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イスヴィラではイース博物館館長として知られるラウドは苛立っていた。
博物館勤務かと誤解されがちだが、それはオマケの名誉職。実質的な肩書きといえば「ウルダン基地局長」である。そこは世界を支えるシールド・システムの一柱、西の要所だ。仕事内容は、激務の一言に尽きる。
「結局ガーディアンが増えてないんだ、そんなばからしいものに時間を割く余裕があるわけがない!さっさと断れ!」
あちこちから上がってくる、エラー報告。人員が足りていればそれぞれに配置できるのに、足りていないから、あっちから助っ人を呼び、足りなくなった場所に別のところから人を呼び、それの繰り返しだ。ラウド自身も動くし、本来ならば違法となるが、資格が必要な場所に資格がない人間を派遣したりもする。そのときには特例措置を楯に押し通すか、隠し通すか。どのみち面倒である。
「でも、認可されている総合メディアなんですよ。ある程度以上の情報開示をしないと」
「適当に開示してやれ」
「局長をご指名なんです」
「阿呆か」
ラウドは一言で切り捨てる。
「局長、お願いですから聞いてください」
張り付いてくる対外対策室の職員を押しのけるように、ラウドは進む。
「聞いている」
「ちょっと!だから待ってください、局長!」
突然腕を引っ張られて、近くの部屋に引き込まれた。計器ばかりが動いている無人の部屋である。
「なんなんだ!」
「やんわりとでしたが、あれは脅しではないかと」
眉間のしわを深くした。
「お前個人が脅されたと?」
「んなわけないでしょう。〈レナラスト〉の居場所を知っていると言っています」
「またあの小娘絡みか!」
世界を揺るがせた芸術家だが、ラウドにとっては疫病神でしかない。
「もうひとつ。テロリストに関する情報を持っているとも」
ラウドは頭を盛大に掻き毟り、持っていた書類を床に投げつけた。
部屋に備え付けてある通信機に自分のIDを入力して、秘書室につなげる。
「――どうしましたか、辺鄙な場所からの通信ですね」
通話に応じたのは、秘書の一人。
「五分でいい、外部の者との面会ができるよう、調整できるか」
「無理ですそんなもん」
秘書の返答はにべもない。対外対策室の職員はやれやれとため息をついている。
「食事時とか、そんなんでいいんじゃないですか?」
「馬鹿をお言いでないよ、そこの金バッジ。三食まともに食う時間なぞ、その御方にはない。ていうかさっさと帰ってきてください、テトから助けてくれと悲鳴が上がってますから」
「ったく、テトは問題起こしすぎじゃないですか?」
「レナラストの崇拝者やらテロリストの内通者やら、いるんじゃないかね。迷惑千万だよ。でも疑っている暇がない。だからさっさと帰ってきてください局長。それからそこの金バッジは、記者会見で適当にごまかして」
「あ、また無資格派遣しましたね?!」
「それ以外に人がおらんのだよ。――だから局長」
「わかった、行く」
「待ってくださいよ、取材はどうするんです?無視します?圧力かけます?潰しときます?」
対外対策室の職員は、ラウドが投げ捨てた書類を拾い上げる体勢のまま、慌てた。
彼の差し出す書類を奪い取るようにして己の手に戻し、ラウドはうめく。
「・・・・・・セイファだ」
「え?」
「あれの居場所を教えてやれ。ばかなメディアは喜んで食いつくさ」
対外対策室職員は一言目を飲み込み、恐る恐る、――
「・・・・・・恨まれません?」
「使えるものはすべて使え。天秤の片側は世界だと知れ」
通信機越しに秘書が「いまいちカッコいい台詞に聞こえませんね」と無表情でつぶやいている。
――かくして、被害者が生まれるのである。