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散華  作者: 河野 美月
2/14

散る、花びら。

 目の前に、小さな泉があった。


 今日は満月だったのか。


 ・・・声を失ってなお、唇が動くのは何故だろう・・・



 必要ないのに。



 師匠を亡くしてから、奪われたのは声だけでなく、安穏な生活。

 姿を隠して、各地を点々とする、日々。


 ・・・いつまで、続くの?



 枯れた、と思った涙は、するすると頬を滑り落ちた。




 「何故泣く」

 目の前に、男の姿があった。


 あまりのことに、体を動かすことが、できない。

 男は大きな手で、つい、と彼女の頬の涙を拭った。



 気配には聡くなったはずなのに、目の前の男の気配には気がつかなかった。

 今更ながらに、目の前の男の存在に震えがきた。

 自分の体を守るように、彼女は両腕をしっかりと握った。

 震えは止まらない。



 男は戦士のようだった。

 がっしりとした体つき。彼女が見上げるほどの背丈を持ち、金糸のような髪が背の半ばまで伸ばされていて、緩やかにウェーブを描いている。

 彫りが深く、眼光鋭い男、だった。

 やたらと威圧感があって、以前一度だけ出会った男に似た雰囲気をもつ男。


 嫌な予感しかしない。


 深い青色の瞳、のようだった。

 深くて、すいこまれそう。


 そんな風にのんびり考えていたら、彼女の涙を拭った手はそのまま彼女の腰のところで留まり、気がつけばぐっと抱き寄せられていた。


 声にならない叫び。

 組んでいた手を離し、男の体を避けようとその胸に手を当てて押そうとしたが、男の体はビクともしない。むしろ離すまいとますます力を込められて、彼女は完全に男の胸に収まってしまった。


 男の鼓動は早い。

 ・・・ドキドキしてる?


 捕らわれているのは私なのに、相手の反応が気になるなんて、何か可笑しい。

 でも、こうして他人に触れられるのは久しぶりで、懐かしい感じがして、自分がどれだけ孤独だったのか知らされる。


 人のぬくもりは久しぶりで、縋りつきたかった。

 だが、それは、彼を、自分の過酷な運命に引きずり込むこととなる。


 師匠のように。



 ひとしきり触れた男の胸から、顔を上げると、「離して」という気持ちを込めて、男を見つめた。


 男はため息を吐くと、そっと、彼女の体を離した。






 目の前に現れた彼女を、師匠は特に驚いた表情もせずに受け入れ、共に連れて行ってくれた。

 聞けば、彼女のように突然この世界に現れる存在があるらしい。

 旅をしている間に、彼女はあらゆる時代あらゆる世界から、この世界に「流されてきた」人たちと、会った。様々な話を聞くことが出来て、とても楽しかった。


 師匠がいたから。


 師匠は、この世界では珍しい「魔女」と呼ばれる人であった。

 この世界の理を知り、「魔法」を操る、女性。旅をしている間は、師匠が彼女のことを気にかけてくれて、守ってくれていた。


 目の前で、殺されるまでは。



 目もくらむような怒りを感じた。

 モノか何かのように、師匠の遺体を扱い、その存在をなき者にした。

 師匠は何も悪くないのに。

 「私」を守ったから?

 この容姿に何の意味があるの?


 身の内に宿る力を使って、人を傷つけたのは、その時が初めてだった。


 花を散らすように、

 私は、この世界で忌み者とされる「魔女」となり、ヒトの命の輝きを奪ったのだ・・・



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