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花と狼 外伝  作者: rotoio
「一の華・トレニア、その自立の挫折と幸福の在処」(作:ゲストa)
9/15

「なっ、何で!?やめてよっ!!」


 険悪にそそり立つあぎとのような白刃の下、夢中でグラウに駆け寄るトレニア。

 健気な肢体をしかし背に押し屈め、巨躯の狼は陰惨な声音を地の底から響かせる。


「随分遅いお出ましじゃねえか。神聖騎士ってのはどいつもこいつものろま揃いか?」

「ふん、我らを誰だと心得る?花守りし者、そして空気読めし者らよ!キャッキャウフフと盛り上がる花を邪魔をだてする無粋な輩などおらぬっ!!」


 喝破しながらもどこか抜けた印象の拭えない狼は金髪碧眼、ハールス人の特色を正当に備えた細身の騎士だ。

 花護の任に就く者は容姿も重要とされ、濃淡の差こそあれそれは現れた残りの騎士達に共通する特徴でもあった。


「すっごく、恨まれるからねぇ――うぅっ?」


 とろりと眠い目を持つ優しげな騎士もおっとり合いの手を入れるが、すかさず回りに小突かれ黙る。


「足労を懸けたなクルト。皆も、急な呼び出し済まぬ。運良く落着したが、グラウ殿の狂態に気が逸っての」

「なんの、謝るには及びませんぞディーバ」


 生真面目な応えは最初に口を開いた、クルトと呼ばれた騎士。


「そうそ、早め早めに手を打ってこそ何事も大事にならねえんだな」


 人を食ったような無造作な口調は、しかし縦横グラウにも並ぼうかという目付きの悪い偉丈夫のもの。


「……教会内での暴力沙汰や、タダで済む思っとんのか男爵?」


 そして唯一、訛りのきつい言葉に硬質な威圧を滲ませるのが、まだ輪郭もしなやかな若狼だ。


「アルベルトっ、ボクが嫌いだからって将軍にまで難癖つけるのは止めてよ!」

「どこが難癖なんや?ディーバさんが牙剥く事態や、なんも無かったとは言わせへんぞ!」


「こらこらアル、私怨でお嬢さんに当たっちゃ駄目だよぉ?」

「黙っとけルッツ!し、私怨ちゃうわいっ!!」


「……みじけぇ青春だったなあ」

「ヒトの青春勝手に終わらせんなやブルーノっ!!」


「未練がましいぞアルベルトっ!我ら神聖騎士たる者が執着に囚われてどうする!?潔く散れっ!!」

「クルトさんまで何や!?あんたらおれをいちびるためにがん首揃えとんのか!!」


 律儀に怒鳴り返しながらも滑らかな頬を羞恥に染める、どうにも愛すべき青臭さに。

 何を嗅ぎ付けたか双眸底光らせ、凶悪な面構えで若者を睨めつけるグラウだ。


「小僧、寧狼か」

「やったら何や?」


「ふん、チビの様子からしてろくな態度じゃなかったらしいな。可愛い娘ほど苛めたいってか?ありがとよ、お蔭で一つしかないこいつの花は俺のになった」

「……しょーぐん?」


