散っても、なお。
「身の内に溢れんばかりの魔力がある・・・お前、魔女か」
男は、彼女が手を伸ばせば届く距離に立っていた。
彼女の姿を上から下まで眺め、最後に長い黒髪を手に取る。
艶やかで、滑らかな触り心地だった。
・・・このままここに立っていたら、問答無用で襲いそうだな。
男がまた一つ、ため息を吐いた。
彼女は男を見つめたまま微動だにしなかったが、遠くから聞こえる何かの鳴き声に反応して顔を上げた。
「リグイルが来たか」
男はそうつぶやくと、素早い動作で彼女を抱えあげた。
まるで荷駄袋か何かのように肩に抱えあげると、何の前動作もなく跳躍した。
一気に視界が上昇し、気がつけば彼女は、男と共にドラゴンの背に乗っていた。
声をあげる暇もなかった。
・・・でないが、出ていたら森中に響き渡るような声で悲鳴をあげていたに違いない。
心臓が止まりそうなほど、驚いたのだ。
ドラゴンの背に乗るのは初めてのことだった。
その存在は、師匠から聞いていて知ってはいたが、彼女が住む大陸にはいない、と聞いていたし、実際目の当たりにするのは初めてだった。
硬いうろこに覆われたからだ。鋭い爪や牙がある。ファンタジーの世界の住人だ。
・・・今は自分もその一員なのだが。
とても賢い生物で、自らの主と定めたものに忠実で、存在自体が大変貴重なのだ。
どうやら男が飼い主らしいのだが・・・
「このままアリアネンドに行く」
アリアネンド?
この大陸では聞いたことの無い場所の名だ。
もしかして、海を越えたところにある大陸の名前なのだろうか。
「俺はアリアネンドを治める王だ。そして、女。そなたが共に旅をしていた女の弟だ」
「!」
・・・その言葉に、彼女は気を失ってしまいそうなほど驚いた。
リレイラ。花の名前を持つ、貴方。
私を救ってくれた貴方を、私は何故、救えなかったのか・・・
目の前にいる傲岸不遜な男は、エディアルド、と名乗った。
アリアネンドを統一して後、リレイラを探してこの大陸を旅していたという。
「リレイラは、殺されたのだろう?」
ドラゴンの背に乗ってしばらくすると、エディアルドが顔を寄せてきた。
彼女は、黙って頷く。
彼は黙って、彼女の表情を見つめていた。
「そのいやらしい感じの呪詛・・・『皇国』の呪術師にやられたか」
彼女の首筋に触れ、まるで何かを確かめるかのように、指を滑らせた。
彼女はその感覚を嫌がって身を捩った。だが、ドラゴンの背は狭く、そうそう動けるものではない。そんなにすわり心地の良いものでもないし、空の高いところを飛んでいるので、やたらと動いて堕ちるようなまねはしたくなかった。
そんな状態なのにナニを考えているのか、エディアルドは彼女にぴったりとくっついてきて、あちこち触れていた。
彼女は何故か逆らうことが出来ない。それもこれも、師匠・・・リレイラに、「バカで不出来な可愛い弟」の話を散々聞かされていたからだろう。師匠は、遠くに離れていたが、弟のことを本当に愛していた。
リレイラは自分の出自を語ることはしなかった。それは彼女が「魔女」であるが故のことであったのだろうが、まさか、隣の大陸の王が弟であるなんて思いもしなかった。
魔女の存在は、禁忌。
その存在は、人々に災いをもたらす。
この世界の不文律だ。
では何故、私はここにやってきたのだろう。
そして、リレイラは何故、殺されなければならなかったの?
師匠が殺される場面が何度も記憶に甦り、眠れぬ日々が続いた。
どんなに夢を見ても、師匠を助けられないのだ。
師匠は私に薬草の知識は教えてくれたが、魔術については教えてくれなかった。
魔力のある女性は、その身の内にある力を使ってしまったら「魔女」となってしまう。
だから、師匠は決して、私に魔術を教えてはくれなかった。
だが、私は師匠の願いもむなしく、魔術を使い、人を殺した。
殺したのだ。
「そなた・・・人を殺したのか」
魔力を持つものがその力を使い、生命を奪うと、力が濁るという。
魔力を持つ人間が、力を使った人間を見ると、濁りが分かる。
命を奪った数だけ、濁りが深くなる・・・
私の魔力は、きっと濁りきっているに違いない。
だが、なぜ、彼は私の魔力を見ることが出来たのだろう。
この世界では、魔力は女性にだけ与えられたチカラ、だというのに・・・