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歯車が回り始める時  作者: 黒虹
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始まりの感情



この気持ちの始まりなんて覚えてない。


物心つく前から傍に居た。


母がいた頃は母の傍に、母が亡くなってからは俺の傍に。


子供の頃はよくわからなかった。


自分を彼女が引き取るということがどういうことなのか。


大人と言われる二十歳を迎えようとしていても、社会に出たわけじゃない。


仕事をしたことがあるわけでもない。


それでも女性一人で、たとえ友人の子供であっても、他人の子供を引き取るということが、どれだけ大変なのかくらい想像に難くない。


彼女は決して母親になろうとはしなかった。


『蓮司の母親は美弥でしょう』


そう言い続けてきた。忘れる必要なんてないのだと、産み育ててくれた母親のことを忘れるなと。


母が亡くなってすぐの時は、母のことを聞くのは辛かった。


なのに、彼女が幸せそうに母のことを話すから、辛い思いは次第に薄れていった。たまに思い出したように話が付け加えられる父のことは少し不憫に思ったが…。


自然と両親の死を受け入れることができたのはきっと彼女がいたから。


寂しい思いをしなかったわけではないが、それでも彼女が自分に与えてくれた全てが嬉しかった。そして少しでも返せるように、早く大人になりたかった。


幼い頃はただ純粋に。


彼女が自分に与えてくれたものを、それ以上にして返したいと思っていた。


それは普通のことなのだと思っていた。


あの時までは。








中学に上がって、小学生の頃とは比べ物にならないくらい忙しくなった。


勉強に部活、委員会…学級委員なんてものも押し付けられていたから、必然的に帰る時間は遅くなっていた。


のうのうと大人に守られていただけの子供とは違うのだと、自分でもどこかで思っていた。


ほんの少し他よりも出来が良かったのが、順位という形で分かるようになって思い上がっていたのかも知れない。


自分で何でもできるような気すらしていた。


少しずつ手伝うようになった家事ですら、彼女よりも自分のほうが上手いのだと自覚すると、自分が彼女の保護者にでもなったかのような気分でいたことすらあった。


そんなときだった。


学校帰りに見つけた侑奈さん。


遠くて彼女は気付いていなかったけど、俺はすぐに気が付いた。


すぐに駆け寄りたかったけど、もう子供ではないし、隣にいた友人にそんなところを見せられない。かっこつけたかったのもある。


でもそんな思いは次の瞬間に粉々になった。


彼女の隣には男がいた。そしてその男に向かって楽しそうに笑顔を向けている彼女がいた。


それを見た瞬間、身体が動かなくなった。


突然立ち止まった俺を不審に思った友人が声を掛けてくれていたのも分からないほど、視界に映っていた二人から目を離すことができなかった。


二人が角を曲がって姿が見えなくなっても、動くことができなかった。


友人に強く腕を引かれて、視線を友人の方へ向けたけれど、何を話したのか、どのようにして友人と別れて家にたどり着いたのか、よく覚えてない。


幼かったあの頃は頭の何処かで、彼女は自分から離れていかないものだと思っていた。


それが当たり前だと。


けれどそれが当たり前ではない事実を理解して、目の前が真っ暗になった。


それと同時に、身体の内側にどす黒く燃えるものがあることも自覚した。


彼女の隣で笑っていいのはお前じゃない。彼女の隣に居ていいのは自分でなくては嫌だと。


それでもあの時一緒にいた男のことを聞けるほど強くはなかった。


家にはいつもと何も変わらない彼女が居た。


何度も『一緒にいた男は誰?』と言いかけたのに、聞いてしまって決定的なことを言われてしまったらと思うと、言葉は喉の奥で引っかかってしまう。


その後も何も変わるわけではなかったし、彼女の帰りが遅くなるようなこともなかった。


なのに一度感じてしまった不安はどんどんと自分の身体の中に黒い澱となって溜まっていく。


それを糧にするかのようにどす黒く熱いものがジリジリと自分を内側から焼いていく感覚は言いようもなく苦しく、自分を締め上げていくようだった。


苦しい時期は本当に何も手に付かなかった。


どうしたらこの気持ちをクリアできるのか、それだけを考えていた。


なんとかいつものように振る舞おうとしても、どこかぎこちなくて、自分がブリキのおもちゃにでもなったかの様に感じていた。


当然 、成績は 見るも無残な状態まで下がってしまった。


担任の教師に呼び出されて色々聞かれたが、何一つ答えられなかったのを覚えている。


自分が持て余してる感情が 何なのか自分でも分からない以上 、他人に「なぜ?」と問われても、答えられるはずもない。


そのことで侑奈さんが呼び出されたときは身が凍るような思いだった。


自分が勉強できなかっただけで彼女は 関係なかったはずなのに、彼女が責められる。その姿を見ることが辛かった。


俺の勉強や学力のこととは全く関係ない、根も葉もない彼女の生活のことまで教師達から責められることに苛立った。


けれど俺が声を荒げるより先に、彼女が穏やかに言い返していたことが印象的だった。


しっかりと前を向いて、教師に言い返す彼女の横顔を綺麗だと思った。


何も言い返せない自分とは違う、彼女が自分よりも年上であり、大人なのだと感じずにはいられなかった。


それと同時に18歳という年の差が、どうしようもないほどの大きな隔たりに感じられた。


一緒に学校から帰宅しても、『成績なんて気にしなくていいよ。それよりもいっぱい悩みなさい。どうしようもなくなったら、私でも、友達でも、信頼できる人物に相談しな。あなたは一人じゃないんだから大丈夫。』そう言ったっきり呼び出されたことや、下がった成績に関しては何も言わなかった。


ただいつもと変わらない普通の会話をして、笑顔でいてくれる。


泣きそうだった。自分が子供であることを再確認させられたような気がして。


それからすぐに訳のわからない感情には蓋をした。


自分自身でも持て余してしまうほどの感情を、幼すぎる自分にはどう処理していいのかすらわからなかったから。


彼女に迷惑を掛けないように、せめて自分のできる勉強くらいはきちんと成績を保てるように。


誰にも何も言わせない。


そのために出来得る限りのことをしよう、そう思い必死に勉強した。


持て余した自分の感情を表すものが『嫉妬』であると気づいたのは、しばらく経ってからだった。


蓮司サイド開始です。

何だか侑奈サイドより長くなりそうです。

できれば週一で更新できればと思っております。

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