引っ越しするにも金が要る
題(石鹸/ネジ/段ボール)
四月から晴れて、貧乏のあとに大学生という素晴らしい建前がくっつくことになった俺と悠平は、引っ越しの総仕上げに入った。
俺と悠平は昔から、学力レベルも将来への展望もだいたい似たような感じだったので、特に申し合わせることもなく、一緒の大学へ通うことになった。そしてそんな偶然を使わない俺たちではない。四月からは一緒に住んで家賃をシェアするのだ。
一緒の大学に通おうね! 一緒の部屋に住もうね! などというのは付き合ってる女の子が言ってこそ可愛らしいもの。それが男では……。腐れ縁という表現でも物足りないほどおぞましい。それもこれも金がないからだ。
……バイトしろ? こんな見渡す限り山、山、山のド田舎のどこにバイトの求人が? じいさんばあさんの山仕事を手伝って、お菓子をお礼にもらい、図書カードをお礼にもらい、手作り石鹸をお礼にもらい……。肌にやさしい手作り石鹸で喜ぶ男子高校生がどこにいる。金をくれ金を!
自転車で毎日山越えを敢行するという状況で高校生活を終えた俺たちは、これから都会――県内では都会なほうという意味だ――に出て、そこでバイトをしつつ、青春を謳歌してやる腹積もりでいる。
まあそれも、この引っ越しが無事に終わったらの話だ。
近所のおじさんに借りたボロッボロの軽自動車を運転するのは、三月に免許を取ったばかりの俺。その後部座席には、農業をやっている別のおじさんから分けて貰った段ボールにしまい込んだ、引っ越し用の荷物の山。ルームミラーを見ても、後方確認がかなり怪しい。
激しい勾配の山道をフルアクセルで登るたびに、エンジンは悲鳴を上げる。ギアを入れ替えるたびに「壊れる壊れる壊れるやめろ爆発する!」とわけのわからない悲鳴を上げる助手席の悠平のことも無視しつつ、俺は前だけを見てアクセルを踏む。
「あ、なんかとれた」
そんな俺の足元を見ながら、悠平がつぶやいた。
「は? 錯覚だよ錯覚」
俺は足元にネジが何本か落ちているのには気づいていた。見て見ぬふりをしていた。
ネジの一個や二個や三個や四個、外れてたって大丈夫だ。たぶん。きっと。
「いや現にそこに」
「気のせい気のせい」
「いや絶対この車やばいって。絶対この山越えられないって!」
「この山を越えられなければ、所詮俺たちがそれまでの男だったってことだ」
「カッコつけてる場合か! 俺はもう降りる! 降ります! 降ろしてください!」
俺はドアにロックをかけ、ひたすら、アクセルを踏み続けた。
(2012/4/2)