セイファとナターリア
セイファとナターリアがおおよそ16歳くらいのころの話。
また食べ物がらみです。
ナターリアはイスヴィラ国グノーエ市の出身だ。十二歳の時に、イスヴィラ市の古い住宅街に引っ越してきた。
現在十六歳。高校一年生。高校の美術科に通っている。
彼は時折母親に言われて、隣の家におかずを持っていく。
隣の家にはもともと老婆が一人住んでいた。ナターリアはここへ移り住んで間もないころから、その老婆に刺繍を教わっていた。
その老婆が亡くなった後に住み始めたのは、老婆の娘であった。と言っても、その娘という人は随分忙しく世界中を飛び回っていて、ハウスキーパーが時折掃除に来るような状態だった。ところが少し前から状況が変わった。
ナターリアと同い年の少年が住み始めたのである。
この少年、名をセイファという。セイファはかつてここに住んでいた老婆の孫で、つまり、ほとんど家に帰らない老婆の娘の息子である。
母親がほとんど帰らないので、少年はほぼ一人暮らしの状態だ。
ナターリアの母はこのセイファを心配して、こうしておかずを持っていくようにナターリアをお使いに出す。同じ年ではあるし、仲良くなってくれたら、という思いもあるのだが、ナターリアはそんなこと知りもしない。
ナターリアが訪ねると、セイファはエプロン姿で出て来た。
「これ、母さんから」
「・・・・・・ありがとう」
セイファはその怜悧な表情を一瞬たりとも緩めず、小さな声で礼を言った。
「なんかいい匂いする。何作ってんの」
「ビスケット」
「食べていい?」
「どのみち持っていくつもりだったし、いいよ」
ナターリアはキッチンに通された。
キッチンのテーブルには出来立てのビスケット。
さらに冷やされた発酵茶がある。
「ジャムもあるけど」
「いる!」
この家で出てくるジャムは、すべて手作りジャムだ。ナターリアにはよくわからないが「有機栽培のフルーツと、グラニュー糖とハチミツを使ってるから」とのことらしい。詳しいことはわからないが、市販のものよりおいしいことは知っている。
「いちごとオレンジ、それからこれはブルーベリー」
目にも鮮やかである。
ジャムを少しだけビスケットに乗せて食べる。用意されていた発酵茶は、少しだけ甘い香りが足されている。これがビスケットとよく合う。
色合いも味も、すべてが調和している。ナターリアは、このセイファの料理のセンスを「芸術的」だと思っている。
ナターリアはお茶とお菓子を楽しんでいるが、セイファはまだ鍋をかき混ぜたり、味を見たりと忙しく動いている。――と思ったら、セイファがナターリアを振り返った。
「ナタリー」
この少年、綺麗な面立ちだが、表情に乏しい。それは声も同じで、淡々としていて冷たい響きをしている。
だがナターリアはそんなことを気にする人間ではなかった。セイファの綺麗な顔を見るのは好きだし、セイファの手料理を食べるのも好きだ。セイファに愛想など、求めようとも思わない。
「なに?」
「おばさまに、牛のテイルのワイン煮込みを食べないか聞いてみて」
「うん、いいよ」
ナターリアはすぐに自分の端末で母にメッセージを送る。すぐさま母は「ぜひとも」と返してきたので、セイファにそう伝えた。
「そう。じゃあ、入れておく」
「でも、いいの?セイファのごはん、なくならない?」
「いや、むしろ、母さんの帰国が延びたから、食べる人がいない」
「ふうん」
ナターリアは遠慮なく飲み食いして、ついでにセイファと一緒に刺繍をしてから家に帰った。
結局、持っていったものよりも、持って帰ったもののほうが多い。そのうえにビスケットをちょっと食べすぎたので、夕飯が入る気がしない。
けれどいざ夕食になってみると、セイファ作のワイン煮込みがおいしかったのでかなり食べてしまった。レストランみたいな味だと思った。
「セイファくんの料理っておいしいねぇ」
「お母さん、最近あげるよりもらう方が多くなってるよ」
少しあきれたように言うのは、ナターリアの姉である。
「あの子はちょっと気を使いすぎだよなぁ」
そういうのはナターリアの兄である。
「そうだ。再来週のキャンプ、あの子も誘ってあげようか」
これは父の発言である。
「それ、キャンプの料理をセイファが作るところまで見えた」
これは姉の言い分。
「うーむ。ああいう子は何をうれしがるのかねぇ」
父が唸るのを聞いて、ナターリアは首を傾げた。
ワイン煮込みは、ナターリアの家族五人が食べても充分な量をもらえた。たとえセイファの母が帰宅しても、二人で食べるには多い。――つまりセイファは最初からこれをナターリアに託すつもりでいたのだ。
「たぶん、」
たぶん、セイファは料理好きだ。
センスもある。技量もある。
しかし――、
「セイファは食べてもらうの好きだから、気にしなくていいと思うよ」
セイファが求めているのは、誰かが自分の料理を食べた時の「反応」だ。
「だから、これでいいんだよ」
母が「そうねぇ、今度うちの夕食に呼ぶのがいいかしら」と言い、姉が「それ、うちでセイファが作るパターンね」と言い、兄が「それなら俺、ついでに手軽に作れるもん教えてもらいたいなぁ」とつぶやく。
この家の食卓は今日も平和だった。
ナターリアは、隣の家のほうを見て、少しだけ、セイファは一人でどうしているのかな、と考えた。




