。
「う~ん、どうしてか、呼ばれているような気がするけど、気のせいだよな・・・でも、なんだか気になる・・・・う~ん・・・・帰りにでも、お社にお参りでもするか・・・・」
カツミは、何気なく、そうつぶやくと、先ほどとは違い、憂鬱な気持ちが消え、雨が降ってはいたが、カツミ自身気がつかないうちに、足取りは軽く、定食屋へと向かっているのだった。
SIDE B---
朝からバタバタしたのだが、気がつけば、お昼過ぎ、いつもの午前中は、前日、注文していた商品が届けられ、それ店頭に並べたり、倉庫に入れたりしている。当然、駄菓子製造本舗以外の商品もあるわけで、そういうときは、鈴子一人で、荷物を片付けていたりしていた。
「誇希君、ごめんね?手伝わせて」
「もったいなき、お言葉でござりまする」
誇希のように、直配してくれる時は、倉庫まで運んでもらっていたが、そうでない場合は、商品が宅配便で届けられるため、一人で片付けるということが多かった。そんななか、今日は、幸い、誇希が納品に来ていたもあり、誇希は、自社製品ではないものの、鈴子の手伝いをしていた。
「ほんと、ありがとう。助かったわ!誇希君」
「誠に、勿体なきお言葉!」
「さて、お昼も過ぎていることだし、これで何か食べてから、会社へ戻りなさいね」
と、鈴子は、財布から、1000円札を取り出す。
「それほどのものをいただくなど、滅相もございません!」
鈴子からねぎらいの言葉に、相変わらず微妙な言葉遣いの誇希。彼自らが自発的に手伝ってくれていたのだが、だからと言って、業務外で彼の時間を使った事には変わりなく。鈴子からすれば、相手が水菓子であれば、あっさり、
「かえれ」
の一言ですむ話も、誇希に対しては、そういうわけにもいかない。当然、誇希は、誇希で、怪しい日本語を使い断ってくるので
「誇希君、これは、私からの命令よ!何か食べてから会社へ戻りなさい!」
鈴子は、思わず強い口調を使う。これには、さすがに誇希は、逆らえず、1000円を受け取ると
「それでは、わたくしめは、おいとまいたしまいたしする」
最初から、最後までブレの無いというか、言葉遣いをこじらせたまま、誇希は、気配を消すように、鈴子の店を後にするのだった。
SIDE A---
カツミは、雨の中、いつの間にかスキップをしながら、定食屋の前まで来ていた。いつもなら、自分の行動に
『なぜだ?!』
と、思い悩むが、なぜだが、今日は、それすら無かった。それどころか、”今日のお薦め定食”と書かれた見本に意識が引きつけられていた。そのあおり文句には、健康志向と大きく書かれており、麦飯と魚の煮付け、それに葉物野菜のおひたしといったシンプルなセットがおいてあった。
「健康志向ね・・・400ギリング。他に比べると、これは、安いな。うん、この定食にしよう」
カツミは、あっさりと、あおり文句に惹かれると言うよりも、その値段に引かれて、定食に決めると、定食屋の中へ入っていく。
「いらっしゃ~い。おや、カツミじゃないかい。久しぶりだね。今日は、どうしたんだい?」
定食屋の女将は、店に入ってきたカツミを見るなり、そう声を掛けてきた。
「こんにちは。ご無沙汰してます。えっと、お昼を食べようかなって思って」
「あらま、めったに外食しない人が珍しいわね。どうしたの?」
「ちょっと時間が無くて・・・」
「そう、まあ、良いわ、ところで何にする?」
「お薦め定食をお願いします」
女将は、カツミの注文を確認すると、5分もしないうちに、
「おまちどおさま!」
と、カツミの前に定食がおかれる。
「そうそう、丁度良いわ。来週、土地神様のお社で、厄除け神事があるんだけど、貴方のところも、そろそろ参加しないさいね。もう、ご両親が亡くなって、ずいぶん経つんだし」
カツミは、ご近所付き合いがあまり上手いとは言えず、どちらかと言えば、これまでは、なんだかんだと親まかせで、そういった付き合いから逃げていた。ところが、ほんの少しまえ両親が亡くなり、その突然のことにカツミは、呆然とした。
『この先、俺は。どうすれば良いんだ?』
と、少しばかり鬱になっていた時期があったのだが、いつかはこういうときが来ることを両親は予想していたのか、息子であるカツミに商売を引き継げるようにしてくれていた。が、カツミ自身、人付き合いがうまい方ではなく、両親が亡くなってからしばらくは、喪に服するという意味で、なんだかんだと近所付き合いを逃れていた。
「え、あの・・・・どうしてもですか?」
「カツミ君、あなたもご両親の後を継いで、しばらくたつわよね?」
「ええ、3年ほどたちます」
「もう、そろそろ、お社の神事に参加なさいな」
カツミにとって、神事に参加は、めんどくさい近所付き合いをするということであり、どちらかというと引きこもりがちの立場から1つの店を切り盛りする店長に、いきなりジョブチェンジしたカツミにとって、お客さんとも、当初、苦ではあったが、それ以上に、ご近所付き合いは、もの凄くハードルの高いことであった。
「えーっと、少し考えさせてください・・・」
カツミは、並べられた定食を食べつつ、女将さんの話を上の空で聞きながら、
『どうすれば逃げられるかな・・・』
と考えていた。