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味わう

題(電子辞書/消毒液/筆箱)

 

 一時間目の授業が終わった瞬間、俺は次の授業に使う英文の和訳を、電子辞書で調べながらノートに書き込んでいた。最後の単語の意味だけを写し間違い、筆箱から消しゴムを取り出す。手元に視線を感じるが、気にせずノートに消しゴムを押し付ける。

 正しい意味をその上から書きつけたところで、俺は視線に応えるため、顔を上げた。

「今ごろ宿題?」

 前の席の小田嶋(おだじま)は、呆れを隠さない。一番廊下側の先頭が小田嶋、前から二番目が俺の席だ。

「忘れてたんだよ」

「ふうん」

 忘れてなくても今やったと思うけど、とでも言いたそうに、小田嶋は微笑を浮かべる。彼女のその、ちょっと目を細めた不遜な微笑を、俺は気に入ってる。

「ん。左手、どうしたの」

 肩まである亜麻色がかった髪が、こちらに少し近づいて、揺れる。

「ああ。これ? 自転車で転んだ」

 明け方に降った雨で路面が滑り、段差に乗り上げて派手に転倒した。幸い、怪我はこの左手の擦り傷だけで済んだ。学校に来て水ですすいでからは、放置していた。

「見せて」

 俺は言われた通り、机に左肘をついて、傷口を小田嶋のほうへ向ける。

「大丈夫だよ。唾でもつけとけば治る」

 本当に唾をつけた人は見たことがないが。そんなことを思いながら腕を引こうとすると、小田嶋が俺の手首を掴んだ。

 そして何を思ったか、顔を近づけ……舐めた。

 やわらかな唇と、温かい舌が、俺の手のひらの擦り傷をなぞった。彼女の舌は、ぞっとするほど優しく、傷口を味わうようにゆっくりと、動いた。ほんの一時間ほど前にできた傷口に、小田嶋の唾液が、沁みこんでいく。

 呆気にとられている間に、小田嶋は俺から離れた。その顔にあの不遜な笑みが浮かぶとともに、薄い赤色の舌が艶めかしく動き、彼女自身の唇を撫でた。そこで、教室の前のドアが開き、英語教諭が入ってきた。チャイムも鳴り、小田嶋は前を向いた。

 授業が始まってもまだ固まっていた俺の目の前に、腕だけを動かした小田嶋が何かを置く。

 消毒液。

 黒板に宿題の割り当てを書き始めた教諭から目を離し、消毒液のふたを開けた。机の上に開いた手のひらに、消毒液をかけようと右手を掲げたところで、動きを止める。俺は逡巡したあと、親指を使ってふたを閉じた。



 

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