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無垢な頃  作者: 鮎沢琴美
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第八章

 僕はあの時なぜ圭に好きだと言えなかったのか。

 理由なんてわからない。



「なんだよ、話って」

 僕は中学最後の夏休み直前に圭に呼び出された。セミがうるさく鳴いていて僕のこのけだるい声もかき消されそうなほどだった。

 終業式で校長の退屈な話を聞いて、教室に戻りまた担任の夏休みの過ごし方を汗だくになりながら聞いて、やっと夏休みスタートだっていうときに僕の教室の前で圭が待っていた。

 圭とは結局中学三年間で同じクラスになったことは一度もなかった。一緒に帰るのをやめてからは疎遠というよりかはほとんど他人に近くなっていた。

 この日優は学校を休んでいた。夏風邪だと言っていたがそれは怪しい。おそらく家族旅行にでも出かけていたのだろう。クラスに一人や二人は大型の休みの前後に延長のような形で休みを取る。学校の先生も何も言わない。そんなもんだろう。実際あとから優に聞いてみると海外旅行を満喫したとよくわからないおみやげを僕にくれた。

「ちょっといいかな」

 教室から出ると圭にそういわれた。

「うん、いいけど」

 なぜ呼び出されたのかはわからなかったが僕は圭と話すのが久しぶりで嬉しかった。ただそれを悟られないようにわざとけだるそうに答えた。

 空になった僕のクラスに入った。さっきまで人がいっぱいだった教室は熱気で満たされていて窓は開いていたがじっとしていても汗が滴る。

「なんだよ、話って」

「うん・・・・・・それより、こうやって話すの久しぶりだよね」

「うん、まあ」

「ずっと会ってなかったから忘れられたのかって思ってたよ」

「そんなわけないだろ」

 僕はずっとけだるさを演じていたがこのセリフは心の奥から自然に出てきた。

「よかった・・・・・・で、ね」

 圭はやっと本題に入ろうとしていた。

「うん」

 僕は少し悲しげな表情の圭が何を話すのか内心ドキドキしていた。

「私ね、高校は別のところへ行くんだ」

「うん」

 別のところと言われてもはっきり言って意味がわからなかった。それは当たり前ではないかという思いもあった。圭は成績優秀であるから僕とは別に決まっている。偏差値という数字が僕と圭が別であることを証明している。

「圭ならいいところにいけるだろう、私立か?」

「ううん、別ってそういう意味じゃなくてね。遠くに行くんだ」

「・・・・・・そうなんだ」

 僕はやっと圭が言おうとしていることがわかった。離れ離れになるのだということを圭は伝えたかったのだ。

 圭から行く先を聞いて僕は沈黙してしまった。空気が重いことに気がつき

「それは遠いな」と当たり前の返答をした。

「・・・・・・うん」

 圭は僕と目を合わせなかった。

 僕はどんな言葉をかければよかったのだろうか。

 今でも答えはわからない。

 沈黙がまた続いたがセミの声でやけにうるさかった。



 刑事は予定通り、次の日の朝に僕の家を訪れたらしいが、僕はそのときは家を出た後だった。如月愛からのメールは来なかったが、鈴木優からのメールが来たのだ。

『明日少し話さないか』

 実際僕も優と同感であった。今この時期に一番話さなければいけない人物であったからだ。共通の幼馴染を亡くしたのだからまず連絡を取らなければならなかった。僕同様に彼も抜け殻のような日々を送ったに違いない。

 そして彼とともに僕は復讐しなければならない。

 僕は優からメールを受けてから頭の中で今度の『事件』を整理してみた。

 圭はおよそ三週間前に殺されて最近になって山の中で発見された。

 ニュースからの情報によれば圭はおよそ一ヶ月前にこっちへ戻ってきている。つまり戻ってきてすぐに殺されている。しかし圭はどうして僕に連絡しなかったのだろう。それはひっかかる。

 その頃、僕は写真で見た圭と全く同じ格好をした女性から手紙をもらい、実際に会う。

 ここが一番の不審点であり偶然にしてはおかしすぎる。

 ひとつの仮説として僕と五十嵐圭が一緒にいたということを犯人は周囲に知らせたかったのではないかと考えてみる。そのことで必ず僕に疑いが向く。ファーストフード店での僕と女性の会話が店員にしっかりと僕らを記憶させたのだ。

