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無垢な頃  作者: 鮎沢琴美
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第十章

「これで最後だ」

 優の声はひどく冷たく感じられた。

 最後とはこの事件に対してでもあり僕らのつながりの最後をあらわしているようだった。

 僕は動けず、ただその銃口を見ていた。

 優がその引き金を引けばどんな音がするのだろう。

 僕はどんな痛さを負うのだろう。

 僕は緊張を通り越してしまったかのようにどうでもいいことを考えていた。

 そう、最後なのだ。

 それにしてもここは静かだ。静か過ぎる。優が圭を殺したって誰も気づいていない。永遠に気づかれることはないのだ。

 その代わりに僕は容疑者となる。刑事は今頃何をしているのだろうか。

 如月愛によって仕組まれた圭と僕のつながりが発見されているのだろうか。

 目撃情報。

 指輪。

 そしていつの間にか上着のポケットに入れられていた髪の毛。

 おそらく、あの時。

 映画を見に行った日。

 暗闇で僕の上着に触れたのは手をつなぐ合図ではなく罠であった。

 でも僕は怒りがなかった。

 如月愛に対しても優に対しても。

 美化しすぎと思われても仕方ないだろうが僕がこの事件の犯人のようなものなんだから。

 僕の運命が狂ったのはあの優と如月愛の策略やあのラブレターのせいではなく、僕の過去の失敗だったんだと思う。

 上手く合致して回るはずだった歯車が僕の意気地のなさで一つ欠けた。そして間違った方向に回ってしまった。

 過去に戻れたらとバカバカしくも考えてしまう。

 僕は圭と、優は如月愛とそれで丸く収まったのかもしれない。いつか別れも来るだろうし行き違うことがあってもここまで狂わなかった。

 僕が後悔の文字を脳内で打ち込み続けていたとき、銃を持った優がひざをついて座ってしまった。すすり泣く声が聞こえる。

「ごめん・・・・・・ごめん・・・・・・本当にごめんなさい」

 何か祈るように神様に何かを誓うように優は繰り返している。

「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 僕は動けないままそんな優をただ見つめていた。

 目を真っ赤に晴らして呪文のようにその言葉を続ける。

「俺の弱さだ、お前は何も悪くないんだよ。それもわかってる。ほんの少しの気の狂いがすべてダメにしてしまった、ごめん・・・・・・俺が全て悪い」

「優・・・・・・」

 こんなに取り乱した優を僕は見たことがなかった。かける言葉も見つからなかった。

 悪いのは誰だ。

 悪いやつなんて誰もいなかった。

 みんな悩んで苦しんで間違った道へ進んでしまった。

 僕も含めてだ。

 優はふらふらになりながらも再び立ち上がって僕に銃口を向けた。

「圭ちゃんはお前に気持ちを伝えようとしてこの場所にいたんだ。おかしいだろ?なんでここに来たんだと思う?高校の近くまで行ったけどどうしても勇気が出なくて、悩みながら歩いてたらここまで着いたんだってさ。しばらく歩いて気づいたら何もない静かな広場があったからそこで心を落ち着けようとしたんだってさ。圭ちゃんとお前は似てるよ。どっちも意気地なしだ。お前らきっといい恋人になれたのにな・・・・・・ごめん」

 そこまで言うと優は僕に向けていた銃口を自分のこめかみに当てた。

「これで最後だ」

 乾いた音が響いた。

「優、優・・・・・・」

 やっと僕の体が動いた。そして走り寄って優の体を持ち上げた。

 くたっとなった体はもう生きていない証拠だった。

「優!」

 呼んでも呼んでも応答はなく、でも僕は呼び続けた。ほとんど無意識の状態で声が枯れていく。

 いつまでそう呼んでいたのかはわからない。

 これを走馬灯と呼ぶのだろうか。

 頭の中でぐるぐるとアルバムを開くように記憶の断片が映し出されていく。優に初めて会った日。三人で仲良く帰った日。テストの勝負を持ちかけられた平和な日々。

 歯車さえかみ合っていれば誰にでも誇れる絆であったに違いない。

 いや、絆が強すぎたからこそこうなってしまったのだろうか。

 はっと気づくとサイレンの音が聞こえる。誰かがこの銃声に気づいて通報したのだろう。

 僕はどうするのだろう。

 どうしよう。

 なあ、どうすればいいんだよ。

 心の中で優と圭に呼びかけた。

 こんなことってありかよ。

 僕も神様を恨むよ。

 あたりを見て忌々しい黒が目に入った。

 まだ僕の親友の血液がべっとりついている。

「これで最後だ」

 僕はつぶやいた。

 優はこの銃に何発玉を込めたのだろう。

 一人分だろうか。

 二人分だろうか。

 僕は優がやったのと同じように自分のこめかみにその先を当てた。

 不思議と恐さはなかった。

 サイレンの音が大きくなる。


 もう一度三人で話をしたい。

 永遠の時の中で。


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