前
唇の隙間から、古くなった息を吐き出し、新鮮な空気を吸い込む。誰にでもできるであろう、たったそれだけの行為が、少女にはどうしてもできなかった。小さな唇をどれだけ大きく開こうとも、どんなにお腹に力を籠めようとも、小さな泡でさえ流れ込んではこない。
報われない努力を必死に続ける少女を嘲笑うように、肺に僅かばかり残っていた空気が唇を潜り抜けていく。見せつけるようにゆったりと、上へ、上へ、揺れながら昇っていく。
少女の肺の中は水で満ちていた。それしかなく、少女の矮躯を包み込んだ世界さえも水で満ちていた。滔々と流れる大河のような豊かさはなく、厳粛さはなく、激情のままに荒れ狂う人の心を表したかのような奔流だった。平衡感覚はとうに失われ、どちらが上でどちらが下なのか、どこに向かえば水面に達することができるのか、それさえも少女には分からなかった。
よしんば分かったところで、そうするだけの余力が残されていないことも確かだった。
薄く青みがかった、白妙のワンピース。少女のお気に入りだったその服は、今や水を吸って重くなり、肢体の自由を抑圧する枷に他ならなかった。
冷え切った体は針に貫かれるような痛みを脳に伝えるのに、それさえも徐々に褪せていく。明晰夢を視るときに似た、どこか浮ついた酩酊感に流され、少女は瞼を下ろした。
聞こえるのはただひとつ。弱々しくさえずる、自分の鼓動だけ。
ふと、少女は緩慢な動きで目を開けた。聞こえるはずのない声が聞こえた気がして、懐かしさに、一粒の涙を落とす。少女の心は周囲と混ざり合い、溶け、どこと知れぬ場所に流されていく。
そうして少女は、瞳を揺らめかせた。意識を手放す寸前に少女が感じたのは、水の勢いでも冷たさでもなく、悲しみでも未練でもなく――ぬめりを孕んだ、硬い鱗だった。