突然の襲撃
暗い太陽の下、一発の銃声が響いた。
埃の溜まったビルの影の中に死体が五体転がっている。もちろん、人ではない。既に死んだとされる人間――ゾンビだ。
銃声の余韻が消える頃に周りの景色が崩れるように切り替わる。
暗赤色の背景に白色の名前が表示される。
そう。これはゲームだ。単なるシューティングゲームの一つでしかない。実際の銃なんて持ったことないし、撃ったこともない。 暗い太陽の下、一発の銃声が響いた。
「……あと、一つ」
暗赤色のスコアランキングには同じプレイヤーネームが一位から九位まで連ねてある。
最後の十位にはその他のプレイヤーネームが記されていた。
今のこのゲームのブームはスコアランキングを同ネームで染めることだ。
その目標達成まで、あと一歩。
まあ、そんなことをしているのはこの速崎寛人だけなのだが。
スコアランキングも確認して、3Dヴァーチャルヘルメットを脱いだ。同時にゲームセンター独特の喧騒が鼓膜を刺激する。
ヘルメットを指定の場所に戻し、銃も戻す。
ヒロトを中心に半径五メートルの円の先に人だかりが出来ている。人々はそれぞれに歓声を上げる者や拍手する者がいた。この歓声にも最近慣れてきた気がする。
この円の中はゲームプレイ中に限って安全の為立ち入り禁止になっている。
ゲーム中は、3Dヴァーチャルヘルメットを被り、三六0度感覚でゾンビを撃ち続ける。
このゾンビシューティングにはハイスコアを出す為のスコア内訳を公式が明示してある。
以下の通りである。
・被ダメージ数
・ゾンビ撃退数
・使用弾数
・撃退総時間
・ヘッドショットキルボーナス
一般的な内訳だが、これら全てをこなしながらのゲームクリアは難易度が高くなるにつれて不可能になっていく。最高難易度になると、クリアを最低条件となり、ダメージ数関係無く、使用弾数を無視してでもクリアを目指さなければゲームオーバーとなってしまう。
――だが、ヒロトは違った。
このゾンビシューティングゲームにおいて初の最高難易度のフルスコアを叩き出したのだ。
当然、このゲームの難しさを知るプレイヤーはその偉業を疑った。
ヒロトのチート疑惑ではゲームプレイをする際、携帯を含む電子機器を全て取り外しプレイさせた。
結果は、フルスコア。
これでチート疑惑は晴れたが、やはり納得はされなかった。
「フルスコアを出すにあたってコツとかあんのか?」
遂にプレイヤー達はヒロトにコツを訊いてきた。
「……いや、コツとかないですよ。ただ相手の攻撃を避けて近づいただけです」
「じゃ、じゃあ、何か特別な訓練とかしてんのか?」
「いえ。帰宅部ですけど」
ヒロトの返す答えは淡々としていた。
「じゃあ、なんであんな激ムズなゲームをフルスコアでクリア出来んだよ!?教えてくれよ!!」」
プレイヤーの男は膝を着き項垂れながら、懇願した。
ヒロトは居た堪れない気持ちになった。ヒロトの言葉には少し語弊がある。
正確には「相手の攻撃を避けて近づいただけ」ではなく、「相手の攻撃を“先読みして”攻撃を避けて近づいただけ」である。先読みとは比喩ではなく、ヒロトにのみ使える異能のようなものである。
ワンコイン投入し、再びヘルメットを被る。
「おいおい。あいつ、今日はもう一プレイするらしいぞ」「今までこんな事ってあったか?」「いや、いつも一プレイでランキングに名前載せて帰って行くらしいぞ」「じゃあ、『教えてくれ』って言われたからやるのか」「優しい奴なんだな、あいつ」「俺あいつを惚れ直したぜ」
という観客の声はヒロトには聞こえていなかった。3Dヴァーチャルヘルメットを被ると外界との音を完全に遮断する構造になっている。そしてヒロトの意識はヴァーチャル世界に連れて行かれた。
再び、暗い太陽の下に覚醒。
腰には使い慣れた銃がホルスターに収まっている。
最高難易度ではゲームスタートから五体のゾンビに囲まれている。そのため、初見プレイヤーには出オチパターンが続出していた。それがこのゲームのセオリーだった。
――だが、ヒロトはそれさえも初見で“先読み”した。
“先読み”の効果は相手の未来の攻撃が可視化されるのだ。その攻撃が行われる三秒前に身体の部位に攻撃の光が照射される。攻撃の種類によっても光の形は変形する。
たとえば、ゾンビの腕を振り下ろす攻撃には、左肩から右横腹にかけて光の筋が通る場合。この光の筋を身体から外すように回避すれば、三秒後にはゾンビの腕が光を辿るように動く。
もう一つ例を挙げるならば、ゾンビが石等を投擲する場合、その石等が通過する身体の部位に一条の光が照射される。遠距離攻撃の場合の対処法は簡単なもので腕を振り下ろすのと違い、攻撃が点であることだ。線と違い点はどの方向にも回避できる。
