カツミの時間と誇希の困惑。
日常が、非日常に・・・・
SIDE B----
誇希は、今、駄菓子屋の倉庫の中で、鈴子に頼まれた荷物を置くための場所が見つからず、どうしようかと困っていた。そのため、当然のことながら時間が掛かっているわけで、誇希を心配する鈴子の声が聞こえていた。そんな、彼の目の前に、小さな取っ手がついた扉があった。その扉は、まるで最初から壁に埋め込まれていたかのうように見え、なんとなく、その取っ手に、誇希の意識を奪われていた。
『こんなところに、扉?さっきまなかったような・・・・見落とした??』
誇希は、そんなことを考えていたのだが、それ以上、意識を奪われていたこともあり、なにも考えずに、目の前の取っ手をつかむと扉を開けた。そこは、かなり広く、誇希の持っている桐の箱はすっぽりと収まるよりも、まだ少しだけ余裕があるだけのスペースであった。その場所が、一体なんなのか、誇希には理解できなかった。ただ、これ以上、鈴子様を心配させるわけにはいかないという気持ちと、なぜか、そこへ荷物を置かなければいけないという強迫観念から、その収まりの良いスペースに、手に持った桐の箱を二つ入れてしむのだった。
「はい、鈴子大奥様、すぐ戻りますゆえ、しばしお待ちくださいませ」
相変わらず妙な日本語ではあるが、誇希は、そう返事をすると、小さな扉を閉め、慌てて倉庫を出るのだった。
SIDE A---
「ああ!やっぱりね!」
扉の中には、何もなかった。
「まあ、期待はしてなかったよ、期待は!」
言葉とは裏腹に、カツミは、残念と言った表情を浮かべていた。部屋を片づける気力もなく、あと少しすると、出前もやってくることから、部屋を出て、居間として使っている部屋へ向かうのだが、昨夜の地震で、散らかり放題の状況に、カツミの精神力は、がりがりと削られていく。
「ううううっ、食べるスペースだけは確保しないとダメか・・・・」
結局、食事をするスペースを確保しようと片づけているうちに、それ以外も片づける羽目になるのだが、そんなさなか、
「ピン・ポーン!」
インターフォンが鳴り、カツミは、相手を確認する。
「はい!」
『ナイルです。ご注文の料理をお届けに参りました!』
元気の良い声が、 インターフォン越しに聞こえる。
「はいはい、ちょっと待ってね」
カツミは、財布片手に、玄関へと回ると、扉をあける。そこには、きちんとした身なりの若い男の子が立っており、その子の名札には”ハイリング”と書かれている。
「お待たせしました。こちらの方がご注文の品になります」
「はい、はーい。おいくらですか?」
「えーっと、1500ギリングになります」
「じゃあ、2000ギリングで」
「2000ギリングお預かりしましたので、おつりは、500ギリングになります」
カツミは、おつりと、注文した商品を受け取る。
「あっ、あと、こちら、次回ご利用の際に、使用可能な割引券です」
「ありがと」
「それでは、またのご利用、お待ちしおります!」
「ご苦労様!」
ロウイ君は、元気よく、挨拶し、その場を去っていった。カツミは、お腹が空きすぎて空腹を半ば感じなくなっていたが、やや酸味のある匂いに食欲を刺激されたのか。ナイルと書かれた袋を持って居間へと戻ると、もう腹減りの我慢も限界だったようで、おもむろに、袋を開けると、少し酸味のある生地を手に取ると、容器に入れてある具をのせて、一口、また一口と食べる。
「う、この酸味、ぐっとくるけど、なんだか癖になるんだよな・・・・」
そんな独り言を言いながら、カツミは、昼夜兼用の食事を一心不乱に食べる、食べる。ようやく、一息ついた頃には、食べ終わって、ほっとしたのか、食べ散らかした後を片づける気力もなく、ただ、まったりと過ごしていた。
「これは、あした、片付けよう」
とか
「明日は朝から、仕入れ代金計算して注文しないとな」
とか、
