消えない闇
蓮司がこの家を出て行ってから3日が経つ。
容赦なく日常は過ぎていった。
結局あの日、彼を追いかけることは適わず、自分の知る限りの行きそうな場所や人に連絡を取ってみたが彼に関することは何も分からなかった。
午後の日差しを受けるリビングは何も変わらない。
蓮司がいない以外は。
蓮司の部屋は物が少なくはなっていたが、いつ戻ってきてもおかしくないような状態のままだ。
何処へ行ったのか。
ため息だけが重たく口から洩れる。
本当に容赦なく日常は過ぎていく。
仕事をして、食事をして、寝る。
当たり前の毎日。
それでも、彼が出て行った日から眠れるわけがないし、食事もろくに喉を通らない。
何度も携帯に連絡を入れるが、繋がることはなかった。
着信拒否にされていないのは、せめてもの救いなのだろうか。
眠れず、食事もできなければ、仕事もろくにできていない。
ご飯はどうしているのか、きちんと眠れているのか、学校には行っているのか、お金はどうしているのか…。
考えたらキリがない。
20歳を迎えたとはいえ、彼はまだ学生。
アルバイトもしていた覚えはない。
まだ、子供だと思っていた。
「美弥、崇さん、ごめん。」
鳴ることのない携帯を握り締めて呟く。
静かに涙が頬を流れて行った。
きっと本気で探すならいくらでもやりようはあるのだろう。
でもそれがお互いのためになるとは思えない。
無理やり連れ戻したところで、同じことを繰り返すだけだろうことは容易に考えられる。
自分がどうしたいのか、蓮司のためにどうするべきなのか…。
そればかりが頭の中を駆け巡る。
「私じゃやっぱり親になれなかったのかな…」
震える声で呟いてみても答えはない。
『あなたじゃ子供を育てるのは無理よ!』
遠くにしまいこんだはずの声が浮かび上がってくる。
聞こえるはずのない声が胸をえぐる。
蓮司がずっといい子でいてくれたからやってこれたのだと、今更ながらに気づかされる。
私の都合で彼を抑圧していたのだと。
彼の様子がおかしかったのは気づいていた。
それがいつからだったのかは忘れてしまった。けれど何かを隠していることも知っていた。
それが何なのかも、本当は気づいていた。
気づいていながら知らないふりをしていた。きっと勘違いなのだと、自分に言い聞かせていた。
いつからか隠されていることにも気づけないくらい、うまく隠せるようになったから、思春期の一時の気の迷いだったのだと思い込んでいた。
だから私は疑似家族を楽しんでいたんだ。
それでも…。
プルルルル…
突然鳴った携帯電話に思わずびくりとして手の中から落としてしまった。
落ちた携帯が机の上で震えながら鳴っている。
表示は『井田 光輝』
慌てて通話にする。
「もしもし」
「侑奈さん、今大丈夫ですか?」
礼儀正しい声がする。
3日前にも電話した、蓮司の小学校からの友人である。
よく家にも遊びに来ていて、高校も大学も一緒の人物だ。
蓮司が行くなら彼のところが一番確率が高いと思っていたのに、3日前は蓮司の居場所は知らないと返答された。
「大丈夫だよ」
そう返した声が掠れているのに気づいて、誤魔化すように少し声を明るくして「どうしたの?」と聞いてみる。
「蓮司のことで…」
「何かわかった⁉︎」
思わず食いつくように声をあげて立ち上がってしまった。
電話の向こうは私の反応に呆れているのか、何も声がない。
早く教えてと願う私には、その沈黙が痛いほどに長く感じられた。
「…少し時間もらえませんか?どこかで会えます?」
意外な答えだった。
けれどその言葉に、彼は少なからず何かを知っているのだと思った。
幸いなことに夜勤明けである今日は、もうこれ以上の時間的拘束を受けることはない。
「ええ、大丈夫よ」
即座に返した返答に返ってきた声は思いのほか柔らかい感じがした。
「それじゃあちょっと遠いんですけど、大学前駅に来てもらえます?」
「わかった。すぐに出るから、1時間くらいで着くと思う」
「わかりました、その頃には駅前に居るようにします。」
電話を切るや否や鞄だけをひっつかんで家を出ようとしたが、夜勤明けで入浴後の寝間着姿であるのに気づいて、慌てて部屋へ駆け戻る。
化粧をする暇すら惜しくて、簡単に着替えだけを済ませるとそのまま家を後にした。