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The end of the sky  作者: みるく
本編
16/66

15


 女とは懲りないものなのか。

 授業を終えて帰宅しようとしていたセイファは、大学の門前で印象的な赤毛を見たときにそんなことを思った。

 あのサフラテス研修員といい、あの赤毛の記者といい。

 たった二つの例だけで女性がどうだと決め付けるのは暴論だと思い直すが、しかし目の前の面倒な現実は変わってくれない。


(付きまとい行為で普通の警察・・・・・・さすがに酷いかな)


 セイファだって、少しくらい容赦するのだ。冷静に考えれば、この程度では「付きまとい行為」の証明が難しい。

 芸術家を目指すならば、名前と顔が世間に売れたほうがいい。たとえばナターリアのように。だがセイファはそれを望んでいない。もし活動していくならば、変名を使って、顔をはじめとした素性を一切明かさない形にするつもりだった。


(どう考えたって、レナのことか研究所のことを聞かれるパターンじゃないか)


 それほど長くもない人生のほとんどが、他人に喋りたくない事柄に分類される。どこからセイファの存在にたどり着いたか知れないが、いい迷惑だ。

 セイファは悩んだ末に、端末を操って電話連絡をする。

 相手はめずらしくすぐに応じた。


『何か問題か?』


 疲れているのが声だけでもすぐにわかる、ラウド・ハルゲンである。


「すみません、お忙しいところ。あの、変な記者につきまとわれてるんですよ」


 どうにか対策を練ってくれないか。具体的に言えば、研究所の権力使って追い払うとか。

 だがラウドは思わぬ発言をした。


『ああ、行ったか。簡単に相手をしてやってくれないか』

「は?」

『君が七十年度に黎逢のラボ・チャイルドだったとバラした』

「はあ?!」

『あとは適当に頼む。手間賃は出す』

「そんな問題じゃありません!何考えてんですか!」

『今あんなものに基地をつつかれたら面倒で仕事にならん。メディアは人の仕事の邪魔しかしないんだ。世界のため、ここは折れてくれ』

「そんなもん背負うの嫌ですよ!だから・・・」


 言い募るセイファを無視して通信は切れた。

 ――門を通らない、という選択肢はない。学生の出入り記録管理がここで為されているからだ。最悪、事情を話して裏門から出してもらうという方法もあるが。


(それに、その先をどうする?どこまで逃げ切れる?ヨハンを頼る?)


 ラウドの「バラした」という発言から考えて、自宅の場所もすでに知られている可能性が高い。だがヨハンを頼って、あの場所が――天文台が世間に知られてしまうことは望ましくない。

 セイファはひとつため息をついた。


(ひとが良すぎないか?――良すぎるよな、ほんっと)


 覚悟を決めて、門を通過する。

 案の定、赤毛の女――トゥレ出版の記者、カスカベ・イヅモが近づいてきた。腹立たしくも笑顔である。


「こんにちは。お昼はどうも」

「・・・・・・」


 目を合わせないように、彼女を無視して歩き始める。彼女は付いて来た。


「マキ・セイファ。七十九年、イスヴィラ生まれ、片親が黎逢国籍だから二重国籍ね。七十七年度から六十五年度までラボ・チャイルドとして黎逢で生活。六十一年にイスヴィラ国立エアノストラ総合芸術大学入学。大学入学までの経歴は不明。何をしていたのかしら?前期中等教育は通信制、高校に行った形跡はなし」


 名前と国籍どころではなかった。経歴まで調べられているとは。

 苛立ちが募るが、しゃべっては相手の思う壺である。


「驚いたわよ、ラボ・チャイルドってだけでもそうだけど、お父様のこととか、同時期のラボ・チャイルドの面々とか、すごいの一言に尽きるわね。なかなか豪勢な経歴じゃないの、素敵だわ」


 こんな記者に付きまとわれて、なにが「素敵」であろうか。


「たとえば、イーニアス・イーサム。ラボ・チャイルドという言葉がこれほどに一般的になったのは彼がいたからよね。その前から、もとラボ・チャイルドたちの活躍は華々しかったようだけれど」


 これほどまでにラウドが情報を漏らしたとも思えないので、ほとんどはこのいづもが調べた結果だろう。


「あなたと同時期にラボ・チャイルドだった何人かが、行方をくらませている。まあ、あなたの経歴にも三年の空白があるわけだけれど。何があったのかしらね?興味深いわ」


 このとき初めて、セイファはいづもをちゃんと視界に入れた。――にらみ付けるために。


「それで?あんたは、結局僕に何を聞きたいの?」

「あら、初めて口きいてくれたわね」


 いづもは使い慣れた様子の笑顔を見せる。これが嫌いだ。感情を捨てているように思えてしまう。こういう人間は本当に楽しいときがいつか、ちゃんと判断できるのだろうか。

 いづもはそんなセイファの内心になど構わない。


「私が知りたいのは、レナラスト」


 騒音が、消えた気がする。

 その名前は、それだけで力があるかのように。

 その力を、いづもは知って口にしているかのように。



「――レナラスト。美しき幻想の創造主。早すぎた天才。世界の至宝。世間を騒がせ、世界を揺るがせ、そして姿を消したわ。私は、彼女の残した夢を追っているんだけど、どうかしら。協力していただける?」



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