 『学校に忍び込んだ』など大きな声で話したのは店員やほかの客に僕らを印象付けるためだ。

 そしてその女性が次に僕とあったときの服装はまるで違うものだった。それは五十嵐圭がもうこの世にはいないということだったのだ。

 犯人はその女性で間違いなかった。

 動機や細かいことなどは刑事でも探偵でもない僕にはわからない。

 でも僕は確信した。

 如月愛が犯人であると。



「最後に三人で一緒に帰らない?」

 中学の卒業式の日に圭は僕にそう言った。僕と優はあいかわらず一緒に帰っていたから圭さえ良ければ断りなどいらなかった。

「いいのか、今日で最後の日なのに。友達と帰らなくて」

「友達には昨日言ったから大丈夫」

「僕はかまわないよ、優もきっと喜ぶよ」

 僕は卒業式というものが退屈でならなかった。早く終わることだけを祈っていた僕に反して会場は涙で洪水が出来そうだった。女子生徒と先生は一様に涙を流していた。男子生徒も結構泣いていたくらいだったから卒業式って泣くものなんだなと冷静にそう思っていた。結局涙ひとつ流さなかったものの三年間通い続けた校舎や教室には愛着もあってなんとなく寂しい気はした。

 式が終わり、教室に戻ったのはいいが先生がまた涙で語りだすものだからまた空気が湿っぽくなった。僕は別れのつらさよりもこんな自分が高校生になるんだなと少し不思議な気持ちでいた。結局僕は偏差値順で言うと真ん中より少し上の高校、つまり今僕が通っている高校に進路を決めることが出来た。何の縁かはわからないが優も僕と同じ高校に進学するようだ。

 そして圭は夏休みに僕に告げたとおり別の場所へ行ってしまう。

 卒業式が終わりにぎやかな門を出ると圭は僕と優を待っていた。

「卒業おめでとうございます」

 圭がおどけて言うと僕と優はわざとふかぶかと頭をさげ

「ありがとうございます」ときれいにハモった。

「結局二人はずっと一緒にいたんだね、その仲の良さにはあきれるよ」

 圭が笑顔でそう言った。

「こうやってまた三人で帰れるのは嬉しいな」

 優がこれ以上はないほどの笑顔で言う。

「うん、そうだな」

 僕も笑顔でそう答えた。

 圭のことは優ももちろん知っていた。もうこうやって並んで話すこともなくなるのだろうか。圭が遠くへ行ってしまう理由は父の仕事の都合であった。圭の父は以前から転勤の話が来ており単身赴任も考えたそうだが圭も中学から高校へ上がるのを期に新しい赴任先へ家族で引っ越そうと考えたのだ。僕も優も「行くな」とは言えなかった。どこかにそういってしまいたい気持ちはあっただろうが人の家庭のことまで口を出すわけにはいかない。それに中学生の友人が何かを言ったところでそれは何の効力も発揮しないのだ。

 ただ離れ離れになるという現実を受け止めるしかなかった。

「私のこと忘れないでね」

 圭がぼそっと言った。その声は切願するようでなく、ただ普段の会話のような感じであった。それが余計に心に響いた。

「忘れるわけないだろ、なあ」

 優が強く言った。

「覚えてるよ、ずうっと」

 僕も圭を見て言う。

「うん、ありがと。私も一生忘れないから」

 圭の目に少し光るものが見えた。

 少しして優と分かれる道が見えてきた。優の家は僕と圭の家とは少し方向が違う。

 優は突然僕の肩を抱き道の端に引き寄せた。

「圭ちゃん、悪い。ちょっと男の話があるから、ちょっと待ってて」

 優は圭にそう言った。圭は首をかしげていた。

「なんだよ、どうした?」

 僕は優に問う。

「ラストチャンスだぞ」

「何が?」

「いいか?圭ちゃんは遠くへ行っちゃうんだぞ。ずっと会えないんだぞ」

「それはわかってるよ」

「じゃあ言えよ」

「何を」

「好きってさ」



 無垢な頃が僕の脳内で何度も再生される。

 優との待ち合わせ場所に行く途中で僕はやはり後悔していた。

 あの如月愛からの手紙をもらったとき五十嵐圭であればいいと思ったのはもう一度チャンスが欲しかったからだ。

 もう一度会えたなら僕ははっきりと言える。

 大きな声で圭に伝えることが出来る。 

 だけど圭はもういない。

 永遠に会うことが出来ないのだ。


 圭、僕は君が好きだった。


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