第六章
漠然とした不安が僕の中で消えたり現れたりして、僕の不安定な一週間がはじまった。とはいえ実際そんなのんきなことは言ってられず、高校の期末テストまで一週間を切っている。僕はもちろん一夜漬け型であるのだが、何かしないと落ち着かなかった。優でも誘って遊びに行こうかとも考えたが、
「今度のテスト勝負って言ったろ?数学、物理、生物をこの一週間でパワーアップするから今は無理だ。そのかわりテスト終わったらかなり遊べるぞ。おまえのおごりで」
それは前に約束した賭けのことを言っているのだろうか。賭けはいいが優は得意教科のパワーアップよりも苦手教科の補強をしたほうが将来のためだと思うが。そういうわけで仕方なく僕も久しぶりに、いや、おそらくはじめて一週間前に自室の机で教科書を開いているのだ。とりあえず打倒優にむけて比較的苦手な理数系強化の勉強を始めた。
やめた。
無理なことはやるもんじゃない。まだ開始十分も経っていないがどうしても集中できなかった。やはり心に引っかかりを感じる。机の上の携帯を手に取る。今から彼女の本当の気持ちをメールで確かめよう。しかし開いた携帯をすぐに閉じた。なんとなくメールすることができなかった。今週も会うからいいか。いや、テストは来週の月曜日だ。次の日曜日はやはり断ったほうがいいだろうか。テスト一日前はさすがに。こんな大事なときにテストが重なるなんてついてないな。
ついてないな、ホントについてないな。
いや、彼女はどうせ門限があるからデートが終わってから勉強すれば間に合うんじゃないか。
そうだ、そうしよう。
テストのためにこんな大切な日を飛ばすわけには行かない。今日は水曜日、僕は教科書をその辺に放ってただのんびり過ごすことにした。教科書の代わりに読みかけだったマンガを手に取った。
最近夜がとても蒸し暑くなった。我が家の決まりではクーラーの使用は家族が集まる居間に限られている。もちろん電気代節約のためであるが、特例として毎年期末テスト前になるとあくまで「テスト勉強のため」ということで自室のクーラー使用が許される。だからもちろん今はとても涼しい。こうやってマンガも汗だくにならずに読めるのである。心にひっかかりがあってもなぜか集中できる。僕の体は僕の都合のよいように出来ているのだ。僕が思いっきりくつろいでいると、下の階から母の僕を呼ぶ声がした。びくっとしたがすぐに自室のドアを開け、階段の下の母に聞いた。
「どうしたの?」
「あなたあての封筒が届いてるわよ」
「封筒?」
急いで階段を降りていき、母からその封筒を手渡された。何か小さなものが入っている感触がある。その小さい硬い何かを封筒越しで確かめた。なんだろう?そういう思いを抱えながら今下りてきた階段をそのまま上り、部屋のドアを閉めると、すぐに封を切った。封筒を振ると中から出てきたのは指輪だった。僕は半分その意味がわかった。中に入っている便箋を取り出そうとするが、封筒と便箋の隙間がなく、取り出しにくかったが、力強く引き抜いた。やはり如月愛からだった。
『少し驚かそうと思ってこれを送りました。
どうしてもリングが欲しかったから先に見てきちゃいました。
私の好みだけど大丈夫ですか。
大丈夫だよね。
そういうことにしておきます。
私も同じのを買って、今、はめています。
これが届いたらさっそく指にはめてください。
次のデートですが私の高校でテストがあるので会えません。
ごめんね。
それじゃあ、また今度ね。
如月愛』
僕は嬉しいのと同時に一瞬でも彼女のことを不審に思った自分がバカに思えた。
ちゃんと彼女は僕のことを考えていてくれる。
僕はその指輪を指にはめた。
今週会えないのは少し寂しいな。でも、そういうこともあるか。この手紙を読んでから、僕は内心ほっとしていた。心に余裕が出来たから、おそらくテスト勉強はいつもの一夜漬け型にシフトするだろう。とりあえず、お礼のメールを彼女に送った。すっかり緊張感が解けてしまった僕はもちろん勉強はせず、マンガに手を伸ばそうとしたがさっきの時間で読み終えてしまったのを思い出し、仕方なく今度はテレビのリモコンを取った。
「え・・・・・・」
僕を構成している全てが180度ひっくり返るような衝撃を受けた。
いつものように険しい表情で世知辛い世の中を伝えるキャスター。画面がスタジオからVTRに切り替わり、ある殺人事件の内容が暗いナレーションとともに説明される。残虐な犯行。殺害されてもう数週間たったまま放置されていたらしい。また画面がスタジオに戻り、元警察関係者というコメンテーターがこの事件についての仮説を提示する。
コメント内容なんて全く聞こえてこなかった。
被害者の名前が読み上げられ、僕は凍りついた。
『五十嵐圭』