 グラウは見せ付けるように身を捩り、ゆっくりと手櫛でトレニアの柔らかな髪を梳いてみせる。

 場違いな仕草に困惑しながらも、トレニアは目を細めて情愛に満ちた慰撫を受ける。

 絡めた指を毛先まで流しそっと持ち上げて口付けの仕草、耳まで赤くしてわたわたと身を引く主をまた己が身で隠し。

 流した視線、漏らす息は小さく。


「――へっ」


 凍りつく敵手ライバル、鼻で嗤って。

 まさに痛恨、軋みもしないのが不思議な程に満身わななかせ、アルベルトが堪らず俯いた。


「うっわぁぁ…………大人気ないや」

「いんや、敵と見なされただけでも良かったんじゃねえ?」


「容赦の欠片もないのう」

「おおうっ、アルベルト……っ!!」


 四者四様の感想、歎声、折れるかと思われた若き狼はしかし耐えた。

 神聖騎士よかく在れとばかりその精神力を見せ付け……られたら良かったのだが。

 がっきと潔く剣を収めると手近なルッツに剣帯ごと押し付け、かっちりとした黒衣を乱雑に開く。

 見映に優れ、対刃、対氣の仕様を施した高性能な代物は当然の如く重く、暑く。

 ……ただの喧嘩沙汰には、大層不向きなのである。


 いそいそと脱ぎ捨てる姿に目的が知れても、周囲からの咎めはない。

 “危急”を告げる呼び声に応えた手前だ登場を飾る牙こそ抜いたが、本来なら花に望まれた狼は客人としてより、爵位持ちとしてより丁重に遇するが決まりなのだ。

 花を守るべき彼らが彼女達を泣かせては、その存在意義に反してしまう。


 しかしトレニアが一枚きりの花片を許した今、彼女に寄せられた淡い思慕に行き場は無い。

 刹那咲き誇らせ恋情を昇華する場は花護の騎士とて、いや、だからこそ必要不可欠とも言えた。


「ああそうや、おれ性格きついし担当の花とか泣かしまくりやった!したらこいつが噛み付いてきて、けどどこが悪いんかもきっちり言うてくれて、ごっつ感謝しとったけど素で相手しても全然へこまへんこいつが、ええなぁて……めっちゃカワイイ思てたわっ!!ああムカツクっ緋紋になって半年も放っぽっといてから花狼やと!?おれがもろたろ思たのに!!フザけんなオッサン一発殴らしたれやぁああっっ!!」

「ハッハァーっ!!さあ来いよガキが身の程ってモンを教えてやるぜっっ!!」


 売られた喧嘩を間髪入れずに買うグラウも、会心の一撃が鼻息だけではもの足りなかったようだ。

 トレニアが制止を掛ける間もなくぶつかる両者はヤる氣満々、肉弾戦にも拘らず脳髄を掻き回すような独特の残響が麗らかに陽を浴びる庭園に響き渡る。

 息を呑んで立ち竦むトレニアへと影の如く歩み寄るディーバ。


「トレニア嬢、気にするでない……と言っても無駄かも知れぬが、やらせてやってくれぬか。花狼となった者はその年齢に関係なく、今一度の成長期を迎えたような状態になる。あ奴の場合気力体力の全盛期、しかも命花を得たとあってはどれだけ化けることか……身内に渦巻く精気をどこかで発散させんとのう」

