散った花の理由。
「私はリレイラではないわ」
師匠と同じ顔で、声で、残酷なことを言う、女性。
確かに、師匠と持つ雰囲気は違っている。
師匠より少し低めの声。体型も違う。師匠は女性らしいまろやかな体つきであったが、目の前の女性は、鍛えられた体をしていて、胸もあまり無い。
話し方も師匠と同じで、知らないうちに彼女は、涙を流していた。
「泣くな・・・」
抱きしめる力を緩めてくれたエディアルドが、大きな手で彼女の頬に流れていた涙をゆっくり、拭ってくれた。
彼女はエディアルドから体を離すと、ゆっくりと師匠にそっくりの女性に近づいた。
「お師匠様の、お姉さまですか?」
「そうよ、ユーリ。貴方と共に旅をしていたのは私の双子の妹」
ゆっくりと、彼女に近づいた師匠そっくりの女性は、近づいてきた彼女の顔をじっと見つめて、ゆっくりと微笑んだ。
「私の名はエレイラ・・・貴方はユーリね・・・私達と同じ、魔女の娘。貴方にはつらい思いをさせてしまったわね」
そういって、エレイラは彼女・・・ユーリをゆっくりと抱きしめてくれた。師匠と同じ香りがした。
「私・・・私、貴方の妹さんを救えなかった」
「いいの・・・貴方を救ったのは妹の意志」
そういうと、エレイラは抱きしめていたユーリの顔をじっと見つめた。
「あの子は魔女としての生に飽いていた・・・アリアネンドの王女として生まれ、エディアルドを助けてこの地を治めるためにたくさんの命を刈り取って・・・それから、一度たりとも、この国に戻ってくることはなかった。
皇国のある北の大陸にいけば、殺されるとわかっていても」
「どうして」
「それは」
つらそうな顔をしていた。悲しませたくはなかったが、どうしても知りたかった。
どうして、師匠は危険を犯してまで、旅をしていたの?
「・・・北の皇国の皇帝を、愛していたから」
北の皇国の皇帝。
師匠を殺した男だ。
目の前が、真っ黒になった。
魔女の容姿には特徴がある。
黒目、黒髪。
ユーリは正に、魔女の外見をしていた。
この世界では、黒目・黒髪の色素を持つ人間は珍しいのだ。
もともとこの色素で生まれていなくとも、魔力を使い、人を殺してしまえば、黒目、黒髪に変わってしまうのだそうだ。
だから、師匠と初めて出会ったとき、本当に驚いた。
日本人離れした顔立ちをしているのに、髪と目の色が真っ黒なのだ。
魔女と呼ばれる女性に何度か出会った事があるが、黒目、黒髪の女性は師匠以外にいなかった。
むやみに人の命を奪おうとする者などいない。「魔女で黒目・黒髪」とは、罪人の証なのだ。
ただでさえ、魔女の存在は禁忌とされているこの世界で。
最初から黒目・黒髪を持つユーリ・・・百合香の存在は、魔女の象徴のようなもので、皇国に存在を確認されて以来、ずっと、追われていた。
なにもしていないのに。
私の存在が、罪そのものなの?
生きるために他のものの命を散らすのは、どんな者だってやっていることなのに。
何故、魔女だけが責められるの?
北の皇国は、この世界でも一番信仰されているメッセア教の始まりの地で、「魔女は禁忌の存在」と流布しているのは、この教会の教義の一つにあった。
魔女は自然の力を引き出す存在であるのだが、メッセア教はそれを「悪の力」とし、メッセア教の信仰対象である、天空の至高神「メッセア」の力以外を認めなかったからだ。
魔女は世界の理を知り、操る。
自然そのものの存在であるのに。
北の皇国は、ひたすらにそれを隠し、魔女を狩り立てる。
なのにどうして、師匠は皇国の皇帝を、愛してしまったのか・・・