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The end of the sky  作者: みるく
本編
15/66

14


 キャンパス内は芝生が多い。学生たちは芝生の上で食事をしたり、絵を描いたり、体を休めたりする。

 セイファは地べたに座るなんて、見るのも嫌だと思っていた。だからキャンパス内を歩くとき、不快感がまとわりついてくる。

 ――かつて友人たちから「潔癖症」と言われたのだが、本人はちょっとしたこだわり程度だと考えている。

 緑がまぶしい小道を通り、足早に教室へと向かうセイファに、脇から声がかかった。


「やあ」


 声から一拍遅れて、セイファの行く先を遮る位置にナターリアが現れた。


「次、授業?」


 セイファは心のうちを露骨なまでに表情に出して、会話を拒否する。ナターリアを避けて歩き始めたが、彼はついて来た。横に並ばれたので、距離をとる。


「はははっ、なんでそんなに嫌うかな」

「・・・・・・」

『それとも黎逢語なら理解できるの?』


 響いてきた慣れ親しんだ言語に、セイファは反応した。セイファにとっての母語だ。使い慣れたそれで、少しのためらいの後にしゃべりだす。


「・・・・・・構わなけりゃいいだろ、めんどくさいな。イスヴィラ人はほんっと、ねちっこいよね。それとも何なの、僕のこと好きなの?残念だけど僕はあんたなんてどーでもいいから、さっさとどっかに行ってくんない?」

「馬鹿だな、どーでもいい存在から格上げしてほしいから、付きまとい行為をして存在をアピールするんじゃないか」

「するな。それはストーカーだ」


 鳥肌がたつ。何を考えているんだと、その思考回路を除去するために頭切り開いてやろうかと、半ば本気で考える。

 ストーカー扱いされたにもかかわらず、ナターリアは肯定も否定もしない。目以外でにこにこと笑っている。こういう顔には、敵意しか感じない。


「今日は、サラはいないね。なんで?」

「知るわけないだろ。なんで僕があの人の行動を把握してなくちゃいけないんだよ」

「あの子もレナラストの関係者?」

「んなわけない。芸術知識なんて皆無だよ」

「じゃあなんでセイファといるんだ?」

「僕の周りが全部レナラストで固められているわけじゃない。固めてんのはあんたのほうだろ」


 テロリストめ、と心の中でつぶやく。ナターリアは過激な考え方をしていて、さらにはそれを隠していない。実際に破壊活動をしているわけではないが、彼の創作は過激派からの支持も厚い。感情をあおっているという意味で、テロリストも同然であるとセイファは思う。

 もっとも、レナラストの絵ほど影響力がないのだが。


「レナラストは崇拝するほどすごい人間じゃない」

「お前みたいなやつに、レナラストの何がわかる」

「生活能力のなさ」

「・・・・・・」


 ナターリアはそれがなんだと首をかしげる。

 レナラストの支持者にとっては、たとえレナラストが不美人でも生活破綻者でも、そこも含めてありがたく思えるらしい。


「もうどっか行けよ。会話が成り立つ間柄じゃないって、ずいぶん前にわかってるだろ」


 セイファはうんざりしながら手振りで去れと言う。

 ちょうど人が多く集う中庭に差し掛かる。ナターリアは人気者で、最近も美術展で入選したことで注目の的だ。どうせ誰かに捕まるだろう。

 そんな甘い見込みは、早い段階で打ち砕かれた。


「あら、こんにちは。ユハナくん」


 中庭に置かれたテーブルから、女が一人、こちらへとやって来た。暗く濃い色合いの赤毛が印象的である。――その髪色だけが妙にひっかかった。以前どこかで見たことがあるような気がする。セイファは他人にあまり興味がないので、なかなか覚えられない。

