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月一の矛盾

作者: 舞網ヤモリ

キーワードにもありますように、月経について扱っていますので、血の描写があります。

苦手な方はご注意ください。(R15も同様の理由です)

 ああ、今月も大丈夫(またダメ)だった。


 赤黒く染まったトイレットペーパーを眺めて、私は安堵と落胆の混じった溜め息をく。




 気付いた時にすぐ使えるよう、棚に常備している生理用品を取り出す。下着に貼り付いた、まだ大して汚れていないパンティーライナー。それを剥がして、取り出した分厚い紙ナプキンに取り換える。もう随分と慣れた、月に一度の習慣であるその行為。包装紙にくるんだパンティーライナーを汚物入れに放り込んで、私はまた溜め息を吐いた。


 月のもの、女の子の日などと様々な呼ばれ方をする、月経という生理現象が起こる度に、私の胸には相反する感情が沸き起こる。自分は妊娠していないという事実。それが嬉しくもあり、同時に悔しくもある。そんな自分に嫌気が差すのだけれど、誰かにこの感情について知られる事を、私は酷く怖れていた。




 充電器に繋いでいた携帯を手にとり、たった一言、メッセージを送信した。


『生理きました』


 5分ほどすると相手から返事が送られてきた。


『了解』

『体調は大丈夫?』


 自分の事を気遣ってくれる事が純粋に嬉しくて、私は『大丈夫、ありがとう(*^^*)』と返信する。あまり使わないハートのスタンプまで添えて。ホルモンだかなんだかの影響か知らないが、気分の浮き沈みがまだ激しいようだ。


 他愛もないやり取りを続けながら、なんて愛しい人なんだろう、としみじみ思う。願わくば、この人とだけ話せば事足りる世界にいきたい。そんな事すら考えてしまう。


 現実にはそんな事は不可能に近い事ぐらい、四半世紀も生きていれば嫌でも分かっている。もっと前から、知っている。そして、それに近しい状況なら実現可能だという事、その方法も、ずっと前から知っている。


 けれども、私はそれを実現できるという自信がない。確証がない。先程の矛盾した感情の原因はまさにこれであった。




 いつ頃からだろうか。子供が出来たら彼と結婚できるかな、なんて考えるようになったのは。


 私も、彼も、そこまで結婚願望が強い人間ではなかった。お互いそれなりに出会いと別れを経験して、縁あって付き合う事になった。手順を踏むように、ちょっとご飯を食べに行くだけのデートが1日一緒に過ごすデートになり、手を繋ぐだけだったのがキスをするようになり、そして身体を重ねるようになった。相手に依存する事なく、離れる事もなく。そういう恋人同士だった。そう、だったのだ。


 表面上は、私達は相変わらずゆるゆると交際を続けている、結婚願望の薄いカップルである。将来的には同棲して、結婚するんじゃないかな、ぐらいの認識でいる、ありふれた形の。彼はきっとまだそう思っている。けれども私は、どうにかして彼の事をよりしっかりと自分に繋ぎ止めておきたいと、そう思うようになってしまった。四六時中とまではいかなくても、一緒に居たい。彼が自分だけを愛している証が欲しい、と。


 はっきり言って依存である。




 まぁ、元から惚れた相手にのめり込む方であるという自覚はあった。それが原因で若い頃に痛い目を見て、ちょうどいい距離感というものを探るようになっただけの話。そしてようやっと作る事ができたちょうどいい関係性に慣れて、欲が出たというだけの話なのだ。


 なら結婚したいと彼に言えばいい。そろそろ結婚する前提で同棲したいと、はっきり伝えればいいというのに、私はそれを出来ずにいる。何故って、怖いから。断られたらどうしよう、急かしたと思われて彼の心が離れてしまったらたらどうしよう。彼なら承諾してくれるという100%の自信がないばかりに、今まで通り、今すぐ結婚したいとは思ってないよ、と嘯くのだ。


 正直、私は彼さえ自分の傍に居てくれればそれでいい。彼の家族や私の家族なんか会わなくていい、というか会いたくない。気を使ってしまうぐらいなら、端からそんな機会を設けなければいいのだ。その時間で、彼と2人、のんびり過ごした方が有意義だと思う。


 今のままでも充分に愛されているはずなのだから、そんな事を思うぐらいなら同棲するだけでもいいんじゃないのか。これに私の心は否と答える。それじゃ、足りない。恋人という関係だけでは、弱すぎる、と。


 しかし彼と自分を繋ぐ証しとして子供が欲しい訳でもない。断言する。子供はいらない。産みたくないのだ。彼と子供に囲まれて幸せな家庭を作る、なんて私には想像できない。子供に縛られる未来(ビジョン)しか見えない。本当に、純粋に、彼だけと静かに暮らしたい。


