カタチのない詩
時が「かつて」であったとき、
僕が「誰か」であったとき、
いつしか降りはじめた雪は止むことなく地上に降りつづけた。
それは白くて寒い二月の話で,だれも知らない二月の出来事であった。
雪は世界を覆い隠し、そして降りつづけた。
そこは世界の末端で、誰かの思いの分だけ限られた世界であった。
僕はただ一人でそこにいた。来方も帰り方もわからずに一人でここにいた。
時間もわからないほど永遠と歩きつづけた。祖父からもらった懐中時計は壊れたままであったし、そもそもここには昼も夜も時間を告げるものは何ひとつなかった。降りゆく雪だけが動あるものであった。その雪も地面にはかなく舞っていく。
永遠ト歩キツヅケタ。
歩いていたのは僕が住んでる街だった。見慣れた光景。見慣れた街、見慣れた道、見慣れた建物、見慣れた十字路、見慣れた看板……。ただどうしても「家」には辿り着けなかった。思考の死角に「家」は隠れ、僕は「家」に関するあらゆる情報を導くことが出来なかった。
そのうち、あらゆるものが損なわれつつあることに気づいた。目に飛び込む情報は何にも結びつかなくなっていった。それはあまりにこの世界が白に覆われ寒いからかもしれない。単一の色と単一の感覚は僕の思考の幅を蝕むように狭めた。
だから僕は歩いた。それしか残されていなかった。
いつしか降りはじめた雪は止むことなく地上に降り続く。
そして見つけたのは白のワンピースに白のコート、そして傘。雪にとけてしまいそうなほどに白い肌をした少女。頬をさす淡紅、控えめに塗られたルージュが景色に浮かびあがり、ここにある唯一の有彩色の世界だった。
僕は安息を求め彼女へと歩んた。