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桃華ーー東京ドームで例えてみ?ーー

作者: 藍沢 円夏

 その日、僕は河原町通に面するデパート『AHA』の入り口にあるベンチで座っていた。

 大学生の僕は別段そのデパートに用があるわけではない。そのデパートは僕と同じ年齢くらいの女性向けの商品ばかりで、僕がそのデパートに行くことがあるとすれば、デパート最上階の古本屋くらいだった。

 今日、僕がそこにいたのは、ある女性と約束をしていたからだ。

 彼女と出会ったのは俗に言う出会い系のサイトを通してだった。夏休み前に当時付き合っていた恋人と別れた僕は、夏休みに入ってから、新しく恋愛を始めようと思ったのだ。そして、その第一歩として利用したのが、その出会い系のサイトだった。

 彼女は、ハンドルネームでは、桃華と名乗っていた。おそらく、本名ではないだろうが、ネットで本名を聞くのも無粋というものである。年齢は、二十歳くらいで、彼女もまた最近恋人と別れたそうだ。

 サイトに添付された写真から受ける感じでは、なるほど、白いシャツにベージュのカーディガン、黒いスカートと黒いヒールという出で立ちの可愛らしい顔つきをした女の子だった。

 もちろん、その情報が全て正しいというわけではないだろう。

 だが、信じておいて、実際に会ってから判断すればいいと落胆的に考え、デートの約束をしたのだった。

 僕は右腕にはめた傷だらけの腕時計をみる。約束の時間にはまだ十分ぐらい余裕がある。

 その時、ジーパンのポケットに入っていたスマフォが軽く振動した。僕はそれを手に取ると、その振動が、桃華さんからのメールであるということがわかった。

『もうすぐで到着します』

 と、メールには書いてあった。

 僕はそれに了解の返事を書くと、彼女が来るであろう方向へと目を向ける。

 その方向は、烏丸通を挟んだ向こう側、つまり、鴨川の方からのはずだ。烏丸通は車の往来が激しく、歩行者用の信号はそう簡単に赤から青へと変わることはない。こちら側も向こう側も信号待ちの人間が大勢いた。

 そして、僕は向こう側の信号待ちの人の一番後ろに、桃華さんを見つけた。

 彼女は、女性にしては思ったより少し背が高い。白いシャツにベージュのカーディガン、黒いスカートと黒いヒールで、黒い小さな鞄という、まぁ、信号待ちの人の中にいても、なんの変哲も無い服装。顔は、なるほど、可愛らしく、サイトにあった写真の通りだ。

 僕は手を上げて、桃華さんを呼ぼうとした。が、すぐに上げようと思った手を止める。

 彼女を見ていて、違和感を、ほんの少しだけ感じたのだ。

 彼女はどこを見ても、普通だ。

 信号待ちをする大勢の人間の中で、とくに目立った方ではないはずだ。けれども、どういうわけか、彼女に対して、背筋を指先でなぞられるような怖気が沸々と、心のなかに浮かんできていた。

 信号が赤から青に変わった時、僕の心は警告音をがなりたて始めた。

 桃華さんはゆっくりと、横断歩道を渡ってくる。

 僕は踵を返し、デパートの中へと足早に駆け込む。そして、デパートの反対側の出入口へと向かうと、そそくさとデパートから逃げ出した。



「で? それから?」

 木屋町のバー『トマリギ』で風巻さんは僕に聞いてきた。

「それからって?」

「いや、その桃華さんと会って、デパートから逃げ出してからだよ。普通なら、その後、いろいろ話の続きがあるとばかり思っていたんだが、もしかして、そこまでしかないのか?」

 僕は静かに頷くと、風巻さんは目をつむり、静かに息を吐いた。

「その話はあまりにも怪談話としては不出来だよ」

「でも、僕はその、実際に恐怖を感じたんです。きっと、あの女は幽霊か何かですよ」

 風巻さんは語気を荒くする僕から目線をそらし、手に持っていたジントニックを一口飲んだ。僕も、少し喉を湿らすために、ジントニックを飲んだ。

 この風巻さんは僕の友人だ。友人とは言っても、僕は学生で、風巻さんは社会人という普通に生活しているなら、仲良くなることは稀な友人関係であるが、僕らは共通の趣味を通して知り合ったのだ。

