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 これは夢なのだと気がついたのは妹がやけに嬉しそうな顔で車に乗り込むあたりからだった。


 両親と妹が死んだのは、秋山充あきやま みつるが十六になった頃だった。

 十五時間連続で運転を強いられていたトラック運転手の居眠りによる追突。あの日のことは充は絶対に忘れない。

 仕事が忙しく深夜にしか顔をあわすことのない父が、久しぶりの休日をとり、家族サービスにと水族館へ連れて行ってくれたのだ。幼かった妹はイルカが好きだった。

 彼女の部屋には多くのイルカのぬいぐるみが飾られて、イルカの特番が組まれるときは目を輝かせてテレビに齧り付いて離さないような妹だった。


 妹は朝から水族館に行くのだと興奮していた。

 夜も眠れないくらいに楽しみにしていたらしく、充血させた目をしばしばさせながら、車の中でイルカの雑学を語っていた。――そして、それが充の見た最後の妹の顔となる。


 激しい衝撃と悲鳴。

 充の次の記憶は真っ白い病室の天井だった。意識はかすんで、身体は包帯でぐるぐる巻きにされている。一体なぜ自分がこんなところにいるのか理解するのに時間がかかった。

 そして、自分以外が死んだと聞かされたのはそれから五日目のことだった。


「全員即死だったらしいわ」


 今では血の繋がらぬ母である大叔母は情けも容赦もなく事実を告げた。


「君は天涯孤独になったのよ」


 動揺する暇すら与えてはくれず、淡々と現実だけをつきつけてくる。

 それまで充はこの大叔母に会ったことすらなく、この人物は悪意を持って自分に嘘をついているだろうとすら想った。とうてい信じられる内容ではないし、それ以上に信じたくない内容だった。

 しかし、大叔母の腫れた目を見て真実であると気がついてしまう。


「僕は――」


 充は震える声で云った。


「嫌だって云ったんだ。嫌なことが起こるから嫌だって云ったんだ」


 そのまま充は大粒の涙を流した。

 ごめんなさい――と充は誰かに向けて謝罪する。ごめんなさい。赦してください。と縋るように謝り続ける。


「いいえ、赦さないわ」


 大叔母はそれを氷のように冷たい声音で拒絶した。


「世間の人は気がつかないでしょう。あなたのせいでないと慰めてくれるでしょう。でも、私は絶対に君を赦さない。はぐれ者の私を受け入れてくれた優しいあの人達を奪った君を赦さない。君は最初から分かっていたんだ。だからこれは君のせい」


 充は泣きながらその通りだと思い、そして驚愕する。

 この女の人は知っているんだ。自分の秘密を。妹にしか語らなかった自分の秘密を。


「君と私は同じよ。だから――」


 大叔母は充の手を優しく握った。


「その力の使い方を教えてあげる」


 これがきっと秋山充の終わりで、始まり。

 幸せな世界というのは砂上の楼閣のように脆く儚く、異常な世界というのは少し道に迷いこんでしまっただけで入り込めてしまう。


 そして充は絶叫を上げながら夢の世界から帰還する。


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