「地震がうちだけだったから保険は利かないよな」
とか
「しかし、部屋にあった隠し扉、あれはいったいなんなんだ???」
とか、色々考え事をしていたのだが、ふと気が付くと、時間は、もう22時を指していた。
「ふわぁ~。もう、眠いし、考えるのはやめた!もう寝よ、寝よ!」
家の戸締まりを確認もほどほどに、カツミは、寝室へ向かう。床に散らばったものを見るたびに、その精神力ががりがりと削られるような気がしているのだが、それでも、なんとか部屋へと入る。
「ん?」
ただ、部屋の照明は消しているのだが、なぜか、壁の隠し扉のところがほんのりと光、そこだけ明るかった。
「自動照明付き?そんなハイカラなものが付いてるのって、親の趣味だったのかなぁ?ふわぁ~。もう考えるのはだるいや・・・・」
結局、色々と考えつつも、部屋の明かりをつけることもなく、扉の周りの明かりだけで、ベッドまでたどりつけたのだから、なかなか大した照明だなっと、カツミは感心するのと同時に、これは絶対に、親父の仕掛けたものだなと考えていた。
「眠い・・・・そういや、こいつのスイッチは、どこだ?というか、どういう仕組みで光らせてるんだ?」
カツミは、扉の取っ手に手をかける。その周りには、スイッチらしきものは見当たらず、「内側にセンサーのスイッチがあるのか?」と、扉を開けた。
「え?」
夕方、空っぽだったその扉の内側には、高級そうな木の箱が二つおかれていた。
空っぽだったところに、いつのまにやら箱という事実に、カツミは、自分はきっと疲れているのだ。さっきまで空だったし、誰かがいたずらでここに何か入れたとか、眠りかけの頭で考えている。ただ、一人住まいのカツミにすればありえない話である。
「もしかして、だれかが、うちに忍びこんでいる?」
とか、少しだけ思ったのだが、今日一日、なぜかカツミの家だけに地震のおかげで散らかった家の中を、ほぼ隅から隅まで掃除をして回っていたのだから、
『そんなことはありえない』
とばかりに頭をふる。結局、あれやこれや可能性を考えてはいたのだが、やはり、本来休みである日曜日に、いそがしく動き回っていたこともあり、気が付けば、カツミは、深い眠りの中にいた。
SIDE B---
鈴子は、意味不明に高級食材を作った開発者二人へに、鈴子のところに来るようにと水菓子に伝言を託し、会社へ帰らせた。
「鈴子会長様にご迷惑をおかけしてはなんですので、高井を連れて戻ります」
水菓子と、言ったのだが、
「あなた、車に乗って帰りたいだけでしょ?電車でさっさと帰りなさい!それから、私は、引退して、すべては、あの子に任せてる以上、私に対して、いちいち”会長”って、つける必要はありません!」
一瞬、ギクッとするも
「そういわれましても、鈴子会長様は、創業者のお一人でもあるわけですし・・・・」
「だから、なに?いいこと、いちいち”会長”っていう言葉を使わない!」
「いや、あの、その」
鈴子の気迫に押されたのか、しどろもどろな水菓子
「はい、はい、私からの話はおしまい!水菓子君、あなたの話も終わったでしょ?さっさと会社へ戻る!誇希君も、すぐ戻らせるけど、電車の方が、早く戻れるから!」
誇希の車に乗って会社へ戻ろうとしていたことを、見透かされているかのような言葉に追い立てられ、水菓子は、鈴子の店を出て行く。
「あっ、誇希君。せっかく、倉庫に置きに行ってくれて悪いんだけど、さっきの高級きな粉餅、いくつか、持ってきてくれる?」
「畏まりました!」
相変わらず、微妙な返事であり、それから、間なしに、くだんの商品を持った誇希が出てくる。ただ、まるで、どこかになにかを献上するかの如く、”きな粉餅”を頭上に掲げ、誇希が、倉庫から出てきたものだから
「・・・・ちょっと、誇希君?」
鈴子は、もう何度目になるのか、わからないが、特大のため息をつくのだった。
SIDE A---