「でもこのままじゃ将軍も、アルベルトだって怪我するよっ!?」


「――チビッ、こんなガキに情移してみろ、承知しねえぞ!!」

「――名前呼んだだけやろがっ、どんっっっだけ心狭いんじゃワレぇえ!!」


 手を止めないまま怒鳴りあうケダモノニ頭を、遠巻きにのほほんと観戦する騎士たち。


「……実際のところ、あいつらってちょっと似てるよなあ」

「そうだねぇ、好みもおんなじみたいだし。寧狼らしい血の気の多さもそっくりだなぁ」


 狼にとって寧花とは、穏やかにして清々と心和ませる癒しの香りだ。

 それなのにと呆れる者、だからこそと納得する者、様々だが一つの事実として寧花系の狼の多くは気性が激しい。

 そんな彼らの性向そのままの荒っぽい殴り合いを横目に、ディーバは相棒のクルトを呼んで小声で詳細を話していった。


「他のお嬢達はどうなっておる?」

「隣室の花護に託しましたので心配は要りませんよ。しかし貴方のお気に入りもとうとう、ですな」


「……一々言わずとも良いわっ」

「折角の機会をアルベルトに取られたのは残念でしたな、何なら今からでも参戦なさっては如何か?」


「惹かれる話だが嬢の非難は堪えるのでな。さて、そろそろ行ってくれるか?アルベルト一人では荷が重かろう」

「ええ、喜んで。……さぁさぁ、征くぞ花盗人!慟哭を乗せて唸れ我が拳よぉおっ!!」


 平和的とも物騒ともつかぬ吼え声の通りクルトが剣を収めたのを機に、残る者達もやれやれと習った。

 一方でグラウ、ご丁寧な口上に獰猛な笑いを閃かせ。


「えぇえっ!?止めてくれるんじゃないのっ?それに二対一なんて卑怯だ!」


 トレニアの叫びも消えない刹那に、守勢で粘るアルベルトを腕の防御ごと蹴り飛ばす。

 手練の繰り出す“本気”の一撃に未完成な騎士は耐え切れず、地に筋を描きながら遠く転がり……動けない。


「見縊るなよ嬢?お主の狼は強い」

「ううっ……見てるだけで痛いよぉ……」


「まだやっ……!!」

「寝てろ小僧。さて、今度はお前が遊んでくれるのか?」


 白のシャツ姿になったクルトはより一層細身に見え、堂々たる体つきのグラウと並べば頼りなげにさえ映る。

 しかし律儀に格式ばった礼を取る姿に、虚勢や焦りの揺らぎはない。


「胸をお借りするシュトルム卿。本来なら我らが葛藤、花に認められた貴殿らにぶつけるのは筋違いなのだ。しかし……長らく心を砕き、信頼と友愛によって絆繋ぎし愛らしい花々が、地位はあっても人品卑しき、或いは人柄だけが取柄の我らより弱き狼と手に手を取って巣立ってゆく時、我が胸には言い知れぬ空虚と寂寞、そしてどす黒い感情が沸き起こるのだ」

「もっと分かりやすく言えよ」


「むっ?……とてもムカついて、どいつもこいつも一昨日来やがれと蹴り出したいキモチになるのだが、実際手を出すと花が泣く。しかし貴殿なら弱い者苛めにはならんのでちょっと殴らせろ」

「ああよく分かった。歓迎するぜ、全力で来い」


「では――参る!おンのれこの果報者共めがっ、我らのサミシさ思い知れぇえええっ!!」

「泣けっ、わめけっ!!騎士でございと花目の前に、オアズケ喰らって悦んでる変態野狼どもが!!」


 ディーバに次ぐ年長のクルトだ、年の功は確かなもので、細身を生かした敏捷さと虚実交えた癖の強い動きがグラウを惑わせ、アルベルトに果たせなかった実のある打撃が、あっという間に数発決まる。

 惜しむべきも体躯の相違、痛みに眇んだ薄色の眼に宿る苛立ちが吹き飛んで、本能からの愉悦に、ニタリと。

 危機を、鬼気を、交えて孕み、押し寄せる威圧に堪らず下がるクルト。

 一瞬で覆る不安定な場の均衡、しかし優劣ははまだ定まらない。


「…………今のは、言っちゃいけない一言だったよなあ?」

「うん、図星だからこそドタマにきたねぇ。僕らも行こっか」


 そう、競い咲き立つ花達の芳しい香りに包まれながらも、信頼で一杯の瞳に手酷く牽制され。

 あれ?俺、何してんだろうと本能が虚しく自問するのは、神聖騎士のほぼ誰もが常日頃抱える葛藤だった。

 目の色を変え、コートと一緒に規律や自制といったものまでもあっさりと脱ぎ捨ててゆくブルーノ、ルッツの両者。

 血の気に欠けた涼しげな態度も他の面々に比べればの話、彼らもやはり狼なのだ。


 ふらふらと根性で立ち上がるアルベルトを加えた総勢に囲まれて臆するどころか、昂る銀は歓喜にぎらつく。

 取り残されたのは腕は立っても乱戦に向かないディーバと、もはや掛ける言葉もないトレニアだ。


「将軍…………すっっごく楽しそう……」

「異様かの?狼、ことに《武》の狼は強さに惹かれ力に酔う傾向が強い。まあ、おいおい躾けてゆけ」


「狼って変わってるね……ちょっと心配だけど、ここにボクが居ても無駄だってコトは分かる」

「そうじゃな。あやつが血の昇った頭で嬢に飛び掛かっても困る、食堂に茶でも飲みに行かぬか?」


「ん、お供するよ。あ、あれ!アメダマまだある?」

「うむ。しかし……嬢のその嬉しそうな声ももうすぐ聞き収めじゃと思うと淋しいのぉ……」


「絶対また来るよ!でもお目当てはアメダマじゃないよ?ディーバに会いに来るんだからねっ!?」

「嬉しがらせを言ってくれる、ああ、いつでも訪ねて来い」


 きゅぅ、と何の気負いもなく重ねられた手に、盲目の狼は微苦笑を浮かべた。

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