表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
散華  作者: 河野 美月
12/14

散らせたい花。

 エディアルドの心からの言葉に、ユーリの頭は真っ白になった。


 いつも尊大で、自分の拒否を受け入れない自信過剰な男が、私と共にあることを望んでいる。


 その言葉を受け入れた心が、直後に激しく揺れ動くのを感じた。

 体は、動悸が激しく、このままでは心臓が壊れてしまいそうだ。



 ・・・だがどうやって答えたらいいか、ユーリには分からなかった。




 エディアルドはユーリの様子をじっと見つめていたが、戸惑いの強く出ている表情を見て、視線を下ろすと小さくため息をついた。

 自分の欲望を優先し、彼女の気持ちを後回しにしてきたつけを、ここにきてすべて払わざるを得ない状況にあることに、エディアルドは臍を噛んだ。

 ユーリを妻に望み、その身も心も自分のものとするため、宮廷を捩じ伏せ、反対派を粛清し、彼女の存在を公私共に認めさせるため、彼はここ数日、力を注いできた。

 国内外共にやっと落ち着いていたので、急を要する案件などない。だからこそ、エディアルドは自身の問題を先送りせず、今このときに、解決してしまいたかった。


 『魔女』との婚姻を約束されて生まれた稀代の王は、前王・・・エディアルドにとっては叔父にあたる・・・の腐敗し混乱した政治を収拾するため、彼の姉たちと共に血の道を、文字通り歩んできた。

 大切な血族を彼の荒んだ道に伴わせることなど、決して望んではいなかったのに、リレイラはあっさりと、その身のうちに宿る魔力を使い人を殺め、彼のために王道を整えていった。


 リレイラは、ユーリにとっての命の恩人であると共に、エディアルドにとってはかけがえのない、同士であり、母であり、姉であった・・・

 その姉が守り、この世界で導いてきたユーリ。姉が命を賭して彼女のことを守った気持ちが、エディアルドには本当に良く分かる。

 なよやかで、だけど凛とした、何者にも揺るがされないような雰囲気を持つ、彼女。

 だが、ふとしたときに見せる儚げな表情が、見た者の庇護欲を、彼女に対する興味を掻き立てるのだ・・・



 自分をじっと見つめるエディアルドの視線に耐え切れずに、ユーリは俯いた。彼女の頭の中はまだまだ混乱していて、まともな言葉がその口からでそうにない。


 イヤ、と思っていたのに。

 そう口に出すことが出来ない・・・




 「俺はもう、ユーリのことを手放すことは出来ない」

 触れていた手をしっかりと握って、エディアルドは言う。

 「どうか、傍に・・・」

 そう言って、ユーリの手をささげるように持ち、額に当てる。


 神聖な誓いのようだった。





 夜。


 静かな夜だった。

 夕食は二人きりでとったが、エディアルドもユーリも何も話さなかった。

 エディアルドは彼女を急かすまいと、表面上は穏やかな態度をとっており、対するユーリは深く物思いに沈んでいるのか、食事もあまりとらなかった。

 最近は忙しくて、エディアルドも食事の後はまた執務室に戻っていたが、今日だけはそんな気分にならず、明日に回せるものは回すよう、宰相に指示を出すと、自分の部屋でゆっくりと報告書を読んでいた。


 コンコン。


 王妃の間に続くドアから、扉をたたく音がした。


 エディアルドはらしくなく、緊張した。

 彼女が、自分の部屋を訪ねようとしている。



 ドアを開けると、やはりユーリだった。

 もう寝る前だっただろうに、彼女はゆったりとしたワンピースを着て、ストールを体に巻いている。


 「どうした?」

 彼女を入れるために、体半分を入り口からずらすと、彼女はするり、と部屋に入ってきた。

 すれ違いざま、ふんわりと花の香りが漂う。


 女を知らぬ若造でもないのに、エディアルドはひどく興奮した。



 ユーリを自分が座っていたソファに案内する。彼女は何かを決意したような表情をしていた。


 向かい合って座らずに、彼女の横に腰を下ろした。

 ユーリはふうっと一息つくと、エディアルドの方を向いた。


 「私」

 エディアルドの瞳をまっすぐ見つめて、彼女は話し始めた。澄んだ声色だった。

 大抵の女は、この容貌に魅了され、うっとりとした眼差しで自分を見つめるのに、ユーリだけは最初から、自分の容姿にぼうっとすることなく、まっすぐに見つめてきた。

 そして今も・・・自分が王であるにも関わらず・・・へりくだったり、おもねったりしない。対等な存在として認識されるのが、素直に嬉しかった。

 「エディアルドのこと、何も知らないの・・・知らない人に、好きになれとか言われたって、ちょっと無理・・・」

 貴方が男の人だから、尚更。

 そういい終えて、ユーリは少し体から力を抜いた。

 緊張しているらしい。

 「だけど」

 少し恥ずかしそうに、彼女は続ける。

 「貴方といると安心するの・・・守られて嬉しいの。だけど、それって、貴方が王様だからなのか、お師匠の弟だからなのか、分からない。弟だから大事にしたいと思うの?傷つけたくない、どうでもいいと思えない。だけど・・・」

 話していて混乱してきたのか、彼女の言葉から相反する気持ちが見え隠れする。

 『傷つけたくない』と思っているのなら・・・少しは期待していいのだろうか?

 エディアルドはなんだかだんだんとアワアワしてきているユーリを見ながら、自然に微笑んでいた。

 その顔をみたユーリは、真っ赤になって俯き「これだからイケメンてキライ・・・」となにやら不穏な空気を漂わせていた。


 「要するに、私のことを知りたいんだな?」

 すぐ傍にあるユーリの体を抱えあげると、エディアルドは自分の腿の上に置いた。「ぎゃわっ」となんとも色気のない叫び声がユーリの口から飛び出す。なるほど、これはユーリの地の表情というやつなのか。真っ赤になりながらも、彼の腿から降りようと、小さな手で両肩をギュウギュウと押してくる。

 痛くもかゆくもないのだが。

 「だったら、話をしようか」

 「へ?」

 一生懸命逃れようと体を動かしていたユーリは、エディアルドから言われたことに、驚いた表情を見せた。

 「出会ってから間もないのに、俺のことを知る機会なんてそんなになかったはず・・・今夜は、お互いのことを話そう」


 そう言って、エディアルドはユーリを腿から下ろすと、彼女から少し距離をあけて、長いすに座った。

 ユーリは目をぱちくりさせていたが、エディアルドの態度にゆっくりと微笑むと、座っている長椅子に置いてあるクッションを一つ手に持って、それを抱え込んだ。


 長い夜になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