花のある場所。
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
ゆっくりと体を起こすと、さらさらと上質な布団の上掛けが捲れた。体を見下ろすと、今まで着たことの無い上等な布で出来た、クリーム色の肌着を身につけている。
いつの間に運ばれたのだろう。
エレイラから衝撃の事実・・・北の皇帝を、師匠が愛していた、という言葉を聞いて、目の前が真っ暗になって・・・
ユーリがぼんやりと昨日のことを考えていると、突然扉が開いて、エディアルドがずかずかと入ってきた。
「起きたのか」
ユーリが瞬きをする間もなく、彼は彼女が座っているベッドの近くまでやってきた。
彼女は咄嗟に薄い布団を肩までかけて、見えている体を隠した。
エディアルドはそんなユーリの様子を見てニヤリ、とすると、彼女のそばに素早く近づき、頬に口づけた。
「な、なにを」
エディアルドに触れられた頬を押さえて、ユーリは彼を睨みつける。だが、その頬は紅く染まっていて、彼女のものなれない様子に、彼は内心喜んでいた。
「可愛らしい声だな」
ハッとして、ユーリは喉に手を当てた。いつもは感じる禍々しい気配が、今は感じられない。
「気づいてなかったのか?姉上とお会いしたときに、そなたは声を出して話していたんだぞ」
さすがだな、と、エディアルドは感心したようにつぶやいて、ユーリの喉に触れた。
昨夜は触られるのが嫌だったのに、今はなんとも思わなかった。
呪いのせいだったのか、それとも・・・
以前はあんなに声を出したいと望んでいたのに、どうして、この呪いは解けたのか。
「そなたには、魔女の中でも最高の力がある。呪術師の呪いなぞ、そう簡単に受けるはずはないのだがな・・・
リレイラのことが、そんなにショックだったのか」
エディアルドのその台詞に、ユーリは素直に頷いた。
ユーリにとって、リレイラの存在は、この世界で自分に一番近しいもの、だった。
母親のように、姉のように、先生のように、慕っていた。
彼女がいなければ、ユーリはこの世界で、こんなにも長く生き残ることはできなかったに違いない。
ユーリに生きるための術を教え、導いたのは、リレイラだった。
ある意味、自分の本当の家族よりも長く、密接につながっていたのだ。
この世界に出現してから、師匠が殺されるまで、ユーリが彼女から離れる時間はそれほどなかった。雛が親鳥を求めるように、ぴったりとくっついて離れなかったのだ。
そんなユーリのあり方を否定せず、師匠はずっとそばにあることを許してくれた。
ユーリが文字を覚えようと勉強するのも手伝ってくれた。
お金のないユーリに援助してくれて、薬草の知識を惜しみもなく教え、収入を得られるようにしてくれたのも師匠、リレイラだ。
彼女には、返しきれないたくさんの恩がある。
「こんな、得体の知れない私に、彼女はたくさんのものを与えてくれたの・・・」
ユーリの眦から、涙が零れ落ちた。
エディアルドはゆっくりと、手を伸ばして彼女の涙をぬぐった。
「リレイラ、姉上は、そなたのことが本当に、大切だったのだな」
彼は、どこか寂しげに、そう呟いた。
「ところで、ここはどこ?」
涙を拭きつつ、ユーリがエディアルドにそう尋ねると、彼は、彼女にとって衝撃の事実を言った。
「ここは私の後宮だ。今後はここで過ごしてもらう」
「は?」
「だから、ここは私の妻が住まう宮だ。ユーリはここにいてもらう」
「な・・・」
なんて、言ったの?
「ちなみにユーリ以外の女はいない。私の唯一だからな」
そう言って、ゆっくりユーリの頭を撫でるエディアルドを、彼女がぐーで殴ったのは、無理もない話だ。
エディアルドの言葉は本当で、ユーリはしばらく部屋から外に出してもらうことができなかった。
エディアルドの妻なんて、無理!!
ユーリが声を大にして叫んだ言葉は、誰にも聞こえず、だだっ広い宮に響いていくのみで・・・
私は、どこまで流されていくの?