 ナターリアが人懐っこくも、癖のある内面を隠さない笑顔でその女に応じる。


「ナターリア、ですよ」

「あら、あなたの本名でしょう?イラリ・ユハナくん」


 そんな名前だったか、と思う。ただそれだけだ。

 連れだってどこかへ向かっていたわけでもないので、セイファは二人を無視して歩き始める。――が、しかし。


「マキくん」


 赤毛の女に名前を呼ばれた。こちらが知らないのに、相手が知っている、そんな状況が生まれるほどの有名人だったことは一度もない。


「どなたですか」

「私はトゥレ出版の記者よ。いづもと言うの。カスカベ・イヅモ。あなたと同じ、黎逢人」


 出版社なんてところに個人情報をくれてやったことなどない。となれば、こちら側が相手を不審者扱いしてもいいはずだとセイファは勝手に結論付けた。


「個人情報の流出を確認。すぐさま大学に訴えます。学内パスを提示してください」


 機械のように、無表情に告げる。すると赤毛の女はくすくすと笑いながら、名刺を差し出してきた。


「あんまり警戒しないで、一介のジャーナリストよ」

「あんたがジャーナリストだろうが黎逢人だろうが、個人情報の流出には変わりない。僕が要求したのは学内パスであって、名刺じゃない」

「そういう態度をとると余計疑われるのよ。何かを隠してるんじゃないか、ってね」


 セイファは隠すことなく舌打ちした。ナターリアが一連の会話に首をかしげているのがまた腹立たしい。


「国籍と名前くらいで、なに苛立ってんの?」

「名前売ってなんぼのお前と一緒にするな」


 ナターリアとセイファでは立場が違う。セイファにとっては生活の安寧がかかっているのだから。


「いづもさん、今度はセイファに取材?」


 セイファの内心を知ってか知らずか、ナターリアは人懐っこく記者――いづもに話しかけている。


「ええ。彼個人をとりあげるんじゃなくて、聞きたいことがあるんだけれど。ところで二人は知り合いだったのね。驚いたわ」

「付きまとわれてるだけだ」


 知り合いのカテゴリにすら入れたくない。


「ははっ、この通りセイファは恥ずかしがり屋さんだから、取材とか苦手なんじゃないかなぁ」

「あら、そうなの?」

「ナタリー、いい加減にしろ。――それからあんたは学内パス出して」


 笑顔のまま「怖いなぁ」などとぼやくナターリアは無視し、いづもを睨みつける。いづもは肩をすくめて学内パスポート――大学の出入りを許可する身分証――を取り出した。セイファがサラに渡したのとは違って、申請すれば比較的すぐにもらえる一回限りのものだ。時間さえ、数時間と決められている。

 セイファはパスポートを手にすると、個人端末の防犯ブザーをためらいなく鳴らした。目覚まし時計よりも静かな、「ピピピ」という電子音が鳴る。


「・・・あれ、セイファそれ」


 ナターリアは気づいた。

 いづもはさすがに知らないようだ。

 十秒もしないうちに、中庭が騒がしくなった。その方向に目をやれば、軍服に似た制服を着た男、すなわち学内警備員が三人、走ってくるところである。


「あら・・・何かしら。――え?」


 いづもの表情の変化はなかなかの見ものだった。

 警備員はあっという間にいづもを取り囲む。


「え・・・ええ?」

「この人、僕の個人情報を持っていました。どこかから不正入手したと思われます。その個人情報を口にして授業に向かう僕を妨害。即刻退去させてください」

 と言って、警備員にいづもの学内パスポートを手渡す。

「なにそれ!ちょっと待ってちょうだい!」

「個人情報の流出度合いは?」

「今のところ確認できているのは、名前と国籍です」

「わかりました」

「わかりましたじゃないわ!不正って、誤解よ!」


 わめくいづもは無視される。学内警備員は、学生の安全を守るために存在するのだ。外部の人間の言葉は二の次である。

 別の警備員がそばにいたナターリアに確認を取っている。

 いづもとは知り合いのようだったから庇うかと思いきや、――


「間違いないよ。名前と国籍だけと言ったらそれまでだけど、『知っているのよ』って圧力かけて、セイファが行こうとするの邪魔してたのは確かだもん」

「ユハナくん?!ちょっと!誤解もいいところよ!」


 いづもは必死に主張するが、問答無用で二人の警備員に両側を固められて連行されていく。


「通報ありがとうございました。今後も学内治安維持にご協力ください。それでは、楽しい授業を」

「こちらこそありがとうございます。あとをよろしくお願いしますね」

「よろしくねー」


 ナターリアが人懐っこく笑う。三人目の警備員も軽く笑み、きびすを返した。


「びっくりしたぁ。セイファ、けっこう過激派?」

「そんなことないと思うけど。――借りでいい?」


 横のナターリアに問えば、軽やかな回答。


「気にすんな。俺もウザっ、て思ってたとこだし」

「ふうん?一応お礼を言っとくよ、イラリ・ユハナ?」

「ナターリアだよ」


 彼はきっちりと訂正する。こだわりがあるようだ。

 セイファは改めて周囲を見回した。騒ぎがあったから当然のことだが、中庭でくつろいでいた人々の視線が集中している。中にはナターリアのファンが、話しかけたそうにしている。


「お知り合いじゃないの?視線が熱いけど」

「好みなら紹介するよ?俺は名前覚えてないから、自分で聞いてね」

「お気遣い無用。さっさと行ってやれ」

「俺はもうちょっとお前とお話したいんだけど?」

「僕はこれ以上ごめんだね」


 それ以上ものを言う隙を与えず、セイファは歩き始める。

 ナターリアは追ってこなかった。代わりに、軽く笑みを浮かべている気配がある。



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