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まおゆう魔王勇者二次短編集

鎖へと繋ぐ物語

作者: 津軽あまに

本作には「まおゆう魔王勇者 人間宣言 ~名もなき少女が 魂の解放を叫ぶ~」のネタバレが一部含まれています。

 

 

「農奴。なんとみじめな奴隷。自らの手で運命をつかむことのできないその弱さ、焼かれて死んで償うべきです」


 その姉妹……特に、姉の背に見えたのは、羽根だった。

 吹雪に流され。風に翻弄されたまま漂い。ただ見えた灯に向けて飛んできた、虫の羽根。

 諦観と、自ら考えることを放棄した単純さ。

 その姿に、いつかの自分が重なって、心に波が立った。


「もう一度言います。自分の運命をつかめない存在は虫です。私は虫が嫌いです。大嫌いです。虫で居続けることに甘んじる者を、人間だとは思いません」


 辛辣な言葉に聞こえただろう。冷徹な侮蔑と捉えられただろう。

 それでも。私には、こう口にすることしかできなかった。

 この言葉に込めた意味を汲み取ることができない者に、私は手を差し伸べようとは思わなかった。

 しばしの沈黙。

 逸らされた瞳。妹は事態を理解していない。姉はどうだ。

 逡巡している。聡い子だ。妹を、自分を守るための最良の方法が何かを、もう理解している。

 そして何より驚くべきは。

 すぐさまその目の前の解答を導き出しながら、その解答を口にすることの意味を、その重さを、薄々と感じている点だった。

 しばしの沈黙。薪が爆ぜること数度。

 そして、彼女は私を見上げた。妹を守る、姉の目で。

 虫の羽根を羽ばたかせ、火の中に飛び込むような勢いで姉は口を開いた。


「わたしたちを……ニンゲンにしてください。わたしはあなたが……うんめい、だと……思います」

「頭を下げる時は、そのように這いつくばってはいけません。せっかくスカートをはいているのですから。指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら、優雅に一礼するのです」


 それが、はじまり。

 名もなき虫だった女が、名もなき虫だった少女の手をとった、そんな日々の幕開けだった。



 ◇  ◇  ◇



 姉は、控えめに言っても、賢い娘だった。

 マナー、料理、洗濯、掃除、文字、算術、教えれば教えただけを飲み込んでいった。

 ただ。


「貴女が学びたいことはありますか?」

「……当主様達のお役に立つために必要なことでしたら何でも。教えていただけるのでしたら」

「……そうですか」


 興味のあることに対して極めて高い集中力を見せる妹とは対照的に、姉は、ひどく受動的だった。

 何物も拒まぬ代わり、何物にも自ら手を伸ばさない。

 まるで自分には、それだけの価値がないとでも言うかのように。

 与えられたものを、全て余すところなく受け取るが、それ以上は求めない。

 従順で、謙虚で、そして、どこまでも臆病だった。

 その姿勢は、ある意味で私が追及するメイドの理想形に似ていた。

 主の望み全てを叶えるもの。

 だが、私は私の意志で、仕えるべき主を見出し、その幸福のために在りたいと願ったから、メイドであることを己に任じたのだ。

 突き詰めてしまえば、それは私の我が侭で、願いで、欲望だ。

 相手を慮りたいと。尊い輝きを見せてもらった、その借りを一生かけてでも返したいと思ったのだ。

 けれど。この姉……聡明なメイドの少女には、核となる願いが見えない。

 まるで。不幸にならないためになら、幸いであることをためらいもなく放り捨てるような。

 そう。彼女の心はまだ、農奴としての生活の中にある。

 どこか今の、衣食が足りた生活が、脆くて不安定な、過ぎた幸福のように感じられているのだろう。

 自らはそれを享受するほどの資格がないと。

 だから、これ以上何か求めるだなんて、贅沢に過ぎるのだと。そんな思い込みの鎖で、自らを縛っているのだろう。

 だが。それを知って、自分に何が言えるのだろう。何を言う資格があるのだろう。


「あ、あの……メイド長様。何か、至らぬところがありましたでしょうか」

「いいえ。指示をしたことについては全て満たしています。問題ありません」

「はい……っ」


 それでも。彼女が笑顔を取り戻したことだけは、一つ、人に近づいた証と言えるだろうか。

 まったく、私は下手くそだ。

 我が主と比べれば冷淡だったが、それでも自分は手を差しのべ、少女はそれを取ったのだ。

 人間になりたい。私は彼女のその言葉を受け止めたのだ。

 ならば、できる限りのことはすべきであるのに。したいと思うのに。

 大切なことは何一つ伝えられず、ただメイド長とメイドという関係の中で必要なことしか教えられずにいる。適切な言葉がでてこない。

 これまで、自分は受け取ってばかりで、誰かに伝えることをしてこなかった。

 私は姉からは命と力を受け取り、流浪の賢者からは懊悩の価値への気づきを受け取り、紅玉の主からは人としての在り方と生きる意味を受け取り。そしてその繋がりの果て、今の姿で生きているというのに。

 多分、私は鎖の先端なのだ。連綿の先人という鉄の輪が繋がったその先。受け取るだけで、何も与えていない存在。


「……気づいているか?」


 背後に近づいていた紅の学士……我が主に、声をかけられてから初めて気づき、私は改めて自分の不注意に恥じた。

 ぺたぺたとした足音を隠そうともしない偏平足の我が主にさえ気づかぬほど、自分は益体もない思索に没頭していたらしい。


「何がでしょうか。まおー様。まおー様の最近ましましされた二の腕についてですか?」

「な……っ。ち、違うぞ! これはだな。メイド妹が最近牛脂をふんだんに使ったパイという凶悪な誘惑をちらつかせるからであって、また最近机仕事が多いから外出の機会が減ったことによるカロリー消費機会の減少とあいまったやむを得ない事態なのだ! 今抱えている仕事が終わればきっと少しぷるぷるも減るに違いないのだ!」

「根拠のない希望的観測は経済屋の敵、といつか仰っていませんでしたか?」

「楽観論が現実を動かすのもまた経済の一側面だ! ……私が言ったのは、姉のことだよ。出会ったころのメイド長にそっくりだ」

 

 私が? あの子と?