 それなのに、産みたくもない子供を授かっている事を、毎月期待している自分がいる。妊娠したら彼の方から結婚を申し込んでくれるはずだから。これを愚かと言わずに何としようか。




 生理2日目。下腹部の痛みで目が覚めた。内蔵を思いっきり引き絞られているような激痛。痛み止の効果が切れたようだ。今日は一段と痛い。私は身体をエビみたいに丸めて、歯を食い縛る事しかできない。嫌な汗が吹き出して気持ち悪い。痛い、痛い、それだけで頭の中が一杯になった。


 しばらくそのままにしていると、痛みが少し和らいだ。波が引いているうちに鎮痛剤に手を伸ばし、直径7㎜程の錠剤を水で流し込む。薬も、水の入ったペットボトルも枕元に置いてあったというのに、それどころではないという現状にうんざりする。陣痛とか、出産の時はもっと痛いのだろうか。そう思うと子供を産みたくないという気持ちに拍車がかかる。


 排卵抑制剤を使えば楽になる。少なくとも、深夜に痛みで飛び起きる事態は避けられるのだけれど、私は婦人科に行ってその薬を処方してもらうという選択が出来ずにいる。だって仮にも、避妊はするけど授かったら産みたいという(·)(·)で、彼と付き合っているのだから。ピルを飲むようになったら可能性が下がる事くらい、彼だって知っている。


 そこでまた鬱々とした気持ちになる。また、妊娠だけして出産しないにはどうすればいいのかと考えている自分がいる。自然に流産したように見える方法がないかなぁ、なんて。身勝手にも程がある。私は命をなんだと思っているのか。




 翌朝、だるい身体を引きずって職場にいくと、パートのおばちゃん達がいつものようにお喋りに精を出していた。挨拶すると、顔色が悪かったらしい、話の矛先が私に向いた。


「ちょっと、いつにも増して白い顔してるわよ、大丈夫?」

「大丈夫です。生理で貧血気味になってるだけなので」


 下手に隠すと話がややこしくなるので、私はあっさりと原因を暴露する。最初の頃はこういう事を申告するのは恥ずかしかったのだが、女性同士だしもう慣れた。


「無理しちゃダメよぉ?」

「そうそう、力仕事なんか男連中にやらせりゃいいんだから!」


 あたしらはもう閉経しちゃったから平気だけど、と特にいらない情報を口走って、おばちゃん達はカラカラ笑った。そこで終わるかなぁ、と思っていたら、不意に1人が思い出したように言った。


「そういえば彼氏とはどうなのよ? 将来の話とかしてるの?」

「んー、相変わらずですよ」

「あらそぉ? 結構長いから、ぼちぼちかと思ったんだけど」

「本当よぉ。桜井さん、いいお嫁さんになりそうだし、早く結婚しちゃいなさいよぉ」


 ここですんなり結婚したいと言えたら楽なのだけれど、私は笑って誤魔化す。いいお嫁さんになりそう、という言葉に悪い気はしない。我ながら単純だ。




 何で彼女達がこうして私に結婚を勧めるのかといえば、未婚なのが私とアルバイトの学生しかいないという事以上に、私が結婚適齢期というやつを迎えているのが大きいんだろう。既に子供が一人立ちした彼女らからすれば、そこそこの期間交際している私と彼は、もう結婚して当たり前という扱いであるらしい。


 遠回しに今を逃したら結婚できないと言われているようで、少し焦る。焦るけれど、やっぱり自分から彼に言い出す勇気がなくて、私は笑うしかないのだ。


 それを照れているとでも解釈したのか、おばちゃん達はまだ話を続ける。


「でもあーた、子供が欲しいなら今すぐにでも結婚しちゃった方がいいわよ?」

「欲しいというか、まぁ、出来たら産みたいかなぁ、と……」

「授かり物っつっても、身籠る身体の方がだんだん劣化してくんだから」

「ちょっと失礼ねぇ、あたしの身体はまだ劣化なんてしてないわよぉ?」

「あたしだってまだまだ現役よぉ!」


 下世話な話になった。それを聞き流しながら、やっぱり好きな人の子供を産みたいというのが普通なのか、なんて考えてしまう。産むと言えば、結婚して一緒に暮らせるのか、と。




 ナプキンにこびりついた、ドロドロした血の塊。新しい命を育む為の、温床だったもの。この血が流れ出てくる事を、私はきっと来月も期待して、そして忌避するのだろう。彼との距離を早く縮めたいと思いながら、彼以外はいらないというエゴに振り回されて。


 自分の中に渦巻くグチャグチャな感情から目を反らすように、私はそのナプキンを丸めて捨てた。




こういう女性もいるに違いない、というお話でした。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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