蕾はほころぶか?
「私は前王の甥だ」
「甥?」
「そうだ。私の父は前々王だ。前王は私の父の弟で、私が成人するまでのつなぎの王として選ばれた。
この国は魔女が産んだ子供が王となるよう決まっている。
父の弟は、魔女の子ではなかった・・・側室が産んだ子だったから。
私は、魔女の子だ」
突然のエディアルドの告白に、ユーリは目を瞠った。
「とは言っても、このことは公にされることはない・・・母の存在は秘され、後宮の奥深くで、子を産み、育てるだけの道具と化す・・・これが、前王までのここ数十代続いてきた忌まわしい慣習だった」
「なぜ」
「アリアネンドの国力が弱くなっていたからだ・・・この国は魔女に、世界の理に愛された国であったのに、外力に押され、魔女との婚姻を公にする力が失われていたのだ。
特に北の皇国の力が強くてな・・・南大陸の覇者が国力を弱めると、大陸全土の王権の維持は難しくなる・・・結果、つい数年前までは、選定候と呼ばれる輩がはびこっていた」
エディアルドの話によると、北の皇国・・・メッセア教の勢力が拡大するにつけ、皇国もその統治範囲を拡大していったわけなのだが、北の大陸とあまり交易のなかった南の大陸にメッセア教が流布され始めると、瞬く間に信者の数は拡大し、「魔女は禁忌の存在」という教義が信者の中で根強く広がったのだ・・・それはすなわちアリアネンドの王族の存在自体を否定するものであり、選帝侯による悪政がはびこっていたアリアネンドの各地では、様々なところで反乱の火の手があがっていた。
「信にたる王族は居らず、わが国は北の皇国が兵を派遣せずとも、自壊寸前だった」
そのころを思い出したのか、エディアルドの表情が暗いものとなった。
「戦、説得、交渉・・・従わなければ切り取らざるを得ない状況で、アリアネンド全体を幾度も疾走し、この手でたくさんの人間の命を摘み取った・・・リレイラ、私の姉は、そんな私の心情を汲み取り、自らも私たちの理想のため、人の命を奪った」
魔女であれば、その魔力が変質するのが分かっていても・・・
「魔女の外見の変異は、その精神の変異によるものだ。人を殺めれば、どこかしらその精神に影響を及ぼす・・・特に魔力を持つ女性は、変容が必ず外見に表れるのだ」
この世界ではな・・・とエディアルドは呟いた。
「そういえば・・・」
ぼんやりと、エディアルドの方を見て、ユーリが問いかける。
「どうして、エディアルドは魔力が分かるの?」
ユーリの問いかけにふ、とエディアルドは微笑むと、
「母の力だ・・・実は女性以外でも、魔力を持ち、それを見極める力をもつ男が存在する・・・それが我が王家の力だ。私は母だけでなく、父王からも魔女の力を受け継いだ。だから、魔力もちの男性・・・帝国の呪術師など恐るるに足らん。
この世界の魔女は・・・世界に祝福された女性なのだ。それが、メッセア教では邪悪の存在となっているのには、世界の主神たる女神と、戦神メッセアとの確執があるからだ」
初めて聞く神話の存在に、ユーリの瞳は瞬いた。
「これはアリアネンドに伝わる国造りの神話だ。王室の権威が落ち、民の間にはメッセア教が広がって、人々は忘れかけているかもしれないが」
エディアルドがそうつぶやくとため息をついた。
「エディアルドのお母さんは?」
ユーリの問いかけに、エディアルドは少しさびしそうな顔をした。
「母は・・・父王が亡くなったとき、共に死んだ。
母は私を生んだ後体調がおもわしくなかったらしく、父王が密かに湯治へ連れて行った日のことだ・・・父王は即位当時から王権を回復するために、選帝侯を敵にまわして改革を進めていた。魔女である母のことも公にして・・・湯治からの帰り、盗賊と見せかけた反逆者たちに襲撃されて二人とも亡くなった。
私はそのときまだ5歳で、姉たちがぴったりとそばについていてくれて・・・耐えることができた。
母は儚い人だったけれど、とても愛情深い人だった。
父王を守り、反逆者たちから殺された・・・父王も助からなかったが」
淡々と事実を語るエディアルドの表情からは何の感情も窺うことはできなかった。
けれど、私は。
当時の彼のそばにいて、エディアルドをなぐさめたい、と思ったのだ。
「・・・どうした?」
エディアルドに近づいて頭をなでるユーリに彼が声をかけると、「わあっ」と声をあげて彼女は離れた。
「・・・つい?」
「何故疑問系?」
別に続けても良かったのに、といやらしく笑うエディアルドに、ユーリは抱えていたクッションを投げつけた。
少し目をこすったユーリの顔を見て、エディアルドは「今夜はこの辺で休もう」と言うと、彼女は素直に頷き、自身の部屋に戻ろうとソファから立ち上がった。
「おやすみなさい、エディアルド」
「・・・お休み、ユーリ」
エディアルドがそう声をかけると、ユーリはふわり、と微笑んだ。
花が綻ぶような、美しい笑顔に、エディアルドはしばらく赤面した顔を押さえていた。