この出オチゾンビ配置――前方に二体、後方に三体――には抜け道が存在している。
出オチに慣れてきた上級者はまず、スタートしてすぐ真後ろのゾンビに狙いを定める。
後方の真ん中のゾンビを倒すことで後方二体の間に隙間が生じるのでゾンビの間を縫って逃走。
それからは、ビルの陰に向かって待ち伏せで一体ずつ倒していくなり、距離をとって徐々にダメージを与えるのもありだ。
この難易度のゾンビは物凄い体力を持っている。一発で倒すことはほとんど不可能だ。一発で仕留めるには、やはりヘッドショトキルのみ。
ゾンビの攻撃速度は極めて速い。音速と遜色ないほどの速さで腕を振ってくる。ゾンビの攻撃パターンは腕を振り回す・振り下ろす・振り上げる・突くの四種類ある。それぞれをノーモーションでランダムで攻撃してくるのである。
実質、回避不可能。
――それをヒロトは避けた。
特段、ヒロトは格闘技の教えを受けたわけではない。ましてや、生まれながらの超人的身体能力を持っているわけでもない。
ただ、相手の攻撃を“先読み”して一歩踏み出す。
腰のホルスターから黒光りする本ゲーム専用ハンドガンを左手で取り出し、それを光のような速さで垂直に上げ、ゾンビの顎の下に押し付ける。そして迷わずトリガーを引く。
放たれた銃弾はゾンビの頭蓋を貫通し、存在を消滅させた。
「まずは、一体」
一体倒したところでゾンビ達の攻撃は止まらない。ヒロトの背後に忍び寄るゾンビの腕。
――右肩から頭への“先読みの光”。
ヒロトは表情一つ変えずに、腰を低くして右脚を軸に反転。目の前には腕を振り下ろしたゾンビの横顔があった。先ほどと同じくゾンビの頭に銃口を押し付ける。トリガーを一回だけ引く。
またしてもゾンビの頭蓋を貫通して、消滅。だがまだ銃弾は落ちない。その先にいるゾンビ目掛けて一直線。一発の銃弾で同時に二体のゾンビを消滅させた。
「二体目と三体目」
ここで一度、残りのゾンビと距離をとるため左脚で地を思いっきり蹴った。
ヒロトとゾンビの距離は約五メートル。
ゾンビの攻撃は速いが、移動速度は極めて遅い。その為、少し距離をとればその間に態勢を整えることも可能だ。
だが、ヒロトが距離をとった理由はほかにあった。
二、三歩走り、低空姿勢で思いっきり跳んだ。その跳躍力で左のゾンビの腰へタックルした。突然の攻撃にゾンビは軽くノックバックする。
このタックルにおける反動は被ダメージとして加算されない。ゾンビのノックバックには高度な技術が必要となり、ゾンビの虚を突くことで成功する。
このノックバックを狙う為にヒロトは一度距離をとったのだ。
――右横腹に“先読み”の光。
もちろん、ヒロトは残りのゾンビの気配には気づいていた。タックルして倒れそうになるのを右脚で踏ん張る。銃を右手に持ち替え、攻撃射程内に入る直前のゾンビに銃口を向ける。
「これで、四体目―――!!」
先ほどまでと違う撃ち方――本来の撃ち方――の距離のある射撃だ。
それでもきちんとゾンビの眉間に銃弾を撃ち込んだ。
ゾンビの消滅を見届けず、即座に最後のゾンビに狙いを定め――
「ずっと、好きでした。……助けて」
はい? とヒロトは自分の耳を疑った。透き通るような純粋な女性の声音。このゲームには音声サービスなどあるわけがない。外からの音声という発想もすぐに消えた。この3Dヴァーチャルヘルメットを被っている間はあらゆる外部からの音声を遮断する仕組みだからだ。では、故障だろうか。それでも五メートル離れたところからヘルメット越しでも聞こえるほどの大きな声で愛の告白をするような奴が周りにいただろうか。いや、告白どころか、女子との会話さえ妹以来だろう。
結論、ヒロトの妄想の声に判定。
(ここまで落ちぶれていたとは……)
ヒロトは自分の落ちぶれに肩を落とした。
結果、GAME OVER。
ほえ? と意味のない声が頭に響く。よく見れば、自分の腹に一本の腕が突き刺さっていた。ゲームだから痛みは無い。だが、不思議にはなった。
(なんで……)
答えは先ほどの瞑捜の所為だ。数瞬の冥捜の隙に音速の攻撃に反応が遅れたからだろう。右手から銃が零れ落ち、景色が崩れるように切り替わった。
数分前にみた暗赤色の結果とは違い、血色のようなGAME OVERの文字が浮かび上がる。それを深く見ることはなく、ヘルメットを雑に脱ぎ、銃もその場に置いた。
ヒロトは人込みに視線をやり、告白した奴を探る。やはり、妄想という答えには納得いかなかった。
そして、観衆の中にいる煌びやかな赤いセミロングの女の子が遠ざかって行っていた。
(あの子か……!?)