 主と出会ったころの自分を思い返す。

 里を失い、これまで教えられた全てが覆り、空になった中で、生きろと告げられたこと。

 積み重なっていく無数の「なぜ」。

 最強の虫という目標を失い、何物になればよいかという指針を喪い、闇雲に果ての図書館で本を読み続けていた日々。

 自らの殻に閉じこもり、ぐるぐると思考を繰り返していた長い時間。

 そうだ。自分も、メイドという道を見つけるまでの間には、そんな逡巡の時が短からずあったのだ。

 その殻がひび割れたのは、誰かがトドメとなる言葉をくれたからではない。

 自らの内で考えを熟成させ、問答し、懊悩し、のたうちまわった結果でしか、割れぬ殻もある。

 そんな卵のような存在に対して外からできることなど、くるみ、包んで温めることしかない。


「……なるほど。危うく孵らぬ卵を叩き割ることでした」

「ん?」

「いいえ、こちらの話です。ところで、魔王様。もし差支えなければ、今度開く学び舎で、姉の方を学ばせてやってはいかがでしょう」

「構わないが。どういう風の吹きまわしだ?」

「……あの子には、(メイド)とは違う道が適当だろうと。そう思っただけですよ。私は繋がるものがいない、鎖の先端なのですから」

「提案は受けよう。だが、その後の個人的な感想については異論があるな」


 いつもは手のかかるばかりの我が主が、紅玉の瞳で真っ直ぐに私を見つめる。

 これだけは譲らぬと決めたときの、彼女の癖。


「紅の学士は、姉に学問を教えることはできるだろう。だが、彼女の師になれるのは、私ではないよ」



 ◇  ◇  ◇



 結論から言えば。

 彼女は、軽々と私の予測など乗り越えていった。

 人間宣言。

 我が主と私の不在中、かつて農奴だった少女が口にした、ほんの少しの言葉。

 私が果ての図書館で懊悩し、言葉に出来ぬまま漠たる答えを出し、自らの内にのみ囲ってきたものを、彼女は、その澱も、淀みも、全て掻き開くように曝け出した。

 卵は孵ったのだ。

 生まれたのは、私が思っていたよりも気高く、力強い、白の鳥。

 誰にも何も繋げていない私など飛び越え、彼女は、この世界の多くの人々に、大きなものを繋ぐ、巨大な鎖の核になった。

 ああ、私がすべきことなどなかったのだろう。

 彼女の中に萌芽はあり、彼女の中に土壌があり、故にその胸に咲いた誇りは他の何者でなく彼女のみのものだ。

 だから。彼女が旅に出たいと口にしたとき、私はただ頷くことしかできなかった。



 ◇  ◇  ◇



「メイド長、何か言わなくてよいのか?」

「はい……」


 その一言で言葉は途切れ、私たちは見つめ合った。

 少女の顔を目に焼き付ける。

 聞けない質問がたくさんあった。

 お節介にも伝えたいことだってあった。

 けれど。彼女は、彼女の言葉に準じるために、もう行かなければならない。

 口にしたいこともたくさんあった。

 けれど、その代わりに、私が言えたのは一つだけだった。


「いってらっしゃい。どんな風が吹く空のもとへでも」


 どんな風が吹こうとも、少女は望むところへ飛び行くだろう。

 その背にあるのはもう、あの吹雪の日の、風に押し流される虫の羽根ではない。

 向かい風に抗い、海にも空にも染まることなく、ただ一羽、魂の輝きのまま飛ぶ鳥の翼を、彼女は自らの力で手にしたのだから。


「はい。いってきます、先生!」


 不意の言葉に、思考が止まる。

 空だった器に、何かが注がれる感覚。

 空回りしていたものが、噛み合った認識。

 伝わっていた。繋がっていた。

 先端だった(くさり)の先に、一つ、彼女という鉄の輪が嵌っていった。

 私は下手くそで、我が主のように想いを誰かに伝えることなど、半ば諦めていたけれど。

 それでも、この少女は、私のこの冷淡で無機質な言葉から、何かを学び取ってくれていたのだ。


 この胸に繋がる鎖を思う。無数の同胞から、ただ一人の実姉から受け取ったものを。

 この胸に繋がる鎖を思う。無数の先人から、ただ一人の少女に与えることができたものを。

 世界は、繋がっている。鎖のように。血も。知識も。想いも。物語も。

 それは束縛ではなく、継承。

 自由に羽ばたくために、繋いでいく意思。


 遠ざかっていく少女の姿を見送る。

 視界の果て。

 村を出る直前で、彼女は振り返ると、一礼してみせた。

 かつて、はじまりの日に私が教えたように。

 優雅にスカートを指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朗読劇の様子がありありとよみがえってきますね。 メイド長のもどかしさがほんとよく出ていると思います。 [一言] twitterで朗読劇に参加されるのを拝見したので、 更新来るかなっと思って…
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