 その趣味というのは、オカルトだ。

 オカルトと言っても、宇宙人などのたぐいだけではない。幽霊や妖怪などを含めた物。それら全てをオカルトと定義付けて、僕らは研究している。

 最も、研究していると言っても、それほど本格的なことは何一つしていない。有名な幽霊の目撃スポットに赴いては、その場で本物の幽霊が見られるかどうか肝試し的な事をしたり、妖怪の逸話を聞けば、その妖怪に会いに行ったりする。そして、殆どの場合、酒の肴として怪談話を語り合うのが通例だ。

 一応、僕も、その他大勢のメンバー同様に幽霊やその類を見ることが出来る。

 頭がどうかしていると思われるかもしれないが、それでも、僕にとって見えるものは見えるのだから、仕方ない。

「まぁ、その女は」

 風巻さんがピーナッツの殻を剥きながら口を開く。

「その女は生きてはいないんだろうな」

「絶対にそうですよ」

「でも、生きているかも知れない。まぁ、置いておこう。死んでいるとして推察する」

 風巻さんはそう言って興味深そうに剥いたピーナッツの殻を眺める。

「お前の話を聞くからに、その女は少し不思議な女だ。もし生きているとしたらだが、同じ服を着ている女というのは少し妙だろう。だから、死んでいると推理する。それに、お前は幽霊とかその類が見えるから不審に思わないかもしれないが、よくもまぁ、人混みの中にいる人間を見つけることができたな」

「え? だって信号待ちでしたし」

「信号待ちでも、人混みだ。その桃華さんとやらは、人混みのどこにいた?」

 あっ、と僕は思い出す。

 あの時、彼女は信号待ちの一番後ろにいた。

 僕と彼女の位置関係はほぼ並行だったはずだ。いや、むしろ、僕はベンチに座っていたから、視点としては低い。それなのに、僕は人混みの一番後ろにいた彼女が見えた。そんなことは普通にありえない。

「そう」

 風巻さんはピーナッツを口に放り込み言う。

「ありえないんだよ。服装まで見て知ることなんて」

 ガリっと彼はピーナッツを噛み砕いた。

「じゃあ、彼女は幽霊?」

 僕はそう聞く。

 口の中はカラカラで、ジントニックはすでに空になっていた。

「いや、幽霊とも違うだろう」

 風巻さんはまた新しくピーナッツの殻を剥きはじめる。

「俺は、その桃華さんが、出会い系の執念か何かだと思っている。いや、今思った」

「出会い系の、執念ですか」

「あぁ、俺も一時期、出会い系を使っていたことがあるが、あれのアカウントはほとんどがサクラのアカウントだ。つまり、実在しない捨てられたアカウントみたいなもんだ。だけど、プロフィールは非常に凝っている。それが出会い系という場の本来の意味、人と人が出会うという意味に反している。それなら、その矛盾を正すため、意思を持ち、具現化し、実体化のようなことを起こしたとしてもおかしくはない」

「は、はぁ」

 風巻さんは僕を呆れたような目で見る。

「お前、理解できてないな?」

「いや、少しは理解できてますよ」

「どれくらい? 東京ドームで例えてみ?」

「広すぎます」

「じゃあ、25メータープールくらいか」

「なんで、そんなスポーツにこだわるんですか」

 風巻さんはピーナッツを口に放り込む。

「ま、とりあえず、その桃華さんってやつのアカウント、教えてくれよ。生きてるか死んでいるか、そんなどっちでもいい。面白そうだ」

 僕は少しだけ逡巡し、風巻さんにメールアドレスを教えた。

 すると、彼は喜び、僕にジントニックをおごってくれた。




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