床においてあったバッグとパーカーを掴み取り、落胆の声を上げる観衆を掻き分けて女の子を追いかけた。
人込みの中でも女の子はスルスルと歩いていく。ヒロトはなかなか追いつけずに差が広がるばかりである。
やっとのことで人込みを抜けたヒロトは入り口まで来ていた。そこに女の子はいなかった。既に外に出たのだろうと思い、自動ドアを抜ける。
肌に刺さるような寒風が吹き抜ける。一応の為にパーカーを羽織った。
周りを見渡せばいつも通りの風景。目の前には学生塾があり、その隣には運送業者の駐車場。
運送業者の駐車場と目の前のマンションの間の小道の角に先ほどの女の子が歩いていた。
「いた……!」
階段を飛び降り、道路へ走り出た。運の良いことに車の横行は無かった。
マンションまでは約二〇〇メートルでその間に障害物となるようなものはあまり無い。
女の子と同じ角を曲がったところで、またしても女の子は角を曲がってしまった。ヒロトも止まらずに同じ角を曲がった。
こんな事を続けて一時間半ほどで住宅街からも離れ、山道に掛かるところまで来ていた。
「一体、どこまで、行く気なんだ……」
肩で息をしながら呻く。
だが、この追いかけっこにも終わりに近づいたようだ。
女の子は山に入る階段を上り始めた。この階段の上には神社がある。あまりメジャーな神社ではないが、老人などがお参りや散歩道として通過されるくらいである。
「この神社に何かあるのか?」
ヒロトは息を整え、同じ階段を駆け上った。階段の数は多くないがこれまでの全力ダッシュ一時間半からの階段ダッシュは帰宅部のヒロトには苦行のほかにならない。
階段の頂上に上がった頃には膝が大爆笑を起こしていた。
「こりゃあ、明日には筋肉痛だな……はは」
乾いた笑いを浮かべ、神社を見渡す。
目の前には小さな社があり、その前に賽銭箱がポツリとある。ほかに誰もいない。
「あの子はどこに……?」
確かに赤い髪の女の子は階段を上ってここへ来たはずだ。階段の途中に抜け道はなく、一直線にここへ来るはずなのだ。
ヒロトは境内に近づき、どこか隠れそうな場所を探そうとしたその時――
――ドガッ!!
突然の鈍い痛みがヒロトの頭を襲った。痛みに眩暈を起こし地面に突っ伏した。
額から流れる鮮血が目尻に掛かるが拭き取ることは出来なかった。
「体が、動かない」
ヒロトの意識も朦朧としながら襲撃者を見つめようと首を出来る限り後ろへ向ける。
紺色のブレザーを着た少年が右手に二の腕ほどの大きさの木の棒を持っていた。
(あれは、私立中の制服か)
私立中の少年は怯えたように木の棒を放り捨てた。
そして、少年の隣にもう一つの気配。だが、その正体を確かめるまでヒロトの首は回らなかった。少なくとも、通りすがりの無関係者というわけではない。
少年は隣の誰かに何かを言い寄っていた。
鼓膜までやられたのか、その内容は聞き取れなかった。
隣のそれが一言ポツリと呟いた。
少年は顔面蒼白となり後退りする。
そして、少年の身体から鮮血が噴き出す。
あまりに突然の光景に目を背けてしまう。
だが、現実は非情であった。
突然、顔を強引に向けさせられ、眼を強制的に開かせられた。
目の前にはフードを顔がほとんど見えないくらいに深く被った女性がいた。
手には少年の血が付いていて微かに鉄のような匂いがする。
鼓動が激しく脈打ち、次は自分だと自覚していた。
艶やかな唇をゆっくりと動かし、聞こえないヒロトにも分かるように紡がれた。
『ようこそ、トレイター』
そこでヒロトの意識は途切れた。
今回初めてこの「小説家になろう」で連載させていただきます。
まだ、誤字・脱字などあるかもしれませんが、アドバイスをいただけたら嬉しいです。感想なども待っています。