朝日が、窓から差し込み、カツミの顔を照らす。時刻は、7時を回ったところである。
「もう無理、おなか一杯・・・・」
カツミは、夢の中で、なにかをしているようである。
「食べきれないから、無理ぃ!」
カツミは、声を上げるととも、ベッドの上で起き上がる。
「えっ?あれ?夢?」
寝ぼけ眼で、周りを見回す。
「ああ、まだ夢を見てるんだ・・・・」
カツミの前、壁には、扉があった。昨日の朝、そこに見たのと同じように。なので、ベッドから出ると、扉に手をかけ、素早く開ける。
「でも、これを開けると何もないんだ。ほら・・・・」
昨夜、気が付けば眠っていた。眠る前、その中には、木の箱があった。夕方、開けた時には、何もなかったのにである。
「・・・嘘・・・・」
壁紙の下から現れた扉というだけでも、おかしな話なのに、扉の内側にあるスペースには、何もなかったはずが、そのあと開ければ、木の箱があるという状況に、カツミの理解が追いつかない。
「ははは。そうか、まだ、夢を見てるんだ。きっとそうに違いない!なんだ、夢か!」
現実逃避なのだが、その割には、部屋の散らかり方が尋常ではない。それまで含めてすべてを夢だと言い切るのは、だれが考えても無理がある。
7:30・・・・ジリリリリ・・・・・
そんなカツミを現実に呼び戻すかのように、目覚まし時計が鳴りだす。”夢だ!夢だ!”と思いこむのを”現実ですよ。現実!”と言わんばかりのリアルな音。それが、カツミの見ているものが夢でないことを思い知らせていた。
「夢じゃないんだ・・・・やっぱり、現実か・・・それじゃあ、この扉も、木箱も、いったい何なの?」
手で触れることのできる扉、得体のしれないものが入っているかも知れない木の箱。自分の知らないものは、できる限り触りたくないという気持ちと、”秘密のなんとか”といったものへの憧れや好奇心からの気になって仕方ないという気持ちが、カツミの中で入り乱れる。
「ううううううっ・・・・・」
一人暮らしの家の中、自分のうなり声が気になる。なので、その気持ちに流されるように、カツミは、ほんの少しだけ
「木の箱がなにかを確かめるんだ」
と、自分に言い聞かせて、ほんの少し顔をそれに近づける。これまで、カツミが嗅いだことの無いような木の良い香りと、それに埋もれるように、どことなく甘い匂いがする。その甘い香りは、起き抜けのカツミの食欲をそそり、カツミを魅了する匂いである。
「ますます、気になる、気になるけど・・・・あう」
甘い匂いに、完全に意識をわしづかみにされているというのが、今のカツミを表すことばとして正解なのだろう。それでも、カツミは、箱の一つに手をかけることだけは、未だに躊躇していた。
「中を見てみたい・・・けど・・・こう言うのって、よく罠とかあるっていうのが、お約束だし・・・大体、隠し扉っていうのが、そのフラグになってるし・・・・」
目覚ましが起きる時間を指してから小1時間、カツミは、寝室というか、木の箱が置かれている前で、それに手を触れてみたり、引っ込めてみたり、顔を近づけたりと結論の出ないグダグダを続けていた。そんなこんなで、時計は針は、もうすぐ9時を指そうかという頃。
「あっ、しまった・・・ゴミの収集時間が過ぎてる・・・」
目の前にある木の箱や扉の事では無く、昨日片付けたゴミを出せなかったことに、カツミは少なからず、ショックを受けていた。毎回、時間に間に合うように起きては、出しにいくというのが日課であったからだ。それだけのことが起きているのだが、日常のリズムが狂ったことの方が、カツミには重要だったようである。
「この件は、とりあえず・・・後回しにしよう・・・・店を開けないといけないし、注文もしないといけないし・・・」
カツミは、目の前に拡がる現実を、日常と言う名の現実で上書きして、自分を納得させると言えば、言葉は良いが、詰まるところ、自分を誤魔化すことにしたのだった。